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白刃狂乱・前編

「と、いう訳でリュウに続いて日向も死んだ。残念な事にな」


 レーン大公国側が拠点として使っている砦から1㎞程の地点で、二瓶は表向きの指揮官である和田に報告をした。


「そうか、惜しい事をしたものだな。だが敵方も、倒す事が出来たのだろう?」

「二人、間違いなく死んだ。一人は儂が撃ったでな。特徴からして、武僧のチョウと、魔導師のノーマンで間違いない」

「二人脱落して、残る敵は八人か」


 和田が双方の代表者名簿を取り出して、戦死者の名前を塗りつぶした。アルザス王国側のチョウとノーマン、レーン大公国側のリュウと日向を消す。

 二瓶が名簿をのぞき込むと、すでにグロックとイワンの名前が消えていた。


「グロック殿とイワン殿も死んだのか」

「うむ。最前線に出した二組四人が、早くも全滅してしまった。いま最前線に立っているのは、前線指揮という事で前に出ていたシュプリンガー殿一人だ。

 霧隠殿が行って、今後の方針について現場の意見を聞いている」

「和田殿は、どうなさるおつもりかのう? ついでに儂は次にどう動けばいい?」

「戦力を集中して反撃に出たいところだが、詳細はシュプリンガー殿と協議して、だな。それに、ちょっと厄介な事もある」

「厄介な事とは?」

「本陣で待機という事にしていた半次郎殿が、居なくなってしまったのだ。書置きが有って、どうやら単身敵陣へ向かったらしい」

「それは剛毅な」

「無謀と言うのだ。今カレン殿に後を追わせているが、一人を一人で探すと言うのは、正直手が足りない」

「ならば、儂も探してこよう。この辺りの山には慣れているからの。ついでに、敵の偵察もして来ようか」

「ありがたい申し出だが、決して無理は為されぬ様に」

「分かっておる。あくまで偵察じゃ。まあ、狙撃で仕留められる獲物が居れば、仕留めておくがの」


 二瓶が音も無く森の中へと消えた。入れ違いに、森の中から音も無く人影が現れた。


「居たのですか、霧隠殿」

「重要な話は、余人を交えずしたかったのでな」

「シュプリンガー殿は何と?」

「戦力を集中して敵本陣を目指す戦略には賛成しておられた。こちらの戦力が整うまでの間、なんとか一人で支えて見せようとも言っていたな」

「そうですか。霧隠殿の判断は?」

「正直なところ、あまり賛同できぬ」

「何故?」

「向こうに、ダスプルモンと言う男が居る。魔眼の一族の、兇眼者だ」

「噂には聞いています。見ただけで人を死に追いやる能力を持つと。確かに危険な能力ですが、そこまで警戒する男なのですか?」

「あの一族はな、代々アルザス王国の暗部に生きているのだ」

「つまり、霧隠殿の様な仕事をしていると? 諜報や、暗殺の様な」

「おそらくな。職務上、その実態は明らかではないが、暗闘に長けている事は確かだ。故に、野放しにするのは危険だ。何とか抑え込みたいのだが、捉える事も出来ん」

「その事を、シュプリンガー殿には?」

「警告はした。その上で、戦力を集中しての正面進攻を押した。つまり、某にそう言う輩を何としても押さえ込んでおけ、と言う注文だな」

「その注文を、受けるのですか? 霧隠殿は」

「受ける事にした。元々それが本来の仕事なのだからな。故に、お前達の作戦も許可する」

「分かりました。早速進めましょう」

「表の指揮官はお前だ。表の戦は全て任せよう。某は正面切っての立ち合いをしない、暗闘を主とする敵を葬る。敵方は、ダスプルモンの他にもそう言う者が居る様であるしな」

「やはり、そう思われますか」

「そうでなければ、グロックとイワンが一方的にやられるなど考えにくい。実戦経験のある軍人に、遠距離攻撃のできる支援が付いていながら、一人の敵も討ち取れずに敗れた。

