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決戦への道・後編

 ジェロニモは迷っていた。敵の砦の中に踏み込んで戦えば、一人は道連れにする事が出来るだろう。

 しかし砦の中に居るであろう二人は、どちらも相当な実力者である事が、先程戦ってみて分かっていた。

 一人は殺せる。だが自分もほぼ確実に死ぬ。それを考えると、どうしてもためらいがあった。

 何もただ命が惜しいと言うだけではない。この戦いに勝てば砂漠の民は、褒賞として開発によって土地を追われつつある現状を変える事を要求する。

 そのためにジェロニモは戦っている。ジェロニモは全砂漠の民の代表なのだ。だから国に約策をきちんと履行させる義務がある。

 自分が死ねば、勝っても約束を反故にされるかもしれない。それを考えると、一人始末しただけで良しとすべきかもしれない。

 後は良い機会に恵まれない限り、生き残る事を第一に考えるべきか。

 それに能力の性質上、砦の中に踏み込んだは良いが、いきなり物陰から襲われたりしたら、能力を使う前に殺される可能性もあった。

 敵が出てきたところを待伏せて、能力の対象に捉える。そうして確実に始末したかった。そう考えているうちに、あたりはすっかり暗くなっていた。

 この暗さでは、能力の射程は半減だ。やはり、引き上げるべきだろう。そう考え、ジェロニモは川沿いを下流へと歩き始めた。つり橋が落ちてしまったので、歩いて渡れる場所を探す必要がある。

 前方に、急に明かりが灯った。ジェロニモは身構えた。敵の待ち伏せか。それにしては、自ら明かりを点けるのはおかしい。

 小さく灯る炎は、青白い色に燃えていた。二つ、三つと増え、ゆっくりと近づいてくる。近づくにつれ、人影も見えてきた。


「……お前を、殺す」


 影が、力無くつぶやいた。聞き覚えのある声だった。まさか、そんなはずはない。ジェロニモは耳を疑った。次いで、目を疑った。

 和田が、歩いてくる。青白い炎を引き連れた和田が、同じ顔、同じ越え、同じ格好で近寄ってくる。


「馬鹿な! 死んだはずだ! 確かに殺したはずだ!」


 ジェロニモは、半ば悲鳴に近い声で叫んだ。だが間違いなく、そこに和田の姿をしたモノが居る。


「お前が殺した。だから殺す……」

「来るな! オバケめ!」


 恐怖に駆られながらも、ジェロニモは和田の姿をしたモノを能力の対象に捉えた。砂漠の民の言語で悪霊払いの呪文を唱えながら、果敢に立ち向かった。

 ジェロニモがその独特の格闘術で、和田の姿をしたモノを襲う。だがそいつは、それまでの歩みとつぶやくとはうって変わって、機敏で正確な動きで攻撃を防ぎ、返した。


「なっ!? 強い!?」


 ジェロニモの攻撃に対し和田は、剣を取って辛うじて防いでいたと言う程度の実力だった。ところがこいつは、ジェロニモと互角に近い体術を見せた。


「こ、この!」


 ジェロニモがさらに攻撃を繰り出す。だが焦りによる粗さがあった。攻撃をかいくぐられ、顔面に裏拳を叩き込まれる。


「ぎゃっ!」


 痛打を食らう。いやそれよりも、ダメージが相手に移らない。能力の対象には、確実に捉えているのにだ。


「やはりお前は、あいつじゃないな! 誰だ!」

「答える義務は無い。今の私にお前の能力は聞かない様だな。呪術敗れたり!」


 こいつは和田ではない。ジェロニモはそれを確信した。本当に幽霊か、屍ではという考えが頭にこびりついて離れないが、そんな事は有りえないと否定する。

 だが目の前にいるモノは、確かに和田の顔で、和田の声でしゃべっている。


「倒せば……おまえを倒せば何の問題も無い!」

「倒せるかな?」

「なめるな!」


 ジェロニモは能力を捨て、その独特の格闘術に集中して戦う事を覚悟した。鳥の様な奇声が夜の闇を裂いて響き渡り、鋭い突きを主体とした攻撃を次々と繰り出す。

 その攻撃は変幻で、意表を突いたものだったが、和田の姿をしたモノは軽やかな身のこなしでそれをかわし、反撃に出る。


「なかなかいい体術をしているな。変幻自在で、的確に急所を突いてくる。だが某に通じる程ではない」


 眉間を狙ってきた手刀の突きに、和田の姿をしたモノは頭突きをぶつける。


「ぐぁっ!」


 指を痛めたジェロニモが、指を抑えながらも蹴りを繰り出す。だがあまりにも安直過ぎた。蹴りだした脚を逆に蹴って逸らされ、体勢を崩したところに拳を叩き込まれる。

 さらに二・三発の追撃を受ける。これ以上の追い撃ちを受けてなるものかと、ジェロニモはパンチを繰り出した。

 和田の姿をしたモノが腰を落としてかわす。そのままジェロニモの腕を取り、極めて、折ろうとする。ジェロニモは逆らわず、力の掛かる方向へ転がって逃れた。


「流石にそこそこはやるようだな。今の極めから逃れるとは」


 和田の姿をしたモノはジェロニモを追わず、腕を組んで余裕を見せている。ジェロニモが立ち上がりざまに、首筋を狙ったハイキックを放った。しかし、いともたやすく腕で止められてしまう。


