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修羅の拳・前編

 道を岩が塞いでいる。

 道を、と言うのは正しくは無いだろう。未開のゼルフカント地域には、僅かにけもの道のような物があるだけで、道らしい道は無い。

 それでも通りやすい所はあり、そういう所を選んで進む事になる。

 そんな場所を、岩は迂回する事すら許さないと言う様に、行く手を一杯に塞いでいた。削った様に垂直に近い岩肌を見せ、引き返せと言っている様だった。


「参りましたね、師匠。別の道を探しますか? それともいっそ吹き飛ばしましょうか?」

「ノーマン、こんな所で無駄に力を使ってどうする」

「では、引き返すので?」

「いや、進む。私が先に登って縄を降ろすから、お前はそれに掴まって登れ」


 そう言うとチョウは、岩肌の僅かな凹凸に指を掛けて、指の力だけで体を持ち上げて登り始めた。

 大きな岩だが、断崖絶壁を登るという訳ではない。ほどなくして登り切り、縄を降ろした。ノーマンが縄を掴んで登る間、チョウは涼しい顔で縄を持って支え続けた。

 岩の反対側は足場も多く、楽に降りる事が出来た。

 また一つ、越えた。そう思った。何かを越えるという事は、チョウにとって重要な意味が有った。生きる理由と言えるかもしれない。

 ひたすらに、何かを越えたかった。そのために、強くなりたかった。何を越えたいのかは、良く分からない。立ちふさがる壁か、それとも自分の限界か。

 なんだか分からぬものを、越えたい。それはおそらく、武の道に魅せられてしまった者ならば、多くの者が抱く思いだろう。

 この戦いに参加したのも、今までに経験した事の無い戦いの場で、何かを越えてみたかったからだ。


「早いところ、敵と出会いたいぜ。ぶっ放してみたい魔法が一杯あるのに」

「ノーマン、戦う事を目的とする様な事は、厳に慎めと言っているだろう」

「分かってますよ。あくまで俺の魔法を使う機会が欲しいだけです。そう言う師匠こそ、敵と戦う事を求めているんじゃないですか?」

「戦う事を求めてはいる。しかしそれは、武の道を進むためには、強い敵との戦いが必要となるから求めている。

 目的は武の道を極める事。戦う事はそのために必要な手段だ。そこを見誤るな」


 そうは言ったものの、心配はしていなかった。自分がそうであるように、ノーマンもまた求道者だった。

 ノーマンにとって魔法は、花火のような物だ。苦心して仕込みを重ね、大きな舞台で派手に大魔法を披露する。

 より派手に、より強力に、より実践的に。魔法の性能を、ひたすらに追及する。それがノーマンの関心だと、チョウは知っていた。

 川に出た。小さなせせらぎと言った川。ゼルフカントの盆地を囲む山から流れ出した流れだ。未開の渓流だけあって、水も清い。

 川辺で一息ついた。ノーマンはマジックアイテムを広げ、簡単な手入れをしている。チョウも少し心気を練る事にした。

 足首ほどの深さの流れに入り、呼吸を整える。体内に流れる気のエネルギーを感じ、周囲に存在する自然の気を取り込む。足元に、規則的な波紋が現れた。

 肉体だけを鍛える事ばかりを求めて来た訳ではない。自分の体に眠る、あらゆる力を引き出し、鍛えたかった。自分の知らない、自分の全てを引き出してみたかった。

 ノーマンの様な、武術とはまるで縁の無い、魔道士の弟子を持つ事になったのも、己に眠る力を引き出す術に精通した結果だった。持ってみれば、なかなかかわいい弟子だった。


「さて、これからどうするかな」


 ひとしきり心気を練り上げると、ノーマンに言ったとも、独り言とも取れる様に言った。


「どうする、とはどういう事です?」

「このまま進んで敵の本拠まで乗り込むか。それとも一旦引き返して様子を見るか」

「断然、攻撃あるのみでしょう。ここまで来て、何もせずに引き返すなんて」

「しかし、敵の事は何も知らんぞ?」

「敵も俺達の事は知りませんよ。それならいきなり襲い掛かって、まとめて吹き飛ばせばいい」


