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追跡と遺言・前編

「なんだと、シュプリンガー殿が……」


 和田が絶句した。霧隠から、シュプリンガーが落石に巻き込まれて死んだ事を聞かされた。


「済まぬ。某が付いていれば、こんな事にはならなかった」

「これは、予想しろと言う方が無理な事です。仕方が有りません」

「それより、これからどうする気だい。和田さん」


 半次郎が、あまり興味も無さそうに聞く。半次郎とカレンは戻ったが、二瓶の帰りが遅い。敵陣を探るはずが、近づきすぎたのかもしれない。


「一度、退却しましょう。シュプリンガー殿の実力と観察力を失った事は大きい。まともな攻勢に出るには、戦力に不安が残ります」

「私の剣の腕では、不安かい?」

「そうは言いません。しかし、半次郎殿もカレン殿も、搦め手を扱う相手には不利を免れません。そして向こうには、そういうタイプが少なくとも一人はいる」

「イワン中尉を焼死体にしたと言う相手だな。あれ以来、動きが無い様だが」

「そうです。しかしそういう相手は、手の内が知れてしまえば逆に、正面からの戦いには弱いはず。

 相手を待ち受けて、正面から戦う他に無い状況に引っ張り出すのが上策でしょう」

「某も、それが良いと思う。砦の周囲は隠れる所の無い草原になっている故、そこで待ち構えてはどうか」

「では、私と半次郎殿、カレン殿は一度砦まで退きます。二瓶殿も生きていれば、戻って来るでしょう。霧隠殿は――」

「これまで通り、身を隠して動く。こうなった以上、仕留めておきたい男もいる」

「そちらはお任せします」

「お主らも、用心するのだぞ」


 和田、半次郎、カレンの三人が砦へと戻る。その姿をしばらく見送った霧隠は、反対方向に音も無く走り出した。

 狙うは、ヴァンの命。グロック大佐を倒し、今またシュプリンガーを直接ではないにしても葬った相手。だが今は、手負いだ。ここで確実に仕留める。

 だが予想外の難敵である事には変わりない。実力に加え、生き残る運のようなものも持っている。手負いとは言え、油断はできない。

 仕掛けが必要になるだろう。何か、手負いの相手を確実に殺す仕掛けが。


 シュプリンガーが死んだ谷間の道を抜けて、西口に霧隠は立った。谷の中で、投擲(スローイング)ナイフを五本見つけた。標的(ヴァン)の得物、と見るのが妥当だ。

 落ちているという事は、回収に来てはいないという事だ。十分な予備があるのか、回収する余裕も無いのか。後者だろう。

 運良くシュプリンガーから逃げきるまで、標的はかなり追いつめられていたはずだ。谷から抜け出して森の中へ逃げ込み、追撃が無い事を確認したとしても、しばらくは逃亡者の心理であったはずだ。

 一刻も早く現場から遠ざかりたい、現場に落し物が有っても、回収に戻る気にはなれない。そう言う心理であったはずだ。

 ならば、自分の痕跡を消す余裕も無かったはずだ。そう思い、森の中をしばらく調べた。案の定、草をかき分けた跡がある。まだ新しい。折れた草の茎の断面が、まだ濡れていた。

 追跡した。人一人が一度通った程度では、痕跡が途切れる事もあった。しかし、余裕の無い逃亡者の心理なら、真っ直ぐに味方の居る方向へ進むか、通りやすい場所を選んで、少しでも距離を稼ごうとするはずだ。

 そう見当を付けて追うと、また痕跡に行き当たる。しばらくはそれで、容易に後を追う事が出来た。

 森が少し途切れている所で、痕跡が消えた。森を抜けて安堵し、冷静になったのだろう。今まで痕跡を残し過ぎたと思い、痕跡を残さずに移動する事を考え始めたに違いない。

 だが、それほど遠くには行っていないはずだ。シュプリンガーは掌底打ちを主に使う格闘術の使い手だった、外傷よりも内へのダメージが大きい攻撃。移動速度は上がらないはずだ。

