第2節:余計なお世話
「お人好し過ぎるやろ」
とりあえず、一人で行動するのを嫌がったまといを自宅まで送り届けた後。
戻って来た春樹の第一声に、冬子は身を縮こまらせた。
「なんでよりによってコマッチのツレなんよ?」
冬子は、責めるような口調におどおどと視線をさまよわせた。
最初は助ける気はなかった。
そもそも関わりなどもなく、ただ同じクラスだっただけの少女だ。
だが。
『お願い……誰か助けてよ……』
そう言った彼女の声が、自分と重なり。
気がつけば、声を掛けてしまっていた。
春樹がため息を吐く。
責められているように感じ、冬子は身を縮こまらせる。
そんな彼女に困ったように笑いかけ、春樹は肩をすくめた。
「ま、ええわ」
「関わるのか? この件に」
その日、順次が初めて口を開いた。
「ほっとくわけにもいかんやろ?」
振り向いた春樹を、順次が呆れたように見る。
そして、ついでのように冬子にも視線を向けた。
瞬間、順次の目が。
ひどく険しい光を宿すのを、冬子は見た。
まるで、肉食の野獣に睨まれたようだった。
ゾク、と背筋が震えるが、それも一瞬のこと。
すぐに興味を失ったように、順次は目線を反らした。
「お人好しなのは、お前もだな」
「褒めても何も出やんよ?」
「呆れてるんだ」
「そんな俺が好きや、ってゆ〜奴が多くてなぁ」
春樹はスマホを取り出し、何か操作してから言った。
「とりあえず、その名具屋って奴は《ログイン》ってゲーセンに出入りしてるみたいやねんけど。聞いたことある?」
「いや」
順次が首を横に振ると。
「カッ、カ。なんか面白ェ話してんじゃねェか、ハル坊」
ノドに何か詰まったような笑い声が突然店の奥から聞こえて、冬子はひどく驚いた。
そこに誰かがいることに、まるで気付かなかったのだ。
立ち上がってこちらに歩いて来たのは、老人だった。
老人、なのだが。
「じっちゃん……盗み聞きは趣味悪いで。トーコ固まっとるやん」
頭は剃り上げたような禿頭。
シワだらけの顔は優しげだが、シワそのものは深く、しっかりした印象もある。
体格はおそらく春樹と同じか、低いくらい。
痩せているが背筋はしっかりと伸びており、手に杖を握っているが頼っている様子はまるでない。
「カッ、カ。悪ィ悪ィ。だが、盗み聞きたァ人聞きも悪ィ」
どことなく、口調や表情が少年のような人だった。
恰好も、腰パンジャージにだぼだぼのTシャツという、とてつもなくラフな恰好。
老人は立ち上がると、春樹の横に腰を下ろし。
サンダルを脱ぎ捨て、ソファの上に立てたヒザに肘を置いた。
ニッと口角を上げる笑い方は、春樹にそっくりだ。
「俺ァ最初っから店に居たんだ。後から来て勝手に話始めやがったのは、おめェさんらの方さ。なァ、紅葉?」
そんな彼が話しかけたのは、カウンターの中の青年だ。
撫で付けた黒髪と純白のワイシャツとスラックスの上にエプロンをつけた、落ち着いた雰囲気の男性。
物静かだが、口許にはプロらしく控えめな微笑みが絶えない。
奥鳥羽紅葉。
この店を取り仕切るマスターで、オーナーの息子でもある。
彼は、冬子が春樹と知り合ってそれほど間もない時にすでに会っていて(というか、いなかった2回が珍しかっただけで、それ以外は常にカウンターにいる)紹介もしてもらっていた。
彼は、口を開かず一つうなずいた。
「それよりハル坊。この綺麗な嬢やに、親友の老いぼれを紹介してくれてもいいんじゃねェかい? ん? いつの間にひっかけやがった?」
小指を立てて、にやにやする老人。
「じっちゃん、下品やで」
言って春樹は、老人を指差した。
「んで、トーコ。これは、悪滅道のじっちゃんや」
いきなり大仰な名前を聞き、冬子はきょとんとする。
