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未知なる世界の旅路録  作者: よももぎ
木の島フォラスト
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未知のセカイ 3

 全身から溢れ出た純白の眩光に固く(つむ)った両瞼を徐々に持ち上げ、映ったその景色に僕は息を飲んだ。今、自分の身体が不可視かつ漆黒の空間の中を垂直に落下していたからだ。しかし、重力を受けて加速はしておらず、常に一定の落下速度を保っている。


 役人の許を離れ、境界洞窟の中を進んだ僕はユーリに依頼して、現実と仮想の境界線付近まで飛び、虹色の膜で覆われた境界を越えた直後、今し方の状況に襲われてしまったのだ。

 僕の先を行った藤色の髪の少年や、あの場にいた人たちは見当たらないがひとまず情報収集。

 

 まずは周囲。一面を黒く塗り潰されているため収集できる情報はほぼゼロ。

 次に視線を足元に向ける。と終点なのだろうか、青い光が夜空に輝く一等星のように僕を照らしていた。その光に接近し、衝突した時、僕は一瞬、水面に飛び込んだ時に似た抵抗を感じ、言葉を漏らそうとするが、それよりも早くに仮想世界の地上にすとんと着地した――気がした。 


 しかしまだ、僕は暗闇の中にいた。周囲を二、三度見渡すが可視化できたものはたった一つ。不意に目の前に出現した、横に長い八角形型の半透明パネルだけだった。


 (いぶか)しげな表情でパネル手を伸ばし、触れた瞬間、ウェルカムアナウンスと共にパネルに文字列が浮かび上がった。正直アナウンス発生時「うわっ!」と声に出してしまうほど驚いたのは実のところだったのだが――

 

 上がった心拍数を何とか正常値まで戻し、女性の柔らかい合成音声と映しだされる案内を見聞した僕は、そこに書かれた通りの手順でアカウントの作成を開始した。何故アカウントがと疑問に思ってしまうが、常識の域を越えた世界なのだからと勝手に解釈して話を進める。


 アカウントについては先程の抵抗を感じた時にCCと脳内にスキャンを掛けていたらしく、質疑応答だけで簡潔に終了した。

 

 しかし、画面が切り替わったと同時に出てきたプロフィールに関してのものは実に厄介(やつかい)なものだった。身長、体重、座高を少数以下まで入力を求められ、視力、聴力の良し悪しまで聞かれる始末。ざっと見て、回答する項目が百を越えていた。

 辟易としながらも順調に回答していった僕は、八十三番目【キャラクターネームの入力】の項目で手が止まった。名前の候補として二つ挙がり、内なる自分との葛藤に見舞われたからだ。

 

 一つ目は自分の名前の短縮系《Kouta》。

 もう一つは一度名乗ってみたかった睡眠の神の称号《Sleeper》。


 どちらも捨て難い良い名前なのだ。前者は馴染みのあり、安定感のある名前だが、後者は日頃から見ていた夢と斬新さを兼ね備えている。誰もが頷ける程の難問だった。

 長きの葛藤の末、僕は後者を選択し、入力にかかった。しかし、またしても次なる問題が発生した。


「ええっと……あれ?」

 突然、頭の中から入力するはずだった名前のスペルが吹き飛んだのだ。

 

 しかし、無理もない。こうなる可能性は日々の生活と僕自身の能力を鑑みれば、当然あったことだ。

 僕の中学校での英語の成績は見るも悲惨なもので、文法も熟語も、さらに五文字以上の(つづ)りの単語も全く頭に入らなかったのだ。


 興味さえ湧けば暗記できると英語教師に諭され、英語と向き合った時期もあったが、結果は今の僕を見れば一目瞭然。

 だから、唯一前頭葉が理解した《眠る者》という単語もその身をパネルに刻み見込まれることなく塵となって消滅したって、いた仕方ない事で――


 この時ばかりは自分の低能さに呆れた。もう少し勉強に力を入れておけばよかったと優等生のように思ったほどに。

 渋々僕は半透明パネルの一行に《Kouta》と書き入れ、すぐ下の性別の欄に、もちろん男性のほうを選択して残り数個の回答を済ませた。

 

 肩をほぐし、首を鳴らせた僕は大きく背伸びをした。それと同時にチャレンジスタートです、という合成音声が発せられ、半透明パネルはその場から消える。そして直後に僕の全身は輝き、足場は円形に切り抜かれ、やむなくして再び落下の旅に出た。


「うわああああああああああああああああああああ――――ッ!!」

 突然の落下に平然を保とうとするが、先ほどとは異なり、落下速度がどんどん速まっていく。

 そういえば、パネルの最終行の文字列によるとこれから僕は大小十個の島のどれかに飛ばされるらしい。

 

 もし仮に、マグマがそこら一帯から噴き出るど真ん中に落ちでもしたら、この体は一瞬にして溶解し、微塵も残らないことだろう。

 また仮に、氷塊が一面に広がる酷寒の世界の一端に飛ばされでもしたら、地上につく前に未来へ冷凍保存されること間違いなしだろう。

 妙な妄想を浮かべたせいで不安になった僕はそんな事になりませんように、と強く願った。


 その事が功を奏したのか、下げた視線の先には赤々としたマグマでも白銀の雪景色でもなく新緑の海原にも似た緑の世界が広がり、直後、周囲は漆黒の幕を破って蒼穹と雲海に姿を変えた。そして身体に纏っていた燐光は見慣れない灰色の衣服に取って代わった。


