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&DEAD  作者: メアリー=ドゥ
最終話:狼ゲーム
31/41

第3節:狂人の愛


「何が起こった」


 そんな順次の問いかけに、答えを持つ者はいなかった。


 『UteLs』の店内は荒れていた。

 店内の中央にあるテーブルが倒れており、椅子も散らばっている。


 入り口から奥のライブハウスのドアへ向かって開かれているのは、血染めの道だった。

 中でも一番血溜まりが濃いのは、ライブハウスの横にある木目の壁で、そこから入り口へ向けての床に、引きずったような血の跡が残っている。


 明らかに生命維持が困難な量の出血の跡だった。


 だが、壁から床までべっとりと張り付き、固まりかけて淀んだ赤黒い液体の持ち主はいない。

 その事が、より不気味に店内の状況と謎を形作っている。


 今、『UteLs』の店内にいるのは、順次の他に四人。


 バーテンの紅葉。

 運び屋のフミ。

 極道のじっちゃん。

 そしてサエの兄である、リョウ。


「梅咲もいない。この場で何があったか」


 順次が再び口を開き、フミを見た。


「お前の力なら、〝 視える〟だろう?」


 その目は苛烈な色を宿し、普段の眠たげな様子は面影もない。

 そうして立つ順次は、支配者の威圧を身に纏っていた。


 まるで、罪人に虚偽を許さぬ審判者のごとき彼の声に。

 フミはうなずいた。


「でもあんま、期待したあかんで。俺の死霊は、特定の対象に張り付くのに適した死霊や。サイコメトリーは専門外。多分、場に残った一番強い記憶しか再現出来んで」

「それでいい。対価は?」

「……特別に、タダにしといたるわ」


 こんな時でも律儀な順次に苦笑しながら答えて、フミはタバコに火を付けた。


 死の気配がこれ程濃厚な場では必要のない過程だが、フミはその手順を踏むことで、ざわめく気持ちを鎮めたようだった。


 少しの間を置いて、彼は不意に腕を差し出す。


「〝顕現〟」


 言葉に応えてフミの手に神話篇が現れ、解けて、腕に不可思議な青文字として纏わりつく。


 店内に溜まる、重苦しく淀んだような気配がその濃さを増した。

 気配は光すら侵すように、黄昏に似た暗さを周囲に振り撒き始める。


「〝招来〟」


 薄暗い店内の光が届いていない場所で、何かが動く。

 それは徐々に数を増していくようだった。


 やがて、ふわり、ふわりと漂い出てきたのは。

 数十を超える眼球だった。


 それらはゆっくりと、その瞳にありとあらゆるモノを映しながら店内に広がっていく。


 神話篇によって招来されたその死霊の名は〝執着する視線(パッシブストーカー)〟。


 フミの親和する死霊だった。


「〝発現〟」


 フミの声と共に。

 今度は積極的にぎょろぎょろと周囲を見回し始めた眼球が、やがて一斉に、乾いていない床の血溜まりに目を向けた。


 店内の光を反射して景色を映すそれは、鏡。

 瞳と血だまりの合わせ鏡が、店内に幾つもの無限回廊を作り出し。


 彼らの周囲の空間が、ぐにゃりと歪んだ。


※※※


 冬子の見る前で、春樹は死にかけていた。

 彼は腹に銃弾を受け、人形のように足を投げ出して壁にもたれている。


 血を失った土気色の顔は、既に死人のようで。

 しかし目の輝きだけは、その意思の強さを顕す笑みだけは、全く翳っていなかった。


 春樹の、傷口を押さえた手の隙間からは、止まる事なく血が溢れては服を汚し。

 床にゆっくりと広がる生暖かさを感じる水溜まりを作っていく。


 店の入り口近くでは、まといがうつ伏せに倒れて微動だにしなかった。

 そして、春樹の心臓に、銃で狙いを定めている人物がいる。


 夢で見た時、春樹と一緒にいた。

 つい最近冬子が知り合った少年、夏美。


 姿形はまるで変わらないのに、今は暖かさの欠片もない無表情で、春樹を見ていた。


「残念だったな、桜散春樹」


 場にいる最後の一人が、口を開いた。


 冬子の首に手を回して片腕を後ろに押さえつけ、透明な笑みを浮かべてそう言った男は。


 駒道、だった。


 春樹が、のろのろと彼に視線を向ける。


「……お前、コマッチちゃうやろ? 一体、誰や?」


 春樹の問いかけに、駒道は優雅に首をかしげる。


「私の事は知っているだろう? 既に《異界》の王であり、これより、死霊全ての王となるべき者だ」


 その言葉に、春樹は、クッ、と喉を鳴らした。

 嗤ったのだ。


「小賢しく動くしか能がない〝プレイヤー〟如きが、笑わせるわ。死霊らしく《異界》に引っ込んどれや」

「その如きに、今、殺されかけているのは誰かね? 君が現世の事を心配する必要はない……すぐに去るのだからな」


 春樹の悪態に、駒道の笑みは全く崩れない。

 己の優位を確信するその様は、まるでサエの親と対峙した時の春樹のようで。


 冬子は、その立場にいるのが春樹でない事に、嫌悪を感じた。


「話は楽しいが、時間が惜しい。君の苦痛を終わらせてやろう。感謝するが良い」


 春樹は、狂気を感じさせる笑みを崩さないまま、冬子に目を向ける。


「なぁ、怖いやろーけど、心配しなや、トーコ」


 春樹は、傷口を押さえるのとは逆の手を上げて、冬子を指差した。


「俺は、お前といつも一緒や。お前は、俺のモンやからな。離せへんで」


 笑みの種類を、とても優しいものに変えて。




「―――愛してるで」




 言葉と共に響いた銃声は、春樹に永遠の沈黙を与えた。


「死骸はどうされます?」


 兄を見るものとも思えない冷たい視線で春樹を見ながら問う夏美に。


「持っていけ。それなりに力を持った&Dの死骸だ。褒美に誰かに喰わせれば多少は力となるだろう」

「仰せのままに」


 夏美は春樹の襟首を掴むと、ズルズルと引きずり始めた。

 血の跡を引きながら入り口近くにつくと、まといの死骸に目を下ろし。


「こちらは喰らっても?」

「構わん」


 夏美は、まといの死骸に手を触れた。

 するとしばらくして、まといの体が萎み始める。


 乾くように血が抜け、皺くちゃになり。

 やがて風化したようにボロボロと崩れ落ち。


 その乾いた屑すらも、夏美の手に吸い込まれるように消えて。

 後には、制服だけが残った。


 その服を回収した夏美が、再び春樹を引きずりながら階段を上がり、店の外へ消えると。


「貴女も来るのだ、【聖母】よ。歓迎しよう」


 そのまま、抵抗する事すら出来ないまま、冬子も連れ出された。


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