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異能者代理戦争・前編

 アルザス王国とレーン大公国の開戦はもはや不可避と見られていた。

 元より友好的とは言えない二国であったが、近年は両国の発展に伴い、新たな土地の開発が進んでいた。結果として、国境の土地の領有権を巡っての争いが、頻発するようになっていた。

 その程度ならば国境軍の小競り合い程度で済んでいたのだが、両国の間に位置する未開地域・ゼルフカントの調査結果がそれを変えた。

 盆地で山は険しく、森は深く、湿地も点在するゼルフカントは、それまで見向きもされない土地だったが、調査の結果豊富な鉱山資源の埋蔵が予想され、十分な開発をすれば農地としても優秀と言う結果が出たのだ。

 当然、両国ともにゼルフカントは自国の領土であると主張して引かなかった。これまでの小競り合いでくすぶり続けていた課題と怨念が一気に火を噴き、両国の全面戦争は時間の問題と見られた。

 しかし双方とも、戦争だけは何とかして避けたいと言う思惑もあった。

 戦争に多額の費用が掛かるのは自明の事、両国ともに今戦争に踏み切って戦い抜く余裕があるかと言えば、決してそういう訳でも無かった。

 負ければ全てを失うのはもちろんの事、勝っても下手をすれば損失の方が多くなってしまう。両国ともに相手国を圧倒できると言う自信は持っていなかった。かと言って、ならば戦争などせずに済まそうとなる訳でも無い。

 お互いに口では戦争を唱えながら、本心では戦わずに済ませたいと言う思惑を抱えたまま、両国間の交渉は続けられた。その最中、ある一言がきっかけとなった。


「いっその事、両国の代表者による一騎打ちで決着を付けたらどうか」


 発言した外交官も本気ではなく、半ば投げやりな発言だったのだが、もはや交渉による解決は絶望的と見ていた両国の外交団は、これを真剣に検討した。

 その結果、両国から十人の代表者を募り、ゼルフカント全域を舞台にして代理戦争を行わせてはどうか、と言う案が両国の首脳に提出された。

 これに両国ともが同意した。戦争は避けたい、しかしゼルフカント他各地の領有権は勝ち取りたい両国が、勝てば戦争に勝つのと同じ、いやそれ以上の結果を得られ、負けても戦争に負けるよりはマシと言うこの条件に飛びついたのだ。

 かくして両国で、半ばお祭り騒ぎで国家の代表となる十人。即ち、異能力者またはそれに匹敵する実力者の選抜が始まった。


 レーン大公国君主・スヴェン大公は追い詰められていた。彼は『人口こそが国力である』をスローガンに掲げ、子育ての奨励や、移民の受け入れなどの政策を行って、大公国の人口増加に努めていた。

 その結果、国民の食糧を自給するだけの農地が不足していた。当初は増えた人口を使って新たな農地の開発を進めていたが、その中でも最大級の計画であった湖の干拓計画が、昨年の豪雨と洪水によって文字通りの水泡に帰してしまっていた。

 人的被害も大きく、何よりこのままでは自国民の食料を外国からの輸入に頼らなければならなくなる。大公への非難は高まっていた。

 だからこそ、ゼルフカントは何としても手に入れ、今度こそ開拓を成功させる必要があった。


霧隠(きりがくれ)よ、居るか?」

「お側に」


 大公の呼びかけに答えて、闇の中から姿を現したのは、大公国の諜報等影の部分を司る男、霧隠だった。彼は大公の密かな相談役でもある。


「十人の選抜は進んでいるか?」

「はい、軍からはグロック大佐、諸侯の中から智謀名高い和田(わだ)殿が出る事がすでに決まっております」

「グロック大佐は確か、兵器開発部長だったな? 特殊な武器の開発で功績がある」

「加えて、武術においても達人級の腕前であり、なにより錬金術と格闘術の合わせ技が強うございます」

「和田は何の異能も無いが、あの智謀はそれを補って余りある。納得の行く人選だな。強い異能者を集めるばかりではないと言うお前の助言、目からうろこが落ちたぞ」

「もったいなきお言葉。不肖この霧隠も参加し、お役にたつ所存」

「うむ、お主の忍びの技、期待しているぞ」

「はっ」


 着々と人選は進んでいた。選抜メンバーに選ばれたグロック大佐の推薦で、新たに二人がメンバー入りを果たした。

 一人はグロック大佐の弟子とも言うべき若い軍人の、イワン中尉。彼は『魔銃士』だった。特殊な銃に自らの魔法を乗せて、遠距離にピンポイントで魔法を発動させる事が出来る。