 予想に反したその光景に安堵すると共に、眼下の景色は実に美しく、地平線の彼方(かなた)から昇り始める巨大な火の玉が、夜の闇を退けさせるように光を放つその姿には一種の感動を覚えた。世界とはこれほどまでに綺麗なものだったのか、と。

 

 しかし、そんな感動を吹き飛ばし、現在進行形で起きている嬉しくない現実を再認識させるに至ったのは、他でもないCC内《AI》こと、ユーリの口から出た一言だった。


『マスター、着地はどうなさるつもりですか?』

 脳内にリピートし、反響した音声。景色に感動した時の笑顔のまま僕の表情は冷凍されたかのようにフリーズし、血の気が引いていった。そのまま視線をルックダウン。


(うん、これは確実に死亡フラグが立ちました)

 脳内アバターの僕が白旗を振って叫んだ。憎い程の笑みを浮かべながら――。

 地上までの距離が多かれ少なかれ、この状況からの脱出方法は存在しない。このまま状況が停滞すればこの身は木っ端微塵となり、僕の眼前に死亡と刻まれたウィンドウがけらけらと笑いながら出現することだろう。

 

 もしかしたら最速死亡者として名を轟かせることになるかもしれない。うん、それならそれでいいかも、ハハッ……。

 もはや感動の笑いから自嘲の冷笑、諦めの失笑に変わっていた僕のもとに一縷の希望となる言葉がまたしてもユーリの口から発せられた。


『マスター、マスターが絶望の淵で泣きわめいていたときに私が自動検索エンジンで少々調べてみたところ、初期から運営側の特典か何かの物で《空飛ぶ翅》らしきものが支給されているそうですよ。受取はCC内でも可能だそうですが、どうしますか?』


『……よろしくお願いします、女神サマ』

 情けない程、弱々しい声で懇願した直後、僕の背中――特に肩甲骨あたりに違和感を覚えた。多分、ユーリが初期登録記念だか何だかで運営側が配布した《空飛ぶ翅》なるそれを受け取り、装備までしてくれたのだろう。


『取扱書同封でしたので飛行操作方法をお伝えします。肩甲骨に沿って装着された《レイブルフェザー》に動力源となるエネルギーを送り、翅を振動させることによって飛行、滞空が可能だそうです。出力は最高時速五十キロメートルまで可能。また、滞空しながらダンス……ダンスすることも出来るみたいですよ、マスター!』


『いや、最後の情報はこの危機的状況の中に織り込まなくてよかったでしょ。それで動力源となるエネルギーってのは!?』


『はい、エネルギーというものは具体的に肩甲骨とその周辺に存在する筋肉を収縮、弛緩させることを繰り返すことに加え、翅を動かしている、というイメージ力から来るものと判断します。しかしながら、飛行するのはマスターであって私ではないので後は成行きのままに……』


『ほうほう、肩甲骨に……ん? 待て、待ってくれユーリさん。僕を一人にしないでくれ~!』

 しかし、その声より早くCC内の人工知能様は脳内回線と接続をお断ちになり、ついにこの眺望絶佳の大気中に孤独の身となった。天だけでなくユーリにまで見離されてしまったようだ。

 それでも僕は彼女の言った通りに動かし、翅で飛ぶイメージを頭の中に描く他ない。


「くっ……そぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――っ!!」

 全集中力を背中に預け、僕は自棄(やけ)七割の咆哮を上げて持てる力を背に生えた二対の翅に伝えろ。もう草原の波まで正確に見取れるほどの高さまで落下してきた。これ以上落下すれば、ほんとのほんとに生命が果てるだろう。


 奥歯を思いきり噛み締めて、先程より強く、細部にまで濃いイメージを起こした。

 その瞬間、僕の背中から昇り行く太陽の放つ陽光に負けず劣らない黄色の光芒が無限に広がる紺青の大空に一線を描いた。ついに、手にした翅はその姿を小刻みに振動させて動きだしたのだ。


「やった……やったよ!!」 

 くるんと体を反転させ、離れゆく空と雲に向かってガッツポーズをした。

 しかし、操作方法も解らないままの行動をしたため、地上に背を向けたまま身体は急降下し、まもなく仮想の世界に背中から着地した。


「いったたぁ~。調子に乗ったらこの様だよ。情けないたらありゃしないよ、まったく」

 どうにかこうにか生きていた僕は、上体を起こして背中を擦り、自身を嘲笑する。ほんと、何かが少しできたぐらいで舞い上がってしまう僕の心理にはため息が絶えないものだ。


『同意していいのか判断に困りますが、マスター、それよりも周囲をご覧ください!』

 ユーリもほとほとと困ってはいたが、嬉々とした声音の誘いに僕は視線を上げた。


 まずその双眸に入ってきたのは一面に広がる草原。そしてその奥に(そび)える山頂の見えない山々。髪を靡かせ、頬を優しく愛撫する心地よい風。空を翔ける鳥類や昆虫類は視認できないものの、自然豊かな大地に見とれ、絶句した。


「ここが仮想の世界《アグレスヘイト》……なのか?」


『多分……そうだと思いますが、綺麗ですね』


「……そうだね」

 意外だった。現実を呑みこんだ仮想の世界がこんなに美しいとは思わなかった。もっと血生臭くて、モンスター的な奴がそこら辺に跋扈しているような光景を想像していたのだが、まるで違った。


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