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最後の戦い・前編

 一夜が明けた。夜明け前から半次郎とカレンの二人は、そろって砦を出て西へと歩き始めた。

 昨夜の爆発音は二人の耳にも届いていた。全ての暗闘が終わった事を告げる音だと思った。後はもう、最後の戦いをするだけだ。


「一つだけ、聞いても良いか?」


 カレンが半次郎に問いかける。


「構わんが、最後かもしれないからと言うなら、止めておけ。ただ目の前の戦いだけ見る事だ」

「心しておこう。それで、お前がこの戦いに参加した理由を聞いても良いか?」

「理由が無ければならないのか?」

「理由も無く、命まで賭ける戦いに参加できるものか?」

「お前には、理由があるのだろう? どんな理由だ?」


 カレンはちょっとためらったが、人に戦う理由を聞くのなら、自分が先に話すのが筋かと思い、話す事にした。


「私にも友人や、大事な人達がいる。ごく普通の一般人だ。戦争が不可避と言われていた頃は、下手をすれば巻き込まれる事もあるかもしれないと、不安を抱えていた。それに対して、私は何もできなかった。当然の事なのだが」

「だが戦争は、十人の代表者による代理戦争と言う形に落ち着いた」

「戦争の代わりにこういう戦いで決着を着けるという話を聞いたとき、ぜひともそれで話がまとまってくれればと思った。

 そうなればたとえ負けても、ひとまず大勢に人間が巻き込まれるのは避けられる。私の親しい者達もだ。だから代理戦争が成立するように、参加した」

「それだけでは、あえてお前が参加する理由にはなるまい」

「まあ、そうだな。今のはいわば、消極的な理由だ。もう一つの理由としては、私が何をしているか知っているか?」

「犯罪者を倒す、正義の味方をしているのだろ。特に異能を持つ犯罪者を」

「まあ、行動としては間違ってはいないさ。正義の味方と言えるほど、立派な動機とも言い切れないが」

「動機など、意味の無い事だ。周囲に影響を与えるのは動機ではなく、結果だけだ。動機は行動のきっかけに過ぎん」


 カレンが胸に掛けた宝石のペンダントを握った。


「だが所詮私一人ができる事は、たかが知れている。移民を多く受け入れている公国では、新たな異能犯罪者も次々と流れ込んでくる。

 この戦いに勝てば、公国がどんな願いでも叶えてくれると公約している。私は、根本的な犯罪者対策を新たにしてもらう事を要望する。すでに、その意思は伝えてある」

「欲の無い事だな。何がお前をそこまで駆り立てるのか」

「動機など意味が無いと、たった今お前が言っただろう。さあ、私は話したぞ。お前は、どうしてこの戦いに身を投じた?」

「どうして、か。どうしてだろうなぁ」

「は?」


 しばらく沈黙のときが過ぎた。半次郎は何も言わず、どこか遠くを見つめたような眼で歩いていた。カレンも、ポカンとした表情で無言でいた。


「強い敵と戦いたかったから、だな」


 ぽつりと、半次郎がそう言った。


「戦う事自体が、目的だと?」

「変か? まあ、普通ではないか」

「なぜ、強い敵と戦う事を求める」

「まあ、理由らしい理由も無いのだが。私の剣は祖父の創始した流派でな、私も幼い頃から剣術を叩き込まれた。剣術だけをして生きてきた、と言う方が良いだろう」


 半次郎が、腰に差した刀をなでる。


「だがな、私の剣は私だけのものだ。どんな流派を名乗ろうと、結局己の剣術は何流でもない、自分だけのものに行き着くと思う。

 それは他の武術でも、それ以外の道でもそうなのだろうと思っている」


 鯉口を切り、戻した。金属音が小さく鳴る。


「流派というものに意味が無いと気付いたとき、自分は何のために生きているのだろうなと思った。祖父の創始した流派を継ぐなど、意味の無い事だった。代わりの何かが必要だった。

