決戦への道・前編
「そうですか、ヴァン殿も。しかし、酷なようですが手の内を敵に知られた以上、もう役には立たなかったでしょうね」
ヴァンが拠点からほど近い山道、ナタリアが二瓶に止めを刺した辺りからもう少し先で死んでいる事を、ゲラーが確認していた。
遺体の位置と状況から、逃亡中に敵を振り切れずにやられたのだろうと判断した。ならば逃げ延びていたとしても、戦力としての価値は大幅に落ちていただろう。
「ナタリア殿は、実に手厳しい」
「あなたもうかうかしてはいられないでしょう、ゲラー。敵と向かい合った戦いで、貴方がどれほど役に立つかは、はっきり言って疑問があります。
そして戦局も終盤、闇討ちの機会もそう多くは無いでしょう」
「確かに。私にジェロニモも、能力を生かして一方的に敵を葬るタイプ。こちら側の陣営に、真っ向勝負に強い人材は、ナタリア殿しか残っていない」
「この状況で、貴方はどう自分の価値を示すのですか?」
ナタリアの声音は、一切の容赦なく冷然としていた。
「まあ、ジェロニモが行っているのだから、邪魔をせずにナタリア殿のサポートにでも回ります」
「狡猾な。流石、連続殺人者は頭が回る」
「悪意がありますね。否定はできませんが。それで、ナタリア殿はどうするおつもりで?」
「もちろん、私も前線に出ます。ただやはり、私もあえて真っ向勝負を挑むよりは、闇討ちが基本でしょうか」
「残る敵は、霧隠、半次郎、カレン、和田の四人。ジェロニモが、すでに一人くらいは始末してくれているといいですね。とりあえず誰を狙う方針で?」
「この状況であえて誰かに狙いを定める事に、意味が有るとは思えません。
ただ半次郎という男。彼だけは闇討ちでも勝てるか怪しい相手です。できればあなたかジェロニモ殿にお任せしたい。
それと霧隠。ダスプルモンの話では、レーン大公国の諜報をまとめている男だと聞きます。ならば戦闘スタイルは暗殺か、それに近いもののはず。対暗殺をお役目とする私としては、相手にして本懐、と言った所でしょうか」
「なるほど。あなたも大概クールにして熱いお人のようだ」
「エレオノーレ様のために、全ての力を出し尽くすだけの事です」
「貴方は、それが全てですね」
「何か?」
「いえ、少々疑問に思っただけですよ。思いがけず王位が回ってきたはずの女王に、貴方の様な人物が昔から仕えていると言うのがね。
昔から、そんなに暗殺の危険があったとも思えない」
「残念ながら、私に関する情報はトップシークレットです。いつから仕えているのかも、私のプライベートも、そもそも私の存在すらも。
この戦いに参加している事も、公にはならないでしょう。私の存在は、架空の誰かに差し替えられる。メイドの仮面をかぶった対暗殺者など、初めから居ないのです」
「まあ、あなたの本当の任務からすれば、そういう情報操作が行われる事は、当然か」
「貴方などもどこかで死んでくれれば、情報を守るのに都合が良いのですが」
「怖い怖い。分かっています。私は何も見なかったし、聞かなかった」
「賢明ですね。自分勝手な正義で連続殺人を犯した人間とは思えない」
「綺麗なバラには棘があるとはよく言うが、いちいち言葉に棘があるな。そんなに私の事が気に入らないですか?」
「別に。個人的にあなたの事はどうでもいいです。取引で釈放されて、この戦いに参加している事もそうですし。そもそもあなたの殺人は、社会一般の素直な心情として、称賛されている事も承知しています」
「別に私だって、自分の正義感を振りかざして、そんな事をしている訳ではありませんよ。法を犯している事も重々承知です。
しかし私が殺めた人間だって、法を犯しておきながら、特権を持っていたり、様々な裏工作をして逃れた連中です」
「それは構いません。むしろエレオノーレ様も手を出せなかった腐敗貴族を始末してくれたときは、感謝したいほどでした」
「ではなぜ、貴方はそんなに私を嫌う?」
「貴方が法で裁けぬ人間を裁く程、国家の無力が明らかになります。それはつまり、エレオノーレ様の責任にもなる」
ゲラーは思わず声を上げて笑った。
「なるほど、それは確かにあなたには見過ごせない事だ。嫌われている理由がようやく分かった」
「それは何より。では無駄口はこのくらいにして、行きますよ。この戦いにも、そろそろけりを着けましょう」
「和田殿の亡骸を、下流の方で見つけた」
霧隠のくぐもった声が静かに響いた。一切の感情の無い、事務的な声だった。
「和田さんも、死んでしまったか。やはり、残るべきだった」
カレンが悔しさを隠しきれない様子で、壁に拳を叩きつける。
「それと二瓶殿の亡骸も、敵陣にほど近い山中で見つけた。これで残るは、我ら三人のみ。
敵もまた三人だが、未だ手の内のはっきりしない部分が多い。厳しい戦いにならざるを得ないであろうな」
「亡骸は、どうした?」
「和田殿なら、付近に埋葬してきた。崖から落ちたらしく、死に様が酷かったのでな。見ない方が良かっただろう。