「悪滅道断罪。ま、仲良ォしてくれや」
気軽にひらひらと手を振られ、冬子はどう反応していいか戸惑う。
「それと、このじっちゃん極道やから、あんま関わらんほうがええで」
「悲しいねェハル坊。肩書きで人を判断するたァ、一体いつからハル坊はそんなつまんねェ人間に成り下がった?」
嘆かわしそうに頭を左右に振る悪滅道のじっちゃん、という老人。
「俺は世界の大体0・000000001%くらいの人間を信用してないこともないけど、広域指定暴力団はその中に入ってへんねん。残念ながら」
「カッ、カ。まァ、無理解な若者の失礼さには慣れてる。気にすんな」
「いや意味が分からんし!」
ぽんぽんと飛び交う軽口の応酬に区切りを付けたのは、春樹だった。
「んで、どないしたんよ?」
「いやな、おめェさんらの口から、いくらか聞いたことある名前が出たもんだからよォ」
とんとん、と頬を叩きながら、じっちゃんは言う。
「じっちゃんが聞いたことあるってことは……なんかヤバい筋なん?」
「おォ。名具屋ってェのと、後なんか店の名前言ってたんじゃねェかい?」
「耳は遠なってないみたいやなぁ。《ログイン》。あのコが、よぉ彼氏と出入りしてたゲーセンやって。それがどないかしたん?」
「おォよ」
じっちゃんは身を乗り出した。
「この店、最近出来たらしいんだが、どうも善行路の奴らが関わってるみてェでな? 俺の大嫌ェなクスリ持ち込んでやがるってェ話なんだよ」
春樹が眉を跳ね上げる。
「……ホンマに?」
「ガセじゃねェさ。なんせ真実のヤツがグチってたからな。その時名前が出た売人が、名具屋ってェのさ」
「マジでか」
ちなみに、真実は断罪の娘さんで、現在の悪滅道組(表向きは株式会社)を仕切る社長さんだと、冬子は後で教えてもらった。
ストーカーもそうだが、彼氏のほうも清廉潔白な正義漢というわけではないらしい。
春樹は何事か考える素振りを見せたが、頭を指先で掻いて話を切り上げる。
「きなくさい話やなぁ……こりゃ、まずは実際目で見たほうが早いかも知れへんなぁ」
春樹は、ため息を吐いた。
「あんがと、じっちゃん。色々助かったわ」
「良いって事よ。まァ、俺ァこんな件は関わらんのが一番だと思うんだが……」
と、じっちゃんは意味ありげに冬子を見て、再び春樹の肩を叩く。
「まァ、男ってな難儀な生きモンだ」
「やかましいわ」
「そして素直でもねェ、ときた。なァ、順次?」
「何の話だ?」
順次が顔をしかめ、春樹はそっぽを向いた。
「カッ、カ。年寄りに冷てェ奴らだ。まァ、頑張な」
言って、じっちゃんは席を立った。
「おう、紅葉。勘定」
「はい」
と彼が席を離れたのを見て、冬子は春樹に目を向ける。
先ほどのクスリ、というのは、違法薬物……すなわちドラッグを指す言葉だろう。
背後に現実的な危険のニオイがする単語が出て来たことに、冬子は不安を隠せなかった。
だが、そんな冬子の気持ちを察した上で、春樹は笑ってみせる。
「大丈夫や」
そして、顔を上げて勘定を済ませたじっちゃんに声をかける。
「じっちゃん! その《ログイン》て店、どこにあるか知らん?」
「あん? 前は《エスケープ》ってェネカフェのあったところだとよォ」
「《エスケープ》?」
春樹は奇妙な顔をした。そして再びじっちゃんにお礼を言うと、順次に顔を向ける。
「順次。フミちゃんのねぐら、変わったって話聞いた?」
「いや」
順次が首を横に振る。
「ふーん。ほんならまだ、それほど腐ったニオイはしてなさそうやな」
春樹は立ち上がった。
「とりあえず、情報押さえに行こか。トーコも行く?」
冬子はうなずいた。
「順次は?」
前回と違い、今回は順次もうなずいた。
「行く」




