追跡と遺言・後編
ゼルフカント東部を流れる川、そこに掛かるつり橋を渡って東に行けば、レーン大公国の砦は目の前である。
和田、半次郎、カレンの三人は、橋までもう少しと言う所まで戻って来ていた。
「二瓶殿も、戻ってくる様子は有りませんね。やはり、死んだと見るしかありませんか……」
もはや覚悟していた事だが、戦力は一人でも多く残っていて欲しかった。
「数ならばまだ互角のはずだ。そう悲観する事も無いだろう」
「ありがとう、カレン殿。しかしこうなっては、直接の戦力にはならない指揮役の私を頭数に数えたところで、あまり役には立てそうにない」
「残りの人数が少ないからこそ、頭を使う役割が重要なはずだ」
「そうですね。戦場とは多少勝手が違う事は確かですが、頭脳を買われて参加しておきながら、ろくに知力を生かせずに敗れる訳にはいきません」
「話はそのくらいにしておいた方が良い。前に敵がいるぞ」
半次郎の言葉に、カレンと和田が身構える。
「前、と言っても行く手を遮っている訳じゃない。大分横にそれている。一度やり過ごして、後ろから襲う気でもいるのかな」
「敵の事が分からない以上、まずは警戒を。向こうから手出ししてこない限り、こちらも手を出さずに橋まで行きましょう。退路を確保してから戦います」
注意は払いながらも、表面上は平静を保って進む。仕掛けてくる様子は無い。真っ先に気配に気付いた半次郎も、特に反応は示さなかった。
しかし、背を向ける立ち位置になってから、徐々に敵が距離を詰めてきているのを半次郎は感じていた。やがて、カレンにも気配が感じられるようになる。
「つけては来ているが、何もしてくる様子は無いな。こちらが三人では、手が出せないのか」
「そうであるなら、こちらから襲って片づけてしまいたいところですが、危険すぎますね」
結局そのまま、つり橋のたもとまでたどり着いた。
「仕掛けてこないな。一体、何だったのか」
「いや、どうやらお出ましの様だぜ」
半次郎が顎をしゃくる。男が一人、無造作に姿を晒している。原色で複雑な幾何学模様が描かれた衣装に、どこか異様な雰囲気を醸し出す飾りを大量に身に着けている。
「砂漠の民、ですか」
和田がすぐに男の出自を見抜く。最も、実際に見るのは初めてで、知識として知っているだけだ。
「そうだ。我が部族の地位を向上させるために、この戦いに身を投じている」
「ここでやろうってのか?」
半次郎が刀を抜く。しかし男は、首を横に振った。
「三人相手では勝てない。だから二人は見逃してやる。一人残って、勝負しろ」
「虫の良い事だ。そんな理屈が通るとでも思ったか?」
「通らないと、困る。私、死ぬ事になる」
そう言う割には、男は動じた様子を見せない。
「問答に付き合うほど、私達も暇ではない。覚悟!」
カレンが変身して、男に跳びかかる。男は何もしない。逃げも、防御も、迎撃もせず、ただ左頬を殴られた。
「がっ!?」
カレンが思いもよらぬ感覚に、思わず声を上げた。男を殴った瞬間、左頬に衝撃と痛みが走った。まるで殴られた様な痛みだ。
「なんだ? 何をした!?」
カレンが戸惑う。男の左頬が赤く腫れている事から、ダメージは通っている様だ。
「ヒョウ!」
男が襲い掛かってきた。武器は無く、徒手空拳だ。砂漠の民独特の武術なのか、手刀で突きを繰り出してくる。
謎の能力による攻撃を受けた混乱から、最初の数発を食らったカレンだったが、すぐに対応して防ぎきる。純粋に格闘戦をすれば、カレンの方が上手だ。男の腹に蹴りを入れ、吹き飛ばす。
「ぐぅっ!」
カレン自身も腹を抱きかかえる様に抑えた。まただ。また自分にもダメージが来た。それも、これはカレンが男に与えたのと同じダメージだ。
「自分が受けたダメージを、相手にも返す能力か!?」
一対一で戦えば、ほぼ無敵と言って良い能力だ。恐ろしい事に、男が攻撃してきてカレンが受けたダメージは、男には伝わっていない様だ。
