第3節:人生最悪の知り合い
『春樹と会った日は、全部人生最悪の日や』
それは、後に仲良くなってからのフミが、冬子に告げた言葉だ。
ブォン、と軽めのマフラー音が駐車場に響いた。
そちらを見ると、オレンジと黒のツートンカラーに塗られたバイクが、こっちに向けてエンジンを吹かしていた。
しかし、ケンカを売られているわけではない。
そのバイクは、至極正当な主張をしているだけだ。
問題があるのは、冬子が今またがっているこのバイクだろう。
メタルクリムゾンのフルカウルバイク。
それが、駐車場の走行路を塞ぐように止まっていたのだ。
左右の駐車場は車で塞がれ、その道を通らないと駐輪場にはいけない。
冬子の前に座る搭乗者は、相手のバイクを意に介した様子もなく動かない。
フルフェイスメットに隠されてどういう顔をしているのかも見えなかった。
痺れを切らしたのか、ツートンバイクの搭乗者が下りてこちらに来た。
中肉中背で、どこか斜に構えたように人を見る少年。
彼は文句を言おうと口を開きかけて……ピタ、と止まった。
そのまま、くる、と回れ右をした彼の背後から。
ドルン、と重いマフラー音が聞こえ、退路を塞ぐように黒いバイクが路上に出て来た。
変わった形のバイクだ。
アメリカン、という種類らしい。
言われても、冬子にはまったく分からないし、覚えられないが。
とりあえず、前後を塞がれた形になった少年は、硬直したように立ち尽くしている。
なんだか、冷や汗を流しているように見えるのは、気のせいだろうか。
「逃げることないやん。冷たいなぁ、フミちゃんは」
「いや逃げるやろ」
わざとらしくゆっくりフルフェイスメットを脱いだ春樹に、同じようなイントネーションで、斜に構えた少年は言葉を返した。
「今度は何の用やねん?」
「そんな、情報屋のフミちゃんに求めるのは情報に決まってるやんか☆」
「俺は運び屋や。それも違法御法度。分かったら帰れ」
「情報も運んでるんやろ? お客をそんな邪見に扱ったら人気なくなるで?」
「いっつも金払わんくせに、何が客やねん。ヤカラの間違いやろ」
「ツレやんか。そんなヒドいこと言わんといてや」
「い・つ、俺とお前はツレになったんや!?」
「もちろん、生まれた時から」
「お前と知り合ったのはほんの2年前やろが!?」
「せやけど、それがどないかした?」
「くぁー、ホンマに話してて腹の立つヤツやのぉお前は!」
「どうでもいいが」
脱いだメットを叩き付けんばかりに歯を噛み締めるフミに、アメリカンにまたがったままの順次がタバコに火をつけながら言う。
「場所、移すぞ」
くい、と顎をしゃくられ、フミは抵抗する素振りを見せたが。
「まぁまぁ、今更逃げれるとか思ってへんやろ?」
という春樹の言葉に、フミはがっくりと肩を落とした。
そしてバイクを止めてゲーセンの中に移動した4人は、奥の四人席カフェスペースに腰を落ち着けた。
「へー。店名変わったからネカフェ無くなったんかと思ってたわ」
「狭くはなったけど、ちゃんとあるわい。ま、もうすぐヤサ移すけどな」
「何でなん?」
「組サン関係入ったからな。ちょっともうムリや」
春樹がニヤ、と口許を歪める。
「ヤク?」
「ネクロ、ちゅう新種のヤツ。ダウン。基本、アンダー18」
「10本?」
「まさか。せいぜい1〜3本くらいや」
「それはそれは。トび具合と回転率は?」
「ハッパくらい。でも幻覚はハンパないらしいで」
「へぇ。ダウンやったら、ハマったらマズいやろ?」
「完璧にトんだヤツは高確率で気絶するから、そこまでちゃうわいな。その後、コウシ行き」
「げ。オシャカ?」
「基本な」
「強ないゆ〜たやん」
「普通のヤツにはな。たまにハマるヤツがおんねん」
全く冬子には意味がわからなかった。
後で説明されたことによると、十八歳以下で流行っていて、一回分千〜三千円の安価、効果や中毒性はタバコくらい。