 地図を開いた。詳細な地図は無いが、大まかな地形は分かる地図だ。

 所々途切れてはいるが、アルザス王国側の拠点にはほぼ森伝いにたどり着けるはずだ。それが最短距離でもある。

 しかし森と言うのは、意外に痕跡が残りやすい。草木が多いので草折れ枝折れが残りやすいし、地面も柔らかい事が多いので、足跡が残る。

 多少遠回りになるが、平坦な道を行く方が痕跡が残らない。地面が固く、草も丈が短いので、踏んでも痕が残りにくい。

 標的はどちらを選んだか。それとも、全く別の方向へ行ったか。


「いや、ここまで来て別方向に行くには、来た道を戻るか、山深くへ分け入るしかない。それは考えにくいな。ならば……」


 ヴァンはようやく人心地がついた。この先の山間の道を抜ければ、拠点へとたどり着く事が出来る。

 追手が無い事は何度も確認したが、それでも追手の幻影に何度も襲われ、その度に重い足取りを急がせようと必死になった。

 あと一山越えれば、安全圏だ。自分の戦力としての価値を考えると、先行きは必ずしも明るくないが、とにかく一時の安息は得られる。そのはずだった。

 行く手に黒い影が立ちふさがっている。味方では無い事は確かだ。それはつまり、敵という事だ。


「こんな所に……!」


 あと僅かだと言うのに。ヴァンは一瞬絶望に覆われたが、すぐにそれを払い、生き残るために頭を巡らせる。


「その出で立ち、傭兵のヴァンで間違いない様だな」


 霧隠が覆面の内から、微妙にくぐもった声を出す。


「どうして先回りをされた!?」

「簡単な事。お主が痕跡を消した所から拠点までは、大きく見れば森を抜けるか、平地を迂回するかの二通りしかない。

 最短距離の森を抜けながらお主を探し、見つからなければ迂回したものと見て、待ち伏せただけの事よ。今のお主は急ぐ事もままならぬであろうしな」

「くそっ……痕跡を消そうとした努力も、無駄だったか」

「結果論だ。お主の痕跡を消す技術は、なかなかのものがあった。ただ某の目を誤魔化せるほどではないがな」


 霧隠が忍刀を抜く。ヴァンも剣を抜いて対峙した。


「忘れ物だ」


 霧隠が投擲ナイフを投げた。ヴァンがそれを弾く間に、距離を詰めて斬りかかる。剣と剣が打ち合った。

 ヴァンが押すと、霧隠は受け流し、下がった。まるで手ごたえが無い。柳の葉でも相手にしているようだ。

 下がりながら霧隠が、手裏剣を打つ。数は多くない。払いながらヴァンは斬り込んだ。行く手を塞がれている以上、倒して突破するより他に無い。

 剣を打ち合う。霧隠の剣は、常にヴァンの攻撃を巧みに受け流して、手ごたえが無い。霧隠が地面に筒状の物を落とした。筒から濃い煙が噴き出す。

 煙幕で完全に視界を塞がれた。ヴァンはすぐに駆け出し、煙幕の外に出ようとした。魔力はある程度回復しているが、あまり多用はしたくない。

 煙幕を抜けたヴァンに、先端に分銅の付いた鎖が襲い掛かってきた。鎖が剣に巻き付き、剣を奪い取ろうとする。

 ヴァンは引かれる力に逆らわず、逆に鎖の元の方向へ突進し、突いた。霧隠は鎖を捨てて回避する。主の無くなった鎖は、あっさりと剣から滑り落ちた。


「なぜ煙幕から逃げる方向を読まれた」

「なに、足音から方向を割り出しただけの事」

「二度目だな、そんな芸当をみせる相手を敵とするのは。全く嫌になるぜ」


 ヴァンが斬り込む。小技を多用する相手との戦いなら、距離を詰めて剣での斬り合いに持ち込んだ方が、小細工をされる余裕が減って有利だ。

 それを分かってか、霧隠も着かず離れずという間合いを維持し続ける様に、立ち回っている。

 ヴァンの剣を、霧隠が忍刀で受けた。今までの様に流してこない。押すか。そう思ったが、僅かな不審がブレーキを掛けた。

 霧隠が片手を離し、苦無を抜いて鋭く払った。飛び退いたヴァンの腹が、浅く切られていた。押し込もうとしていたら、腹を裂かれていたかもしれない。

 霧隠が球体を放り投げた。導火線に火が点いているのが見える。逃げろ。頭の中で何かが叫んだ。しかし、霧隠は手裏剣も撃ってきた。両方とも避けるのは、無理だ。

 魔力を込めて掌を突きだした。球体も手裏剣も、不自然に軌道を逸らしてヴァンの脇へ飛んで行った。球体が爆発し、爆風がヴァンを叩く。やはり爆弾だったか。

 爆風に押される様な形で、転がりながら横跳びに飛ぶ。破片などから逃れるための行動だ。着地して前を向くと、霧隠は忍刀を構えて動いていない。

 また斬り込んだ。霧隠は相変わらず、こちらの剣戟を巧みに受け流してくる。戦っているうちに、分かってきた事が有る。

 霧隠は、剣の腕はそれほどでもない。少なくとも、まともな斬り合いになれば自分よりも劣る。

 剣術を身に着け、まともな斬り合いをする必要が無いのだろう。例えば暗殺をするなら、後ろから急所を確実に貫けばよく、剣の腕はほとんど必要ない。

 霧隠の見せる剣術は、圧倒的に防御に偏っている。剣術と言うよりも、やむなく切り合いになった時に、しのぐための技だ。

 現に、これまでの霧隠の攻撃は、ほとんどが道具を利用したものだ。それも多用して押してくると言う戦い方ではない。携行できる量に、限りがあるからだろう。

 長期戦の様相を(てい)している。ヴァンの消耗を待つつもりだろうか。確かに先の戦いでのダメージが大きいヴァンには、長時間の戦いはリスクが大きい。

 しかし敵地と言っても差し支えない様な場所で、いつまでも戦いを続けるのもリスクがあるはずだ。それにヴァンは手負いのようなものなのだから、さっさと始末をつけた方が良いはずだ。

