第4節:在らざるべき場所
「よ、おはよーさん」
気軽に声をかけられて。
冬子は、ぽかんとしてしまった。
春樹と顔を合わせた、翌日の朝の事。
そこは、冬子の通う学校の校門前だった。
彼にとっては他校の……というか、そもそも春樹は学校に通っているのだろうか? ………の目の前で。
朝一に、堂々とくわえタバコで。
春樹はそこに居た。
冬子は目を疑ったが、明るく手を振る春樹は、まぎれもなく本物だった。
―――何をしてるんですか……?
春樹は外見は派手だが、わりと小柄で童顔だ。
話している内に違うと感じたが、外見は中学生くらいに見えることもあるくらいなので、明らかに未成年。
にも関わらず、春樹は自分のあるまじき所行を毛ほども気にしていないようだった。
「あ、そんなに待ってないから気にせんでえ〜で? ほんの5分くらいやし」
論点がズレている。
春樹は笑って言いながら、手に持った携帯灰皿にタバコを押しつけた。
その灰皿は満タンだった。
周りの視線が集まり、冬子の頬が紅潮する。
―――何をしに来たんですか?
と訊きながら、冬子は、目立ちたくない、と必死に目で訴える。
しかし察しが良いはずの春樹は、そんな冬子の訴えを無視して平然と言った。
「ん、ちょっと気になることがあってな。調べものしに」
春樹は、校舎に目を向ける。
「いちお、紹介状あるから中には一人でも入れんねんけどな。道わからんから、案内お願いしたいなぁって」
言われて。
冬子は何故かうなずいていた。
授業開始前から、休み時間、昼休み、と、半日校内にいる春樹を案内し。
冬子は、唖然とした。
春樹は。
初めて来る場所であるはずの校内を、気後れもせず歩き回り。
行く先で会う生徒と、次々と意気投合してしまったのだ。
まるで魔法だった。
例えば、学校でも派手目な目立つギャル子たちが相手でも。
「最近、変わったことぉ? んー、クラスのコが一人、ガッコやめたくらいかなー。理由? しんなーい」
「それよりさ、ハルキ。ね、今度デートしよ。カラオケいこ!」
例えば、読書が趣味の、大人しそうな女子たちに対しても。
「ええと、旧校舎の三階の階段、踊り場に鏡があるんですけど、その辺で幽霊を見たって人が結構いるんですよね。噂ですけど」
「あ、桜散さん。今度この作品が好きな人同士のオフがあるんですけど。今度一緒にいきませんか・・・?」
あるいは、校舎裏にいた、気合いの入った髪型の不良たちとも。
「あー、そいや最近、ダチの一人が、なんか変な声聞くとかでビビってやがったな。ガキだとか、オンナだとか。最近オンナと別れたっつってたから、ストーカーでもされてんだべっつって、笑ってたんだけどよ」
「おう、ハル。今度一緒に走んべや。別にヤン車じゃなくてもいーしよ。カスタムしたフルカウル持ってんだべ?」
保健室で湿布を替えていた、部活命の男子とも。
「あー、最近部活やってたら、夕方、あのフェンスら辺にいつも誰かいてさ。逆光だからよく見えないんだけど、同じ人っぽいんだよね。いつの間にか消えてるから、誰か待ってるのかなって……あ、ハルくんさ、今度の日曜、ヒマ? 一緒にフットサルしない? ちょうどメンバー一人足りなくてさ」
春樹は短い時間で精力的に、人それぞれの『変わったこと』を聞き集めて。
「ま、大体こんなとこやろな」
何かを確認するように、人気のない校舎裏で、春樹は一つうなずいた。
冬子にはなんのことだかよく分からないが。
それでも、何故か春樹が、自分のために動いてくれているのだと分かった。
――――ありがとうございます。
だから。
冬子は頭を下げた。
だが、春樹はきょとんとした後、イタズラっぽい笑みを浮かべて、こう言うのだった。
「気にせんでえーよ」
そう言って、ひらひらと手を振り。
「トーコが美人さんやから、印象よくしとこうかなって思っただけやねん。ほら、可愛い女の子には、やっぱ好かれたいやん? 男としては。トーコと一緒におるのん、楽しいし」
あまりにあけすけな態度で褒めるので、冬子は赤面してしまう。
「トーコは楽しない?」
ぶんぶん、と首を横に振って否定する。
―――いいえ。
昨日から、冬子は完全に春樹に振り回されていた。
それなのに何故か冬子は、飛び回る春樹のそばにいると、安心した。
昨日からずっと。
理由は分からないが、落ち着くのだ。
――――春樹と一緒に居るのは、好きです。
春樹は、八重歯を見せて笑った。
つられて冬子がかすかに笑みを浮かべると。
「トーコは可愛いなぁ」
自分より背丈が低い春樹に頭を撫でられて、冬子はますます顔を赤くした。
恥ずかしい。
でも、悪い気はしなかった。
「あ」
ふいに春樹が、冬子の背後に目を向けて声をあげる。
冬子が振り向くと。
昨日に引き続き、そこに、駒道が立っていた。