 しかし自分は剣しかやった事が無い。だからまあ、剣の道に極限まで打ち込んでみようと思った。好きでやってる訳では無いが、一番身近だったからな。

 そして剣の道を究めてみようと思うのなら、より強い敵との真剣勝負が必要だ。剣士だけでなく、他の武術家や異能者、あらゆる相手を敵にして、戦ってみる。

 その先に何があるのか、それとも何も無いのかは分からんが、それを確かめる事に情熱を燃やしてみようと思ったのさ」

「では、もうお前がこの戦いに参加した目的は」

「果たされている。この戦いに身を投じる事自体が、目的だったと言っても良い。だから、勝って褒賞がもらえるとなっても、何も思いつかん。

 思えば皮肉なものだな。こんな考えの持ち主が、この戦いの最後の帰趨(きすう)を担う事になろうとは」

「今、どんな気持ちだ? どんな思いで戦いに臨む?」

「お前はどうなんだ?」

「良く分からない」

「似た様なものだ。心に風が吹いている。それがどんな風か、捉えどころがない」


 朝日を浴びて、朝露に濡れた草原が光り出した。その向こうに、人影が二つ。真っ直ぐこちらへ向かってくる。半次郎とカレンも、もう物も言わずそちらへ向かった。

 半次郎とカレン、ナタリアとゲラーが、草原の真ん中で向き合った。


「最初に、確認しておきたい事が有る」


 半次郎が、代表者名簿を取り出した。この場に居る四人以外の名前が消されている。


「こちらは、私たち二人が最後だ。そしてそちらも、貴方たち二人で最後だと認識している。間違いは無いか」

「砂漠の民の呪術師、ジェロニモは死にましたか?」

「間違いなく。霧隠殿の手に掛かった」

「その霧隠も、私に敗れました。残るのはこの四人で、間違いない様です」


 ナタリアが代表者名簿を取り出し、ジェロニモの名前を消した。予想はしていたが、確認は取れていなかった。


「もはや、策も言葉も意味をなさないでしょう。ただ負けられない理由はあります」


 ナタリアが、彫刻の入ったナイフを構える。


「勝つか負けるかは知らず、ただ無心に戦うのみ。その先に何も無かろうとも」


 半次郎が刀を抜く。


「私はまあ、取引だからな。選択肢など無い」


 ゲラーが自嘲気味に笑う。


「変えられないものを変えるチャンスがある。命まで賭ける価値が、私にはある」


 カレンが姿を変え、創り出された大剣を強く握る。

 半次郎とナタリアが、同時に動く。続いてカレンも前に出て、ゲラーがそれを待ち構えた。


 カレンがゲラーに襲い掛かり大剣を振るう。音を立てて空を切る剣を避けるゲラーの動きは、素人ではないという程度で、余裕がある様には見えない。

 戦闘に関しては素人に近いゲラーに対して、カレンは強化された身体能力での接近戦を得意とする。実力の差は歴然だった。

 しかしゲラーの能力は、一撃で即死級のダメージを受ける。それだけは分かっている。能力の条件も何も分からないが、とにかく防戦一方にして能力を使わせないようにしなければならない。

 一方ゲラーは防戦一方。それも際どい所で耐えているとは言え、まずやられる事さえなければ良く、次いで能力を使う一瞬の隙さえあればいい。

 だからこそ防戦に専念でき、実力差をある程度埋められていた。ゲラーが圧倒的に不利なようでいて、僅かなミスも命取りになりかねないという事で、カレンもまた余裕の有る状況ではなかった。


 ナタリアと半次郎の戦いは、やはり半次郎が圧倒的だった。

 ナタリア自身が出来れば戦いたくは無いと評した通り、剣の腕は恐ろしく立ち、また剣術のみで押してくる正統派の戦い方のため、ナタリアにとって相性も悪い。

 しかしこの男は、自分が押さえ込んでおくしかなかった。ゲラーにこの太刀筋が向かえば、一瞬だって持ちこたえられないだろう。

 ナタリアの最大の強みである対暗殺者技能、それがまったく意味をなさない相手。果たし合いの実力差は言うに及ばず、せいぜいナイフ投げと言う遠距離攻撃があるくらいが優位な点だが、ただのナイフ投げが半次郎に通用するとは思えない。

