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未知なる世界の旅路録  作者: よももぎ
木の島フォラスト
8/31

未知のセカイ 4

 けれど、ここは正真正銘仮想の世界だった。

 

 なぜならばイベント事が尽きず、感動を覚える僕の許に上空から二つの物体が接近していたからである。しかし、残念なことに僕の頭頂部には眼は存在しないので、クリティカルヒットする直前まで目の前に広がる緑の世界に酔いしれていることとなる。


「……いたっ!!」

 カコン! という乾いた衝突音を盛大に響かせた後、僕は痛みの被った頭部を(さす)りながら苦痛の声を漏らした。細めた眼で着陸したそれを確認すると、僕の足元に一つ、少し離れたところに一つの計二つのサイズが異なる木箱であると判った。


「なんでこんなもんが空から降ってくるんだよ。このミニ木箱が! 僕の大事な頭にたんこぶ出来たらどーすんだよ!!」

 そんなことでキレたのか、と思った人は是非友人か誰かに木箱を投げつけられてください。もれなく今の僕と同じ思いが芽生えます。

 

 立ち上がった僕は豪快に右脚を振り上げ、怒りを込めて小さく哀れな木箱に向けてその脚を振り抜いた。もちろん運動神経のない僕でも近場にあった木箱を当たり損ねることなかった。

 木箱は先程と同様にカコン、という快音と共に綺麗な弧を描き、二、三度地を跳ねて停止した――はずだった。

 

 しかし、木箱は停止するどころかひとりでに転がり始め、僕のもとに戻ってきた。しかも、「よいしょ、よいしょ」なんて声まで聞こえる。

 

 コロコロと進み、僕のつま先にぶつかって一つ面を戻したところでようやく、本当の意味で停止した木箱は先程までの現象が嘘だったかのように、地表面と接合したかのように微動だにしなかった。


(この世界に来て数分も経っていないのに厄介事が次々と起こり過ぎではないか?)

 そう思いながら僕は不思議ボックスに顔を接近させた。その直後、今度は鈍い衝突音と共に僕の額近くに激痛が走った。そして――


「……いってぇぇええええええええええええええええええええ――――!!」


「……痛いでござるよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――!!」

 空高く二つの同義語が反響した。あまりの激痛に屈み込んだ僕は真っ赤になっているだろう額に手を当てながら視線を上げた。そして足の覚束ない、僕と同種の痛みを露わにするそいつを見た。

 

 身長は三十センチほどしかなく、布の切れ端を繋ぎ合せたような衣類を着用している。剣山のように逆立った紅色の髪にミニサイズの手が添えられており、すぐにそいつが今回の件の被疑者であると断定できた。


 体勢を元に戻し、立ち上がった僕は何か言ってやろう、と口を開こうとした瞬間、そいつとそいつの傍らにあった木箱を見て、なるほど、と合点がいったようにユーリが頷いた。


『マスター待ってください。多分、これは……』

 木箱の上口が開いていることとその中身から推測されるユーリの仮説はこうだった。

 

 まず、当初の予定だと僕の頭を直撃して地に落ちた木箱はその状態のままで、後は中に入っていたそいつが木箱の内側に搭載されていたバネを使って驚かせる、というものだったのだろう。いわゆる、びっくり箱というものだ。


 しかし、ターゲットであった僕は予想に反してその木箱を蹴ってしまったために、中にいたそいつは急遽、元の位置に戻るため前進する方向に加重を掛け、僕のつま先まで木箱を転がした。


 だが、途中で目を回したのだろう。僕のつま先に当たった反動で一つ面が戻った時に搭載されたバネはあろうことか地面に垂直な形をとり、ふらついた脚で乗ってしまったため、結果的に驚かすのではなくダメージを痛み分けするような形になってしまったのだ。

 

