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最後の戦い・後編

 動的な膠着状態。ゲラーとカレンの戦いを形容するならば、そんな表現になるだろう。

 動きは激しい。カレンが一方的に攻めている。しかし攻めきれない。

 ゲラーの能力を抑え込んでおくには、一瞬の余裕すらも与える訳にはいかない。そのために攻め続けているのだが、それ故にどうしても致命傷を与える事よりも、防御に専念させるための攻撃しかできない。

 ゲラーにしても、一瞬たりとも他に意識を向ける余裕の無い猛攻に苦しんではいるが、比較的浅い攻撃の連打であるため、必死で防げば防ぎ切れている。

 カレンは致命的な攻撃をしない、ゲラーは防御に専念する。これはもう、組手の様相と言っても良かった。

 カレンは攻め方を変える必要を感じていた。このままお互いに体力を消耗し合えば、先に力尽きるのは間違いなくゲラーである。

 しかしそれを狙う事は危険だった。体力を消耗するのはカレンも同じ、消耗すればそれだけミスを出す可能性も高まる。そして一瞬のミスが命取りになりかねないから、この様な状況になっているのだ。

 攻めきるしかない。隙は見せないまま、さらなる攻め手を繰り出す。可能だろうか。致命傷を与える事にこだわらなければ、可能だと判断した。

 カレンが駆け抜けながら大剣を振るう。ゲラーがそれをギリギリのところで回避する。カレンがべた足を着いて制動を掛け、ゲラーの目前で止まる。

 撃ちこんだ。腹に拳。ゲラーが体をくの字に折り曲げ、浮き上がる。両腕で抱える様に腹を抑え、胃液を吐いた。

 今だ。カレンが剣を振りかぶる。振り下ろす直前、視界一杯に炎が吹き上がった。危うい所で跳び退る。前髪がチリチリとくすぶっていた。


 拳を食らった苦痛に呻きながらも、ゲラーはとっさに足元を発火させた。炎の盾。案の定、カレンは大きな隙を晒したゲラーに、正面から襲い掛かっていた。

 くの字に折り曲げた姿勢だったので、頭を突き出す形になっていた。頭髪が少し燃えたが、手で叩き消しながら、前を(にら)む。

 視界のうちに、次々と炎が上がる。闇雲に発火させているが、それだけに読まれる事はないはずだ。とにかく今は、このチャンスを逃したくない。

 カレンの攻撃でゲラーは危うい所だったが、虎口を脱してみればむしろ、僅かな余裕も与えてくれない猛攻から逃げ出せている。

 再び同じような状態に持ち込まれれば、いつまで耐えられるか分からない。相手のペースを乱し、こちらのペースを掴む事だ。そのためには、闇雲な攻撃もそれなりに有効だ。

 発火能力(パイロキネシス)による炎は、可燃物に着火しない限りすぐに消える。だから炎が上がるのは一瞬で、すぐに消えてしまう。足元の草程度では、すぐに燃え尽きてしまう。

