術師激突・前編
リュウの一撃を受けたチョウの体が飛ぶ。岩に叩きつけられ、そのまま力無くずり落ちた。
リュウが見たのはそこまでだった。目が眩む様な光を放つ熱線がリュウを飲み込み、跡形も無く焼き尽くした。
熱線を放ったノーマンは荒い息をしながらも、師であるチョウの体に駆け寄った。
「師匠!」
返事は無い。肩と首に手を掛けて体を起こすと、もはやそれがただの亡骸であるという事が、はっきりと分かった。
「師匠、仇は取りました。でもまだ半分です。もう一人の仇も焼き尽くす、それが俺から師匠への餞です」
ノーマンがチョウの亡骸を寝かせ、振り返る。その目には炎が灯っていた。
「おいおい、逆恨みは勘弁してほしいね」
日向が少し引き気味になりながら言う。
「逆恨みでも無いだろう。元々これは、殺し合いなんだから。どっち道お前を逃がす理由は無いんだぜ。勝てる相手ならなおさらだ」
「オレとしては、戦闘は不得手だから、単独での戦いは避けたいんだけどな」
逃亡用の術式を用意しておけばよかったと後悔したが、どうしようもない。
「仲間を呼びに行っても良いぜ? まとめて吹っ飛ばせば手間が省ける」
「バーカ、この状況で逃げようとする方が危ないっての。後ろから焼き尽くされちゃ敵わん」
「そうか。じゃあ、正面から焼き尽くしてやるぜ」
ノーマンの手に魔方陣が浮かぶ。それは拡大しながら天に上り、上空を覆った。魔方陣から炎をまとった石が、流星群のように辺り一面に降り注いだ。
日向が降り注ぐ石の雨から逃げ惑う。結界を傘にしているが、ある程度威力は殺せても、完全に防ぎきる事は難しい。そのため逃げるしかなかった。
「くっそ、味方を巻き添える心配が無くなったから、容赦無く範囲攻撃かよ。つーか、これでやられても焼き尽くされはしないよなぁ!?」
「細かい事はいいんだよ。まだ余裕があるみたいだから、もう一発喰らえ!」
ノーマンが携帯魔法炉に固形薬をいくつか入れ、突き出す。魔法炉から、リュウを跡形も無く焼き尽くした熱線が発射される。熱線が森を焼き払い、黒焦げた道が開けた。
「あっぶねぇ! 今のはマジに死ぬかと思った!」
先程まで居たはずの位置とは離れた場所で、日向が冷や汗をかきながら言う。
「くそっ、空間移動か。面倒な」
「備えあれば憂いなし、ってな」
そうは言ったものの、今のでまた空間移動用に仕込んだ呪符を消費してしまった。その上熱線が、設置した呪符を焼き払ってしまった。
もはや仕込みは片手で数えられる数しか無く、その全てが有効活用できる訳ではない。期待値を言えば、空間移動はもう使う機会が無いと見た方が良い。
日向は攻めに出た。防御・回避の手段が減ってしまった以上、防御は単調にならざるを得ない。それは行動を読まれやすく、破られる可能性も高くなるという事。
故に攻撃に出る方が安全だ。有効打を与えられなくても、相手が防御行動を取れば、それだけこちらへの攻撃が減る。
それに、相手にダメージを与えて弱らせれば、残った防御手段でも十分対処できるようになる可能性もある。
更に言えば、石の雨を回避している間に、すでに仕込みはしておいた。ただこれは時間が掛かるであろうし、いつになるかも分からない。
確実に言えるのは、耐えれば耐えるだけ、生き延びる公算が大きくなるという事だ。
「『緊縛』」
拘束術式を放つ。術による攻撃力が低くても動きさえ止めてしまえば、後は呼び出した刃物で貫いて終わりだ。
最大限の身体強化を掛けたチョウでさえ拘束できたことから、ノーマンを拘束するのに出力が足りない事はまずない。
しかしそれは、ノーマンも百も承知の事だ。ノーマンの体に魔方陣が浮かぶ。次いで放電がほとばしり、発動途中の拘束術式を焼き払う。
そのままノーマンは、小川の流れに手を突っ込もうとする。日向は自分が小川の中に足を入れている事に気付き、跳び退った。
耳をつんざく放電音がして、小川に電流が流れる。川面に小魚が無数に浮いてきた。
「今更だけどよ、お前川の生き物全滅させる気?」
「お前がさっさとやられてくれれば、他の生き物を巻き添えにしなくて済むぜ」
「冗談。オレは他人を犠牲にしても生き残りたいタイプなんでね」
「それなのに、この戦いに参加したのか?」
「強い奴にくっついていれば、楽して褒美にありつけると思ったんだけど、世の中上手くはいかないもんだな」
本気ではないだろうなとノーマンは思った。この戦いは二国間戦争の代理であり、どちらかが全滅するまでの殺し合いだという事は、最初から分かっていた事だ。
そこに参加した以上、それだけの理由はあるのだろう。ただそれを表には出さず、小物のふりをする事で周囲の目を欺こうとしているだけのはずだ。
そうだとしても、または本当にただの小物だとしても、関係無い。目の前に敵として立っている以上、全力で、かつ問答無用で吹き飛ばす。
ノーマンは一度大きく息を吸い、吐いた。
携帯魔法炉に薬を入れ、魔力を流し込んで起動させた。魔法炉から真っ黒な煙のような物が立ち上る。それは頭上で雲となり、ゴロゴロと放電音を響かせた。
「そこだ!」
印となる魔法弾を放つ。魔法弾が着弾した所をめがけて、黒雲から稲妻が降り注ぐ。規模は小さいが、本物の落雷と変わらない速さだ。
