表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
&DEAD  作者: メアリー=ドゥ
最終話:狼ゲーム
32/41

第4節:狼は誰だ?


 フミの再現した映像は、そこで終わっていた。


「春樹は、死んでもーたんか」


 タバコの火を消したフミが呟くと、順次は拳を握り締めた。

 顔には、深い怒りが浮かんでいる。


「……夏美」


 底冷えするような声を発する順次に、事情を知らないリョウが問い掛ける。


「誰?」


 順次はリョウに目すら向けなかった。

 代わりに、じっちゃんが答える。


「春坊の弟だよ。しかし、ナツは春坊を裏切るような子じゃァ、ねェんだがなァ」


 頭を掻きながら納得いかない様子のじっちゃんに、何か考え込んでいるフミが口だけで会話に加わった。


「見たまんまがホンマの事なら、世の中苦労せんやろ。じっちゃん」

「そりゃそうだがなぁ」


 二人のやり取りに疑問を覚えたのか、順次が顔を向けた。


「どういう意味だ?」


 フミは、自分でも整理がついていない事を語るかのように指先を唇に当て、目を伏せ気味に虚空を見ながら言った。


「まず、何で春樹があんなあっさり殺されとんねや? 相手は、あの春樹やで。発動したら無限に追っかける俺の死霊を巻くような人間離れした奴が、何でたかが銃で殺されるんや?」


 フミは、自分の内心を語る。


「俺は春樹を全く信用してへんかった。良いように利用された挙句に逃げられてるんもしょっちゅうやったしな。大体あんな狂った奴、お前ら他に知っとるか?」


 その言葉に対する答えはない。


「春樹が死ぬ時はアイツに親和しとる死霊に取り殺される時やって、俺はずっと思っとった。あんなに躊躇いなく《異界》のことに首を突っ込んで、しょっちゅう出入りしとったやろ。中でのアイツの姿、見た事あるか? 親和し過ぎて真っ黒な骨になっとった。あんなん、人間ちゃうやろ。普通やったら既に死霊化しとってもちっともおかしない。正気で居られる事がそもそも狂っとるレベルや」


 誰よりも、何よりも、春樹を恐れていたフミだからこその言葉だった。


「あの狂人を野放しにせんとあっさり殺せんねやったら、俺がとっくに殺しとる」

「だがよォ、フミ。実際に今見た事が事実じゃねェのかい? 春坊は殺された。それとも、今見た事が嘘だってェのか?」


 じっちゃんの問いかけに、フミは首を横に振った。


「言ったやろ。見たままが事実なんかどうか、それを考えてんねや。疑問は他にもあるで。……まといや」


 ノブが救い、春樹が放逐した少女。

 不気味な経験をして、既に春樹にも『UteLs』にも何の関わりもなく、関わりを持ちたいとも思わないであろう少女だ。


「何であの場で、アイツまで死んどったんや。それ以前に、居た理由が分からん。それに駒道の体を乗っ取った奴は誰やねん。見ただけじゃ分からん事ばっかやで。むしろ謎が増えたくらいやんけ」