幻覚性が強く、過剰に適合すると気絶、その後情緒不安定から精神科のお世話になり、最悪精神病院に入ることになる、ということらしい。
「回してるヤツ、知ってる?」
「最近は、この店のメダルコーナーの辺りにおったけどな。ハベらしてたのは四人。うち三人は最近消えた。残りの一人も、もうツルんでへんみたいやな」
「消えたのは三人? 二人ちゃうん?」
「野郎二人と女一人。野郎一人は一ヶ月前くらい、もう一人は半月前、最後は女で十日前くらいやから、女はまだ消えたってほどでもないわ。なんや? 次の狙い、売人か? 結構ヤバいで?」
疑わしい目で、危ないことならゴメンだ、という顔をするフミに、春樹はニヤリと小指を立てた。
「オレが動いてんの、その消えた女からの依頼やねん。プッシャーが最近おかしいってな」
フミの目が油断無く光り、小声になる。
「……それで?」
「プッシャーが、どうも憑かれたらしい」
あっさりした春樹の告白に思わず冬子が顔を見るが、春樹は笑みを浮かべてウィンクを返した。
「フミちゃんも同類やねん」
その言葉に、フミもあっさりうなずく。
「ま、そういう事や、おねーさん。で、憑かれたって誰に?」
「憑いたのは、マトイをストーカーしとった奴やって。で、ヤサがここって聞いたから。なんか心当たりない?」
「ストーカーなぁ」
フミは腕を組んだ。
「わからんなぁ。ここしばらく、奴らに変わった動きはなかったハズやけど」
「もう一人消えてる野郎がいるってのは、初めて聞くんやけど。そいつは今、どんな風になってるん?」
「どうも、死んだらしいで」
春樹の眉が跳ねた。
「死んだ?」
「俺も詳しいことは知らんけど。ただ、そいつはプッシャーじゃなくて女の方にくっついとったみたいやな。聞いたとこによると」
「ほんなら……」
「いやでも、ストーカーちゃうで? そいつもグループの一人やったから」
話がややこしくなってきた。
春樹は顎に手を当てて何事か思案していたが、不意に言う。
「グループは5人。間違いないねんな?」
「せやな」
「駒道、名具屋、マトイ、死んだヤツ、逃げたヤツ?」
「死んだヤツは、本名は知らんけどノブって呼ばれとった。もう一人は逃げた言うか、この店にまだおるで? ツルまなくなっただけで」
「そうなん?」
「おう。後でどいつか教えたるわ。ほんで駒道は、なんでドロップアウトしたん? 俺はそっちの情報知らんねんけど」
「半月前に生霊に食われかけて、男の大事なとこチョキン。皆にバレて居られなくなってハイさようなら」
春樹の説明に、痛そうに顔を歪めて、フミは十字を切った。
「アーメン。今回の件に関係なしやねんな?」
「多分な」
春樹はうなずいた。
「最後に二つだけ訊くわ。一人残ったヤツの名前は? 後、プッシャーの最近の写真プリーズ」
「残ったヤツの名前は、リョウ。写真はちょっと待ちや」
フミはパソコンを操作して、店の監視カメラの情報を取得した。
「相変わらず、そういうの得意やなぁ」
「店長が知り合いやねん。今、店におらんなぁ。過去画像出すわ」
「その店長を丸め込む舌先に関心してるんやって。舌に油でも塗ってんねやろ?」
「二枚も舌があるお前に言われたないわ」
画像の中から目的のモノを見つけて、フミはうなずいた。
「これや」
と、フミが体をどける。
停止画像に映った相手を春樹と順次、冬子がのぞき込んだ。
一目見て、大柄とわかる少年だ。
剃り込みの入った金髪。
耳元はゴツいピアスで飾られている。
だが金をかけて買ったのだろう服はよれて、無精髭が生え放題。
虚ろな目はどこを見ているのかわからない。
冬子は、彼の画像を見た瞬間に妙な怖気を感じた。
サエの時とは違う、ざらりとした感覚。
―――この人は、ヤバい。
そう、肌で感じた。
「ビンゴやな」
春樹の言葉に、フミがうなずいた。
そして手を差し出す。
「金」
「ツケで」