ただ魔法弾で印を付けなければならないので、魔法弾が放たれたのを見て日向はその場を離れる。実際の雷の側撃雷と同じ様に、落雷地点から周囲に放電が飛ぶが、それは結界を盾にして防いでいる。
「『呼出』『射出』!」
何とか防げてはいても、高速と呼ぶのすら遅い様な落雷を、防ぎ続けるのは苦しい。武器を呼び出して、ノーマンに向かって撃ち出す。
稲妻を操ったまま迎撃する余裕は無かったのか、ノーマンが飛来する武器を避けて木陰に飛び込んだ。それでコントロールから外れたのか、黒雲も散ってしまった。
ただ射出した武器も、森の中に飛んで行って見えなくなってしまった。
「ああ、くそっ!」
思わず顔をしかめて悪態を吐く。やはりどうしても、正面切っての戦いでは押されてしまう。
しかし日向は、戦いながらもある事に気付いた。先程からノーマンは携帯魔法炉を使っているが、二対二の戦いをしていたときは、それを使っていなかった。
それでいて石の雨や、今の稲妻などの攻撃は、二度放たれた熱線程の威力がある攻撃では無かった。威力の代わりに、何か別の効果に魔力を食われていると言う感じでもない。
魔力が落ちている。そう考えると辻褄が合う。魔力が十分であった時は、わざわざ魔法炉を使う必要も無く、使えばあの熱線の様な凄まじい破壊力の大魔法が使えた。
しかし今は魔力が落ちているため、魔法炉を使う事によって足りない分を穴埋めしているのではないか。
それに普通に考えて、あの熱線の様な大魔法を、そうそう気軽に連発できるとも考えにくい。二度の熱線の使用で、かなりの魔力を消費したと考えられる。
ただ現状でも十分強力な魔法を使用してくるため、魔力が尽きたと言うよりも、何らかの手段で強化していた効果が切れた、と言う方が正しいのかもしれない。
彼らは日向の式神に発見された事に気付きながら、その場で日向たちが来るのを待っていた。その間に、一時的に魔力を強化する措置をして待ち構えていたとしても、おかしくない。
効果が切れた今になってそれが分かったところで何だ、とも言い切れない。魔力の強化が切れたので、 魔法炉で底上げをしている。ならば、あの魔法炉を使用不能にすれば、さらに弱体化させる事が出来るはずだ。
ノーマンは、日向の悪態の吐き様が妙に気になった。
劣勢に置かれ続けているのだ、悪態の一つも吐きたくはなるだろう。
しかし今の攻撃は、仕込みをした渾身の奇襲に失敗したという訳ではない。ノーマンの攻撃を止めるための、いわば苦し紛れの攻撃だ。
結果として攻撃は止んだのだから、まず目的は果たされたはずだ。だと言うのにあの悪態。何か日向にとっては都合の悪い事が起きたはずだ。
しかし、一体何が都合が悪いのか。今の短いやり取りの中で、考えられる物は一つしかなかった。
森の中に消えて言った武器だ。
武器が森の中のどこかへ飛んで行ってしまい、回収できなくなってしまった。少なくとも戦っている間は。それが致命的だったのではないか。
ノーマンは魔法の知識を動員して、日向の術式の傾向を予測した。
広義の魔法による攻撃手段は、三種類に大別される。魔力を直接撃ち込む攻撃。魔力を別のエネルギーに変換して攻撃。魔力を用いた物理攻撃。
魔力を直接撃ちこむ攻撃は、最も単純で効率が良い。魔力が大きければ、魔力を注ぎ込むほどに威力を上げる事も出来る。
だがその反面、攻撃をくらった側も、体内の魔力を高めて抵抗する事で、ダメージを軽減できる。だから強力な魔道士には、この手の攻撃はまず通用しない。
魔力を熱や電気と言った別のエネルギーに変換する。これはノーマンが得意としている攻撃方法だ。変換されたものは、すでに自然発生のエネルギーと何ら変わりない。
そのためどんな魔法使いでも、くらえば火傷や感電する。この点は魔力による攻撃より優れるが、変換の際にロスが生じるのと、術式ごとに必要魔力と出力がほぼ固定されている。
そして魔力による物理攻撃だが、簡単に言えばそこらへんに転がっている石ころを、魔力で制御して相手にぶつけるタイプ。魔力を変換して、物体を創造してぶつけるタイプがある。
日向の攻撃は、魔力による直接攻撃と、魔力による物理攻撃だ。ここまで変換タイプの攻撃を使ってこない事から、使えないと見るべきだろう。
そして物理攻撃だが、日向のそれはすでにある物体を制御する物理攻撃ではないか。それならば失ってしまった武器はもう使えないので、あの悪態も理解できる。
虚空から武器を呼び出しているので、つい魔力から物体を創造するタイプかと思っていた。
しかし日向が空間移動を使った事を考えると、それはそう見せかけているだけと考えられる。
異空間に物体を収納して、それを適宜呼び出して使っているのだ。無尽蔵のポケットを持っている様な物だが、容量は無限でも、中の物は有限だ。
そしてこれまでの武器射出攻撃の規模から見るに、何百と言う大量の武器は持っていない。悪態を吐いたのも、数少ない武器を失ったからだろう。
全体的に、日向の使用する術式は消耗品だ。それを使い切った時、残される攻撃手段は、単純な魔力による攻撃。それは魔力の差から言って、それ程脅威ではない。
魔法攻撃が効かないとなれば、後はその辺の石を拾って投げるくらいしかない。こちらも消耗したとしても、拘束され、石で頭を叩き割られる前に、焼き殺すくらいは可能だ。
消耗戦ならばこちらに有利。そうノーマンは結論を出した。




