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修羅の拳・後編

 最初に動いたのは、意外にも日向だった。


「『縛』!」


 術の鎖が、チョウの体を縛る。


「ふん!」


 しかしチョウは、それをいともたやすく引きちぎって見せた。


「足止めにもならないのかよ!」


 冗談じゃないと言わんばかりの叫びを日向が上げる。その間にリュウが、チョウへと踏み込んだ。

 リュウがチョウの脳天めがけ、瓦割りの様な手刀を振り下ろす。チョウはそれを横に受け流し、逆に掌底をリュウの腹に撃ち込む。

 リュウが吹き飛んだ。いや、そう見えただけで。自ら跳ぶ事で掌底の威力を殺した。カウンターも容易には入らぬか。チョウは内心で舌を巻いた。しかし同時に、えもいわれぬ高揚感も覚えていた。

 ノーマンが日向へ向けて魔法を放った。日向の真正面から、真っ直ぐに魔法弾を撃ち出す。日向はそれを防ごうとして、嫌な予感に襲われた。馬鹿正直に正面から攻撃してくるからには、何かあるのではないか。

 とっさに日向は防御を捨て、転がる様にしてその場から逃げた。結果的に、その判断は正しかった。

 着弾した魔法弾は、日向の立っていた足元の岩を砂粒ほどにまで粉々に砕き、ちょっとしたクレーターか落とし穴の様な穴を穿(うが)っていた。下手に防御していたら、防御ごと打ち砕かれていただろう。


「ヤベェ、魔力が違う」


 まともに食らったら、防御しても防御の上からやられる。ある程度の軽減はできるだろうが、ノーマンの攻撃を受けて立つのは危険だと理解した。

 最初の炎を無傷で防げたのは、奇襲性を重視したために威力が足りなかったからだろう。つまりは運が良かったのだ。


「なんか、オレだけ貧乏くじ引いてないかこれ!?」


 日向の叫びも虚しく、誰一人として戦う手を緩める事は無い。

 チョウは、リュウとのクロスレンジでの打ち合いを続けていた。打ち合いと言っても、お互いに有効打を入れる事は出来ず、時折相手の体に触れる事が出来る程度だった。

 そのため組手か演武のようにも見える激闘の中、チョウがいきなりリュウの鼻柱めがけて頭突きを繰り出した。

 通常なら身を退いてかわすところだが、リュウは頭突きに対して頭突きを打ち合わせた。お互いに目から火花が散る様な感覚に襲われ、よろめきながら距離を取る。


「おお痛い。なんて石頭しとる」

「油断のならない御仁だ」

「それはお互い様であろう」


 頭突きそれ自体も奇襲ではあったが、その程度の小手先が通用するとはチョウ自身も思っていなかった。

 頭突きを繰り出した時、すでに脚をリュウの脚の後ろに回していた。リュウが頭突きを回避するために下がれば、自らチョウの脚に脚を取られて隙を晒していたはずだった。

 打ち合いの最中に、その足さばきを目で確認する余裕は無い。目で見ずして、それを悟ったという事になる。


「良く分かったな」

「足を前に出した事により、腹筋がよじれます。その腹筋の僅かなよじれが、拳を撃ち出す腕の動きに出ていましたので」

「あの打ち合いの最中にそこまで見切るか。見事以外の言葉が思いつかんな」

「いえ、打ち合いの最中に様々な搦め手を仕込んでくるなど、私にはできませぬ」

様々な搦め手(・・・・・・)、か。全部見えてたのか」

「さて、全てかどうかは」

「ふん。全て見えていなければ、どれか一つくらいにはかかっているだろうに」


 つまらぬ謙遜は不要とばかりに、チョウが構える。リュウもまた構えた。固着。しばらくそのままにらみ合う二人。

 チョウが先に動く。リュウに向かって正面から駆けた。まだ十分に機が熟しておらず、ここで先に動くのは隙を晒す。だからこそあえて隙を晒し、誘ってみた。

 リュウもまた正面からチョウに向かってくる。ぶつかり合う寸前でリュウが低空に跳び、チョウの顔面へ膝蹴りを繰り出す。

 チョウが膝蹴りをかいくぐり、足を掴んで投げた。その様に見えたが、実際違った。チョウは足を掴むと、投げずにそのまま捕らえ、勝負を決める一撃を確実に叩き込む気でいた。

