戦場の少女達・後編
「見切った、だと?」
ティアが棘のある反応を返す。自分の技を見切ったと言われれば、当然だった。
「必死に隠しているが、息が乱れている。割と負担の大きい技なのだろう」
ゾフィーが顔を動かさない様にしてティアを見た。剣の召喚射出は、確かに負担の大きい技だ。それを言い当てられて、内心は穏やかではあるまい。
「今までお前が一度に撃ち出した剣の最大数は、十本。その様子から、一度に撃ち出せる限界は十本か、それを大きくは上回らない数」
全て当たりだ。ティアの剣は、一度に十本までしか打ち出せない。正確には十二本なのだが、そのうち二本はすでに両手に持つ武器として、見せてしまっている。
「それなりに戦い慣れてはいる様だが、刃の届く範囲での攻防が素直すぎる。剣を撃ち出す攻撃を無傷でかい潜られると、押されがちだ。
遠距離から削り、接近して止めを刺すスタイルなのだろうが、そこから外れると脆い」
「それが……どうし――っ!」
ティアが叫び終わらぬうちに、半次郎は懐まで飛び込んでいた。腰の高さに横薙ぎが迫る。もはや避けても間に合わない距離。
激しく金属が打ち合う音。半次郎の刀が止まる。剣を地面に突き立てる様に召喚する事で、辛うじて凌いだ。
「だがここ一番の反応は悪くは無いな」
半次郎が悠々と退きながら言う。
退いたと思った半次郎が、飛び込んでくる。後退した足を着地するときに反動をつけて、再びティアとの距離を詰めながら、突きを繰り出す。二度目の攻撃は、凌ぎきれなかった。左の肩を押し斬られる。
「ぐあっ」
ティアがしゃがみ込みながら、傷口を抑える。鎖骨を絶たれたようだ。
半次郎はティアを追撃しなかった。ティアを助けようと飛び込んできたゾフィーを迎撃する。
滑り込む様に半次郎の脚を狙った斬撃を繰り出すゾフィーに、半次郎は大きく足を振り上げた。
「まず機動力を削ぐ。狙いは良い。軍人らしい思考だ。だが定石通り過ぎる」
踵落としがゾフィーの体を打つ。頭に受ける事だけは、なんとか避ける事が出来た。
「ゾフィー!」
ティアが叫ぶ。地に這いつくばる格好になったゾフィーに、半次郎が刀を逆手にして、無慈悲に突き下ろそうとする。
「『展開、戦闘配備』」
顔を上げぬゾフィーの口から、そう小さくつぶやきが漏れた。半次郎とゾフィーを囲む様に、周囲の地面に大型ナイフ程度の小剣が無数に生成される。
「行けっ!」
無数の刃が一斉に半次郎に切っ先を向けて、360度から襲い掛かる。ためらわずに刀を突き下ろせば、ゾフィーを殺すのは容易い。だが同時に、半次郎もハリネズミの様になって死ぬだろう。
差し違えて来た。それを悟った半次郎は、逆手のまま刀を振るって襲い来る刃を打ち払う方を選んだ。
だが全方位からの攻撃を、逆手持ちの刀で全て弾くのは無理な事だった。何本かが半次郎をかすめて宙へと消えていく。ゾフィーはその隙に、十分な間合いの距離まで離れていた。
「差し違える、か。戦術としては全く正解だ。私と刺し違えて死ねば、生き残るのがどちらでも、ずっと勝って生き残る可能性は高くなる。ためらいなくそれを選べる辺り、軍人だな」
半次郎は左手に濡れた様な感覚を覚えて、チラと見た。左腕の傷が意外に深く、血が流れ出して指先から垂れている。
「この戦いで私に手傷と言えるだけのものを負わせたのは、お前が初めてだ。良かったな、友の仇に、一矢報いる事が出来たぞ」
喜びは無かった。ゾフィーもティアも、手傷を負ってなお悠々とした態度を見せる半次郎に、空恐ろしいものを感じた。
この男は、死ぬ時までもこの余裕を崩さないのではないかと思えた。それは、決して追い詰める事が出来ないという事になる。
ゾフィーはティアに目で合図をして、前に出た。ティアが半次郎に当たる。手傷を負った今なら、少しは抑えていられるかもしれない。
その間にゾフィーは、最初の作戦に立ち返って、まずカレンを倒す事に狙いを絞った。
両手の短剣を巧みに操り、次々と連撃を仕掛けてカレンを圧倒する。戦闘技術もあるが、生成した剣を操作する能力を利用して、手の中で自在に剣を操る事で、通常はあり得ない連携を可能にしている。