 暗殺に長けた者の仕業だろう。お主も気を付ける事だ、某も体は一つしかない」

「肝に銘じておきます」

「また連絡する」


 霧隠が姿を消した。消えた事にすら気づかない様な、いつの間にかいないと言う消え方だった。

 一人になると和田は溜息を吐いた。まずは、勝手な行動をした半次郎に、はやく戻って来てもらわなくては。


 その頃半次郎は、北側からアルザス王国側の拠点近くにまで迫っていた。

 目の前に広がる湿地帯を抜ければ、アルザス王国の拠点はすぐそこである。湿地には道が通っていた。木の杭を打ち込んだ上に板を渡した物で、道と言うより橋である。

 すれ違う事も出来ない様な幅しかないその道を、半次郎は無防備な程にただ歩き続けた。

 道の向こう側から、人影が近づいてきた。脇に避けようにも、左右は水面のすぐ下が泥の湿地だ。それに、避ける気は無い。

 だんだん相手の姿が分かる様になってくる。女だ。まだ若い、娘。特に何かをしてくる訳でも無く、向こうもただこちらへ歩いてくる。

 腰に刀を差している事に気付いた。若く、女だてらに、剣に生きる者。最も、歳を言えば自分だってそう大差は無いはずだ。

 向こうもこちらの腰の物に気付いたらしい。どこか、嬉しそうな顔になった。

 相手まで三歩と言う距離で、お互いに立ち止った。


「名を、聞いておこうか」

「河西二刀流・河西だ。お前は?」

「半次郎」

「流派は?」

「祖父の創始した流派だが、私は祖父ではない。私の剣は私だけのものだ」

「そうか。こうして立ち合うのに、流派など気にしても仕方が無かったな」


 剣を取った者が二人、こうして出会った。立ち合う理由は、ただそれだけでいい。


「この場に立っているという事は、腕は立つのだろうな。楽しみだ。女とは思わん。こちらに来たのは、間違いではなかった」

「あえて、この湿地帯に足を踏み入れたと言うのか?」

「そうだ」

「なぜ」

「さあな。何か感じるものがあった。それに()かれてこちらに足を向けた。お前は、ずっとここに居たのか?」

「ずっといた訳ではない。北からやって来る者に対する警戒はしていたが」

「ならやはり、お前の放つ気のような物だったのかもしれん」

「そうだとしたら、私はまだ未熟者だな。私はお前の姿をこの目で見るまで、お前の事が分からなかった。

 何かが来ると言う気はしていた。だがそれが、人間とは思えなかった。お前の姿を遠くに認めてもまだ、人だと言う確信が持てなかったよ」

「剣を極めた先にあるのが、人では無くなる事だと言うのなら、剣の道を求める意味は何なのだろうな?」

「さあな。それこそ、剣を極めて知るしかないだろう」


 河西が大小二本の刀を抜いた。半次郎も、刀を抜き放った。

 周囲は深い泥沼、足場は細い橋。正面から相対する他に無い。半次郎は抜いた刀を右手に持ち、力を抜いて地摺りで構えるともなく構えている。河西は右手の大刀を突きだし、左手の小刀を引いた構えだ。

 しばらくその態勢のまま、時が過ぎる。河西が気迫を半次郎にぶつけるが、半次郎は自然体でその気迫を受け流していた。

 河西は構えても居ない半次郎に、斬り込む事が出来なかった。半次郎は斬り込もうと言う気すらなく、ただ潮合を待っていた。

 河西は後の先、即ち先に相手に攻撃させ、それを返しながら一撃を加える事が不可能だと悟った。半次郎はこのままいつまでも耐えられる、そう感じた。

 河西は半次郎の鳩尾を狙って突いた。半次郎の剣が河西の大刀を弾く。すかさず河西は小刀による突きを繰り出した。

 半次郎は剣を返して河西の手首を撃つ。河西は手首ぎりぎりまで引き付けて刀を返し、弾いた。同時に大刀を横に薙ぐ。半次郎の胸の高さを斬った。しかし、半次郎はつっと下がり、切っ先は衣服をかすめた。


