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&DEAD  作者: メアリー=ドゥ
最終話:狼ゲーム
33/41

第5節:悪魔の巣窟

「【聖母】。其方を我が母とする為に、随分と苦労をした」


 駒道の顔をした誰かは、冬子に言った。

 連れてこられたのは、大きな屋敷。


 洋風の佇まいで、品の良い調度に彩られている上品な屋敷だったが。

 この屋敷には、こびりつくような死臭が漂っているように、冬子には感じられた。


 すれ違う使用人。

 誰かは分からないが、駒道に礼を尽くす上品な女性たち。


 その彼らが動くたび、すれ違うたびに。

 ふわっと香水が薫るように、死の匂いがする。


 あの、売人だったという男と出会った時と同じ。

 冷気を纏う《異界》の気配だ。


 それが最も強い者が、目の前の誰かだった。

 彼が浮かべる透明な笑みは、無垢ゆえの顔ではない。


 濁りきり、黒墨のようになった魂の表情だ。

 彼は、部屋の中に描いた魔方陣の中央に、冬子を立たせていた。


 芝居掛かった仕草で両腕を広げ、まるで子どもにオモチャを与える親のような期待に満ちた顔で、冬子に告げる。


「君を母とする為のプレゼントとして、君に親和する死霊を与えよう」


 その後に続く言葉ほど、意識なく悪意に満ちた言葉を。

 冬子は、今までの人生で聞いた事がなかった。




「受け取りたまえ。―――サエを」




 神話篇と同様の文字で描かれた魔方陣が、ぼんやりと青い光を放つ。

 それは、めまぐるしく形を変えながら床から浮き上がり、やがて短い、一文の文字となって、冬子の腕に巻き付いた。


 腕が、火に掛けたように熱くなる。


「―――ッ!!」


 床にうずくまり声なき悲鳴を上げる冬子を、駒道の姿をした何かは全く変わらない笑みで見下ろしていた。


「そう悦ぶな。喰ってしまいたくなるだろう?」


 床についた自分の長い黒髪を見ながら思わず口を閉ざした冬子の脳裏に、青い文字の意味が浮かぶ。


 それは、冬子の神話篇に記された題名。


 『死子に狂う無貌なるモノ』。


 それを冬子が理解した瞬間、目の前に半透明の死霊が現れた。


 ―――サエ。


 冬子の呼び掛けに答えないまま、サエは。

 変質を、始めた。


 彼女の髪がばさりと抜け落ちて、眼球が裏返る。

 と思えば、ボロボロと目が腐り落ち、上の歯が抜け、鼻がもげて、真っ白な頭蓋骨が現れた。


 ガチン、と残った下の歯と顎を、まるで自分の顔へ食い付くかのようにめり込ませ。


 どろりと溶けた髑髏の上半分が、眼窩と鼻の穴を埋めた。

 そして、頭頂部から黒く染まってゆく。


 水死体が膨れるようにぶよぶよと体が膨れ。

 その後に、メキメキと頭蓋と同色の皮膚が、足が、変形しながら形成された。


 のっぺらぼうに、毛のない頭。


 全身はゴムのような質感の黒い皮膚。

 下顎だけが、悪魔のような鋭い牙となってその無貌を覆っている。


 体は獣の如く前傾で、曲がった体を支える足は犬のような形。

 背骨の半ばから尾が分かれて長くのたうち始め、肩甲骨からは蝙蝠のような翼を生やした巨大なソレは。


 声なき声で、雄叫びを上げた。

 ただ空気のみを震わせる、音なき慟哭。


 ―――サエ。


 前とは別の意味で変わり果てた彼女を見つめながら。

 冬子は、自分の心が冷え切っていくのを感じていた。

 

※※※



 順次はアメリカンバイクから飛び降りて、そのまま屋敷の門に突っ込ませた。

 時速200キロを超える速度で鋼鉄の塊を叩き付けられた門は、一溜まりもなくひしゃげ、吹き飛び。


 同様にスクラップと化したアメリカンバイクのガソリンが引火して爆発が巻き起こった。

 飛び降りてゴロゴロと転がった順次が、何事もなかったかのように起き上がる。


「……無茶し過ぎやろ。何で生きとんねん」


 頬を引き攣らせて自分のバイクを止めたフミが言うと、順次はフルフェイスメットを脱いだ。

 その顔は、人のものではない。


 額に二つの膨れたコブがある、赤黒い顔。

 下の前歯の両脇にある歯が鋭く伸びて、唇から突き出ている。


 鬼。


 そうとしか形容出来ない金の瞳を持つ、順次は。


「目的が達成出来れば手段はどうでもいい。違うか?」

「そらそーやけど……質問の答えになってへんがな」


 言いながら、タンデムしていたリョウと共にバイクから降りて、フミは先に駆け出した順次に続いた。


「派手にやり過ぎて、制限時間つきになってもーたがな」

「奴らが警察に連絡すると?」

「相手がせんでも近隣住民の皆様は一般人やろが!」


 フミの怒鳴り声に、順次は凶悪な笑みを浮かべる。


「悪滅道組に逆らう気概のある一般人がいると良いな?」

「……じっちゃん、姿が見えんと思ったらそういう事かいな」

「うちの親父も、本家に出向いてるよ。『親』の不始末のとばっちりを、少しでも減らそうとしてね」

「娘が死んだっちゅーのに仕事熱心やなぁ」

「そういう親だよ。分かってた事だ。終わるまでは心配するけど、終わってしまえば割り切れるんだ、あの人は」


 暗い目をしたリョウと返す言葉もないフミを伴って中庭を走り抜けた順次は、ドアを蹴り破って屋敷に踏み入った。

 中央に階段のある広いエントランス。


 その階段の上に、タレ目に泣きぼくろのスーツの少年、夏美が立っていた。


「派手な登場ですねぇ」


 艶然と微笑む夏美に、順次は微かに目を細める。


「そういう事か。……フミ、リョウ。先に行け」

「どこに冬子がおるか知ってるん?」


 順次は黙って、中央階段の脇にあるドアの片方を指差した。


「あっちだ」


 順次が告げた途端。

 指差したドアが開いて数名の女性が飛び出してきた。

 総じて白目を剥き、極限まで口を開いている。


「げ、リビングデッド!?」


 フミが呻くのと同時に、順次が数名を連続で蹴り飛ばし、一人の首を掴む。


「ーーーァッ! ーーーー!!」


 首を掴み上げられても苦しむ様子すら見せずに、なおも順次に食い掛かり、掴みかかろうとする女性を冷徹に見つめて、順次は頷いた。


「正解だ、フミ。完全に支配されてる。もう元には戻らん」


 言いながら、鋭く尖った指先を、順次は躊躇いなく女性の胸元に突き立てた。




 ―――絶叫。




 赤い炎に包まれた女性は、順次に落とされるとのたうって炎を消そうとするが、炎の勢いはまるで衰える気配がない。

 見ると、順次に蹴り飛ばされた他の者も炎に包まれて、同じように暴れている。


 完全に焼けて動かなくなった死体をカケラも残さず焼き尽くしてから、炎は消えた。


 ものの数秒。


「行け」


 言う順次に、フミとリョウは即座に従い、姿を消した。

 大人しく見逃した夏美は、笑みを消さずに順次を見下ろしている。


「お前、薄絹まといだな?」




 順次の問いかけに、夏美は小首を傾げた。

 綺麗に揃えた髪が、さらりと流れる。


「あら、よく分かりましたねぇ」



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