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大公国軍人・後編

 グロックは、短いやり取りではあったが、ヴァンとの戦いを優勢に進めていた。イワンの援護はまだないが、援護が無くても勝ち目は大きいだろう。

 無論それは、決闘的な戦いを、決着が着くまで続ければの話だ。実際は、そうはいくはずもない。

 ヴァンが剣を高く掲げた構えから、突きを繰り出してきた。十分に間合いが有るので、かわす事は容易だった。あくまで牽制攻撃だ。

 だがグロックは、あえて大げさに跳び退り、地面に手を突いた。立ち上がったグロックの手には、レイピアが握られていた。錬金術による武器の錬成。グロックに、武器を失うという事は無い。

 軽量なレイピアで、素早く突きまくる。ヴァンは堅固な鎧を着ている訳ではないので、威力は十分だ。

さらに、強力な攻撃魔法は持っていないとしても、魔法を使う暇は与えないに越した事はない。素早い連続攻撃で防戦一方にする事が、魔法を使わせない最大の圧力になる。

 たまりかねた様に、ヴァンが森の中へ飛び込んだ。視界の悪い森の中で、体勢を立て直すつもりか。不用意に追う事は避けた。

 何かが飛来した。物体ではない。なんとなく、そう感じた。グロックを狙ったものではなかった。それは後方から飛んできた。次の瞬間、グロックの目の前の森が切り払われた。

 流石に木々が斬り倒された訳ではないが、一瞬にして葉は落ち、下草は刈り取られ、枝が落とされた、丸裸の森になった。そこに、驚いた顔のヴァンの姿もあった。


「くそっ」


 ヴァンが悪態を吐く。深手ではない様だが、今ので傷を負った様だ。

 イワンの魔銃による援護だった。銃身に魔術文様を刻み、魔法の発動を補助する杖の効果を兼ね備えさせる。それによって、魔法を銃弾に乗せて、遠距離に飛ばす事が出来る。

 杖の機能を兼ねる銃身の性質上、純粋な魔法の杖と比べると機能が限定されてしまうが、純軍事仕様にすれば、兵器としては申し分ない。

 銃そのものも惜しみなく最新式の元込め銃を使い、シュプリンガー博士の協力により、発射音を軽減する消音器も開発した。有効射程ぎりぎりである300m程の距離を取れば、発射音は全く聞こえない。

 本格的な戦争となれば、実戦投入することを検討していた。しかし、試験的な使い方ができる今の方が、かえって良かったのかもしれない。

 武器を曲剣(シミター)に錬成し直して、ヴァンと切り結ぶ。先程は逃げる様子を見せたが、今度は真っ向からの斬り合いに乗ってきた。

 こうなると、流石に名高い傭兵だけあって、大した腕前だった。グロックと、互角と言っていい立ち合いを見せる。

 剣技の合間に投擲(スローイング)ナイフを放ってきたが、難なく払いのけた。払いのけた隙を狙った攻撃も、受けきって、反撃を返す。

 剣以外に、有効な攻撃方法があまり無い状況に置かれている、と見るべきだろう。対してこちらには、徒手空拳の格闘術と、錬金術がある。

 間合いを取った。そのとき、足元から吹き上げてくるような風を感じた。何だと思うよりも早く、砂嵐の中の様に、視界が無数の何かで塞がれた。

 後退して、荒れ狂う何かの中から飛び出した。木の葉や枝だ。さっきイワンの援護で切り払われ、地面に堆積していた枝葉が、一斉に巻き上がっている。

 木の葉の渦の中に火球が着弾して、炸裂した。一瞬にして木の葉が焼き払われ、視界が開ける。ヴァンの姿は無かった。

 間髪を入れず、もう一発の魔法弾が森の中に着弾した。ヴァンが口と鼻を抑え、せき込みながら飛び出してきた。

 今のやり取りは、まずヴァンが足元に堆積した木の葉や枝を巻き上げた。規模こそ大きかったが、おそらくごく初歩的な浮遊魔法だろう。風を起こすよりも簡単で、この場合は確実だ。

 狙いは見ての通り、視界を塞ぐ事。その間に、逃亡を図った。しかし、イワンの援護によって木の葉は焼き払われた。

 現象を起こしているのが風の魔法ではなく、浮遊魔法と一瞬で見抜いたイワンのファインプレーだろう。もし風の魔法に炎を撃ち込んでいたら、周囲に飛び火して、むしろ逃げられていたかもしれない。

 その後森に撃ちこんだのは、毒ガスだ。おそらくイワンの位置からは、ヴァンの行動が良く見えるのだろう。撤退を志向しているヴァンを、確実にこの場に足止めしてくれた。空気の流れが弱い森の中ならば、ガスの効果はしばらく留まるはずだ。