「速いな。見事な剣速だ。二刀の扱いも巧みだ」


 半次郎の剣を手首ぎりぎりまで引き付けてから(さば)いたのは、それだけ剣速に自信があるからだ。実際、その自身に違わぬ剣速だった。

 さらに小刀で弾きながら、一度弾かれた大刀を返して攻撃するという事を、同時に行った。左右の手で違う刀の扱いを、それぞれ十分な精度で、同時に行う。大した技量だ。

 女ならではの剣なのかも知れない。男よりも女の方が、同時に複数の事をこなす能力が高いと言う。両手で別々に剣を扱う二刀流は、女の方が巧みに扱えるようになりやすいのかもしれない。

 半次郎は右肩の高さで剣を立てる、八相の構えを取った。それを見て河西が、大小の刀の切っ先が上段で交差するように、円相の構えを取る。

 受け即斬。それが二刀流の基本だ。片方の剣で攻撃を受け、すかさずもう片方で斬る。この場合、八相からの袈裟切りを左手の小刀で受け、すかさず右の大刀で袈裟切りを返す。

 良くて左腕を落とされるだろう。しかし構えを変えれば、向こうもまたそれに対応してくるだけだ。

 結局のところ、構えも技も、大して重要ではないのだ。いくら構えようと、どんな技を使おうと、相手の相応の実力があれば対応してくる。

 では勝負を決めるのは何か。それは、分からない。内に秘めた、目に見えず、言葉にもしようの無い何かのぶつかり合い。そして、運。

 それにただ流されるのではなく、意図的に働きかけようと思えば、相手を見るしかない。姿でも、技でも無く、肉体の内にある何かを見定める。

 それが見えたと思った時、斬っている。あるいは、斬られている。

 河西の姿が消え、太刀筋も見えなくなった。代わりに、白銀色の光が見えたと思った。その時にはもう、動いていた。後は体が勝手に動く。

 袈裟切りに剣を振る。だが踏み込みが浅い。河西は受けず、僅かに身を退いてかわした。切っ先が紙一重で虚空を斬る。大刀の打ち込みが来た。

 手の中で、刀がひとりでに動く様な感触がした。刀を返し、踏み込み、斬り上げる。

 一瞬の静寂があった。河西の大刀は、左肩の裏をかすめていた。虎落笛(もがりぶえ)の様な音。河西の首筋から鮮血が吹き上げ、その勢いに押し倒される様に、河西の体が泥沼に倒れた。

 灰色の泥沼に、赤い色が広がっていく。半次郎は、それを見ようともしなかった。良い立ち合いだった。見事な敵だった。だがそれも、生きていた頃の話だ。

 剣に血脂は、ほとんど付いていなかった。軽く拭い、鞘に納める。


「半次郎!」


 叱責するような女の声がした。振り返ると、柳眉を逆立てたカレンがこちらに駆け寄ってきていた。


「あまり勝手な行動をするな。一人でこんな敵地の傍まで行くなど――」


 カレンが言葉を切った。泥沼に横たわる河西の亡骸に気付き、険しい表情になる。


「そうだな。これ以上わがままを通すのも、良くは無いか。一度、帰るとしよう」


 半次郎が踵を返す。カレンと正面から向き合い、見つめ合う形になった。


「な、なんだ」


 カレンの顔がわずかに赤らむ。


「先に行ってくれないと、戻れん。見ての通りの狭い足場しかないからな」

「あっ……ああ、すまん」


 より一層顔を赤らめたカレンが、そそくさと来た道を戻る。その後ろを半次郎は、ただ風の音を聞きながら歩いて行った。

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