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これから

魅力的な人には皆がたかるように、人気のバンドには熱狂的なファンがいるように、

考えを打ちあけられる友だちがいるように、

子どもの頃、お店で流れている曲は「僕のために」「僕だけに」生演奏してくれてるものだと思っていた。

それが他のみんなの為にレコーデイングされた物だとは微塵も感じなかった。


僕が世界の中心で、僕を軸に全てが回っている。俗に言う自己中心的な人間だった。



僕には優しい父がいて優しい母がいて、傍から見たら理想の家族だっただろう。

朝は母に起こしてもらって温かい朝ごはんをみんなで食べた。

朝日がさしてTVの音と控えめな会話が、寝ぼけた僕の上をまたいでいった。

母は僕と一緒に幼稚園の道を歩いてくれた。おもちゃの小さな太鼓を、ポコポコと

なんとも愉快な音を発するそれを叩きながら世界中の物質におはよう、を言って回った。

鼻がムズムズするような少し冷たい風も、柔らかい日差しと桜吹雪が過ごしやすいものに変えてくれた。

外で遊びまわって滑り台を何度もして笑って、

折り紙のチューリップがうまくできなくて泣きじゃくって、

お弁当には嫌いな人参が入っていて、先生に嗜められてそれを口に放り込んだ。

素早く隠したのに先生は目ざとい。

僕は覚えているものはそんな日々。きっと幸せだっただろうな。

どんな我儘も父と母は聞いてくれた。僕が疲れて寝てしまったあとは頭を撫でてくれて

「おやすみ」と言ってくれた。絵本だってたくさん読んでくれた。とても愛されていたんだ。

そして僕はすくすくと育っていった。なんの疑いも持たず、なんの後ろめたさも持たずに。

楽しく、僕が中心だと、それが常識だと。


そのままエスカレーター式の小学校、中学校に通った。

トラブルなども起こらず、彼女だって2,3人はできた。

それでも体を繋げる仲まではいかなかったけれど、キスくらいはした。

学校では中の上くらいの成績をキープした。

高校も大学もそのままエスカレーターで進むことができたが、敷かれているレールを歩くことは僕の性分にあわないと別の私立高校を志望校にした。

大きな図書館があることが魅力的だった。

本を読むことが好きだったため最初に図書館を見たときは圧巻だった。

僕は知らぬ間に、ほぅと息をつくとゆっくりと足を進めた。

中に入ると、本がずらっと並んでおりその質量を肌に感じることができた。

これほどの本が、これ以上の本が世界中にはあるんだと、謎の可能性と希望を抱いた。

今すぐにでもここにある本を漁って、全てを積み上げて見上げてみたい。

一人の作家が紡いだ言葉がここに集結していて、僕はそれを取り入れることができる、

なんだか最強になりそうだ。

そしてそこには僕が小学生の頃に読んでいた恐竜の児童書、中学生の時にハマった青春もの。

あぁ、そういえばその本は母から勧められた本だったっけ。

本を読むようになったのも母の影響が強いだろうなぁ・・・ 

そう思いながらゆっくりとじっくりと、横にも縦にも広い図書館を回った。

自分が小さく感じて目を背けたいような、どうにも不思議な気持ちになった。

だが静寂のなか本に埋もれる、居心地はよかった。


そこが僕の箱庭になった日は案外すぐにやってきた。

高校生活は普通、先生も友だちも普通。テストでも赤点は取らない程度の平均点を維持していた。

部活にも入っていない僕は、ほぼ毎日庭にやってきた。たまに時間を忘れて、

母手作りのお弁当を食べ損ねたり、外が真っ暗な中を帰路についたりもした。



そして暇を持て余すであろう、長期休みに向けての本を借りようと

僕はこの日も庭に来た。

中は冷房が効いており勉強をしている人や、シリーズものを読破しようとしている人など

少なからず人はいた。僕は長くここに通っているため顔見知りの人もいたが、この庭は私語厳禁。

互いに認識してる程度で過ごす。

借りられる本は20冊。僕は受験期を意識してどの分野も万遍なく読もうと、

頭の中でこれから歩くルートを練っていた。

僕の将来の夢はまだ決まっていない、やりたいこともない、

きっと志望大学を聞かれてもそこらへんにある僕の学力で行ける無難なものをあげるだろう。

現代文は得意だけど暗記が苦手で、数学と物理ができたからなんとなく理系にした。

先のことを考えようにも、どうもぼんやりとしてしまっていつも本の世界に逃げ込んだ。


有名な著名人の書いた哲学書、話題になったエッセイ、映画の原作本を

適当に見繕って僕は庭を去った。

今度会えるのは一ヶ月後かな、と遠距離カップルの別れ際みたいな事を呟いて一人で笑った。



休みの間は課題をコツコツと終わらせて、借りてきた本を読み自分の世界に没頭した。

うまくいけば最初の一文でのめり込むことができた。

長編作品もシリーズものも好きだが、外国の本はどうも苦手だった。

横文字とその人の肩書きがどうしても覚えられないのだ。つい先日シェイクスピアの「マクベス」を借りてきて読んだが、似たような名前の登場人物が多数出てきたため

何度も目次に戻ってそいつの肩書きを熟読してやった。やっとのことで読み終わっても充実感がなく内容もあまり頭に入ってこなかった。

もっと名前を短くしてくれよな、なんて内心でぶつくさ言いながらも異国の作品は僕の興味を惹いた。


そうした休みの後は文化祭という一大イベントがやってきた。

言わなくてもわかるだろうが僕はどちらかというとインドア派だ。

暑い中に汗をダラダラとかきながら競う、というのはどうも僕の性分にあわないのだ。

各クラスそれぞれ、自分たちの出し物を用意する。僕のクラスは安定の喫茶店となった。

隣のクラスは劇をするらしい、なんでも学校内で有名な美人が主役をするらしい。

喫茶店はシフトを組んでそこに入って接客するものだった。

準備などは実行委員が仕切ってくれたので僕はそれに準ずる。

この時間帯なら隣のクラスの劇を観ることができそうだな、ラッキー。

実行委員は遅くまで残って準備したりして、僕たちも僕たちで買い出しなどに駆け回った。


そして当日がやってきた。僕は黒いエプロンをつけ

教室内を忙しく動く。

僕はあまりにも集中しすぎて時間を忘れてしまっていた。

次の子に声をかけられて今が昼だと気づいた。

それと同時に空腹も襲ってきた、あぁ何食べようかな。とりあえず回ろうかな。

そう思い、人で賑わう校内を歩いた。なんだかとても新鮮だった。

焼きそば、たこ焼き、クレープなどがありお祭り気分で過ごした。


彼女のクラスの劇は体育館二階で観た。

定番の「ロミオとジュリエット」だった。

彼女の美しさと切なさが堂々と出ていて、とても面白かった。

今度、原作も読んでみようかなぁと心の中で考えながら

雰囲気に酔いしれながら僕はそこを出た。

まだ体が少し火照っていた。

舞台上の彼女は輝いていた。照明のせいかもしれない、彼女から発せられるセリフのひとつひとつでさえ感情を持ち

僕の五感をくすぐった。
















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