 分からない。どうしてさっさと自分を殺さない。それとも、殺せないとでも言うのか? どちらにせよ、僅かに希望が見えて来た。

 霧隠が発煙筒を数本放る。すぐに辺り一面が、濃い煙幕に包まれた。ヴァンは下手に煙幕から出ようとはせず、その場で精神を集中させた。

 煙の向こうから手裏剣が飛んできた。剣でそれを弾き落とす。高い金属音。二枚目の手裏剣を弾きながら、とっさに跳んだ。金属音で足音を隠蔽(いんぺい)できないかと思ったのだ。

 三枚目以降は、弾かずに避けた。微妙に狙いがずれている。欺けたか。仕掛けは無い以上、手裏剣は手で撃っている。ならば、跳んできた方向から、漠然とだが霧隠の居所を掴める。

 霧隠が突き込んできた。予測し、避けて、返り討ち。そのつもりだったが、軌道が予測とずれていて、剣が届かない。

 霧隠がひらりと身を翻した。フェイントを掛けられた。そう気づいたときにはもう、頭に蹴りを喰らっていた。面白いように体が吹っ飛び、煙幕の外に飛び出す。

 ヴァンが頭を振った。なんとかまだ戦えそうだ。それどころか、活路も見いだせるかもしれない。

 今の攻防で、霧隠はすでに一度見せた手口の複合で攻めて来た。それは、見せていない手の内が、尽きかけているという事ではないのか。

 だとすれば、いける。仮に手の内を八割方出し尽くして、後はそれの複合と応用しかないのなら、読めなくはないはずだ。

 そしてこちらに露見した手口のいずれも、それ単体では致命的に危険なものではない。十分に対処可能だ。

 それに、全てに共通する弱点がある。いや、弱点と言えるほどの物ではないが、隙くらいは作れるはずだ。

 ヴァンは対峙したまま、気付かれない様に魔法をスタンバイさせておく。どれほど効果があるかは、霧隠が何を持ちだすかだ。つまりは、運ということだ。

 剣を構え、正面から斬り込んだ。霧隠が道具を取り出す動きを見せる。手裏剣か、煙幕か、確かめていては間に合わない。ヴァンは魔法を打ち出した。

 ヴァンの魔法が霧隠に当たり、手の神経に作用して、手を開かせた。武装解除などに使われる魔法だ。霧隠の持っている物が、足元に落ちた。

 球体。爆弾。すでに火は点いている。霧隠が伏せた。ヴァンもわざとつま先を引っ掛けて、その場に倒れる。炸裂した。

 土と、草と、草の根が降り注ぐ。それほど多量ではない。体は無事だ。ヴァンはたなびく煙を突っ切って、走り出した。決着が着くまで霧隠と戦う理由は無い。

 いくらか賭けの要素があったが、賭けは引き分けと言う所だろう。煙幕ならば落としたところであまり意味は無かった。ただ至近距離に張り付けば、見えない所から攻撃される事は無いと言うくらいだった。

 手裏剣ならば、完全に無力化できていた。まさかこのタイミングで、よりによって爆薬とは。危うく二人一緒に爆死する所だった。

 背後から手裏剣が飛んでくる事に警戒しながら、ヴァンは走った。どうやらそれも杞憂に終わったようだ。山間の一本道に入った。ここを抜ければ砦の目の前だ。


「やれやれ、生き延びたようだな」


 今後の事を考えると気が重いが、ともかく生き残れば勝ちだ。

 足の裏の地面が盛り上がった。そんな感覚がしたのは、一瞬の事だった。すぐに何も分からなくなった。

 気付くと、空を見ていた。至近距離で何かが炸裂したらしい。それだけは何とか理解した。それ以上は無理だった。右脚に激痛とも言えぬ衝撃が襲い、何も考えられなくなった。

 叫び声を上げながら右脚を見る。酷い有様だった。辛うじて脚が付いていると言う具合で、もはや脚とも思えぬ有様だった。


「一体……」

(うず)め火を仕掛けておいた。上手くはまってくれた様だな」


 霧隠がそこに居た。霧隠は先回りして、一本道であるここに埋め火を仕掛けていた。箱に火薬を敷き詰め、蓋に火の点いた線香や火縄などを張り付ける。踏むと衝撃で火種が落ちるか、箱がへこんで火薬に火が触れる、地雷の一種だ。


「お主は死んでも不思議は無い戦いを、二度生き延びた。生き残る運の持ち主だ。そういう者は、普通に殺そうとしてもなかなか死なぬ。

 故に罠を仕掛けさせてもらった。確実に掛かる様に、あえて追手として姿を晒して、注意を某に向けさせた。

 死なぬ運の持ち主は、そこまでせねば死なぬのでな」

「だが、俺は死ぬ」

「国のため、人の運命まで変えてしまうのが某の役目。最後に、恨み言くらいは聞いてやろう」

「なら……お前も死ねっ!」


 ヴァンが渾身の力で剣を振るう。


「南無三!」


 ヴァンの剣は虚しく宙を斬り、霧隠の剣がヴァンの首を跳ね飛ばした。

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