 結果、今回の事件は不慮の事故という事で片付けておくことが一番として、ユーリは僕に咎めないように、と釘を刺した。

 ユーリの仮説に納得した僕は頭を擦り続ける小人に右手を出した。 


「あの~、大丈夫……ですか?」


「うん、僕は平気。これくらいの事で泣かないし、たんこぶもできない強靭で最強の男だもん」


「…………」

 そいつはこちらを向いてそう言うのだが、顔は号泣後のぐちゃぐちゃな感じになっているし、頭部にはこれまた立派なたんこぶが一つ出来ているので、どう返答してよいか対応に困る。


「僕の名前はグニル。《アグレスヘイト第三運営局》の幹部職に就くお偉いさんです。この度は冒険者である君にこの世界の事について少しレクチャーするために来たんだよ」

 えっへん! と両腕を組むグニルだが、いまいちその凄みが湧かない。第一、この小人然とした泣き虫強がり君が運営委員というところ自体怪しく見える。


(というか、運営委員とか冒険者ってなんだろう?)

 聞き慣れないその言葉に疑問を持つが、質問する間もなくグニルは続ける。


「まず始めにこの世界の事について教えるよ。この世界《アグレスヘイト》は今僕たちのいる天界エリアと地界エリアに分かれていて、それぞれ五体の神が一つの島を統治している。現実(あちら)の世界で何らかの情報が吹きこまれているとは思うけど、君がこの《アグレスヘイト》から解放される手段は二つある。一つは神をすべて倒すこと。もう一つは死ぬことだね」

 それは知っている、という表情を僕は呈し、それを見たグニルはさらに続ける。


「もちろん、今挙げた二つの差異は現実に帰れるか否かの一点だけ。後者の方の具体例で言うと、君の視界左上には今、緑色のゲージが点滅しているよね? そのゲージ――DP(ダメージポイント)が空っぽになった時、君は死ぬ。現実の世界の致死域とこの世界の致死域はイコールと考えてもらって結構。ね? 実に簡単でしょ!?」

 グニルの言葉を追うように僕は視線を左上に向ける。そこには緑の一本線と僕の名前が浮いていた。これが色褪せた時に死ぬという意味なのだろう。もっとも、生命を数値化して可視化したDPに対して、僕は生命なんて簡単に果ててしまう事を改めて思った。


 一瞬で人間問わず生物は絶命してしまう。それが赤の他人であろうと親密な関係下にあった恋人であろうと、それはすべて同じなのだ。

 しかし、僕はそんな運命を少し抗わなければいけない。自分の抱いた願望のために、リスクを負って戦わなければならないのだ。

 僕は小人のグニルをきっちり捉えて決意ある返答を返す。


「僕は有花を、彼女を生き返らせるその時まで死ぬわけにはいかないんだ。あの日の約束を果たすためにも……」

 一瞬、ふっとグニルが笑みを浮かべたような気がした。


「ふ~ん、そっか。……じゃあ次の話と行こうか。《アクセサリー》について」


「あ、アクセサリー?」


「うん、今君が持っているソレ」

 と僕の顔面付近に指を向けたグニルが言った後、唐突にその場から姿を消した。いや、正確にはグニルの動きが速過ぎて捉えきれなかったのだ。そして彼は僕の左肩に突然現れ、僕の左目に手を(かざ)した。


 ゆっくりその手を眼球に近づけ、彼の手がそれに触れた瞬間、それまで接続されていたCCが強制的に切断されて左目はブラックアウトした。しかし直後、右目と同じ風景が映される。


「ちょっと、グニル! 今何を……」

 慌てて自身の左肩に視線を送るもそこにはもう小人の姿はなく、彼は元のいた位置に立っていた。しかし、以前と明らかに違うところがあった。グニルの左手にあるそれは――


「ここの世界に来る時、左目に何かしらの保護をしていた人たちにはそれを強制的に取り払い、こちらの世界でCCを左目から引き剥がす。そしてそれを少し加工して出来るのが《アクセサリー》だよ」

 手より大きいサイズのCCを自分の目の前に据えると何やら呪文らしきものを口にし始めた。しかし、小声で呟いているためよく聞き取れない。


 そうこうしているうちにCCは自らグニルの手から離れ、青白い光を放つと、吸い込まれるようにして僕の左手の甲で弾け、純白のグローブと半球の水晶体に形を変えた。甲の上で輝く空色の水晶体はCCの拡大版にも見えた。