 しかしそれでも、炎は視界を遮る。だから炎の向こうから飛び出したカレンが、銃口をこちらに向けていたときは、背筋が凍った。

 銃口から放たれた光線が、ゲラーの肩をかすめた。大した傷では無かったが、光線は見てから避けるなど不可能だ。正確に狙われないために、動き続けるしかない。

 互いに意図せずして、またしても戦況は動的な膠着状態の様相を(てい)しつつあった。


 押してはいるが、攻めきれない。それがナタリアの印象だった。

 片方のナイフを、吸いつくように半次郎の刀に触れ合わせる。それによって動きを制限する。そしてもう片方で、至近からの鋭い連撃。

 それを半次郎は、今のところ振りきれないでいる。だが斬られたとしても、皮一枚しか切らせないのだ。痛みすらほとんど無く、かゆいくらいだろう。

 半次郎を攻めに転じさせないと言う点では、今の状況は非常に良い。しかし攻めきれなければ勝てず、半次郎相手にいつまでもこの状況が続くか、という不安もあった。

 半次郎が右手を引いた。当然、握っている刀も引かれる。そしてそれにぴったりと着いているナタリアのナイフもだ。

 手からナイフがもぎ取られた。ひゅるひゅると音を立てて、ナイフが宙を舞う。蹴り上げられたのだ。

 しまった。そう思う間に、反対側の腕に半次郎の腕が絡み付いてきた。関節を極められる。ナタリアは泳ぎ、もがいたが、逃げられない。

 ナタリアが体を倒し、地に転がる。あえて投げられる事で、腕を折られる事を防いだ。しかし、投げられれば当然追撃が来る。

 半次郎が剣を突き立てに来た。ナタリアは逆立ちになってかわした。剣が地面に突き刺さる。

 逆立ちのまま足を開き、回転して半次郎の顔に蹴りを入れる。入った、半次郎がよろめく。

 体勢を戻したナタリアは、半次郎の股の間に足を入れ、足を払う。ただ払うのではなく、回す様にして振り回し、体勢を崩す。

 前方向に倒れ落ちる半次郎の腹を、思い切り蹴り上げた。体の落ちる勢いと、蹴り上げる勢いが合算された衝撃が、半次郎を突きぬける。

 流石の半次郎の体も、後ろへ飛んだ。だが半次郎は倒れずに踏みとどまり、片手で腹を抑えただけだった。


「大した体術の使い手だ。予想はしていたが、武器無しでもここまで強烈な攻撃をしてくるとは思わなかった」


 半次郎の刀は地に突き立ったまま。今の半次郎は丸腰だ。だというのにこの余裕。ただ何が起きても動じないという事かもしれないが、得体の知れない恐ろしさがある。

 それに、悪く無い一撃を加えたとは言え、ナタリアにはそれを喜べない理由があった。最初にナイフを蹴り上げられた動き。あれはおそらく、こちらが誘導されたものだ。

 相手に触れた感覚から、相手の動きを読む。それで半次郎の動きを読み、行動を制限して戦ってきた。

 ところがそうと気づいた半次郎は、動きが読まれている事を逆用して、こちらの行動を誘ったのだ。証拠は無いが、そうとしか思えなかった。

 その上ナタリアの方も、今蹴り上げられた分と、投げられた後に邪魔になるので捨てざるを得なかった分で、最後の一本以外のナイフを失ってしまった。

 一度手から離れた武器を回収する事は、期待するべきではない。戦闘中ならばなおさらだ。残る武器はナイフ一本。ほとんど丸腰と変わらないのは、ナタリアも同じだった。


 ナタリアが構える。最後のナイフは切り札だ。格闘術で渡り合うしかない。幸いと言うべきか、頸動脈を絶つには爪で十分だ。武器が無ければ人を殺せない訳ではない。

 半次郎も構えた。腰を落とし、鋭い視線を向けている。殺気のようなものは無い。むしろ気迫は、内に込めている。

 構え、にらみ合ったまま、膠着した。カレンとゲラーが戦っているらしい音が聞こえた。最初のうちだけだ。すぐに余計なものは、見えも聞こえもしなくなった。

 にらみ合っている間に、お互いに自分の内に気が充満していく。やがてそれが内に収まらなくなり、ぶつかり合ってチリチリと火花を散らす。二人の間には、その様に思えた。

 動いた。示し合わせたように、二人同時に動き、馳せ違った。立ち位置を入れ替え、振り返ってまた向き合う。

 ナタリアは数度瞬きをした。視界が白くかすみ、思わず頭を振りそうになった。

 今馳せ違った時、半次郎はナタリアのこめかみを打とうとした。それは避けたはずだが、頭を少しかすめ、揺すられたのだろうか。意識が途切れる事は無かった。まだ戦える。

 半次郎が少し横に移動した。ナタリアもそれに合わせて、正面を位置取るように動く。動きながら、体の動きを確かめる。どこにも異常はない。

 半次郎の気が、一瞬途切れた気がした。だがすぐに元通りになっている。気のせいか。それとも本当に集中力が一瞬途切れたのか。はたまた誘いの罠か。

 また一瞬だけ緊張が緩んだ。ナタリアは張りつめている。やはり半次郎の気が緩んだのか。

 馳せ違った瞬間の攻防。ナタリアの打撃は、半次郎には通らなかったと思った。だがどこかをかすめていたのだろうか。それによって半次郎の気に、僅かな乱れが生じたのだろうか。

 確証を求めていては、戦えない。次に僅かでも気の緩みを感じたなら、その時は自分の勘を信じて行動しよう。そう覚悟を決めた。

 覚悟を決めてからが、長かった。気の緩みなど微塵も見られず、半次郎は鋭い気をこちらにぶつけてくる。ナタリアもそれに押しつぶされない様に、闘志を燃え上がらせて押し返す。