 だが、グロックは優位に立っているとは思えなかった。やむを得なくとは言え、こちらに向かって戦う構えを取るヴァンの目が、逃げるのに失敗した者の目では無かった。

 現状、自分に勝ち目は薄く、どうにかして逃げる事を考えている事は変わりないだろう。しかしそれは、勝てないから逃げると言う、負け犬のような発想から来るものではないと感じた。

 軍人と傭兵の違い。軍人は、自分が死んでも戦争に勝てればそれでいい。むしろ勝つために進んで死に行く事が、軍人の本分である。

 一方傭兵は、戦争に負けようとも自分が生き残る事が最も重要だ。だがそれだけに、歴戦の傭兵は、負け戦の逆境を生き延びる能力に長けている。

 今のヴァンがまさにそれだろう。自分よりも格上の相手、しかも援護付きを相手取って、生き延びる事を考えているし、そういう戦いに慣れている。

 同時にそれは、この場における最適解でもある。ここでヴァンを取り逃がせば、こちらはヴァン一人分の情報を得て、向こうはグロックとイワンの二人分の情報を持ち帰る事が出来る。

 情報が敵全体に知られれば、当然対策を用意してくる。イワンの援護などは、存在が知られてしまえば、その行動を大きく制限されてしまうだろう。

 勝ち目が薄い現状において、生きて情報を持ち帰る事が、ヴァンの最適解なのだ。そしてこいつは、そういう戦いに慣れている。

 なればこそ、何としてもここで仕留めなければなるまい。

 武器を錬成。バトルアックス。両手に持って横薙ぎに振るう。避けられたが、そのまま振りぬいた。裸の木立に当たり、たたき折った。メキメキと音を立てて、木が倒れ落ちてくる。

 剣を肩の所で垂直に立てた構えから、ヴァンが横に剣を薙いでくる。グロックの耳の高さだ。腰を落としてかわし、立ち上がりながら前に出て、横に持ったバトルアックスの柄で突き倒した。

 逆らわずに吹っ飛びながら、くるりと後ろ宙返りをして、きれいに着地した。そこに半分ほどのサイズに錬成し直した、バトルアックスを投げつけた。

 流石にこの追撃は厳しかったか、ヴァンは横に転げまわってかわした。その間に、両手にダガーを錬成しながら距離を詰める。

 右手のダガーが、まるで見えない糸にでも引かれた様にひとりでに手から離れ、後方に飛んで行った。魔法をくらった様だが、体に異常は感じられない。それに、大して意味の無い事だ。判断を誤ったな、と思った。

 左手のダガーを突きだす。僅かに頬を掠めたくらいだ。ヴァンが反撃の剣を振るう。無理がありすぎだ。かわしながらダガーを右手に、逆手にして持ち替え、剣を持つヴァンの右手甲を貫いた。

 ヴァンの口から絞り出す様なうめきが漏れる。お互いに右手を封じられているが、グロックの方が後ろに回れる態勢だ。後ろに回り、左腕で首を締め上げた。

 激しく抵抗したが、グロックの方が体格も良い。程無くして締め落とした。気絶させるのではなく、容赦なく絞め殺す。

 息が止まった事を確認した。腕を解くと、ヴァンの体が力無く崩れ落ちた。多少、絶息するのが早い様な気もするが、確かに呼吸は止まっている。念のため確実に死亡を確認しようと、死体に顔を寄せた。

 突然、ヴァンの死体が目を見開き、跳ね起きた。跳ね起き様に蹴り上げてくる。かかとが僅かにあごの先をかすめた。もう少し反応が遅ければ、あごを蹴られて気を失っていただろう。