 しかし掴まれたリュウは、もう片方の足で地面を踏み抜き、さらに体の勢いを増して跳んだ。

 それによって、チョウは手を離さなければ振り回され、逆に引き倒されるところだった。投げ飛ばされた様に見えて自ら跳んだリュウは、当然の如く綺麗に着地する。


「参ったなこれは」


 事も無げに言うチョウだったが、参ったと言うのは本気だった。全力を尽くしても、勝てるかどうか分からない相手。改めてそれを実感した。

 長期戦になれば、疲労の無い自分が有利、という考えも改める必要があった。長期戦になれば、たとえ疲労の差は有れど、思わぬところで致命的な一撃を受ける可能性は高くなる。

 長期戦など考えず、ただ一撃一撃を、勝負を決めるつもりで撃ちこむしかない。


「だが、そうでなくては」


 武の道に、逃れがたく魅せられた者として、望むところだった。


 日向は逃げ回っていた。

 戦闘を得意とするタイプの術者ではない日向が、生半可な防御を貫通できるだけの威力の攻撃手段を持つノーマンを相手にしていては、まともに渡り合えるはずも無かった。


「ほらほらー、待て待てー」

「テメェ、楽しそうに追っかけてくんな!」


 追う側のノーマンは炎弾や飛礫を撃ちながら、遊んでいるかのような笑みを浮かべて日向を追い回す。

 しかし表情とは裏腹に、攻撃は的確で容赦の無いものだった。一撃でも喰らえば、そこに大魔法が飛んでくるだろう。そうなれば今度こそ回避も防御も出来ない。


「そこだっ!」


 ノーマンが日向の行く手に炎弾を撃ちこんだ。炎弾は小川のせせらぎの中に飛び込む。一瞬にして水が沸騰し、もうもうと湯気が立ち上った。


「あっちぃ!」


 目の前で小川が沸騰して、日向の足が止まる。行く手を妨げられた日向が振り返ると、左右からは拳大の飛礫が唸りを上げて迫り、正面には大魔法を構築しているらしいノーマンの姿があった。


「もらった!」


 後ろは沸騰した川、左右からは飛礫、正面から吹き飛ばして決着。そうノーマンは勝利を確信した。確信した瞬間に、日向の姿がかき消えた。


「『呼出』」


 後ろ。それも至近。ノーマンが振り返る。振り返り切らない横目で、虚空からメイスを呼び出し、振りかぶる日向の姿を捉えた。

 倒れる様にして後ろに跳んだ。ギリギリのところでメイスが前髪を掠める。倒れた拍子に用意していた大魔法があさっての方向へ飛んでいく。岩をも溶解する高熱の炎が、雲を突きぬけて飛んで行った。


「うわっ、しくじった」


 空振った日向が呻く。ノーマンの攻撃を避け、背後を取ったのは、とっておきの空間移動術式だった。

 簡単な術ではない。それでも日向の力量なら、術式を組み上げる時間さえあれば、どこへでも移動する事が出来る。

 しかし戦闘中にそんな余裕があるはずも無い。そのためあらかじめ出口を指定して、そこへ移動すると言う形の術式を使った。これならば多少は手軽になる。

 しかしそれも、敵の目の前でのんきに用意できるようなものではない。そこであらかじめ出口の術式を刻んだ呪符を設置した。これならば、出口にしたい場所に呪符を張るだけだ。

 だが呪符は使い捨てだ、多用はできない。その上出口が固定されているので、逃げるならばともかく、奇襲に使うには呪符の位置が相手の死角になる様に誘導しなくてはならない。