 長い長い膠着だった。気を張り詰めている事も、息をする事すらも苦しくなってくる。自分が苦しい時は、相手も苦しいはずだ。そう自分に言い聞かせて、耐え抜いた。

 半次郎の気が、乱れた。体は微動だにしていないが、ふらりとよろめいた様に感じた。ナタリアは飛び出していた。

 半次郎は、向かってこなかった。それどころか逆に、後ろへ飛び退った。とげが刺さった様な僅かな疑念がかすめたが、構わずに追った。逃がしはしないと。

 僅かに土をこする音がした。半次郎の右手に、刀が握られている。地面に突き立ったままになっていた、半次郎の刀だ。

 馳せ違う前、ナタリアの背後に刀が突き立つ位置関係だった。それが馳せ違った事で、半次郎の背後に刀が位置する様に変わっていた。

 だが突き立った刀を飛び退きながら抜いた結果、前後逆さまに持っている。刃が半次郎の方を向いている。あれでは斬れない。突きも難しいだろう。

 かえって隙を晒しただけだ。ナタリアは構わず突進した。半次郎が脇構えになる。そのまま振りぬけば、峰打ちで殴りつける事になる。それなり効くだろうが、今更そんなものは無意味だ。ここで決める。

 構えた刀を、半次郎はそのまま前に突き出した。柄頭での打撃。ナタリアの鳩尾に入った。ナタリアの動きが止まる。

 そのまま半次郎は、上段に構える。峰打ちでも、頭蓋骨をかち割る事はできる。ナタリアは、苦痛に悲鳴を上げる体にムチ打って、突撃した。無様な程の、力任せの体当たりだ。

 半次郎が弾き飛ばされる。数歩後ろにたたらを踏んだ。ナタリアがそれ以上の事はできないのを確認して、刀を正しく構え直す。

 ナタリアも最後のナイフを抜いて、構えた。うかうかと誘いに乗ってしまったのが間違いだった。隙を突こう、小細工を弄そうとは思わず、ただ全力を出すべき相手だったのだ。

 負ける訳にはいかないが、全力を出して負けたなら、それはそれで受け入れる。そう言う心構えで戦うしかない相手。

 暗殺者ばかり相手にしすぎて、そう言う戦いがある事を忘れていたのかもしれない。

 だがやはり、ナタリアの本質は真っ向勝負には無い。使えるものは何でも使う、それがナタリアのやり方だ。


「ゲラー!」


 最後に残った味方の名を呼んで、ナタリアは半次郎とは別の方向へ駆け出した。名を呼ばれたゲラーは、ナタリアの意図に応えた。

 最も、期待に応えなかったとしても、その時はその時で、使い物にはなると思っていた。

 ゲラーがナタリアの方を見る。正確には、ナタリアの背後に迫る半次郎を見た。半次郎の体が炎に包まれる。

 ナタリアは最後のナイフを投げた。ナイフの行く先に、カレンが飛び出してくる。無防備を晒したゲラーを倒し、半次郎を助けようと出て来た。

 ナイフが、カレン胸に深々と突き刺さった。あっ、と小さく声を上げ、カレンの戦闘装束が消える。カレンが仰向けに倒れ、胸の上で光る宝石が、砕け散った。

 強風にあおられる炎の様な音が聞こえた。半次郎が叫んでいるのかもしれない。炎に包まれ、すでに声を上げても聞こえない。

 だがそれでも半次郎は、ゲラーに斬りかかってきた。上段から剣を振り下ろし、ゲラーを唐竹割にしようとする。

 それをかわされると、そのまま突いて来た。ゲラーが脇に避けて、突き出した剣先は虚空を突く。

 だがまだ終わっていなかった。突きだしながら半次郎は前に出ていた。剣を引く代わりに、自分が前に出る事で攻撃態勢を取る。そこから、ゲラーを袈裟切りに斬り裂いた。

 一太刀は浴びせたが、それでもまだ終わらない。刀を返し、逆袈裟切りにもう一太刀を浴びせた。

 往復の斬撃を受けて、ゲラーの体から噴水の様に鮮血が吹き上げた。それを見届ける様に、半次郎は崩れ落ちた。


 ナタリアだけが残された。ナタリア一人が生き残った。双方合わせて二十人の参加者のうち、ナタリアだけが生き残っている。他は全員、確かに死んだ。

 すなわち、この代理戦争はアルザス王国の勝利だ。ゼルフカント地域は、アルザス王国のものとなる。

 忠誠を誓ったエレオノーレ女王に良い報告ができる。そう思っても、ナタリアの心に喜びは無かった。

 ナタリアは代表者名簿を取り出し、自分以外に残っていた三人の名前を消した。そして、少し考えて、自分の名前も消した。どうせ自分は居なかった事になるのだ。つまり、この戦いに生き残った者は、居ないという事だ。

 突風が吹き、ナタリアの手から全ての名前が消された名簿を吹き飛ばした。空の彼方に舞い上げられていくそれを、ナタリアはただ見ていた。


<完>


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