 加工を施したグニルはというと「ふむふむ」と僕の左手のそれを凝視しながら頷いていた。


「そのアクセサリーは普段のCCと同様の機能は使えるから安心してね。たたし、現実とのあらゆる送受信関係のそれはできないから頭に入れておいて」

 機能はさほど変わらないにしてもグレードアップしたような錯覚に陥るのはこの両眼でそれを視認することが出来ているからだろうか。


 不意にそんな事を考え、アクセサリーをまじまじと見ていると、唐突に水晶体から一筋の光が天を貫き、再び僕のもとに戻ってきた。 

 

 しかしその時、その光はアクセサリーに戻るのではなく、僕の真横で光の粒子が人の形を作り上げた。銀のツインテールに緋袴の映える巫女装束姿、瞼を閉じて両手を胸の前で組み合わせ、その人はふわりと宙に浮いていた。


 間違いない。その姿は間違いなく、僕のCC内で人工知能として精力的に僕を支援してくれていたその()――ユーリであった。身の丈は僕の肩近く――だいたい百四十センチくらい――で、CC内でいつも見ていた彼女よりも優美で華奢な印象を持たせる。

 

 彼女を包んでいた淡い光は四方に爆散し、ゆっくりと地に足を付けた。長く伸びた睫毛(まつげ)を微かに震わせ、瑠璃色の瞳を裏に隠す両の瞼が静かに開いていく。やがて、隣に立つ人物に気がついたのか、ゆっくりと体を回して僕と視線を交錯させた。


「……ユーリ?」

 硬直した僕のもとから出た途切れ途切れの声に彼女も何か察するところがあったのか大きく目を見開き、弱々しく鈴の音のような声を響かせた。


「マス……ター?」

 僕は小さく一回頷いた。その返答にユーリは両手を口許に据え、頬を少し紅潮させると次から次へと溢れんばかりの涙の粒を煌かせた。

 

 そしてそのまま彼女は僕の胸に飛び込み、細い腕を僕の体に回した。唐突のことで驚きはしたものの、その愛らしい姿に口許を綻ばせ、ぎゅっと抱きしめた。


「わ……私はずっと、こんなことが起きることをどこかで期待していました。マスターをこの眼で見て、この手で触れる。そんな出来事を。いつも平たいホロ画面の中で私は偽りの声をずっと聴いておりました。一度でいいから、マス……マスターと向かい合ってお話をしたいと……ずっと……ずっとぉ~……」

 こぼれゆく大粒の涙は僕の服を濡らし、今まで溜めてきた思いのこもった言葉に抱きしめる力を強める。


 CCの機能を解放させてからの八年間、彼女はずっと一人孤独な情報世界の中で生きてきた。僕と一緒にゲームをプレイし、一緒の物を食べて共感もしてきた。しかし、僕と彼女の間には排除できない情報の壁が不可視にも存在していた。


 それを彼女は奇跡でも起きるようにといつも心の中で祈り、持ち続けていたのだろう。いまこの瞬間は彼女にとっての奇跡。夢が叶った最高のひと時なのかもしれない。

 しかし、感動の場は一瞬にして崩壊する。元凶はデリカシーのない小人のデリカシーのない一言であった。


「涙腺崩壊ぎりぎりのラインを走っている中、申し訳ないんだけど、説明の続きをしていい?」

 目の前の感動に意識を傾けていたため、すっかりグニルの存在を忘却の彼方に飛ばしていた。だが、無理もないだろう。というかもう少し感動に浸らせてくれてもよかっただろう。


 しかし今更ながら、年頃の男子が見ためから年齢の近い女子に抱きつかれるという行為は甚だ恥ずかしいものだ。そんな状況を目にしていたグニルはいかほどの顔をしてこちらを見ているのだろうか。


 僕はゆっくりと視線を右にスライドさせ、その双眸に小人を映した。そして真っ先に脳内に発現した言葉はいろんな感情が入り混じったようなものだった。


「え、ええっと……グニルさん?」


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