第3節:&DEAD
「まといの件の〝プレイヤー〟は、&DEADや」
『UteLs』のカウンターにあるストゥールで片ヒザをかかえて額を押し付けながら、春樹が言う。
店に居るのは、春樹、フミ、順次、そして冬子の四人だった。
春樹の口調は軽いが、その目は真剣そのものだ。
「最初のサエの事件と、二回目のノブの事件。これは、繋がっとる」
春樹は、二本指をカウンターに置いた。
「キーは、リョウや。この事件で唯一無事で、しかもなんの被害も受けてへん」
「あいつが犯人か?」
「いや」
カウンターにもたれた順次の問いに、春樹が首を横に振る。
「リョウは、多分なんも知らん。今回のことを仕組んだ誰かは、売人だったナグのグループからリョウを引き離そうとしてるように見える」
ナグ、まとい、ノブ、リョウ、駒道。そしてサエ。
ナグは狂い。
まといは二度とゲーセンには近づかないだろう。
ノブは死霊となり。
駒道も、本来ならサエに殺されるはずだった。
「多分、最初はノブに全員やらせる予定だったはずや」
グループで少し浮いていたノブ。
いさかいがあり、彼は死んだ。
誰かがその魂を死霊と化し、殺したナグと駒道に向かわせた、と春樹は続けた。
「せやけど、プッシャーにノブを憑かせた後、駒道を襲わせる前に、プレイヤーは見つけたんや」
もう一人、駒道に関わって生死の境にあった少女。
サエだ。
「プレイヤーは多分、素質のある人間を死霊にする力を持っとる」
春樹の思考は続く。
「イレギュラーなサエをあえて使うことで、駒道の件をグループとの関わりから、外そうとしたんや。そっちの方が狙いを悟られにくいやろーしな」
真の狙いである『リョウをプッシャーから引き離す』事に対する、カモフラージュとして。
「しかもプレイヤーは、この一連の状況を……人を死霊にしたり、殺したりすることを楽しんどるように見える」
でなければ、関係のないサエをあえて生霊にしようとは思わないだろう、と。
フミが、春樹の物言いに疑問を呈す。
「全部推論やろ? 春樹」
「せや。やから、今から裏付けを取ってもらうんや、お前に」
春樹の言葉に、フミは頭を掻いた。
「んなこったろーと思ったけどな。……ま、ええやろ。それがホンマなら、胸くそ悪いしな」
「リョウの周りを洗ったら、多分なんか出ると思うで」
「おう」
フミが答えて、店を出る。
「お前の推論が正しいとして」
次に、順次が口を開いた。
「そのプレイヤーには、何の得がある?」
「金やろ。いわゆるマニー」
「なんでわざわざ英語で言う」
「なんとなく」
「……金だけか?」
「楽しみ、もあるかもせーへんなぁ。これだけ大掛かりなことやって姿も見せてへんねんから、十中八九、相手はプロやろ。依頼請け負い専門のな」
「なら、俺達はどう動く?」
春樹は特に考えもせずに言い返した。
「とりあえず、フミが戻ってくるまでは、大人しくしとくのが一番やろ?」
順次は了解したのか、それきり黙り込んだ。
会話が終わった事を察した冬子は、不思議に思ったことを春樹に訊いてみた。
―――&Dって、何ですか?
「&Dってのは、オレらみたいな人間のことや」
と春樹は、自分の胸に手を当てた。
「分かりやすく言うと……いわゆる死霊術士、てヤツがそれに近いやろな。世間的には死者の魂と交信したり、契約して力を借りたりっちゅーのが一般的なイメージやけど」
春樹は言葉を区切り、順次に目配せする。
順次はタバコに火を付け、カウンターの上に置いたグラスに手をかざした。
「正確には、特定の死霊と親和する魂を持つ人間のことを、俺らは&Dって呼んどる」
水面に順次の手が映り、そこから浮き出るように古ぼけた紙片が現れる。
「あれ、神話篇、て言うんやけどな。《異界》に在る死霊の記憶が刻まれた詩篇や。本人以外には読めん文字で綴られたアレを媒介にして、俺らは《異界》に干渉する」
―――あの、鏡の中の世界に潜り込むのが?
「&Dの持つ力の一つやな」
冬子は一度だけ春樹に《異界》に連れていかれた時の事を思い出す。
むせ返るような、血の匂いがする世界。
順次がタバコを消すと、神話篇が宙に溶けた。
「死霊には、色んな種類がおる。死んだ人間や動物、西洋の悪魔みたいな連中、東洋の妖怪、別次元に存在した魔物みたいなモンまで、様々や。得られる力も千差万別やしな」
そこで、春樹は一本指を立てた。
「けど、どんな死霊と親和しても、絶対に架せられるルールが一個ある」
冬子は、黙って耳を傾けた。
「《異界》に長時間居たり、力を振るいすぎると、自分も死霊になるんや」
春樹の顔を、冬子は見つめた。
《異界》で目にした、春樹の黒い骨の姿。
あれは、春樹が死霊に近づいているから、なのだろうか。
しかしその事には言及せず、春樹は指を下ろした。
「正確には、親和し過ぎて元の死霊に取り込まれるんやけどな。目安は、体の文字の広がり方や」
文字は最初、体のどこか一部に現れ、時間や力の振るい方によってどんどん広がっていくのだという。
そして広がり切った時に、親和していた死霊と同化するのだと。
「《異界》は死界や。死後の世界とはちょっと違うけど、この世界よりも限りなく死に近い。そこに自由に干渉出来、超常の力を振るう者を、昔の人間は『不死なる者』と呼んだ」
春樹は、軽く微笑んだ。
その笑顔に濃い死相が浮かぶのを、冬子は見たような気がした。
「実際は逆やねんけどな。&Dは、普通の人間よりも限りなく死に近い存在や」
だが、それも一瞬のこと。
「死霊と&Dの力の源は、本質的に同じやねん。ただ、《異界》から出たくないから人に手を貸して、代わりに生気を吸うか、人に寄生してこっちで好き勝手振る舞うか、の違いでしかない」
な? と順次の顔を見る春樹だが、順次は反応しなかった。
春樹は肩をすくめて続ける。
「ちなみに、もし仮に、普通の人間が《異界》に取り込まれたり死霊に憑かれたりすると、すぐに汚染されて死ぬ。取り込まれたら保って一日、憑かれたら十日が目安やな」
冬子の脳裏に、駒道や、プッシャーのナグの末路が思い浮かぶ。
「こっからが重要やねんけど」
春樹は、どこか諦めたような口調で、冬子に言う。
「《異界》の空気に触れて廃人にならんと無事で居られんのは、&Dの証やねん」
聞かされた言葉に、冬子は首を傾げる。
春樹は、冬子を指差した。
「まだ目覚めてへんけど、トーコ。お前も、&Dやっちゅーこっちゃ」