一方的に、こちらだけがダメージを返される。反則だと言いたくなるような能力だ。
「カレン、手を貸すぞ。二対一ならどうだ?」
半次郎が介入する。鋭く切り込んだ太刀筋が、男の衣装に大量についている飾りを数個切り落とした。
カレンとのやり取りと、今の身のこなしからして、この男を斬る事は容易いと、半次郎は判断した。ただ、本当に斬り殺して良いのか。死までもが、誰かに伝わるのだろうか。
「あなたの方が危険。あなたを呪うよ」
「呪うだと? やってみろ」
呪うというのは、能力を使う事を言っているのだろう。
「カレン! 遠慮は要らん、やれ!」
半次郎と対峙している男の頭を、カレンが思い切り回し蹴りにした。男が打ち倒される。半次郎もまた、地に叩きのめされた。
「痛っつ……。どうやら、攻撃した奴に返るのではなく、好きな奴に痛み分けさせられる様だな」
「済まん。手加減せずにやった」
「いや、構わん。構わんが……」
カレンに蹴り倒された男が立ち上がる。カレンは舌打ちした。気絶させられれば、能力も作用しないのではないかと思ったが、男は相当頑丈なようだ。
「カレン殿、半次郎殿、ここは退いてください」
和田が叫ぶ。
「退くったって、退いたところでどうする」
「彼は自分の能力で、確実に一人は道連れにできると言う自信があるようです。ここであなた方二人の、どちらも失う訳にはいきません」
「死ぬ気か? それに遠くに逃げても、能力から逃げられる保証は無い」
「それも含めて、相手の能力を見極める必要があります。だから行ってください。見えなくなるまで離れても、ダメージが届くようなら戻ってくればいい」
半次郎とカレンは、しばらく男と対峙したまま逡巡した。だがまず半次郎が踵を返して駆け出し、カレンも一瞬ためらった後、それに続いた。
男は追ってこなかった。半次郎とカレンがつり橋を渡り、和田が橋を塞ぐように位置取って、剣を抜いた。
「改めて、名乗っておこうか。レーン大公国諸侯・和田と言う。お前は?」
「ジェロニモ。呪術師だ」
「易々と死ぬ気は無いが、死ぬならば私が道連れになってやる」
「私には勝てないよ」
「この戦いだけを見れば、そうかもな」
和田が斬り込んだ。ジェロニモがかわす。身のこなし方が独特だ。そこから手刀の突きや、蹴りが飛んでくる。
「ぐっ……!」
何発か食らった。剣術の基本は身に着けてはいるが、あまり鍛錬はしていない。動きに翻弄されている。
一度下がった。するとジェロニモは、超低空の跳び蹴りで和田の脚を払った。和田はごろごろと転がってその場を離れる。
起き上がる和田に、ジェロニモが襲い掛かる。剣を横に払った。ジェロニモはバック宙に跳んだ。クルクルと二・三回転して着地する。まるで曲芸師か何かだ。
「やれやれ、身のこなしがすでに異能みたいなものだな」
ぼやきながら和田は、半次郎たちは十分に離れただろうかと考えた。
ジェロニモが鳥の鳴き声の様な声を上げて襲い掛かる。次々と繰り出される攻撃を、和田は辛うじて耐える。防ぐのが精一杯だ。
和田の体が仰向けに倒れる。また足を払われた。攻撃に対処するのに精一杯で、足元が留守になっていた。
奇声を上げて襲い掛かるジェロニモに、和田は剣を突きだした。剣が左腕をかすめ、血が飛ぶ。和田は左腕に、熱いものを感じた。
和田が闇雲に突きだした剣を避けるために、ジェロニモの体勢が崩れた。和田はジェロニモを蹴飛ばした。自分にも蹴飛ばされた衝撃が入り、二人が離れる。
「――どうやら、どこの誰にでもダメージを移せるわけではない様だな。私を殺すより、半次郎殿かカレン殿を殺した方が、ずっとこちらの打撃が大きいのは明白なはずだ」
ジェロニモは答えない。こいつの能力の条件は何だ? 少なくとも、一度にダメージを移せる相手は一人だけ。それは半次郎とカレンが同時に戦った時の状況から見て、間違いない。