二瓶殿は、山に還るだろう。山で生きてきた御仁には、ふさわしい死に場所と言えるかもしれぬ」
現実問題として、二瓶の亡骸を持って帰るには距離がありすぎた。二瓶に限らず、この戦いで無くなった者達の遺体は、回収不可能なものが多い。
それよりも気がかりなのは、和田の死に様だった。死に様が酷いと言ったのは嘘ではないが、崖から落ちたらしいのとは別だ。
和田の死体は、顔が無かった。顔がはぎ取られていた。和田の持っていた剣が使用された事は、状況証拠として間違いない。
ただわざわざ顔をはぎ取った理由が分からない。ジェロニモと言う敵には、そんな事をする動機が無い。砂漠の民独特の風習という事も考えられるが、それならば自前の刃物などを用意しているはずだ。
ならば、死に瀕した和田が自ら顔をはぎ取った事になる。それには何か理由があるはずだ。
和田は智謀に優れると評判高く、人間としても信頼できる人物だった。ならばその最後の行動は、何か意図するところがあっての事。つまり遺言、メッセージである可能性が高い。
和田は何を伝えようとした? 最も考えられるのは、ジェロニモの能力を破る方法、あるいはそれに迫る何かしらの秘密だ。
「確かそのジェロニモと言う敵の能力は、お互いが見えなくなるほどの距離まで離れると、効果を失ったのだな?」
「ああ。距離を取ると確かに能力の対象から外れた。意図的に対象から外されたと言うより、対象にできなくなったと言う方が、やはり自然だと思う」
「ふむ……」
「ジェロニモもそうだが、この先決着までの道筋はどうするつもりだ」
壁に寄りかかる様にしていた半次郎が、口をはさんだ。
「三対三、残る敵はほぼ全員暗殺者。和田殿はもういない。そろそろその覆面を外して、堂々と指揮を執ったらどうだい?」
「……何の事かな」
「今更とぼけるなよ。表向きは和田が指揮を執っていたが、本当の最終決定権の持ち主は、あんたなんだろう?」
「ふむ。まさか気づかれていたとはな。某もまだ習練が足りぬという事か」
「確証は無かったさ。ただそんな気がしていたところに、和田の死だ。本当の指揮官なら、どうあがこうと生きるはずだと思った。あの人の性格と言うか、人格からすればな。
だがあえて死の危険を冒して、実際に死んだのは、本当の指揮官が他に居たから死ねた。そういう事だと思った」
「半次郎殿は、まだ若いのにずいぶんと人を見ている様だな」
「人なんか見ちゃいない。ずっと自分の内側ばかり見つめて来た」
「まあ、それはよかろう。今後の戦略だが、そう大したものが有る訳でも無い。闇討ちを受け無い状況で待てば、向こうも正面から挑まざるを得ないであろう。
だがその前に、某がジェロニモとやらを片付ける。可能なら他の者もだ。そなたらは、某がどうなろうとも気にせず、敵を待ち受ければよい」
「それぞれ、自分の一番得意なやり方で敵を求めろ。そういう事か」
「左様。では生きていればまた会おう。某が死ねば、亡骸も残さぬつもりなのでな」
「影のまま、闇の中で死ぬ。それが影の者か」
「あえて言う事ではない」
そっけなくそう告げて、霧隠は姿を消した。
「さて、俺は共闘とかいうやつは慣れていない。一緒に居たところで、自分一人の戦いしかできないが、どうする?」
半次郎がカレンに横目を向ける。
「ここまで付き合ったのだ、最後まで付き合うさ。お前が勝手にやるなら、私も勝手に行動を共にするだけだ」
「好きにしろ。どうせ腐れ縁なら、最後まで付き合うのも悪くは無い」
「そうさせてもらうとも」
ジェロニモの痕跡を追うのは、霧隠には難しい事ではなかった。痕跡を消そうと言う意思も無く、ただ移動している。
和田の残したメッセージから、ジェロニモの能力に対抗する方法は用意した。しかし、それが本当に通用するかは、やってみなければ分からない。
賭けをするよりは、より安全に、より確実に仕留めた方が良い。暗殺。闇討ち。存在を気づかれる事無く、殺す。それが最も望ましい。
ただジェロニモは、大公国側の砦の近辺をうろついていた。軍事的観点から、砦の周囲は見晴らしがよく、隠れて接近できない様になっている。
ジェロニモ自身も、砦を遠巻きにしながら右往左往していると言う感じだった。自分の能力で一人は道連れにできる自信はあっても、死ぬと分かっていて踏み込むのは、やはりためらいがあるのだろう。
「さてどうしたものか……」
ヴァンのときの様に埋め火などの罠に誘い込もうにも、この辺りには確実に進路を限定できるような地形が無い。
「む……、そうだ!」
和田が残したメッセージを元にした策に、もう一工夫加える事を思いついた。これもまたある意味で、亡き和田の力を借りる事になる。
「死してなお、我らの勝利のために貢献するか。和田殿の評判は、虚名では無かったな」
ただその工夫を実行に移すには、和田の亡骸を少々辱める事になる。構いはしなかった。死んだ人間など、ただの肉塊だ。生きているから人は意味が有る。
「そろそろ日も暮れる。頃合いとしては、ちょうど良かろう。小道具も少々使うとするか」