 もう策も意味をなさないと自分で言ったが、それは戦略的な話だ。半次郎との戦いと言う戦術レベルでは、何かしらの策を用いない事には対抗できない。

 ナタリアは半次郎の周囲を、円を描いて走り始めた。できれば走りながら飛び道具で牽制したいところだが、ナイフの残数はそう多くは無い。


 周囲を走り回るナタリアに対して、半次郎はただ正面を見つめていた。いや、どこを見ているのか、ぼんやりと遠くを見るような眼をしている。

 不意に、走り回るナタリアの姿が消えた。そして、何も無いはずの所からナイフが跳んでくる。半次郎は少し剣を動かして、それを弾き落とした。

 ナイフが飛んできた方向とはまた別の方向から、ナタリアが身を低くして半次郎に迫っていた。体を跳ね上げる様にして、下段からナイフを突き上げる。

 半次郎は体を捻った。ナイフが半次郎の衣服の背を切り裂く。切れたのは、衣服だけだった。半次郎が片手持ちにした剣で、背後を払う。

 ナタリアは大きく身を反らし、両手を地面に突いて、刃をかいくぐった。鼻先を刃がかすめていく。後転して体勢を整えたナタリアの背に、冷や汗がにじんでいた。

 陽動が、全く通用していない。等速で同じ方向に動き続け、相手がそれに慣れたところで反対側へ動く。

 それで等速運動に慣れた相手の視線は、何も無い所へ向かう。最初の動きは、視線誘導により、消えた様に錯覚させる技術。

 相手が見失ったところで、思わぬ方向からの飛び道具。これだけでも十分奇襲性が有るが、これも陽動だった。本命は、さらにその隙に死角に飛び込んでの攻撃。

 多重陽動からの死角からの攻撃。動きは完璧だったはずなのに、半次郎には傷一つ付ける事が出来ず、衣服を裂いただけ。それどころか、反撃を受けて際どい所だった。

 おそらく半次郎は、目でも耳でも捉えていないのだろう。本当に攻撃するときにだけ出る、隠しても隠し様の無い殺気を感じ取って対応してきている。

 達人と言える域まで達した人間ならば可能だ。半次郎は、その域に達している。そういう相手を、ナタリアは敵としなければならなかった。


 半次郎が踏み込んだ。ナタリアとの距離が、一気に縮まる。いままでほとんど動かなかっただけに、緩急差で瞬間移動をしたかの様にすら思える踏み込みだった。

 ナタリアは両手にナイフを逆手に持ち、ナイフの腹で手首や首など急所を守りながら、後ろに跳んだ。

 目の前を光が抜けて行った。続いて金属音と、手に残るしびれる様な衝撃。振りぬかれる白刃が、速すぎて見えなかった。

 ナタリアは、間髪入れずに次の攻撃が来ると感じた。半次郎の攻撃は、殺気を隠さない。むしろ攻撃の瞬間に膨れ上がる殺気が、とっさに動きを鈍らせてくる。

 恐怖による金縛り。それを一瞬だけだが、起こさせている。今のところナタリアはそれに抗っているが、一瞬の遅れも命取りになる。

 このまま下がり続ければ、いずれやられる。そう感じたナタリアは、とっさに前に出て、半次郎の懐に飛び込んだ。賭けに近い判断だった。無論、飛び込みながらナイフを突きだす。

 金属同士がかち合った。半次郎が刀身の根元で、ナイフを受け止めている。そのまま押し合う格好になった。

 押し合いになれば、刀を両手持ちにした男と、ナイフを片手で持つしかない女の腕力では勝負にならない。しかし押し合っている間は、半次郎の刀を封じる事が出来る。

 ナタリアはそれを光明と見た。もう一方の手に握ったナイフで、半次郎を攻撃する。無理に急所は狙わず、防いだり、避けづらい部位を狙う。

 半次郎は退いたが、ナタリアはそれにぴったりと着いて行く。触れた感覚から相手の動きを読み、刀とナイフが常に触れ合う様にする。

 触れ合っているだけで押し合いはしないが、それだけでもある程度動きを制限できる。そのある程度が、ナタリアには非常に大きかった。

 ナタリアは細かく、かつ鋭く攻撃を繰り返す。その度にヒュッヒュッと空を切る軽い音が鳴る。

 半次郎はそれを避けながら、ナタリアと距離を取ろうと、剣を自由に扱える間合いを取ろうとする。しかしナタリアのナイフは、まるで磁石であるかのように、刀に触れあったまま離れない。

 退く事を諦めたのか、半次郎が逆に刀を押し込んできた。金属同士がこすれる嫌な音がする。

 ナタリアは巧みに力を受け流し、触れ合ったままの状態を維持する。まともに押し合えば、弾き飛ばされる。力だけの問題ではなく、それだけの技術の差がある。

 触れ合う役目を左右で交代し、今までとは反対方向から攻める。もちろんそれと気づかれぬ様に、瞬時に左右を交代する。

 だがそれでも、半次郎に刃は届かなかった。やはり殺気を感じ取られているのか。こちらの攻撃は、半次郎には全て事前通告をしているに等しいのか。

 分かっているのに避けられない。そんな攻撃は、できないのか。半次郎は、してきている。

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