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暗闘・後編

 風に紛れさせて手裏剣を投げた。だが手裏剣が手から離れるかという瞬間、それは起き上がった。

 霧隠の手裏剣は、それがたった今まで体に巻き付けていた毛布に絡みとられた。相手の姿は、毛布の向こうに隠れていて見えない。

 地面を踏み抜く音がした。跳躍。普通に考えればだ。だがフェイントと見た。来るならば左右。

忍刀を構えて突っ込んだ。とっさに動くなら、右足の踏み込みが強い左。相対する霧隠の右手側に出るか。

右、出ない。なら左、こちらにも居ない。どこへ行った。

 毛布が投げ上げられた。正面にメイドの姿。動かなかったというのか。だがその程度では甘い。

 霧隠の忍び刀と、ナタリアのナイフが打ち合った。一瞬火花が散ると、二人はもう離れていた。

 霧隠の視界を何かが塞いだ。何かが覆いかぶさっていた。毛布。投げ上げた物か。

 毛布をかぶった。いや、毛布にかぶられた霧隠に、ナタリアのナイフが突き出される。ナイフは毛布を貫き、胸の辺りにめり込んだ。


 手応え。肉を貫いた物ではない。骨に当たったのとも違う。ナイフが固定されたように動かない。

 ナタリアはナイフを捨て、バック宙に跳んだ。蹴りが、ナタリアの顎先をかすめていく。着地したとき、毛布を投げ捨てた霧隠の手が、ナイフの刃を挟み持っていた。


「某の手裏剣を防ぎながら姿を隠し、跳ぶ音を立てて陽動。それも上と見せかけて左右と某が読む事まで予想して、動かずに正面とはな。完全に読み切られたわ」


 霧隠がナイフを焚き火の中に投げる。ナイフが炎の中で地面に突き立った。


「それよりも投げ捨てた毛布。あれはただ捨てたのではなく、某に覆いかぶさる様、狙って投げた。光源が下にある故、気付くのが遅れたわ」


 月の細い夜、足元の焚き火。上から物が落ちてきても、影のできにくい状況を利用した攻撃だった。


「あなたこそ、見えないはずの攻撃を白羽取りにするとは。驚嘆に値します」

「あの千載一遇の機会で、急所を狙わぬ訳が無い。毛布が覆いかぶさっている故、切り裂く攻撃では致命傷を与えられない。ナイフの刃渡りではなおさらだ。

 故に突いてくる。となれば、胸を狙うのが外れても重傷を与えやすい。後は毛布と体の間に隙間を作り、切っ先が抜けて来るのを待ち構えるのみよ」

「なるほど。またとない機会でしたので、つい安易な攻撃をしてしまった。それで機会を逃したようです。流石、諜報の長である霧隠殿と言ったところでしょうか」

「ほう、某を知っていたか」

「ダスプルモン殿から」

「なるほど。思った通り危険な相手であったな。シュプリンガー殿が早めに倒してくれて、助かった」

「ここで私があなたを倒せば、意味の無い事です。そちらにはね」

「仕切り直しになったが、某を倒せると?」

「ええ、私は強いですから」


 ナタリアは彫刻入りのナイフを両手に持ち、不敵に微笑んだ。

 霧隠とナタリアが、焚き火を挟んで向かい合う。じりっじりっと微かな土の音を立てて、お互いに右へ動く。相手の左手側を取り、少しでも優位に立とうとする。

 らちが開くはずも無い。すぐにお互い足を止めて、その場で向き合った。それも長くは無かった。

 霧隠が動く。手裏剣を投げ、投げた手裏剣を追う様に、焚き火を飛び越えてナタリアに斬りかかる。

 ナタリアが手裏剣を弾き落とし、続いて霧隠と切り結ぶ。ナタリアが押すと、霧隠はすぐに跳び退り、また焚き火の向こうへ戻っていく。

 ナタリアはそれを追った。距離を詰めたまま、焚き火を飛び越える。飛び越えながら、焚き火へと落ちる何かを思いきり蹴り飛ばした。球体が草むらのどこかへ飛んでいく。


