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不慮・前編

 ダスプルモンを返り討ちにしたシュプリンガーは、その足でさらなる敵を求めて移動を続けていた。

 一度集結して戦力を集中し、攻勢に出ると言うのが決定した方針であり、シュプリンガー自身も提案した事であるから、退いて合流を図る方が筋である。

 しかしシュプリンガーは、自己矛盾である事は重々承知しながらも、半次郎が帰らず、カレンと二瓶が捜索に出ている事を口実に、独断での行動を続けていた。

 そうまでする理由は、イワンを倒した敵を探すためだった。それが誰かは分からないが、イワンは焼死していた事から、炎を扱う異能力者の可能性が高い。

 イワンとは、比較的良好な仲だった、と言っていいだろう。イワンの直接の師であるグロックなどとは、そりが合わなかった。

 規則を重視する軍人と、興味の前には規則も法も無いシュプリンガーでは、合わないのも無理は無かった。

 しかしイワンはそれほど規則に凝り固まったところは無く、一緒に居て気楽だからシュプリンガーも心を許していた所がある。

 イワンの魔銃に組み込まれたシュプリンガーの研究成果も、他の誰かが持つ物を作るのなら、あれほど熱を入れて開発はしなかっただろう。

 だからと言って敵討ちをする気でいる、と言うのは少し違った。イワンと自分の魔銃を倒した相手を、この手で解体したい気持ちはある。

 しかしそれは敵討ちと言うよりも、自分の作品を越えた相手を知りたい。バラバラに解剖して、調べ尽くしたいという欲求の様な気もする。

 はっきり言えば、自分の抱いている感情が何か、という問いにも、明確な答えを出せないのだ。そして、答えを出せないと言うのはシュプリンガーにとって耐えがたかった。

 だから、答えを探しているのだ。と言うのが一番現状にふさわしいのだろう。


 狭い谷間の道に差し掛かった。左右の岩壁にごつごつとした巨石が張り出している。道も曲がりくねっている様で、少し先までしか見えない。


「風が通っているので、抜けられるはずですが」


 谷間の道に足を踏み入れる。水の流れによって浸食された谷の様だ。比較的柔らかい岩盤の層が削られ、埋まっていた固い岩が半分露出している様な崖だ。

 足元も角の取れた石が敷き詰められたようになっている。元々川が流れていたが、流れが変わって干上がったのだろう。

 用心しながら歩く。補強も何も無い天然の谷間だ、落石やがけ崩れの恐れがある。僅かな音も聞き洩らさないようにする。

 音。妙な音がした。岩盤に亀裂が入ったり、小石が落ちる様な、がけ崩れの前兆を示す音ではない。それだけに異質なものとして耳に残った。

 自分が足元の石を踏む音かと思い、足を止めた。足音は止んでも、その音は微かに響いている。やはり足音の様だが、ずっと反響している。

 別の誰かがこの谷間のどこかに居る。その可能性を考えた。仮説を立てたら検証する。足元の小石を蹴り、派手に音を立てた。

 反響する音が止まった。間違いなく誰かが居る。今、小石を蹴った音を聞いて、向こうも他に誰かが居る事に気付き、足を止めたのだ。

 すでに後ろを振り返っても入口は見えない。反響しすぎていて、音源が前か後ろかも分からなかった。

 前の可能性が高いとは思うが、谷が曲がりくねっているので、後ろの音源が前から聞こえる可能性が無いとは言い切れない。

 そろそろと前に進んだ。足音を完全に消す事は不可能だが、至近まで存在を悟られない程度には音を抑えられる。

 相手を確認した時には、近距離だろう。異能者が相手として、能力を使うより早く打撃を叩き込む見込みはある。

 味方側の誰か、と言う可能性もあるが、構うものか。一撃食わらせてから確認すればいい。

 曲がり角に差し掛かった。角に身を隠すには、十分な角度があった。シュプリンガーは地面に耳を付けた。空気を伝わるよりも、固体を伝わる方がずっと音は届く。

 足音。そろそろと歩いてはいるが、消し様の無い足音が聞こえる。近い。

 角に身を潜めて待った。姿を現したところを、先制する。日の光は谷底まで届かず、影はできない。待ち伏せは完璧だ。

 視界が動くものを捉えた。瞬間、シュプリンガーは飛び出した。人影。腹部に掌底を打ち込んだ。確かな手ごたえがあって、人影が後ろの岩壁まで吹き飛ぶ。

 味方ではない。走りながらそれを確認して、追撃した。掌底の三連打を浴びせる。敵の男が崩れ落ちそうになり、踏みとどまった。一歩、距離を取る。


「敵でよかった。同士討ちだったら笑うしかないですからね。とりあえず名前でも教えてもらいましょうか? ああ失礼、私はシュプリンガーです。先に名乗るのが礼儀ですよね」

