第1節:厄介事
「愛しているんだ」
そう言った彼は、涙を流していた。
「邪魔をするな」
悲痛な声で、彼は訴える。
「―――でも、殺してくれ」
それが、まぎれもない彼の本音だ。
だから、手を貸した。
※※※
「薄絹まとい、と言います」
始まりは、冬子が彼女を春樹の元に連れて来たことだった。
綺麗な少女だ。
顔立ちやスタイルもそうだが、自分を『魅せる』ことを良く知った恰好をしている。
スカート丈を調節し、下品ではない程度に胸元を開いた制服。
よく手入れされたダークブラウンのセミロング。
あしらった小物は可愛らしさを、耳元のピアスや指先のマニキュアはしゃれてはいても派手とは見られない程度。
美貌を彩る化粧も洗練されている。
でも彼女の表情は、暗く沈んでいた。
「とりあえず、話だけでも聞こか?」
春樹はテーブル席で興じていたオセロを脇に退け、順次が席を立つ。
春樹、冬子、まといがソファにかけ。
興味がなさそうな順次はソファの背もたれに体を預けて、手にしたオセロのコマを親指で弾いては受ける。
メトロノームのごとく正確なその音を聞きながら、春樹が口を開いた。
「で、どないしたん?」
春樹の問いに、まといはちらっと冬子を見る。
冬子がうなずくと、まといは喋り出した。
「最近、わたしのカレの様子がおかしいんです」
まといは話し始めた。
半月ほど前。
彼女はストーカーにつけられていて、それを彼氏と友人の一人に相談したという。
二人は任せておけと言い、言葉通りストーカーは現れなくなった。
だが、問題が解決してすぐに異変が起こった。
「友人とカレに、連絡が取れなくなったんです」
青い顔で手を握りしめ、まといはくちびるを噛んだ。
最初に友人がいなくなり、次に彼氏が消えた。
だが10日ほど前に、突然彼氏のほうに連絡が取れたと言う。
そうしてまといが会った『カレ』は、妙に暗く、その内に、妙なことを言い出した。
「その、『君を守るから』とか『なにも心配ないから』とか……それ、は」
じわ、と目の端に恐怖の涙をにじませ、まといは言った。
「ストーカーがわたしに言ってたことと、同じなんです」
その話を聞いて順次と春樹の目付きが変わったが、まといは気付かなかった。
彼女はその後怖くなって逃げ出したが、『カレ』は自宅までついてきた。
彼女は警察を呼んだが、たった一度のこと。
『カレ』は身柄を拘束されるわけもなく、今度はラインが入ったのだという。
「『会いたい』って。シカトしたら、何通も、それから電話もいっぱい……わ、わたし怖くて……」
まといは、春樹にすがるように身を乗り出した。
「どうしようもなかった時に、桜散さんなら、助けてくれるって聞いて……」
じわ、とまた目尻に涙を浮かべるまといに、春樹は曖昧な笑顔を向けた。
順次が、オセロを弾くのをやめる。
そしてどことなく不機嫌そうな様子で、まといを見た。
春樹は、そんな順次を横目にうかがいながら、頭を掻く。
「その、『カレ』とツレの名前は?」
「はい、カレは、ナグ……名具屋サツヤ、です。連絡の取れない友人の名前は」
まといは、一度息を吸ってから、答えた。
「駒道コウタ、と、言います」




