おまけ:真の勝者
冬子は、気付けば夢の中に居た。
夕暮れに紅く染まる、彼女のよく見知った駅。
―――ここは。
周囲を見回して、冬子は戸惑う。
自分の格好が、制服姿である事にも戸惑いを覚えた。
駅のロータリーには、黒いワゴン車がぽつんと一台。
ここは、最初、春樹と出会った夢の中……冬子は、この場所の正体をもう分かっていた。
《異界》だ。
陣痛が始まり、経験した事のない痛みの中、冬子は順次の襲撃が来た事を夏美に宿る死霊から聞かされた。
彼女は順次を迎え撃つ為に消え、冬子は一人部屋の中で朦朧としていたのだが。
周囲に人はいない。
冬子は黒いワゴン車に近づき、動悸を覚えながら後部座席のドアを引き開けると。
「久しぶりやなぁ」
その真ん中の席には、黒い骨の姿をした春樹がいた。
見ると、助手席には順次が。
運転席には紅葉が。
そして背後の荷台となっている後部座席には、夏美、フミ、そしてじっちゃんが。
春樹以外の、今現世に〝居る〟全員が座っていた。
かつて夢で見た時は、春樹と夏美しか認識出来なかったが。
今は、全員の顔が見える。
―――何で。
「そりゃ春樹の力やろ」
後部座席のフミが苦笑いし。
「戦う寸前に引きずり込まれた。どういう事だ?」
順次が、首を曲げて春樹を見る。
「梅咲も来た。いい加減説明しろ」
順次は苛立っているようだった。
「ま、そう急かんと。とりあえず、トーコも座りや」
懐かしい声に泣きそうになりながら、冬子は中に入ってドアを閉める。
「種明かしかい? 春坊」
「せや。これ以上引き延ばしたら、夏美と順次が本気で殺し合いを始めてまうしな」
からからと骨の姿で笑う春樹に、紅葉が何かを悟ったように微笑んだ。
「私たちもハメられた。そういう事ですね?」
「人聞きの悪い言い方せんとってや。俺は最善の形になるまで待っとっただけや」
「それをハメたって言うんですよぅ」
ふてくされたように頬を膨らませる夏美。
「ウチの悲壮な決意を返して下さいよぅ。どれだけ順兄ぃと対峙するのが怖かったと思ってるんですかぁ?」
「……お前、夏美なのか」
「ですよぅ!! フミちゃんには嫌味言われるし、体は死んじゃうし、冬姉ぇは何考えてるか分かんないし、散々だったんですよーぅ!!」
「狭ェんだから暴れんなよ」
杖をあぐらをかいて肩に立て掛けたじっちゃんが、バタバタと足を跳ねさせる夏美に顔をしかめる。
―――何が、どうなってるんですか?
冬子の質問に、春樹は楽しそうにその様子を見ていたが、問われてようやく口を開く。
「ま、賭けは結局、最後は俺が勝つように出来とるっちゅーこっちゃ」
春樹は、骨の指で冬子の腹を撫でる。
今は何故か、臨月の筈の腹は膨らんでいない。
「この子の意識までは、《異界》に連れて来たらあかんかったからな。流石に刺激が強すぎるやろ」
その言葉に。
全員が意味を理解出来ずに沈黙した。
「どういうこっちゃ?」
「春坊。嬢ちゃんの腹にいんのはお前さんじゃなかったのかい?」
「……」
フミと、じっちゃんの驚きに、紅葉もいぶかしげな顔をする。
「腹にいるのは、アスモデウスか」
「それも、不正解や。あの小物は今は俺の体の中や。帰ったらきっちり始末しいや?」
何もかも見透かした様子の春樹に、順次が押し黙る。
―――春樹じゃ……ないんですか?
「ちゃうよ。トーコは純潔で、アスモデウスも俺もトーコの腹にはおらん」
冬子は戸惑う。
ずっと、春樹だと思っていたのだ。
「さて、ここで問題や。お腹の子は何なんやろな?」
冬子は分からない。
春樹でも、アスモデウスでも、誰でもない子ども。
今まさに冬子から生まれようとしている、あの子は……。
「神の子……」
ぽつりと、夏美が呟いた。
「本来、処女懐胎は。概念的存在である神の子を産み落とす為の……」
「そういうこっちゃ。神の子の出現に際し、反救世主が出現する。それが回帰教の教主アスモデウスなんか……お前らが信仰する俺なんかは知らんけどな」
皮肉なのか、本心なのか。
まるで読めない春樹は、その楽しげな声で語り続ける。
「でも腹の子は、間違いなく俺っちゅー死神と、トーコの子や。誰も気付かんかったなぁ」
「分かるか、そんなもん」
順次が忌々しげな目を春樹に向け、春樹は肩を竦めた。
「騙される方が悪いやん? 大体、皆酷いと思えへん? 俺がわざわざ、罪もない赤子の体を乗っ取るような酷い奴やと思ってたん? 超心外やで」
嘆くように首を横に振る春樹に。
「お前は酷い奴に決まっとるやろ!」
「間違いねェな」
「今の今まで黙ってた時点で確定ですよぅ」
「これは擁護出来ませんね」
「殺せるなら今すぐ殺してる」
五人に散々に言われて、春樹は逆ギレした。
「なんやねん! だってお前ら、こんくらいせな本気にならんやろが!」
―――どういう意味です?
流石に腹が立った冬子が春樹に顔を寄せると。
「うん、久しぶりに間近で見る冬子はやっぱ可愛いわ」
逆に春樹の手で優しく頭を抱き寄せられ、頬にちゅーされた。
―――そんな事で、誤魔化されませんよ。
「冬姉ぇ。耳まで真っ赤になりながら言っても説得力がカケラもないですよぅ」
醒めた目でそんな二人を見て、夏美はため息を吐いた。
「つまり、この状況を作る事そのものが目的だったってェわけだ。全く、春坊は最後の最後まで油断がならねェ」
じっちゃんの嘆きに、春樹はコンコン、と自分のこめかみを叩く。
「出来がエエからなぁ。俺がおらんようになった後のトーコと子どもを守るには最善の策やろ?」
「つまり、ウチがフミと結託するのを見越して、回帰教と善行寺を潰させて」
「……アスモデウスを泳がせたのも、自分の身を守る為に奴が取る行動を読んだ結果、ですか」
「そんで、本気になった順次に、辺りの勢力を纏めさせて死霊どもにも〝閻魔〟の存在を示したんやな」
「俺を取り込んで、人間側の裏界隈からの手出しもねェようにして」
―――春樹だと思えば、私が自分の身を本気で守ろうとする、と思って。
「そ。トーコも見事に俺に騙されたって訳や。これで最初に『UteLs』でトーコにゲームで負けたんも、一勝一敗でイーブンや」
言いながら春樹は、ロータリーの中央に立つ時計に目を向け。
そろそろ時間やな、と呟いた。
「お別れや。全員、上手い事やってや? 俺のトーコと子ども、任せるで」
念押ししながら、春樹は全員の顔を見回して。
彼は、満足げにうなずいた。
「やっぱり俺は、賭け事には負けへん」




