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&DEAD  作者: メアリー=ドゥ
第3話:ポーカー
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第4節:這い回る罠の糸


 冬子には、自分が&Dであるという自覚は、話を聞かされた後にもなかった。


 ただし、春樹の目の前に座る男が&Dである誰かを使い、サエに迷惑をかけた人物だ、と言うことだけは、事前に聞いている。


 二人の間のテーブルでは、既にカードが開かれていた。


 春樹が2ペア。

 男性は、フルハウスだった。


「賭けでは負け無し、だったかな?」

「三番勝負やからなぁ。別に一回負けた所で、痛いわけでもないし」

「減らず口だな」

「事実やからなぁ」

「では、もし仮に君が勝ち、要求を口にしたとして」


 男性は、新しい、使っていたものとは別の柄のカードを取り出し、デッキを繰りながら言う。


「それに、わたしが従わなければいけない理由はなんだ?」

「108億支払えるなら、別に聞かんかったらええんちゃうか?」

「もしかしたら、そちらの方が良いとわたしが判断するかもしれん。理不尽な要求を飲むよりは、とな」

「だから、そんな大層な要求はせぇへんって」


 と、そこで春樹は八重歯を覗かせる。


「大体、もし理不尽な要求だったとしても、あんたは呑むやろ。―――息子の命と引き換え、やったらな」


 中年男性の、デッキを繰る手が止まった。

 春樹を、それまで以上に鋭い目で見据える。


「どういう意味かね?」


 春樹はスマホを取り出して、時間を確認した。


「そろそろ、あんた宛に電話がかかってくる頃合や」


 事情を察し、不穏な空気を醸し出しながら。

 男性は、にやりと笑った。


「私が、そういう事態に対してなんの手も打っていないと思うかね?」


 しかし、春樹の表情は変わらない。


「さーなぁ。ま、電話があれば分かるやろ」


 その言葉を最後に、二人の会話が途切れた。


 春樹がデッキをカットし、二人はカードを交互に一枚づつ取って、伏せたままテーブルに並べる。

 中年男性も、春樹も、それ以上カードには手を触れない。


 別室から、黒服が入室して男性にスマホを差し出した。

 彼はスピーカーモードをオンにしてから、スマホに語りかける。


「私だ」

『あ、父さん?』

(あきら)か。どうした?」

『あ、うん。さっき変なヤツに襲われてさ』


 電話口で、男性の息子は淡々と喋っている。

 中年男性がちらっと春樹を見ると、彼は無表情にその会話を聞いていた。

 余裕のある笑みを浮かべて、男性は会話を続ける。


「そうか。ケガはないか?」

『ああ、うん。ケガはないんだけどさ……』


 と、亮は言葉を濁し。

 次の瞬間、男性の表情が固まった。




『ゴメン。その変なヤツに、拉致られた』



 

※※※


 少し時間は遡り、ある病院の廊下の隅で。


 少年は、首元に鋭く冷たいナイフの刃を向けられていた。

 ナイフを握っているのは、フミだ。


「どういうつもり?」


 少年は両手を上げた姿勢のまま、険しい顔でフミを見る。


「悪いとは思ってんねんけど、事情があってなぁ」


 と、悪びれた様子もなくフミはくちびるを曲げる。


「ちょっと、協力して欲しいねん」

「嫌だ、と言ったら?」


 フミは、上に目を向けた。


「もしかしたら、入院患者の一人に不幸が起こるかもしれんなぁ」


 不快感を浮かべていた少年の目に、怒気が宿る。


「お前……もしアイツに何かしたら……」

「アンタが協力的やったら、そんなことにはなれへんよ」


 言いながら、鮮やかな手際でフミはナイフを仕舞う。


「ま、話だけでも聞いてや」


 彼は元々細い目をさらに細めて、にっこりと笑った。


※※※


「スリーカードや」

「……ツーペア」


 満足そうにうなずく春樹と、険しい目で春樹を睨む中年男性。

 冬子には、二人の抱く感情と現在の状況が、そのままカードに出ているように見えた。


「ボディガードは、どうした?」


 中年男性が、部下に聞く。


「それが、現在連絡が取れません」


 男性は舌打ちし、春樹に目を戻した。


「どんな手を使った」

「さぁ。ま、息子さんトコに行かせたヤツは、人の裏を掻くのが得意なヤツやけども」

「ふん。この程度のことで優位に立ったつもりか?」

「まさか」


 春樹は、醜悪なほどに口許を吊り上げた。




「あんたみたいな大物脅すのに―――人質が、たった一人のわけないやろ?」




「なんだと?」


 春樹の言葉に、男性は初めて狼狽した。


「貴様、まさか―――!」


 カードを配っている間に、再びの電話。


「どうぞ、遠慮せずに出てや」


 余裕に満ちた春樹の顔に、男性は険しい視線を投げて電話を取った。


『……お父さん』


 その電話から聞こえたのは、


 まぎれもなく、彼の娘の声だった。


※※※


 順次は、病院の廊下から窓の外を見下ろしていた。

 フミが自分のバイクに少年を乗せて、連れて行くのが見える。

 それを見送ってから、順次はある病室に向かった。


 個室だ。

 そこには、一人の少女がいた。


 体を起こして開いた窓に目を向けていたが、順次の気配を感じて振り向く。


 順次は、彼女に黙ってケータイを差し出した。

 彼女は、順次の差し出したケータイを耳に当てる。


 何度かのやり取りを得て、ようやく目的の人物が電話口に出た。


「……お父さん」


 そのたった一言だけをつぶやいて、彼女は通話を切った。

 順次はうなずいて手を差し出す。


 少女は、順次の手に黙ってケータイを乗せた。

 順次は、そのまま少女に背を向けて、振り向きもせず姿を消す。


 病室の床には、黒服の男達が四人、気絶させられて転がっていた。


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