「くそっ、これでも駄目か」

「いや驚いた。死んだふりまでできるのか」

「生き残って何ぼの傭兵なものでね、死んだふりでも何でもやるが、ここまで手強いとは」

「死んだふりなど、かなり追いつめられている様だな。しかし、それでもまだ、お前の目は死んではいない。大したものだ」

「死ねば死ぬのに、生きているうちから死ぬ意味は無いからな」

「全く、お前のような男が敵に回った事が、つくづく惜しい」


 仕切り直しと言う状態だが、もはやヴァンに残された手の内は少ないはずだ。一方のグロックは、単純であるがゆえに、手の内は無尽蔵だ。


「お前を逃がす訳にはいかん。ここで確実に死んでもらう。これも戦場の習いゆえ、恨むなよ。お前も、最後は胸を張れる戦いをして死ぬがいい」


 グロックがS字刀(ショーテル)を錬成する。


「悪いが、死に際を美しく、なんてのは、傭兵には無縁の思想だ。どうあっても、俺は生きる」


 ヴァンが剣を立てて構える。二人は向かい合ったまま、しばらく微動だにしなかった。

 先に動いたのは、ヴァンだった。剣に勢いを付け、重さを乗せ、愚直で、強力な斬撃を放つ。

 グロックがショーテルでそれを受け止める。受け止めたかのように見えたが、剣の湾曲を利用して滑らせ、受け流していた。そこから刺突による反撃に出る。

 ヴァンが横にステップしてそれをかわす。突きだしたショーテルを横に払った。曲刀であるショーテルは、ただ払うだけでも良く斬れる。

 斬ったのは、ヴァンの衣服と皮一枚だけだった。ギリギリのところで見切られた。再び刺突による攻撃を繰り出す。

 金属同士がぶつかり合う音がして、腕が震え、突き出す方向が変えられた。突きだしたグロックの剣を突いて、方向を変えられた。見事な技巧だ。

 錬成。左手に、マンゴーシュを持った。二刀流とも少し違う。マンゴーシュは盾付きの短剣だ。左手の盾で受け、右手で反撃する。もしくはショーテルの特殊な形状を生かして攻撃を受け流し、マンゴーシュで反撃する。

 武器兵器の研究開発責任者としての本領。多彩な武器の知識と技術を総動員して、自分の全力を尽くして、相手を倒そう。

 それこそが軍人である自分ができる、敵への最大の敬意の払い方だ。

 踏み込んだ。右のショーテルでの突き。誘いだ、本命はマンゴーシュ。防がれた。まだだ、ショーテルでの斬撃。これも(しの)がれた。見事だ。だが甘い。

 足を払った。ヴァンが仰向けに倒れる。何とか上体は起していたが、もはや勝負は決まった。


「ぎゃあああああああああ!!」


 悲鳴。誰の声か、分からなかった。ヴァン、ではない。まだ止めを刺してはいない。声は近かった。声のする方を見る。火だるまの人間が飛び出してきて、地面を転げまわった。

 イワン。声を出そうとしたが、出なかった。違う。体が、動かない。しくじったと気付いたが、もう遅かった。


「僅かな隙が、勝負を分けたか。これも戦場の習いゆえ、恨むなよ」


 悲鳴に気を取られた一瞬の隙を突いて、魔法を喰らってしまった様だ。指一本たりとも動かせない。どうやら、ここまでの様だ。イワンも、視線の先で燃え上がったまま、動かなくなっていた。

 悔いは無い。とは言わないが、まあこんなものだろう。良く戦い、僅かな隙を突かれて敗れ死ぬならば、軍人の死に方としてはいい方だろう。

 グロックは、従容として自分の死を受け入れた。剣の煌めき。それが、最後に見た物だった。


 茂みの中から男が一人現れた。


「危ない所だったな」

「ゲラー、だったな。助かったのは事実だ。礼を言わなくてはならないな」

「これで、まず二人か」

「一対一なら逃げ切れたと思うが、この二人を同時に相手にするのは危なかった。レーン側は、二人組、三人組で行動するようにしているのだろうか?」

「かもしれないな。この二人は軍人なのだろう? 軍人が参加しているなら、そう言う発想は、当然出てくる」

「やはりこちらも、単独行動は慎むべきだったかな」

「いや、組めばいいというものではないだろう。個人で行動した方が、その力を最大限発揮できる者も居る。

 個々が別々に動きながらも、ある種の連携が取れるかが重要だと思う」

「難しい事を言う。ならお前は、これからどう動く?」

「一度戻って、報告をする。仕留めたのは、軍人のグロック大佐とイワン中尉で間違いないか?」

「グロック大佐は間違いない。狙撃兵も、状況から見てイワン中尉で間違いないはずだ。報告した後は、どうする気だ?」

「さあ。相手の出方次第、かな」

「連携も何も有ったものじゃないな。まあいいさ。俺は俺のやり方で、戦いを続行する」

「怪我をしている様だが、一度戻って手当てをしなくてもいいのか?」

「傭兵を知らないな。傭兵は怪我の治療も、武器装備の調達も、雇い主との契約も、全てを自分でやるものだ」

「なら、何も言わないでおこう。お前は戦力としても優秀だから、死なずにいて欲しいものだ」

「死ぬ気など無いさ。誰一人な」


 それだけ聞くと、ゲラーはまた茂みの中へ姿を消した。ヴァンもまた、応急手当てを済ませると、次の敵を求めて動き出した。

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