「ヴァン……ストーカー。アルザス王国に雇われた傭兵だ」


 ヴァンが息を荒くしながらも、立って答える。


「あなた、すでにこちら方の人間と戦った事は?」

「それを聞いて、どうする?」

「いえね、魔銃を持っていた若い軍人を焼き殺したのは誰かと思いまして。あれは私も開発に関わった物なんですよ」

「へえ、敵討ちか。いや、ちょっと違うみたいだな」

「どうなんでしょうねぇ。そこそこ気は合ってましたから、仇を討とうと言う気も少しはあるのかもしれませんが」

「狙撃をしていた若い軍人を殺した男なら、知ってるぜ」

「おや、本当ですか?」

「ああ、相方の軍人を討ち取ったのは俺だ」

「なるほど、貴方がグロック大佐を。まあ、正直あれはどうでもいいんですが。イワン中尉を殺した相手を教えてくれれば、特別に見逃してあげても良いですよ?」

「お断りだ」

「そのダメージのある状態で、勝ち目がある様には見えません。合理的ではない判断ですね」

「甘い話はとりあえず断る。傭兵が生きるための癖みたいなものだ」

「そうですか。なら、貴方の脳味噌をかち割って、知っている事を調べるだけです」


 シュプリンガーが首と指を鳴らす。小気味よい音がしたが、妙な凄味があった。

 ヴァンが後ろの壁を蹴って飛び込み、シュプリンガーの腰に抱き着いた。シュプリンガーが両手を合わせて叩き下ろす。妙に力が抜けて、威力が無かった。

 背中を打たれたヴァンはシュプリンガーを転がすように投げた。シュプリンガーも大人しく投げられはせず、二・三歩たたらを踏んで踏みとどまる。

 その間に、ヴァンは意外に元気な様子で、来た道を戻る方向へ走り出した。シュプリンガーもそれを追う。


「また格闘系の相手とは、ついていない」


 ヴァンがぼやいた。ヴァンは剣と魔法を使うが、攻撃系の魔法はそれほど多くない。せいぜい今使った、相手から精気を吸収して自分の体力・魔力にする程度だ。

 それだって相手に触れていなければ使えないと言う欠点がある。ヴァンが得意とするのは、接近する存在を知らせる見張りの魔法や、戦闘以外の場面で便利な小技。

 戦闘に役立つ魔法としては、相手を殺傷せずに制圧する魔法と、敵の魔法を打ち消す対魔法だ。そうやって相手の能力を封じ、剣での勝負で倒す。どちらかと言えば、魔術師殺しが得意なスタイルだ。

 だからそもそも近接戦闘を得意とする敵とは、相性が悪い。先のグロック大佐と言う軍人も、格闘に長けていて、錬金術を封じようとすれば、逆にその隙を突かれかねない相手だった。

 そして今また格闘戦を得意とする相手だ。全く、苦手な相手と二度続けてぶつかるなど、ついていない。今度は味方の援護も期待できないだろう。

 またしても格上の敵を相手取って、生き残る戦いをしなければならない様だ。


 曲がりくねった谷間の道を曲がる。道を曲がると、シュプリンガーの目の前に無数の石が浮いていた。制動を掛けたが、小石の足場では踏ん張りがきかない。石の群れに突っ込んだ。

 腕を振って顔の周囲の石を払う。払うと石は簡単に飛んで行った。ついでに眼鏡も飛んで地面に落ちたが、割れはしなかった。


「足元の石を浮遊させておいただけですが、結構有効なトラップですね」


 眼鏡を拾いながら、つぶやく。


「しかしせっかく地形を生かしたトラップですが、十分な用意が無い」


 どうせ浮遊させておくならば、もっと殺傷力の高い刃物などを混ぜておけばよい。それをしないのは、十分な持ち合わせが無くて、できないからに他ならないだろう。

 その事からもヴァンの逃げは、逃げながら罠に誘い込むものではなく、時間を稼ぎながら有効な手段を探っているものと判断できる。

 つまり劣勢であると自覚しているのだ。そしてそれを、意図せずに宣言してしまっている。

 ならばこの戦いは、狩りだ。相手を逃がさず、相手に反撃の手段を与えず、いかにして追いつめ、仕留めるかという課題だ。


「いいですね。そう言うのは、好きですよ」


 シュプリンガーの顔が裂け、ぞろりとそろった歯がむき出しにされた。


 足元の石を浮かせる。頭上を遥かに超えて浮かせ、下を通ると落ちてくるように仕掛けた。

 曲がり角や大きな岩の有る所など、視界の遮られる場所に罠を仕掛けながら、ヴァンは逃げる。所々に簡易な探査魔法も設置して、シュプリンガーがどこまで追って来ているかも分かる様にする。

