第6節:真実の檻
『サエが&Dに襲われたのは、あいつの父親のせいや』
春樹が冬子にそれを話したのは、フミの調査が終わった直後のことだった。
『プッシャーグループを、その&Dに潰すように依頼しとったんや。サエは、その巻き添えを喰らった』
彼は、冬子に聞いた。
『トーコは、どうしたい?』
冬子は問われて、自分の意思を春樹に伝えた。
―――これ以上、関わらせて欲しくありません。
―――まといにも。
―――サエにも。
春樹は、一つうなずいた。
『他には?』
―――言う前に、一つ質問をしてもいいですか?
『どうぞ』
―――なぜ、サエの父親はあのグループを潰そうとしたですか?
『自分の息子を、グループから引き離すためや。言ったやろ?』
――――では、リョウは。
春樹は、一息置いてからうなずいた。
『せや。リョウは、サエの兄貴や』
※※※
「グループは解散したんだろう? ならばこれ以上誰にも手を出すな。ああ、報酬は振り込んでおく。では」
サエの父親はそれだけ告げて電話を切り、春樹に言った。
「これでいいか?」
疲れたように虚脱した顔のサエの父親に、春樹はうなずく。
「ええで」
そして、春樹たちは委任状にサインした。
丁度そこに、二人の少年を従えた黒服が入ってくる。
片方はフミ。春樹がうなずくと、軽くうなずき返した。
もう一人は、少しチャラいが、人の良さそうな顔の少年。
リョウだった。
しかし、今その表情は険しく引き締まっている。
「娘も、解放してもらおう」
「サエのところには、もう誰もおらんよ。病室からも連れ出してへんし」
素っ気なく言い、春樹は立ち上がった。
じっちゃんが委任状を畳みながら、サエの父親と春樹に言った。
「委任状は、俺が責任もってオヤジに届ける。賭けは春樹の勝ち、内容は良識通の坊主が依頼を撤回すること。この勝負に関する遺恨は忘れる。てェことで、いいんだな?」
「ええよ」
「……問題ありません」
「んじゃな」
最初に、じっちゃんが来た時と同じように飄々と出て行った。
「行くで、トーコ、フミ」
冬子はうなずき、フミは、
「おう」
と返事をした。
出て行く春樹に、リョウを横に従えたサエの父親が問いかける。
「貴様、本当に何者だ?」
「別に何者でもないわ。こんな回りくどいことしな、あんたにも会われへんような……」
春樹は男性を振り返って、面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「ちょっと賭け事が得意なだけの、ただのガキやで」
※※※
春樹たちと別れた後。
サエの父親はリョウを伴って、病院に向かった。
二人とも、一言も口をきかなかった。
病室に入ると、サエはごく普通にベッドで腰を起こしていた。
「サエ」
さすがにほっとした顔でサエの父親が呼びかける。
しかし、サエは黙ったまま何も答えず、父親の顔を見ていた。
「大丈夫か?」
リョウの言葉に、やはりサエは答えなかったが、かすかにうなずいて見せた。
それを尻目に、父親はスマホを取り出し、電話をかけた。
「私だ。一つ依頼をする」
父親の言葉に、リョウとサエが同時に注目する。
「春樹、トーコ、フミという三人を始末しろ。居場所は追って伝える。それで、私の娘に手を出したことは不問にしてやる」
それだけ告げて、父親は電話を切った。
「……父さん?」
小さく、リョウが呼びかけるが。
父親はそれに答えず、一方的に言葉をつむぐ。
「亮、サエ。お前らはしばらく留学しろ。手続きはこちらで取る」
「父さん」
「サエに手を出したあの&Dも、全て終わったら始末する」
「父さん」
「心配するな。お前たちが帰って来た時には、全て終わっているように……」
「聞いてよ、父さん」
父親は、そこでようやく二人の様子がおかしいことに気付いた。
「……お前たち、何故そんなに落ち着いている?」
攫われたり襲われたにしては、あまりにも平然としている。
そんな父親の質問に、リョウは。
「だって」
一言前置きをして、衝撃的な言葉を告げた。
「今までのこと、全部、お芝居だからさ」
父親は、リョウの言った言葉の意味が分からなかった。
「……どういう事だ?」
問う父親に、サエが初めて口を開いた。
「お父さんがそういう態度を取ることまで含めて、全部春樹の策略だった、って事」
無表情に、醒めた目で。
サエは言う。
「私たちも、グルなのよ。お父さん」