一方のカレンは、大剣に近いサイズの剣を武器としている。そのため接近戦での連撃にはどうしても弱い。常人を越えて強化された身体能力を持って防ぎ切ってはいるが、反撃の糸口はつかめないでいた。
距離を取り、武器をレーザーガンに切り替えて戦うべきかと考えたが、この状況でその選択は真っ先に読まれていると考えるべきだった。
距離を離さず連撃を繰り出していたゾフィーが、僅かに間合いを広げた。何か来る。そうカレンは予感した。
剣。短剣が飛んでくる。顔の正面、目線の高さだ。思わずカレンはそれを払いのけた。脇腹に焼ける様な痛み。もう一本の短剣が、腹に刺さっていた。
目に向かって物が飛んでくれば、反射的にそちらを防御してしまう。そうして防御を誘い、同時に視界も塞ぎながら、二本目の剣でダメージを与える。
完全にしてやられた。だがまだ深くは無い。そう思ったのは束の間だった。
「隙だらけだ」
ゾフィーの声。新たに短剣を生成し、すれ違い様にカレンの体を一閃した。カレンが苦痛に呻きながらも距離を取る。
宝玉の光で生成された戦闘スーツは、見た目とは裏腹に非常に防御性能が高い。これが無ければ、今の一撃で決まっていたかもしれない。
「今ので倒れないか。予想以上だ」
「強いな。驚くほど戦いに慣れている」
「当然だ。私は軍人。ヴァルキュリア隊のエース。訓練も実戦も、お前達とは違う」
「あなたと一緒に、平和のために戦ってみたかった」
「私も、同じ国に生きていれば、ぜひ隊に誘いたかった。だがこうして戦場で見えた以上、覚悟はしてもらう」
ゾフィーが両手に短剣を、カレンが両手で大剣を構える。両者向き合い、激突するかと思われた。だが激しい金属音とティアの呻き声がして、二人の意識がそれる。
「ティア! 大丈夫か?」
「済まない。まるで足止めにもならなかった」
ゾフィーがティアを抱え起こす。その間にカレンも、半次郎に駆け寄っていた。半次郎の腕から流れる血が、止まっていない。
「その傷、深いのか」
「まあ、ちょっと時間をかけるのはまずいかな。お前も大分やられたようだな」
「面目無い」
「潮合だな。お互いに、そろそろ決めるべき時が来ている」
ゾフィーとティアが額を寄せて何やら話している。作戦でも立てているのだろう。二人が左右に分かれて動き、半次郎とカレンを挟む位置に就いた。
「挟み撃ちか」
「軍人娘の方に当たる。背中を頼む」
半次郎がゾフィーの方を向いて刀を構える。カレンはちょっと意外な気がしながらも、半次郎と背中を預け合う様に立つ。
ティアとゾフィーが同時に攻撃を仕掛けた。ティアは十本の炎をまとった剣を直線的に撃ち出し、ゾフィーは包み込む様に無数の短剣を生成して放つ。
単純だが、防ぎきるには厳しい攻撃量。かわせば、相方が後ろから襲われる。
カレンは剣を振るい、襲い掛かる炎をまとった剣を叩き落とす。ただ剣が飛来するのでもなく、ただ炎を伴う訳でも無い。魔力の付与により、破壊力を強化された剣だ。
だが一本一本ならば、カレンの振るう剣の方が上回っている。故に叩き落とす事が出来る。しかし間髪を入れずに十本となると、対応しきれなかった。五本を叩き落としたところで、剣が四肢に突き刺さる。
それでもカレンは、装甲の厚い所で攻撃を受けるように努めた。ただダメージを軽減する以上に、身を盾にして半次郎の背中を守る。突き刺さった剣はしばらくすると消え、傷口から容赦なく血が流れ出す。
一方半次郎は、前方広範囲から同時に、それも二重三重と迫る無数の短剣に向き合っていた。全てを切り落とすなど、不可能な事だった。
だが半次郎は、もう何も思ってはいなかった。音も、色も、無かった。ただ迫って来る短剣の、軌道だけが見えていた。
短剣を弾く。弾いた短剣が、別の短剣を弾く。それを次々と繰り返して、まるで短剣が自ら避けているかの様に、半次郎からそれていった。
死角から一本。身を捩ってかわした。カレンが止め損ねた剣が一本、半次郎の頭の有った場所を抜けて行った。それがまた、短剣を蹴散らして地に落ちる。
人間業では無かった。実際半次郎は、もう人では無かった。一個の獣と化していた。
全ての攻撃をしのいだ。カレンはズタズタだが、それ以上にゾフィーとティアは驚愕を隠せないでいた。