「何と言う勘と度胸か!」


 思わず霧隠は声に出していた。焚き火を飛び越えて戻りながら、懐を緩めて手榴弾を落としていた。

能動的に投げるのではない、自然に落ちて行くように仕掛けた。ナタリアは、それに気付いて対処した。

 気付かなければ、ナタリアは着地したところで背後至近から爆風を受けていただろう。霧隠はナタリアを盾にし、僅かに着地が早い差を身を伏せる事に当てる。それでダメージはリターンに見合う範囲まで抑えられるはずだった。

 ナタリアが両手のナイフで攻撃する。素早く、そして鋭い攻撃だ。手の中でナイフを自在に持ち替え、変化も着けている。ナイフ自体が生きているかのような動きだ。

 ナイフだけではない。ハイキックが霧隠の顎を狙って唸る。当たればあごの骨が砕けそうな唸りを上げている。格闘術も油断ならない。

 霧隠も苦無を両手に持ち、同じスタイルで対抗する。だが技の正確さ、技同士の連携、変幻にして巧みな技の選択などにおいて、ナタリアの方が勝っていた。

 ナタリアは戦闘に特化しているのだ。暗殺を狙う敵を捉える事も含めて、広く戦闘技術のみに特化している。

 一方の霧隠は、戦闘能力も決して不足は無いが、その能力は多岐にわたる。諜報、追跡、暗殺などは、まともな戦闘を必要としない。

 それ故に、戦闘と言う只一点に特化した相手と競えば、及ばない。闘技場での一対一の決闘の様な形式を取れば、霧隠の戦闘能力は、腕自慢を百人集めたら、一人は霧隠と互角に戦える者が居る程度でしかない。

 それ故に、正面切って戦う事になっても、忍びの道具を使った搦め手を多用したり、あらかじめ罠を用意しておいたり、心理的な揺さぶりを掛けると言った手段を使う。

 だがナタリアには、対暗殺技能の持ち主であるナタリアには、生半可な搦め手は全く通用しない。実力のみの勝負を強要され、実力に置いて押されている。

 だがそれで、勝負が決まった訳ではない。


「これならば!」


 霧隠は焚き火に煙幕弾を投げ込んだ。投げ込んだというより、筒の底面を先にして、手首のスナップで撃ち出した形だ。

 焚き火から濃い煙幕が吹き上がり、辺りに立ちこめる。夜の闇に、焚き火の明かりも遮られ、その上煙幕。視界は完全に塞がれた。音を立てずに戦う事も、霧隠には容易い。もっとも、それはナタリアも同じだろう。

 目も耳も塞がれた状態で、どう戦う。霧隠は自分の立ち位置を変え、死角からナタリアに接近戦を挑んだ。

 視界が悪ければ煙幕の向こうから遠距離攻撃をした方がよさそうだが、それではこちらも相手にダメージを与えたか確認できない。煙幕を逆用される恐れもある。

 敵が見えないからこそ、接近戦で確実に仕留める。煙幕を生かし、死角からの攻撃を何度も繰り返す。

 霧隠が音も無くナタリアに襲い掛かった。だがナタリアは、霧隠の方に振り向く。やはり思う様にはいかない相手だ。だが十分に隙はある。

 霧隠の打撃を、ナタリアは辛うじて腕で防いだ。すぐに霧隠は身を退き、再び煙幕の中に紛れようとする。

 だがナタリアは追って来た。それも、まるで霧隠の動きが分かっているかの様に的確に、腕を触れ合わせたまま反撃の打撃を打ち込んできた。


「馬鹿な!?」

「貴方は私に触れました。それであなたの動きは読めます。逃がしはしません」


 相手に触れた感覚だけで動きを読む拳法があると聞く。熟練者の鍛錬は、互いに目隠しをして組手をするほどだという。

 それに近いものを体得している、という事か。目も耳も塞がれたところで、何の障害にもならないというのか。

 動きが読まれているというなら、仕方が無い。霧隠は蹴りを放った。ナタリアの腹部に蹴りが入る。同時に、霧隠の腹部にも蹴りが入っていた。互いに蹴り飛ばされ、離れる。煙幕も散ってきた。