「意図してか、無意識かは知らぬが、貴様の攻撃には癖があるぞ。故に読みやすい」

「なんだと?」

「顔に対する攻撃が多い。やはり顔か。お主の能力は相手の顔が見えていないと使えない。だから距離を取ると対象外になってしまう。違うか」


 ジェロニモは答えの代わりに、拳を食らわせようとした。だが撃ち出した拳に、肘を当てられる。肘を殴った拳が悲鳴を上げた。


「顔への攻撃が多いと指摘されて、すぐに腹への攻撃など、見切ってくれと言っているようなもの。その焦り様は、やはり図星だな」

「どうして……どうして気づかれた!?」

「今お前の目の前にいる、この顔の男が教えてくれたのだ」


 和田は死に際に自ら顔をはぎ取った。ジェロニモの能力が発動する条件が、顔であるというメッセージを残していた。

 和田自身がそれに気付いたのは、橋を落とした時、岩に叩きつけられて、顔面の骨を砕いた偶然によるものだった。骨格から人相が変わったため、能力が一度リセットされていた。


「故にお主は、お主が殺したこの顔の男、和田に敗れたのだ!」

「うるさい! 私の呪いが効かないくらいでぇ!」


 ジェロニモの攻撃は、もはや完全に読み切られていた。いや、読み切られていたと言うのは、正確ではない。誘導されていた。ジェロニモの自覚の無いままに。

 立て続けに心理的なショックを与える事で、相手を意のままに誘導する。ある意味でどんな能力よりも恐ろしい術中に、ジェロニモは(はま)っていた。

 立ち位置、目線の動き、何の関係も無さそうな言葉。そう言ったものの影響を受けて、吸いこまれる様に待ち構えている所を攻撃してしまう。


「もうお主に勝ち目は無い。観念して大人しくやられれば、せめて楽に死なせてやる」

「ふざけるな!」

「強情な。ならばこの変装を解いて相手をしてやろう。それならばお前も敗北を認めざるを得まい」


 和田の姿をしたモノが爆発した。いや、爆竹か何かをさく裂させたのだろう。続いて辺り一面にもうもうと濃い煙が立ち込める。風が少ないので、なかなか煙が晴れない。

 煙の中からナイフの様な刃物を持った腕が現れて、ジェロニモの首筋を絶とうとした。際どい所でかわす。相手の姿が見えなくなったので、誘導もされなくなっていた。


「卑怯だ! 変装を解いたところで、何も見えないじゃないか!」

「某は変装を解くとは言った。だが代わりに煙幕を張らないなどとは言っておらぬ」


 煙の中から直刀が突き出される。これもぎりぎりでかわしたが、闇と煙の中で、まるで気配がつかめない。

 このままではなぶり殺しだ。そう思ったジェロニモは、煙から抜け出そうと走り出した。だが少し視界が晴れたと思ったら、また新たな煙が沸き起こってくる。


「この煙と闇の中で、某の攻撃をかわせるだけでも大した勘をしている。お主の餌食になったのが和田だけであったのが、むしろ幸運か」


 ジェロニモは逃げられないと悟り、差し違える覚悟を決めた。今度敵が攻撃してきたらそれを捉え、顔を見て呪いを発動し、殺される道連れに殺す。

 全神経を集中させて、姿の見えない敵を捉えるようとした。近くに居る、そいつ一人が居る以上、捉えられない事は無いはずだ。

 捉えた。そう感じた。確証など何も無い感覚だが、ジェロニモは敵が向かってくる方向に、あえて突っ込んだ。

 煙をちぎって人影が現れる。顔、顔さえ分かれば。


「――っ!?」


 煙の中から現れた敵。霧隠は、頭巾と覆面で顔の大半を覆い隠していた。素顔をはっきり認識できなければ、呪いの対象にはならない。

 駄目だ。とっさに逃げた。だが自ら距離を詰めていたせいで、逃げきれなかった。肩を斬られる。

 血が溢れ出す傷口を抑えながら、ジェロニモは逃げた。とにかく川の向こうへ。渡れる場所を探している暇は無い。

 一か八か、跳ぼう。向こう岸まで跳べればよし。川に落ちたとしても、逃げ切れるかもしれない。傷の事は、この際構っていられない。

 ジェロニモは川に向かって助走をつけた。できるだけぎりぎりで、踏み切って跳ぶ。

 ここだ。そう思った時、背中に熱い感覚が走って、足がもつれた。そのまま前のめりに倒れ落ちる。


 ジェロニモは、川を飛び越えて逃げようとした。飛び越えられるとは思えなかったが、追い詰められた人間は思いがけぬ力を見せる。

 そもそも逃げる相手を黙って見送る手は無かった。霧隠の投げた手裏剣は、川を飛び越えようとするジェロニモの背中の中心に突き刺さった。

 そのままジェロニモは、前のめりに倒れ、崖下へ落ちて行った。水に落ちた音はせず、代わりに嫌な音が響いた。

 霧隠が確認すると、ジェロニモは河原に叩きつけられていた。磨かれた様な丸石が、血で濡れていた。


「運の無い男よ。落ちた先が河原とは。水に落ちれば、その先は知らぬが、少なくとも即死はしなかった。

 いや、人を呪わば穴二つ。こ奴が殺した和田と同じく、河原で死ぬと言うのも、報いであるかな」


 殺しの報いはいつかは返る。ただそれが、今自分にでは無かったと言うだけの事だ。

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