ならば今、自分を能力の対象にしているという事は、半次郎とカレンは対象にできなくなったという事だ。距離の問題か、それとも別の何かか。
「どうせ、無駄だ。お前はここで死ぬ。私は生きる。それで私の秘密は誰も知らない。逃がさない」
ジェロニモが和田に激しく攻撃を仕掛けてくる。和田は防戦一方だ。純粋な実力の差もあるが、下手に攻撃すれば自分に返ってくる。
それでも、その独特な動きにも少し離れてきて、守りに徹していれば何とかしのげるようにはなってきた。
能力を破る方法を見つけ出せなくても、いざとなれば差し違えればそれで済む。これも戦だ、死ぬ覚悟はできている。
あるいは、そんな和田の覚悟を感じ取られたのかもしれない。
「思う様にはさせないよ」
ジェロニモが自分の右手を、自ら路傍の石に打ちつけた。和田の右手にも、手を石に叩きつけた痛みが走る。
「――っ!」
不意の痛みに、思わず剣を取り落しそうになる。ジェロニモが受けたダメージならば、自傷でも良いのか。能力の射程に居る限り、どこからでも回避不能の攻撃を受ける事になる。
「ホワァー!」
辛うじて剣を落とさずにこらえたが、隙は大きかった。ジェロニモの蹴りが和田の胸を強く打った。和田の体が吹き飛ばされ、仰向けに倒れる。
倒れた体を起こそうとすると、胸に激痛が走った。呻く。肋骨が折れたのか。下手に動いて、内臓に刺さると危険だ。胸をできるだけ動かさないようにかばいながら、どうにか立ち上がる。
「そろそろ終わり」
ジェロニモが迫る。じりっと土を鳴らして、和田が後ずさる。このままでは差し違える事もおぼつかない。
和田はジェロニモに背を向けて、つり橋を渡り始めた。だが思う様に急げないのか、よたついている。
「逃がさない。そう言ったはずだよ」
ジェロニモが、和田に止めを刺そうと襲い掛かる。
「逃げているのではない。誘い込んだのだ!」
和田がつり橋を支えている縄を切った。つり橋が二つに切れ、二人が川に投げ出された。
和田は岸に這い上がったところで、大の字に倒れた。重傷だった。橋を落とした時に、岩に叩きつけられた。全身が痛み、もうどこの骨を折っているのかも良く分からない。
ただあごの骨が砕けている事だけは、なんとなく分かった。水面に顔を映したら、きっと酷い顔をしている事だろう。
影が覆いかぶさってきた。目がかすんで、良く見えない。必死に目を凝らすと、だんだんとはっきりしてきた。ジェロニモだった。
「不運な奴。私は、大きな怪我をしなかった」
負けたのか。自分に運が無かったという事か。それならばもう、仕方が無い。どうせ殺されるなら、せめて腕の一本くらいは道連れに落としてやりたいが、厳しそうだ。
「覚悟」
ジェロニモが止めを刺そうとする。また目がかすんできて、何をしようとしているのか、良く分からない。それでもこの距離だ、外す事だけは無い。
左手で暗器を投げた。掌に収まる黒塗りの鉄球を、手首のスナップで投げる。黒く、細い糸が付いていて回収可能だ。
本来は暗闇で、何をしたのか悟られずに相手を倒す技だ。昼間では目立つ。しかし今はもう、関係無い。当てれば骨を砕くくらいの威力はある。
「うっ!?」
ジェロニモが呻いた。効いたらしい。イタチの最後っ屁だ。
和田の頭の中で、何かが繋がった。なぜ今の攻撃は、自分に返ってこない? ここで能力を使わないのは、油断が過ぎる。
能力の発動条件から外れた。そういう事か。橋を落とす前と、何が違っている? ジェロニモに大きな変化は無い。自分はむしろ重傷だ。
和田は最後の力を振り絞って、剣を握り、腕を動かした。そしてジェロニモにではなく、自分に刃を向けた。
「うおおおおおおおお!」
吼えた。腹の底から吼えた。自分の死に様が、殺されたのか、自害だったのか。それすら和田には良く分からなかった。




