第1話 バイト先デートしよう、うん、それがいい!
「かっなで〜、今日のブレイクファストはなんぞや〜?」
「…………スクランブルエッグとトースト」
「ほほう、日曜日のブレイクファストとしては最高だねぇ。…………ランチは?」
「あのな、俺はお前のおかんでも給仕係でも無いんだよ。ってかブレイクファストやらランチやら鬱陶しい言い方するな」
朝から何故こんな騒がしい奴と食事しなければならないのか。
ていうか普通、彼女が彼氏に飯作るんじゃねえのか? まさかこれが噂に聞く、女子の女子力低下というやつか。言ってて意味わからんけど。
「素っ気ないぞ奏。私は寂しいぞ」
「朝なんだよ、仕方無えだろ」
「よし、目覚めの一撃。プロフェッサー・スプラッシュ!」
「ウガァァッ! 目にポッカレモンはやめろぉぉ!!」
こいつ、俺の目に何て事をしてくれてんだ!そもそもプロフェッサーって誰!?
あぁ、ポッカレモンが、我が家の頼れる相棒ポッカレモンが俺の目をひん剥くように痛めつける!
と、何かが手から離れる。俺、何を握ってたんだっけ?
夏香の声が聞こえる。
「あぁ!? スクランブルエッグが緊急発進したっ!?」
「お、お前何言って……?」
その直後、べしゃりと俺の頭に何かが飛来する。何なのか思い出すと同時に、それより早く来たものに対して俺は叫んだ。
「うおぉぉぉぉぉっ!? あっちいぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!?」
「お、怒っていらっしゃいます? 奏……」
「生憎、お前のやることに対してはそこまで苛立たないようにしてる」
「そ、そう? えへへ……そりゃどうも」
「まぁ、でも……」
それなりのペナルティは用意しておいた。コツン、と置かれた皿を見た瞬間、夏香の表情は曇天のように暗くなる。
「か、奏…………スクランブルエッグにブロッコリーが沢山入ってる……ケチャップと合わせたらタカトラバッタなアレみたいだよ……」
「いいじゃねえか、バランス良くて。器用貧乏とも言うけどな」
「ふえぇ……」
渋々、夏香はブロッコリーを咀嚼し始める。
てか、何で渋々なんだ。作り直した俺の努力も少しは評価してくれ。
……ここで「今日も美味しいね、奏」の一つでも言ってくれれば……あっ、やっぱりいいです。
黙っていれば可愛いんだけどなぁ……。
「奏は今日もバイト?」
「いや、休みだけど……」
「ほうほう、ほうほうほうのほーう」
これは……よからぬ事を企んでやがる。
「……なんだ?」
「奏や、この辺に美味いカフェが見つかったのさ」
「あぁ、カフェね……ってカフェ!?」
それ俺のバイト先ぃぃぃぃ!!
考え得る限り、こいつに一番見つかりたくねぇ場所を見つかったよチクショォォォ!!
マズイな、確か今日は知り合い二人がシフトに入っていたはず。夏香が彼女と知られたら……奴らの事だ、絶対にからかう。
いや多分「ロリコン」って言われるのは確定だなこりゃ。
「へ、へ〜……」
「ふふふのふ、そういう訳で今日はそこへデートにーー」
「そ、そそそそそー言えば夏香、なんか欲しいもんなかったっけ!?」
「ふぇい? 特に無いけど? っていうかどうしたの奏?」
慌てる俺の様子を見て目を丸くする夏香。俺としたことが、失態だ。流石にばれたか?
丸くなった目は細められ、口角がキュウッと持ち上がる。
「ほうほう、奏、私のご機嫌を取って何を考えているのかね? お姉さんに何をお望みだい?」
やばい、むしろ面倒なスイッチを入れてしまった。
夏香が言ったように、彼女は俺より一つ年上だ。俺は20歳で、夏香は21歳。だが全くそう感じられない。
夏香は若く見える、いやむしろ子供っぽいのだ、見た目も性格も。この前は電車に乗るとき駅員さんが
「はい、大人一人、中学生一人ね」
と言ったくらいだ。
世の中、どうかしてるぜ。
「奏〜、抱っこしてあげる〜? それとも……」
「だぁぁぁ、もういいから!! 分かったよ、いつ行けばいいんだ?」
「えっへへ、そうだなぁ……」
全く、72通りの名前を持つ男並みに人の話を聞かない奴だ。
「奏、今日は後ろに乗って……」
「交通ルールは守りましょう」
「むぅ、仕方ない。今日もサイドバッシャーに乗るかな」
サイドバッシャーとか大仰な名前だが、ただのサイドカーだ。なんの変哲もない、ましてや呪われたベルトのライダーとはなんの関係もない。
エンジンをかける。バイクは機嫌が良さそうにマフラーから音を吐き出す。と、同時に……
〜♪〜 ドナドナド〜ナ〜ド〜ナ〜 〜 ♪〜
「不吉すぎる!!」
バイクで出荷って、スタイリッシュだな。
しかしこの音楽を止めることはできない。エンジンがかかったら最後、エンジンを切るまで奏で続ける。諦めるしかない。
「仕方ねぇ……行くぞ夏香」
「あいよ」
ヘルメットを被った夏香が乗った事を確認し、バイクを発進させた。
ガンッ
「あひぃっ!?」
あまりにびっくりして変な叫び声が出た。
発進早々、曲がり角に不法駐車していたトラックにぶつかったのだった。
中からトラックの運転手が出てきた。その顔は、怒りたいけど路上駐車してるから強く言えない。そんな感情が見て取れた。
いや、俺も何て言ったら良いんだ? ごめんなさい。こんな時、どういう顔をすればいいのか、分からないの。
「笑えば、良いと思うよ」
「心を読むなっ!!」
とにかく、このまま素通りは出来ない。さあどうするか……。
と、不意に夏香がヘルメットを取った。放たれたツインテールが風になびく。
おもむろに両手を上げ始めた。何だ、何をするつもりなんだ?