 精気を吸収して多少は回復したとは言え、最初にくらったダメージは厳しいものがあった。

 こういうダメージは、長期戦になるほどじわじわと効いてくる。長年の傭兵家業でそれは痛いほど理解していた。

 逃げるにしても戦うにしても、とにかくこの谷を出る事が第一だ。道なりに進めば自分が居るという事がはっきりしているこの場所では、奇襲も難しい。

 真っ向勝負になれば、万全の状態でも不利を免れない実力差がある。ましてや先制攻撃を受けたこの状況では、絶対に避けたかった。

 谷間を抜けたとしても、状況を打開する策は今のところ無い。逃げに徹して逃げ切るより他に無いとしても、距離は引き離しておきたかった。

 しかし、探査魔法が告げるシュプリンガーとの距離は、開くどころかどんどん縮まってきている。このままでは追いつかれる。

 長い直線に出た。谷の出口はもう近かったはずだ。角に罠と探査魔法を設置し、走った。次の角まであと半分。あと四分の一。探査魔法が告げる警報が、ヴァンの脳内にのみ響いた。

 振り返る。白衣をたなびかせた男。間違いない。だがまだ距離はある。罠もある。そう思った。

 シュプリンガーが宙に浮く石の一つに、掌底を打ち込んだ。角が取れて空気抵抗の少ない丸石が、高速でヴァンに向かって飛来する。

 回避した。だが二発目、三発目が飛来する。それを避けている間に、シュプリンガーが距離を詰めてくる。今度は手に持った石を、手首のスナップで投げつけてくる。

 振り向く事が出来ない。振り向いて、背中に一撃くらえば、それは大きな隙になる。小石の足場では、後ろ向きに素早く移動できない。足を取られれば終わりだ。

 コートの裏から投擲(スローイング)ナイフを抜いて、撃った。かわされた。この距離でかわすと言うのか。剣を抜く。もうやるしかない。

 引き付けて、薙いだ。手ごたえが無い。シュプリンガーの姿も無い。白い影。上と言うほど高くは無いが、跳んでいた。地にうずくまる様に着地し、体を伸ばした。


「『双槍』!」


 掌底の両手打ちが、ヴァンの胴体にめり込むように入った。ヴァンの体が吹き飛び、後ろの岩壁に叩きつけられる。ヴァンの口から僅かだが血が吐かれた。


「くそ……追いつかれる……とは……」

「私が追いついたのは当然です。あなたがそうなる様に仕向けたんですから」

「なに……?」

「分かりませんか? あなたはいちいち罠を仕掛けながら逃げた。その度に罠を設置する時間をロスしていました。

 しかし私は、最初の一・二度は時間を取られましたが、それ以降はほとんど罠によって足止めされませんでした。

 無理も無いとは言えワンパターンな罠ですから、一度理解すればあとは細かな違いだけ。予測も回避も簡単でしたよ」

「罠に時間を取られたのは、俺の方だったと言うのか……」

「もう一つ言わせてもらえば、最後のナイフと斬撃も簡単に予測できましたよ。何せ近づかせたくないと言う思いが丸出しの行動でしたからね。

 接近する人間を退けようと思えば、まず飛び道具。手の動きを見て、ナイフを抜く動作を確認した時点で接近する軌道を変えれば、十分間に合います。

 その後の剣ですが、ほぼ正面から近づく人間を迎撃しようとすれば、まず薙ぎ払い。それも切っ先を下げて、下半身から脚を狙うのが確実。ならば縄跳びでもするつもりで、跳ぶだけの事です」

「馬鹿な。そのうち一つでも読み違えていたら、どうする気だった?」

「試験で答えを間違えれば、落第します。それと同じ事ですよ」


 自分の命を試験の合否と同等に扱うと言うのか、この男は。

 シュプリンガーが鼻先がぶつかるほどに顔を寄せる。


「さて、貴方と言う人物の観察と分析は大体終わりました。あとは私の知りたい事について、貴方の知っている事をしゃべってもらいましょうか?」

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