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&DEAD  作者: メアリー=ドゥ
第一話:ダウト
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終章:醜悪な絆


 その日。

 冬子が『closed』と書かれた樫のドアを開けた先に、今日も彼はいた。


「おや、お客さんや」


 客席のソファに座り、一人煙草をくわえた少年。


 中学生にも見える、少し背の低い。

 開店前の店にいるのに、アルバイトにも見えない。


 金髪で、頬にタトゥを入れたその少年は。

 どこか、よそよそしく言った。


「もう、トーコには用がない店のはずやねんけどな、ココ」


 垂れ目気味の目を細めて、八重歯が見える笑みを浮かべた彼は。

 最後に別れた時と変わらないのに、何故か冷たく感じた。


 金髪と、チェーンピアスを、天井から差し込む光が照らしている。


 今日はカウンターで、何故か順次がグラスを磨いていた。


 ―――何でそんな事を言うんですか?


 冬子が問い掛けると、春樹は大袈裟に肩を竦めた。


「トーコの周りには、もう小さい子どもの影も、しつこく追い回す男もおらんやろ? 俺に用はないはずや」


 ―――用がなければ、来てはいけませんか?


 冬子を追い払おうとする春樹に、彼女は微笑みを浮かべてみせた。


 春樹が驚いたように動きを止めるのを見て。

 冬子は、我ながら会心の出来だと内心で自賛した。


 春樹に会う為に、わざわざ練習してきたのだ。

 ぽかん、と呆気にとられる春樹に歩みより、冬子は、鞄からルーズリーフを一枚取り出して、テーブルに差し出した。


 春樹が目を落とす。

 文面には、こう書いておいた。


『聞きたいことが、色々あります』


 次の行には、続けて。


『サエは、目が覚めましたけれど、何も覚えてませんでした』


 その次の行には、こう。


『駒道くんは、あの後一度も学校にこないまま、辞めたそうです』


 さらに次の行には。


『サエの退学処分は、不当だという彼女の訴えで、停学に変わりました』


 最後に差し掛かる手前の行には。


『なんの痕跡もないあの日のことが夢ではないと信じるのに、3日かかりました』


 そこで、文字が震えた。

 だが、冬子はそのままにして最後の一行を書いた。


『なぜあの日、気絶した私を残していなくなってしまったんです?』


 春樹が、冬子の顔を見る。

 彼が浮かべるのは、何も読み取れない笑みだった。


 ―――お礼も言わせてもらえなかった私は、とても怒っています。


 浮かべた微笑みを消して、冬子は春樹を見下ろした。

 春樹の頬から、たら、と汗が流れるのが見える。


 ―――でも、それは良いです。全部〝また今度〟ゆっくり聞くことにします。


 冬子は、鞄をルーズリーフの横に置いてテーブルを回り込むと、彼の頬に両手を添えた。


 ―――今は、一つだけ質問に答えてください。


 冬子は、春樹をまっすぐに見つめたまま、心を差し出す。


 ―――春樹は、私が、何かお礼をしたいと言ったら、迷惑ですか?


「迷惑や」


 春樹は即座に答えた。


「どうした?」


 不意に、順次が問い掛ける。

 冬子は顔を上げて、口を動かした。


 お礼を、と。


 順次はグラスを磨く手を止めて、面白がるように口のはしを上げる。


「それはいい。あの日から、こいつはお前の話しかしない。ちょっと迷惑していた」

「コラ!」


 そんな、ちょっと焦ったような春樹の声に。

 今度こそ、冬子は作ったものではない笑顔を浮かべると、ルーズリーフを指で舐め取って裏を向けた。


 無駄にならずに済んだその裏面を、春樹の眼前に突きつける。

 それを読んで、春樹が額に手を当てて上を向いた。


「……分かった、俺の負けや」


 春樹の嘆きに。


 ―――逃がしませんよ。何があっても。


 裏面には、一言こう書いておいたのだ。




 ―――『ダウト(うそつき)』、と。

 

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