第26話 1
そうしている間に、3年生は受験シーズンに突入した。
その間何をしてたかって? たまに一緒に出かけるくらいで特に大きなイベントはなかった。なんなら詳しく描写したかったくらいだけど、色々な都合でそれはカットだ。だって面白くもないしな。
3年生は大変だが、2年生の俺たちは特に何もないのが現状。先生は今から未来を見据えてー、とか言っているが、出来る奴を素直に尊敬する。俺は未来視をするス○ンドを額に顕現させてないからな。
「奏、次の授業は体育だ。心してかかれよ」
「何を心するんだ」
「体操だぞ。女子の体操見れるんだぞ。心しなければ、俺達に命はない」
「あっ、そう」
陽室に突っ込みを入れるのもダルい。
人間、夢や目標、やる事がなければだれてしまう。コンパスと目的地がなければ旅は出来ない。あ、今凄い詩人みたいな事言ったな俺。
「正直微妙な例えだな」
「だから人の心を読むな!! なんだ、俺は無意識に心の声を漏らしてるのか!?」
「最近らしくないな。何か悩みでもあるのか?」
「ねえよ」
俺はさっさと立ち上がり、体操服を持って更衣室へ急ぐ。
割と焦った。まさか核心を突かれるとは。
奴はやはり、ス○ンド使いなのではなかろうか。
帰り道。
いつも通り隣を歩くのは生真面目意地っ張り委員長、もとい火野里夏香。
だがその様子はいつもと違った。
……あ、いつもと言っても、そのいつもを話してなかったから分からないか。ならば説明しよう!
奴と俺は放課後、ほぼ毎日こうして帰る事を日課にしていた。最初はなんか、こう、変な感じだったが、それも時が解決した。
俺の少ない小遣いを食う様に、奴は毎日色々なものを要求した。大半がクレープ、パフェ、たこ焼き、食い物関連。そしてそれを絶対に俺に分けない。とんでもない奴だ。
この道、そしてこの時間。行きつけのクレープ屋台が止まっている時間のはず。
あ、見えた。ピンクと白のストライプ模様で彩られたクレープ屋台。俺からすればトラウマカラー。さぁ、どうする?
何も言わず、夏香は素通りした。
そう、最近はこんな調子なのだ。
何かの辞書を片手に猛勉強。ひたすらに読み進める。腹の虫がいくら訴えようと御構い無し。
最初はラッキーくらいにしか考えていなかった。だが、
「腹の虫なってるぞ」
「うん」
「あ、頭に毛虫が」
「うん」
「よく見たらヨナグニサンが」
「うん」
こんな調子だ。
目は俺の方を見てないし、意識も俺の方を向いていない。
なんだか、何故か、悔しい。それでいて、なんか寂しい。
なんでこんな気分になってるんだ、俺?
「なぁ、夏香」
「うん」
「……あのなぁ!!」
とうとう俺は、夏香から辞書を取り上げてしまった。
「あぁ!? 何すんの!!」
「さっきから無視しやがって! 最近おかしいぞお前!」
「おかしいのは月神くんの方でしょ! 何でとつぜんかまってちゃんになってんのさ!? いっつも私の事迷惑そうに扱ってた癖に!!」
「あれは……!!」
言い訳が思いつかない。
俺にも分からない。
「返せっ! それは私の英単語辞書だ!」
俺の手からジャンプしてひったくると、夏香は舌を出す。
「ベーだ! 奏のバーカ!! もう知らない!」
そのまま走って行ってしまった。いつもなら何か叫びながら追いかけただろう。
だが俺の足は、止まったままだった。
「バーカバーカ! バーカバー…………あれ?」
夏香の足が止まる。てっきり追いかけて来ると踏んでいたのだが、彼は追いかけて来なかった。
おまけにこの周辺が何処なのか、夏香は知らなかった。
迷った。
「ここ、どこ……?」
泣き出しそうな声で呟く。
受験のプレッシャー、そして周りからの期待。押し潰されそうになる。
重みが心に重なっていく。
知らないうちに、拠り所になっていた。
唯一、素を見せる事が出来る人。優等生でなくていい人。
居心地が良い人、月神奏。
「あぁもう……私の馬鹿……」
結局、親に電話して迎えを呼ぶことにした。
「最近どうよ、奏」
「それより何でいきなり電話してきた、親父」
家に帰った後、何故か見計らった様に親父から電話が来た。
俺の両親は基本、日本にいない。そういう仕事なのは仕方がないが、一人暮らしをしろと中学生の時に言われたのは流石に驚いた。何だかんだ出来ているのにも驚きだが。
「彼女出来たか彼女? 彼女彼女」
「いない」
「ドライ過ぎない? もっと貪欲にアタックしろよ」
「いらない」
「まーたそんな事言って! 親父心配だよ、息子がこんなにーー」
大した用事ではなさそうなので、問答無用で通話停止した。
こうしてコミュニケーションをこまめに取るのは大事だし、感謝もしているが、にしたって何か用事がある時に電話しろよ、とも思う。
すると、今度は携帯の方が鳴る。何なんだ、また親父か?
違った。携帯の画面には〈火野里〉の文字。
「気まずい」
率直に言って気まずい。あんな感じで別れてヘラヘラしていられる奴の方が稀だ。
だが仕方がない。無視したらもっと気まずくなる。
「……はいもしもし」
返事がない。
ただの屍ではあるまいし、もしもしの一つでも返して欲しい。
黙って待っていると、小さな、それでいて、少し嗚咽が混じった声が返ってきた。
「……………………ごめんね」
ぷつり、と通話が途切れる。
俺はしばらく携帯画面から目が離せなかった、待っていても、もう通話は来ない。
「……こっちにも、謝らせて欲しかったなって、思うんだよなぁ…………」
ブレッブレの独り言を発するしか出来ず。
結局掛け直すことも出来なかった。
続く