「ごめんなさい、テヘ☆」
凍りついた。
いくら見た目が中学生とはいえ、21歳の「テヘッ」は(違う意味で)破壊力が高すぎた。
おい運転手っ! その困惑の表情を俺に向けるんじゃあない!! やったのこいつ! 俺は無実だ!
この異様な空気に耐え切れず、俺はバイクを発進させた。もう当て逃げでもなんとでも言え。俺とて自分の名誉を守らねばならない!
「何であそこでアレをやったし」
「笑顔と涙は女の武器って、お爺ちゃんが言ってた」
「何で爺さん? 普通婆さんじゃねえのかよ?」
「お爺ちゃん大変だったからね。喧嘩になると大体、お婆ちゃんに泣いて許しを乞うてたよ」
「それは喧嘩じゃねぇ、一方的な戦いって言うんだ」
バイクは風を切って走る。歌は二つ目のサビへ突入した。通行人が十人中十人が振り向くこの状況は最悪だ。
早く着かねぇかな、いやむしろ行きたくないな。まるで休日出勤してる気分だ。
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そうこうしているうちに、夏香が言っていたカフェ、もとい俺のバイト先「陽だまり場」に着いた。
こうして客としてみると、アンティークな雰囲気はやっぱり良いな。やはりカフェはこの方が俺は好きだ。
「どやぁ奏? 良いところでしょ?」
「夏香にしては中々の場所選んだな」
「まあ私コーヒーはスタ○派なんだけど」
「じゃあ何でわざわざこっち来たんだ!? 良いじゃねえかスタ○で! 変に冒険すんのやめろや!」
ふん、こいつは分かっちゃいない。
確かにスタ○も、ド○ールも、○リーズも人気のカフェだ。俺もよく訪れる。
だがここ陽だまり場は一味違う。五角形グラフがブーメラン型を取るような癖のあるコーヒーなのだ。
クックック、夏香のお子ちゃまな舌には刺激が強いぜ。
ガチャッ チリンチリーン
「いらっしゃいませ……ってあれ? 月神先輩?」
木製の扉を開けると、見慣れたウェイトレスの姿が。
えぇ〜、こいつは荒区坂冬乃。読みは、あらくざかふゆの。……よし、噛まずに言えた。
ブラウンのロングヘアーに下がった目尻の、かなり大人びた美少女だ。一応、18歳だから俺の後輩なんだけど。
やばい、冬乃が夏香のことめっちゃ見てる。レーザー出すんじゃないだろうな。
夏香はというと…………
なんか勝ち誇った顔してるぅぅぅぅ!!
何だ? 何で勝ち誇ってんだ!? お前に勝てる要素なんか無いだろ、何一つ…………
あっ、一個だけあったな。胸が
「先輩っ!!」
「ウェイッ!?」
まさかばれたのか!? 夏香といい冬乃といい、俺の周りはエスパーだらけか!? くそ、別に胸が小さいのは悪いことじゃなかろう。
「いくら何でも中学生とデートはまずいですよ。私が電話すれば、先輩はすぐにでもブタ箱送りに……」
「ブタ箱ってお前……それにこいつは中学生じゃない、大学生。お前より3つ上だぞ」
「え? ……言われてみれば、その豊満なバストは中学生には無い……グヌ」
「そ、そこ?」
う〜ん、冬乃は幾分かまともな奴なんだが、時々変になるからな。それでも、俺の知り合いの中ではしっかりしてる。
…………あっ、あいつはどこだ?