 接近戦における戦闘能力はほとんど期待できなかったが、後方からの支援という観点に立てば優秀だ。

 何より単純な攻撃魔法に留まらず、捜索魔法や設置型の魔法も遠距離に飛ばせる事が大きい。怪しい所に近づかず、離れた位置から罠が無いかを調べられ、逆に離れた位置から魔法の罠を設置できる。

 単純な戦闘に優れた実力者ならば、民間からもいくらでも集める事が出来る。大公国政府の息のかかった人選は、単純な戦闘力ではない、特殊な技能の持ち主を選抜する事に重点が置かれていた。

 何よりもスヴェン大公自身が、裏で謀を巡らして、最小の労力で最大の利益を得る事こそ上策と考え、それを実行する人間であった。

 ただ大公自身に、それを実際に成し遂げる頭脳があるかは、何とも言い難い。


 グロック大佐が推薦したもう一人は、名をシュプリンガ―博士と言う男だった。

 彼はグロック大佐が部長を務める兵器開発部の、外部協力者と言える学者だった。学者としての実力は本物で、イワン中尉の魔銃の開発も、彼の協力によるところが大きい。

 しかし彼はただの学者では無かった。薄汚れた白衣を着て眼鏡を掛けた、いかにも学者然とした風貌ながら、グロック大佐と互角に渡り合うだけの格闘術の使い手でもあった。

 武器と状況によっては、錬金術を使用した本気のグロック大佐とも渡り合える、とは他ならぬグロック大佐の言である。

 ただ少し性格には難のある男だった。異能力者の集う殺し合いになるであろうこの戦いにも積極的に志願し、その理由として「魔銃の実戦でのデータ収集と、あとは国のために働くと言う名目が有れば、好きなように研究と実験ができるから」とのたまう、言わばマッドサイエンティストだった。

 実際グロック大佐も推薦に当たって、「しっかりと手綱は握っていないと、何をするか分からない男」と評していた。それでもその実力は誰の目にも明らかなので、多少の逸脱行為は許すだけの価値はあると、メンバー入りを果たした。

 これでレーン大公国の代表者は五人が決まった。残りは広く実力者を集い、これはと言う人物を選抜している大会の結果を待つばかりだった。


 レーン大公国選抜メンバーの選考は、大公の意向により三部門に分かれていた。

 一つは純粋な戦闘部門。闘技場で、一対一の決闘形式で参加者を戦わせながら、勝ち残った者を選ぶ。

 一つは野戦部門。代理戦争の舞台となるゼルフカントを想定した、山有り森有りの自然の中で、全ての参加者が同時に戦い、生き残りを競う。

 一つは戦闘補助部門。直接的な戦闘能力には劣るが、様々な課題を与えて成果を競わせ、サポートに回って優秀な人間の選抜をする。

 いずれの部門にも、多くの参加者が集まっていた。それもそのはずで、選抜メンバーに選ばれ、代理戦争に勝利した暁には、望むがままの褒美を与えると布告していた。

 大盤振る舞いではあるが、戦争を行うよりは安上がりであるし、どのみち選抜メンバーが何人生き残るか知れないのだから、いくら褒賞を約束しても安い物だ、という冷たい思惑の上に成り立った大盤振る舞いだった。


 戦闘部門の会場で、圧倒的な強さを見せつける男が二人いた。

一人は一切の武器を使わず、見るからに鍛え上げられた己の肉体だけで、次々と強豪と目された相手を打ち倒していく。

 ついに彼はスヴェン大公臨席の試合において、気合の掛け声と共に相手をその拳で打ち倒し、勝利を飾った。


「勝者、リュウ! 北派正一拳」


 審判が判定を下した瞬間、会場は割れるような歓声に包まれた。北派正一拳と言えば、強力な実戦拳法として名高いが、それでも異能力者が多数参加したこの大会を、拳法だけで勝ち抜く実力は、尋常ではない。