 その厳しい条件がそろった機会だったと言うのに、奇襲には失敗したのだ。しかも空間移動ができるという事まで知られてしまった。呻きたくもなる。


「日向!」


 リュウの鋭い声が飛ぶ。何事か確認するよりも先に、日向は空間転移した。奇襲を狙って仕込んだ物の残りだ。

 そうしたのは、わざわざリュウが危険を告げたから、と言うよりも、勘だった。そしてその勘は、正しかった。

 先程まで日向が居た場所の背後に立つ大木が、へし折られた。いや、幹が打ち砕かれたと表現した方が近い。

 何が起きたのか理解したのは、大木の倒れた後にチョウが立って居たからだった。日向の目には、まるで突然そこに現れた様に見えた。

 鍛えていない日向の動体視力では、捉える事が出来ないほど速かったのだ。


「やれやれ、ノーマンが案外攻めあぐねているから、先にそちらを倒そうかと思ったが、失敗したか。

 やはり、先に貴殿と決着を着けるのが筋か。なあリュウ殿」

「それが、貴方の本気という訳ですか。チョウ殿」

「まさか、最初から本気だ。貴殿のような格闘者に、手を抜く様な無礼な真似は出来ぬ。ただ本気の出し方にも、色々な形があるという事だ」


 チョウはそれまで疲労回復に当てていた気を、身体能力の強化に全てつぎ込んだ。リュウもそれを感じ取り、呼吸を整えて今まで以上に集中する。

 お互いに全力。心身の力を、最後の一滴まで振り絞っての戦いになる。そう確信した。チョウとリュウ、二人が向き合ったまま、静寂の時が過ぎる。

 静寂が破られた。二人が同時に動く。真っ直ぐに相手に向かって距離を詰め、中央で激突する。

 チョウの蹴り上げが、リュウの顎をかすめる。かわしたと思ったところに、蹴り上げた脚が返り、再び顎をかすめた。

 二段の蹴りをかわしたリュウが反撃する。上段の蹴り、下段の蹴り、また上段の蹴り。上下に蹴り分けた、蹴りの連続攻撃。

 リュウが拳を撃った。上段と下段に蹴りの連続攻撃を入れて意識を誘導したところで、中段の腹に拳。

 チョウが上段蹴りを防いだ腕を撃ち下し、肘打ちでリュウの拳を逸らした。両者、一旦間合いを取る。

 ノーマンと日向は、戦う事も忘れてチョウとリュウの激闘を見ていた。

 チョウが間合いを詰めた。リュウはその場に留まり、受けの構えを取る。下段の蹴り。脚を引いて避ける。頭突き。後ろに跳んでかわす。


「なにっ」


 リュウは驚愕した。後ろに跳んだリュウに、チョウがぴったりと着いてきた。およそ不可能な体勢であったはずなのにだ。

 実際、気による身体強化を施したチョウでも、下段蹴りと頭突きを繰り出した体勢から、すぐに肉薄する事は不可能だった。

 しかしチョウは気を最大限活性化させ、さらなる超強化を掛けてリュウに肉薄した。無論、それ程の強化を掛ければ消耗も大きい。

 この一撃で決める。この一撃に全力を尽くす。これで決められなければ、負けて死ぬ。その覚悟の表れだった。

 チョウの掌底がリュウの腹に撃ちこまれた。リュウの体が吹っ飛ぶ。決まった。誰もがそう思うであろう一撃だった。実際、ノーマンはそう思った。

 だが他の三人は違った。掌底を受けたリュウは、吹き飛びはしたものの、意外にダメージが無い事に気付いた。チョウは掌底を撃ちこむ瞬間、何か自分の動きを妨害する抵抗を感じた。そして日向は。


「『緊縛・四重』間に合ったか」


 日向はただ見ていたのではなかった。最大限強力な拘束術式を密かに用意して、ここ一番の時を待っていた。チョウの体の自由を拘束術式が奪う。そして、それを見逃すリュウでは無かった。


「ホワァーー!!」


 叫び声を上げてチョウに襲い掛かるリュウ。その打撃がチョウの体を打つ。チョウは自分の体の経穴を突かれ、気の流れが滞った事を感じた。

 リュウの渾身の拳がチョウの胸を打った。打撃に加え、経穴を突かれた事に因る衝撃がチョウの体を襲う。それは気の流れを止められたことにより、より増幅されてチョウの体内を破壊した。

 チョウは意識が白くはじけ飛んでゆくのを感じながら、まあ悪くは無いか、少なくとも、思う存分戦えた。そんな事を考えた。

 それも遠くなって、消えた。

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