「冬乃、あのアホタレはどこだ?」
「あぁ、陽室先輩ですか? さっきは休憩室で寝てましたけど……」
「呼ばれた気がして」
「うおぅっ!?」
「んあっ?」
「きゃあっ!?」
うわぁっ、めっちゃビックリした! 何で天井から出てきたっ!? ていうか誰も呼んでねぇよ!!
あ〜……こいつの事紹介しなきゃダメかな? 知ると後悔する事になるぞ? 主に脳内容量を無駄にした的な意味で。
「心配するな、後悔などさせない。有意義な時間になる筈だ」
だから何で揃いも揃って人の心が読めるんだよっ!! 精神プロテクト手術でも受けるかな。考え事の一つも出来ないじゃないか。
こいつは陽室響介。「ひむろきょうすけ」。うん、読みやすいな。こいつは俺と同じ20歳で、同じ大学に通っている。
いや正確に言うと、幼稚園から大学まで、クラスもずっと一緒、席までずっと隣だった。
今ありえないとか思った人、本当だからな。
オシャレな眼鏡の奥に輝くキリッとした眼、運動神経抜群、成績もトップクラス、これだけ聞いたら完璧人だ。
だがあえて言おう、馬鹿であると。
「陽室、何で天井にいたんだ?」
「そんなことは些細な問題だ。重要なことじゃない」
「些細ってお前な……」
「それよりもだ!」
陽室は上体を大きく反らしながら俺の事を指差す。何だ、幽波紋でも出す気か?
「貴様、彼女がいるんだってな!?」
「おい、どこから仕入れたんだその情報」
「しかも、完全に見た目は中学生の、ロリ大生だと! 許さん、ぬおぉぉぉっ!!」
メシャッッ!!
「アヴァランチッ!!」
はぁ、突然飛びかかってきたもんだから、つい回し蹴りしちまった。
「す、凄い奏! カブトのライダーキックみたいでかっこいい!!」
「ていうか本当に彼女いたんですね、月神先輩」
「いや、うん、まあな」
この光景を見慣れている冬乃はまだしも、夏香も驚かないのは意外だな。まあ、あいつと似てるといえば似てるけど。
「それで先輩、今日はお客様として来たんですか?」
「こいつが偶然ここに来たいって言ったからだよ。因みにこいつはスタ○派だそうだ」
「そうなんですか、私はド○ール派です」
「いや聞いてねぇよ、ていうか聞きたくなかったわそんな事実。マスター泣くぞ」
俺は好きなんだけどな、ここのコーヒー。確かに豆の香りが強いから好みが別れるかもしれないが。
「ご注文は?」
「じゃあ俺は……」
「お前は仕事しろ陽室!! ……俺はウインナーコーヒー、夏香にはカフェラテ」
「承りました」
ぺこりと礼をしてカウンターへ向かう冬乃。あぁ、良い子だよ本当に。陽室がいるから尚更そう思うよ。
「そういえば、何で店員さんが奏のこと知ってるの?」
「ここ、俺のバイト先なんだよ。あの二人と一緒にな」
「いいなぁ、楽しそうだなぁ。お姉さん羨ましいぞぅ」
「お前本気で言ってんのか?」
ニコニコしてるけどなぁ、結構大変なんだぞ。……主に陽室のせいで。何故だ、何故あいつが毎回絡んで来るんだ。
「俺の運命はお前と共にある」
「控えろ陽室」
俺が即座に対応すると、やっと諦めて仕事に戻っていった。
「お待たせいたしました。先に夏香さんのカフェラテです」
冬乃がマグカップを夏香の前に置く。すると、夏香の表情が明るくなった。
「こ、こ、これは〜!!」
おぉ、流石だ。
カフェラテの表面には、どこかで見たことあるカブトムシライダーが描かれていた。
冬乃はラテアートが大得意で、よくサービスで描いてくれる。要望や参考資料があれば、大抵のものはできる。
「でもよくカブトなんて描けたな。資料渡してないだろ?」
「父が特撮好きなので、少しは」
「ん〜、ふゆの〜ん! 大好きだぞ〜!」
「え、ちょっ、うわぁっ!?」
感極まった夏香が冬乃に抱きつく。お客様、セクハラで訴えますよ。
そんなことをしていると、トレイを持った陽室が近づいて来た。無表情で。俺には営業スマイルの一つもしないか……。
俺の目の前に、カップが置かれた。
コーヒーカップに、ウインナーが生えていた。
「粗挽きになっちまえぇぇぇぇっ!!」
「ウゲフッ!!」
俺の全身の体重を乗せた右フックが、陽室のみぞおちに吸い込まれた。
続く
デデーン♪ 次回、非常識な方程式は!
「なんかターミネーターみたいなの来たァァ!?」
「女性用の制服しかないな」
「ガンパウダーショコラケーキだ。食ってくれ」
「この店、終わりましたね」
「チョーいいね、サイコー!」
馬鹿と天才と常識人は、紙一重!!