半次郎が身を翻し、後ろ側に居たティアに踏み込んだ。それを見たカレンが、負けじと身を翻して、ゾフィーに向かっていく。
「この……化け物め!」
ティアが残った力を全て収束し、最大最強の攻撃を放つ。もはや炎をまとうではなく、剣を核にした炎が、今まで以上の速さと熱量を持って迫る。
だが半次郎は、唸りを上げて襲い掛かる炎を、全て避けきってティアに迫る。もはや目視では、形を捉えきれない程だと言うのにだ。
刃の間合いまで踏み込んだ。上段に構えている。半次郎が刀を振り下ろした。ティアが二本の剣を額の先で交差させて、それを受ける。
切っ先がティアの剣をこすり、そのまま虚空を切った。しのいだ。そうティアは思った。
半次郎が踏み込むと同時に刀を突きだした。刃がティアの喉を突き抜けた。ごぼごぼと溺れる様な音が鳴る。半次郎が刀を引き抜くと、目を見開いたままのティアが、うつ伏せに倒れ伏した。
連携攻撃を破られ、カレンに踏み込まれたゾフィーだが、まだ冷静に状況を見ていた。
カレンが踏み込んでくるのに合わせて大剣を生成。地面から生えてきた大剣の刃がカレンの腹を貫く。いや、間一髪のところで装甲で受けた。カレンの体が宙に跳ねあげられる。
ゾフィーは大剣を足場にして大きく跳躍し、カレンを追った。力を全力で展開し、カレンを包み込む様に短剣を生成する。カレンの表情が青ざめた。
「行けっ!」
無数の短剣が、あらゆる方向からカレンに襲い掛かる。カレンは必至に殴ってそれを弾き飛ばしたが、とても対処しきれるものではない。胸に、頭に、致命的な個所に刃が届く。カレンが仰向けに地面に落ちた。
「完全なる止めを、刺す!」
ゾフィーが剣を二本生成し、それをカレンに向かって投げおろした。それはそのままカレンの墓標となる。そう思った。
カレンが動いた。逆立ちになり、足で二本の剣を蹴り飛ばす。そのまま後転して起き上がったカレンの手に、光が集まり剣を形作る。
「馬鹿な! 急所を刺されたはず!?」
「武器を生成する分の力を、急所の防御に回していたのさ。跳ね上げられた時点で防御に徹するしかないと思ったのでな」
そう言えば、空中で無数の短剣に囲まれた時、拳で殴って短剣を弾いていた。あの時すでに武器を捨て、防御に全てを回していたのだ。自分の攻撃後の隙を狙うために。
理解しても、ゾフィーは力を使い過ぎていた。すぐに新たな剣を生成する余力が無い。空中なので、回避もままならない。
それでも何とか死力を振り絞り、小さなナイフでもいいから生成しようとする。
「これで終わりだ」
カレンの剣が一閃に振りぬかれた。ゾフィーが地に落ちる。カレンも膝を着いた。剣を杖にして体を支えながら、カレンはゾフィーの方を見た。
ゾフィーが立ち上がる事は無かった。
カレンが手早く傷を止血する。宝玉の与えてくれる光の力で、常人よりは回復が早いが、いかんせんボロボロだった。
「そっちも片付いたか」
半次郎が刀を納めながら寄ってきた。まだ左腕から血が流れ出している。
「腕を出せ。血を止める」
「済まんな」
大人しく止血処置を受ける。他に目立った傷は無いが、半次郎の顔は血の気が引いている様に見えた。
「かなり出血したのか?」
「お前ほどではないだろう」
「酷い顔をしているが」
「死域に入ったからな」
「死域?」
「死の直前、ほんの一瞬だけ通り過ぎる世界だ。そこに居る人間は、斬っても止まらないし、死んでも動き続ける。私は少しの間ならそこに入れる。顔に死相が浮かぶがな」
死相。確かに今の半次郎の顔は、死人のそれに見えなくも無い。
「ともあれ、私達は生きている。……惜しい者達を死なせたがな。それも、この手で」
「考えても仕方の無い事だ。生きているからこそ、考えられる事でもあるがな」
「なんだそれは。考えるなと言いたいのか、それとも考えろと言いたいのか」
「そんなもの、私が知るものか。答えなど、誰も知るまい」
「……そうかもしれないな」
カレンは地に倒れる二人の亡骸を見た。風が吹き、草が鳴った。酷く、もの悲しく思えた。
「さて、あまり遅くなると、和田殿に悪い。行くぞ」
「……ああ」
過ぎ去りし者に背を向けて、半次郎とカレンは、また歩き始めた。