 ところが驚きはこれだけに留まらなかった。翌日、同じく最終選考にまで勝ち残った男は、またしても異能力を持たない剣客だった。

 試合は一瞬だった。対戦相手は一刀の下に斬り伏せられ、倒れた。剣客は試合用に模造刀を使っていたが、斬られた部分の骨は確実に砕けていた。


「勝者、半次郎!」


 会場の興奮をよそに、半次郎と言う名の剣客は、冷めた目をしたまま闘技場を去っていった。

 予想外の二人が勝ち残った戦闘部門の選考試合だが、盛り上がりと言う点では、三回目の最終選考が最も激しかった。

 この日の試合に臨むのは若い娘だった。闘技場に入った時点では、彼女は丸腰で何の武器も持っていない。

 審判が用意の声を掛ける。娘が青い宝石のペンダントを握りしめた。宝石が輝き出す。宝石から溢れ出した光が彼女を覆い、収束する。

 光が収まると、彼女の姿は一変していた。体の動きを邪魔しないボディスーツ、腕にはガントレット、足にはブーツ、胸に胸甲。いずれも白銀に輝いている。

 試合開始の声が掛かると、彼女の手元に光が集まり、剣を形作って実体化した。それを振るって彼女は戦う。

 彼女の異能に驚く者は多くなかった。観戦に集まったほとんどの者が彼女の事を知り、彼女の戦いを見に来たのだ。

 移民の受け入れによって急速に犯罪も増えたレーン大公国において、その力をもって悪を裁く正義のヒロイン・カレンの人気は、国民的なものだった。

 観衆の期待に違わず、カレンは最終選考試合に勝ち抜き、選抜メンバー入りが決定した。

 他二つの部門においても、それぞれ一人ずつが選び出されたので、戦闘部門からの選抜メンバーはこの三人が決定した。


 十人の選抜メンバーが大公の居城に召集された。十人全員が顔を合わせるのは、これが初めてである。

 大公に謁見し、正式にレーン大公国の代表メンバーとしての任を受けた後は、交流会としてささやかな立食パーティーが用意されていた。

 リュウがこれから戦友となるであろう者達の一人に挨拶をした。日に焼けて精悍なリュウとは対照的に、少し目つきが悪いが、色男風の若い男だ。


「や、あんたがリュウさんか。聞いたよ、戦闘部門を一番に勝ち抜いたって。ああ失礼、オレは日向(ひなた)、補助部門を通った術師だ」

「補助部門も、かなり選考は厳しかったと聞く。そこを抜けたという事は、なかなかの使い手なのだろうな」

「いやいや、真っ向からやり合ったら、オレはこの中では下から数えた方が早い方だ。そういうあんたこそ、強いんだろう?」

「どうだろうな。向こうで一人でいる剣士や、軍人たちも強い。たやすく後れを取るとは思わんが」

「いいね。実にいい。あんた、オレ組まない?」

「なに?」

「いやオレってさ、サポートが専門だから、誰か強い奴と組んだ方がやりやすい訳よ。リュウさんと組めば、生き残る確率が高そうだなって。そっちにしても、悪い話じゃないだろう?」

「まあ、考えておこう」

「前向きに頼むよ」


 和田は積極的に他のメンバーとの交流をしていた。それぞれの能力と性格の把握は、策を立てるにあたって必要な情報だ。

 また選抜メンバーのリーダーは、表向きは和田という事になっていた。本当のリーダーは霧隠と決まっているのだが、それを知る者は和田とグロック大佐のみである。

 和田は大公の居城に招かれたと言うのに、獣の毛皮を着こんだ猟師の男に興味を持った。確か野戦部門から選ばれた男だ。


二瓶(にへい)殿、ですな? 和田と申します」

「儂らの指揮官をするそうだな。見ての通りの田舎者、無礼は許してくれ」

「なら、俺も砕けた感じで行かせてもらおう。堅苦しいのは肩がこる」

「なるほど、そっちの方が自然に感じるな」

「二瓶殿は、どうしてこの戦に? 見たところ、若くも無い」


 二瓶の髪には、いくらか白い物が混じり始めていた。


「若くないからだ。儂は昔からゼルフカントの山で獣を追って来た。いまさら外国の土地になって、猟が出来なくなったら行くところが無い。開発するのはいいが、猟は続けられるようにしてもらおうと思ってな」


 純朴な望みだが、ゼルフカントの山に慣れた、しかもルール無用の野戦部門で勝ち残った男の戦力としての価値は、計り知れない。

 少なくともこの十人は、レーン大公国内で望みうる、最高のメンボーであろうと和田は思った。

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