 乱暴な論法だが、間違っては無い。それに、チョウ自身もすでに腹は決めていた。自分一人ではないため、あえてこんな事を言ったが、やはり師弟は似るものか、と思う。


「奇遇だな。私も同じ考えだった」


 ニカッと笑う。ノーマンも笑い返した。笑い方までも、似て来た様な気がした。

 何かが、感覚に触れた。チョウの顔は一瞬にして引き締まった。ノーマンもチョウのただならぬ様子を感じて、身構える。

 何かが見ている。人では無い。獣でもない。だが確かに、何かに見られている。五感以外の感覚が、それを告げていた。

 梢の高さに意識を集中した。見えない何かを見ようとするように、一心に梢の辺りを見つめた。何も見えはしない。それでも、感覚がだんだんと何かを捉える。


「ノーマン、あの辺りを軽く掃討しろ」

「はい、師匠」


 ノーマンの周囲に、小石が浮き上がった。


「行け!」


 合図とともに、浮き上がった小石が弾丸のような勢いで撃ちこまれる。飛礫を撃ちこまれた枝が揺れ、木の葉が舞い落ちる。

 ピーッ、っという鳴き声の様な音を立てて、何かが飛び立った。鳥のようにも見えるが、鳥の形をしていると言うだけで、どこか無機物の様だった。


「師匠、あれは式神では?」

「見張られていた。いや、見つけられたようだな」

「どうします?」

「そうだな。ここはそれなりに開けていて、戦うには悪くない。ここで待ち構えると言うのはどうだ? 向こうから来てくれると言うならば、だが」

「いいですね。どうせ見つかったのなら、堂々と待ち構える方が性に合ってる」

「決まりだな」


 チョウは、河原の大岩の上に陣取って座り、後は静かに待った。ノーマンは一時的に魔力を上げる、とっておきの魔法薬をありったけ服用したり、お気に入りの道具であり、武器でもある魔法炉の具合を確かめたりしていた。

 程無くして、人の気配が近づいてきた。二人、気配を隠してはいない。隠したところで無駄な事だと理解しているのだろう。こちらも、ことさら気配を隠しはしない。

 若い男が二人、姿を現した。鍛え上げられた肉体をした男と、優男風だが目つきの少々きつい男だ。


「武僧のチョウ殿とお見受けする」


 鍛え上げられた肉体の男が言った。


「いかにも」

「リュウ、と申します。お噂はかねがね。この機会に、ぜひともお手合わせ願いたいと思っておりました」

「同じ格闘者ならば、そう思うのも当然であろうな。私も同じ思いだ。しかし残念ながら、個人的なこだわりで、邪魔の入らない決闘をする、という訳にもいかん。お互いにな」

「やむを得ない事でしょう。それが勝敗を分けたとしても、それもまたそれぞれの運と思うしかないかと」

「なるほど。ただ肉体や技術のみを鍛えただけの男でもない様だ。ならばこそ、思う存分渡り合えると言うもの」


 チョウが首だけ後ろに向けて、背後に控える弟子を見た。


「ノーマン、聞いた通りだ。お前も余計な気を使わず、全力を出して構わんぞ。向こうもそれに文句は無いそうだ」

「はい、師匠」

「こっちとしては加減してほしいけどな」


 リュウの後ろに立つ優男が、冗談とも本気ともつかない事を言う。


「そちらの御仁も、せっかくだから名乗ってはどうかな? それで困る事も無ければだが」

「まあ、別に困りはしないな。オレは日向だ。別に覚えなくても良いけどな」


 そう言いながらも日向は、油断無く呪符を数枚取り出している。

 小川のせせらぎを挟んで、チョウ・ノーマンと、リュウ・日向が向かい合う。空気が緊迫していく中で、水の流れる音だけが、場違いな程にのどかだった。


 一陣の風が吹き抜けた。同時に、チョウとリュウが跳躍し、小川の上でぶつかる。リュウの蹴りをチョウが掌で受け止める。チョウが足を掴むより早く、リュウはチョウの掌を蹴って、再び跳んだ。

 空中で回転しながら態勢を整えたリュウが着地する。しかしチョウの方が、空中で跳んだリュウよりも着地するのは早かった。リュウが着地したとき、チョウはすでに踏み込んで、拳を撃ち込んでいた。

 拳は、かわされた。チョウの拳をかいくぐり、リュウがチョウの体に向かって指を突きだすチョウが後ろに跳ぶ。ただ真後ろに飛ぶのではなく、僅かに体の軸を横にずらして飛んだ。