「決着を付けなければならない様だな」

「ええ、お互いにこれ以上長引かせるのは得策ではない様です」


 ナタリアは押し気味とはいえ、戦いが長引けばどこで不覚を取るか分からない。霧隠は搦め手が通じない以上、余力のあるうちに全ての技と力をつぎ込んだ攻撃に出るべきだった。

 対峙。お互いににらみ合う。体は動かないが、頭の中では次の攻防をシミュレートしている。

 ナタリアが跳んだ。驚くべき高さの跳躍で、霧隠の頭上から襲い掛かる。

 霧隠は迎撃体勢を取って、思い直した。無意味に跳ぶなど愚の骨頂、空中では回避もままならない。ならばあえて跳んだのは、誘いか。

 最初の攻防のとき、毛布の陰で跳ぶ音を立て、上と見せかけて左右どちらかと霧隠を誘い、その実正面と言うフェイントを見せた。

 今度もまた多重フェイントか。霧隠は頭上から攻撃してくるナタリアを避け、着地の瞬間を狙う方針に切り替えた。ように見せかけた。

 多重フェイントが狙いなら、本命はおそらく着地狩りを逆に狩る事。掛かったふりをして、着地狩り狩りをさらに狩る。

 ナタリアが着地する。霧隠はすでに、ナタリアの背後を取っている。背後から襲い掛かる、そういうそぶりでナタリアに近づいた。

 ナタリアが腕を振る。背後から襲い掛かる霧隠に対して、見えない位置に正確にナイフを投げた。だが霧隠は、すでに低い跳躍でナタリアの頭上を抑えていた。逃げ場は無い。

 ナタリアは逃げなかった。頭上の霧隠に向かう様に立ち上がり、腕を突き上げてくる。投げたはずのナイフが、その手に握られていた。

 馬鹿な。なぜその手にナイフがある。袖に仕込んでいたとしても、新しい物を取り出す余裕は与えなかった。

 背後から襲い掛かる霧隠に対して、ナイフを投げたのがフェイク。投げるそぶりだけして、しっかりとナイフを握ったままでいたのか。

 着地狩り狩りをさらに狩る事まで読まれていた。いや、誘導されたのか。最初の攻防の記憶を利用して、無意味な跳躍を多重フェイントの仕掛けに誤認させた。

 ナタリアの行動がこちらの予想通りだった事から、ナイフを投げる動きをしておきながら、しっかりと握ったままでいるという単純な仕掛けを失念したか。

 霧隠にはそれだけの事を考える余裕があった。全てがゆっくりと動いて見えていた。どうしようもなく落ちて行く体。胸に、ナイフが吸い込まれて行くのが分かった。不思議と痛みは無かった。

 霧隠が地に落ちた。うつ伏せにうずくまる様な格好になる。動こうにも、力が入らない。辛うじて首だけ回し、立つナタリアを見た。

 頬が裂け、血が一筋流れていた。それが最後に自分が与えた傷か。感情なく、ただそう思った。


「私の勝ちです。霧隠」


 ナタリアの声がする。ひどく遠いように聞こえた。その通りだ、お前が勝ち、某は負けた。闇に生きる者が負けたのなら、消えなければならない。この世に何の痕跡も残さず。

 霧隠が腹の下で手榴弾に火を点け、抱きかかえた。ナタリアがそれに気付いて逃げる。別に道連れにしようという気は無い。

 轟音が静かな夜を引き裂き、山々に木霊した。ゼルフカントのどこからでも、その音は聞く事が出来た。

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