「駒道とかいうガキを乗っ取った奴にゃ、一つ心当たりがあるぜ」


 じっちゃんの言葉に、順次とフミが目を向ける。

 彼は真剣な目をしていた。


 底光りする目で、重い事実を口にするように声を低くする。


「回帰教だ。春坊に言われて、ナツがそれを探ってた。俺は駒道とかいうガキを手下(てか)に追わせたところだったんだ」

「何でや?」

「……駒道に関わった死人は、春坊とまといの嬢ちゃんだけじゃねぇ」


 リョウが、ギリ、と歯を噛んだ。

 その様子で予想はついたが、順次は問い掛ける。


「……誰が死んだ」

「サエだよ」


 リョウの震える声音は、悔恨に染まっていた。

 予想通りの名前に、順次は次の質問を投げる。


「何故だ」


 じっちゃんは、ゴソゴソとジャージのポケットを探り、USBを取り出した。


「パソコンあるか? この中に、そん時の画像が記録されてる。監視カメラってェモンは、どこにでもありやがるからな」


 紅葉が黙って春樹の部屋に入り、ノートパソコンを持ってきた。

 全員で画面を見ると、じっちゃんが慣れた様子でそれを操作し、一つの映像が映る。


 じっちゃんの手に入れた監視カメラの画像には、まずサエが非常階段の出入り口から出てくる様子が映った。

 すぐ後に出てきた相手は、サエに密着するように背後にいて、監視カメラの位置的に顔が見えない。


 サエが相手を振り向き、相手は。



 彼女を、躊躇いなく階段から突き落とした。




 転がり落ちるサエ。

 望遠の監視カメラには、階下の様子までが映っている。


 その階下には、魔方陣が描かれていた。

 転がり落ちたサエは、明らかに首の骨が折れており、一目で死んでいると分かる姿で魔法方陣の上に横たわっている。


 不意に、サエを突き落とした相手が、監視カメラの方に目を向けた。

 まるでそこにカメラがあるのを知っていて、わざと見えるように犯行を行ったようだ。


 こちらを見上げているのは、透明な笑みを浮かべた、駒道。


 映像は、そこで終わっていた。

 リョウは見るに耐えなかったのか、目を背けている。


「……これを見てからよォ、俺ァ駒道のガキを即座に追わせた。奴は、逃げも隠れもしちゃいなかったよ。すぐに見つかった。奴が出入りしてたのはなァ」


 そこで、じっちゃんの声も暗くなる。


「善行路の野郎の屋敷だ。あの馬鹿、やらかしやがったんだ」

「極道と死霊に、何の繋がりがある」


 順次の問いかけに、じっちゃんは体を起こして、首を回した。


「善行寺んトコはな、代々&Dをアタマにする。俺の兄弟分の、あのボケも&Dだ。最近さっぱり姿を見ねェと思ったら、あの野郎、取り込まれてやがったんだよ。今、善行寺の本家は、回帰教の巣だ」

「頭の善行寺は、どんな死霊と親和していた?」

夢魔(インクブス)だ。だからだろうなァ。回帰教のアタマは有名な淫魔の頭領だろ」

「―――アスモデウス」


 順次が呟き、じっちゃんが頷いた。


「俺は昔っからあの野郎が気に入らなかった。なよなよしてやがって、女引っ掛けるのが上手くてなァ。世渡りだけは死ぬほど上手くて、実際に組を仕切んのは引っ掛けた女ども。喧嘩もからっきしだ。そんな奴をアタマに据えなくちゃなんねェ組員が哀れでよ。兄貴兄貴とヘラヘラ寄ってくるアイツを、何回しゃんとしろって蹴り飛ばしたか知れねェ」


 そうこき下ろすじっちゃんは、しかし心の底から憎んでいる様子ではなく。


「……だが、性根まで悪ィ奴じゃなかった。決して、奴を助けた連中を死霊の力で引っ掛けた訳じゃねェ。たまたま、回帰教が必要なトコに、操りやすい奴が居た、ってェトコなんだろ。今までの運の良さのツケなのかも知れねェがーーー許せるかどうかたァ、また別の話だよなァ」


 夢魔は、《異界》におけるアスモデウスの眷属だ。

 もしアスモデウスが、親和した夢魔に宿主を取り殺すように命じたら。


 それは、あっさりと達成されるだろう。


「嬢ちゃんもその屋敷にいるだろうよ。わざわざ連れて行ったってェ事は、今すぐ殺す気はねェだろ。【聖母】だったか? それが、奴らの目的を知る鍵だろ」

「母親……」


 順次は、ぽつりと呟いた。


「何か、心当たりがあるんか? 順次」


 順次は、自分が何に引っかかりを覚えたのかを探り、思い出す。


「春樹が言っていた……スペクターには実体がないが、リビングデッドと違い、死骸ではない肉体を得る方法がある、と」

「受肉、ですか」


 順次の言葉に、紅葉がそっと言葉を添える。


 受肉は、スペクター……即ち非実体である死霊の筆頭、天使や悪魔に類する存在が最も多用する実体化の方法だ。

 人に宿り、生まれ出る方法。


「それを、嬢ちゃんでやろうってのか? 理屈は分かるが、何でわざわざ?」

「受肉には、特殊な条件がある、と、春樹は言っていました」


 バーテンとして、最も長く春樹と接したのは紅葉だ。

 彼が、春樹と言葉を交わした機会は多い。


「女性が死霊と親和しただけでは、受肉は為されない……条件は、子に関する死霊との親和がある存在であり、かつ、純潔である事。そして魂の有り様が、死霊と化せば自身に匹敵する死霊と化す可能性がある、狂気の魂の持ち主である事。さらに月の巡りやその他、複雑な条件の元に、ようやく受胎が可能である、と」

「アスモデウスと同等の魂……そりゃ確かに、難儀な条件やな」

「冬子さんが……それを満たしていると?」


 うなずくフミに対して、リョウが戸惑った声を上げる。


「あの子は、サエから話は聞いた事があったけど。大人しい、普通の子みたいだったよ?」

「あのな、リョウ」


 フミは呆れた声を出した。


「大人しい普通の子が、春樹と一緒に居れる訳ないやろ。あの春樹に惚れる時点で、そもそも冬子は狂っとんねんて」

「狂っていようがいなかろうが、どうでもいい」


 順次は、必要な話は聞いた、と思っていた。


「春樹が死んでいないなら、問題は何もない。死んでいれば夏美に報いを受けさせる。そしてどちらであろうと、アスモデウスは殺す」


 既に決定された事実を口にするように、順次は告げた。


「屋敷を襲い、冬子を連れ出す。―――誰が〝狼〟だろうと、関係ない」


 順次の考えはシンプルだった。

 あの場で嘘なく生き残っている〝羊〟は冬子だ。


「真実は、あいつに聞けば分かる」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