 指先が触れた辺りに、痺れるような感覚が残っていた。


「なるほど、北派拳の使い手であったか」

「北派正一拳です」

「本家正統という訳か。手強い訳だ」


 本家正統である北派正一拳と、そこから別れたいくつかの流派の拳法。それらを総称して北派拳と呼ぶ。

 その特徴は、人体に存在する気血の通り道である経絡(けいらく)と、経絡上にある経穴、俗にいうツボを突く事で、物理的な破壊以上の作用を起こす技術にある。

 だがそれは、言葉で言うほど簡単な技術ではない。経穴は非常に小さい上、ものによっては時間や体調で場所が変化する。

 それを正確に突くだけでも難しいのに、戦っている相手の経穴に有効打を与えるとなれば、至難の業だ。

 それを現実にやってのけるために、北派拳は見切りの動体視力と、突きの速さと正確性を極限まで鍛える。

 故に経穴を突かれなくても、その回避能力と、攻撃を当てる能力は、生半可な敵を一方的に倒すのに十分なものがある。ただの兵士なら、十人相手にしてもかすり傷一つ負わないであろう。

 だが強敵である事は認めても、勝てぬ相手であるとは思わなかった。極める技術の方向は違うが、肉体の鍛錬ならばおよそ同等。そしてリュウに北派正一拳の経穴を突く技術がある様に、チョウにも気の活用による技がいくつかある。

 自身の体内に流れる生命のエネルギー、『気』を活性化させ、制御する事によって、さまざまな作用を生み出す事が出来る。

 普段はそれを、疲労回復の増進に当てている。元より鍛えてあるのでそうそう息が上がる様な事は無いが、戦いながら疲労を回復させる事が出来るのは、長期戦でも動きが鈍らないという事だ。

 また、疲労回復に当てている気を、一時的な身体の強化に充てる事も出来る。強化した肉体による一撃がまともに入れば、それで勝負は決するだろう。

 だが一撃入ればと言うのは、経穴を突く事が出来るリュウも同じだろう。即ちこの戦い、どちらが先に一撃を入れるか、どちらが相手の攻撃をかわし続ける事が出来るかの勝負だ。

 後はこちらのノーマンと、相手方の日向と言う、二人の術者の存在がどう影響するかだろう。

 そのノーマンと日向も、チョウとリュウのぶつかり合いに一呼吸遅れて激突していた。

 動いたのは、ノーマンの方が僅かに早かった。ノーマンの魔法攻撃により、日向の足元から炎が吹き上がり、日向の姿が炎の中に消える。

 しかし炎が消えると、平然と立つ日向の姿があった。日向の周囲を箱状に淡い光が覆っている。


「おお、心臓にわりぃ」

「結界か。さっきの式神も、やっぱりお前だな?」

「嫌だなぁ、オレ正面切って戦うのは苦手なのに。でもリュウさん余裕無さそうだし、やるしかないのかぁ」

「諦めて大人しくやられれてくれれば、痛くしないでおいてやるぜ?」

「ごめんこうむる。まだ死にたくは無いんでね。『呼出』」


 日向の周囲の空間に、水面に石を落とした様な波紋が三つ浮かぶ。波紋の中心から、刃物の先端がのぞいた。


「『射出』」


 三本の刃物が風を切る音を立てて飛ぶ。ノーマンは身構えたが、そちらの方には飛んでこなかった。刃物のとんだ方向は。


「師匠!」


 日向の射出した刃物がチョウを襲う。しかしチョウは飛来する三本の刃物を、目にもとまらぬ早業で全て掴んで見せた。


「甘い甘い」


 そのまま刃物を日向に投げ返す。


「うげっ、『回収』!」


 再び空間に波紋が現れ、三本の刃物はその中に吸い込まれて消えた。


「マジかよ。冗談じゃないぜ」


 日向の攻撃を返したチョウは、そのまま標的を日向に変えて距離を詰めて来た。慌てて日向が後ろに跳んで逃げようとするが、チョウはぴったりと距離を詰めて逃さない。

 チョウがローキックを放つ。膝を横から蹴られた日向は、倒れながら横に吹っ飛んだ。倒れた日向にチョウの追撃が来る。


「くそっ、『霊撃』」


 呪符を突きだして、チョウを迎撃する。まともに胴体に入り、今度はチョウが吹っ飛んだ。しかし日向が体を起こすと、吹き飛んだはずのチョウは平然と立って構えている。


「今のを喰らって平然としてられるのかよ。そりゃ大して強い攻撃じゃないけどさ」

「伊達に鍛えてはおらんでな」


 それにしたってまるで平然としていると言うのは、無茶苦茶だと日向は思った。そんな日向の傍にリュウが立ち、また二対二の対峙の形になる。


「日向、無理はするな。と言いたいところだが、単純な戦力で言えば、あちらの方が上の様だ。心して掛かれ」

「心してったってねぇ」


 戦いは、さらに激しさを増す。それだけは、この場に居る誰もが確信していた。

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