突入のヨカン 2
目の前に立つクリスタの言葉に思わず呆けてしまった僕は数秒要して思考作業を再開し、深く意味を理解する。
彼も僕と同じ冒険者でこの村の人たちより先にダンジョン内に入って任を全うするという話だったが、まさか先遣隊と称される部隊は僕を含めて二人というわけか。
片や容姿端麗な偵察隊隊長、片や万年最下位のポンコツ聖剣使いのコンビ。異色と言えばそうなのだが、果たして僕は足を引っ張ることなく任務を遂行できるのか。いや、間違いなくやらかす。
そう思案に暮れていると、また脳内に直接音声が流れ込んできた。
『泥のマスター、目の前にいる雲のクリスタさんはこの世界で名の通っている凄い方らしいです。またその容姿の優美さの虜になる方は少なくなく、現実世界でいうファンクラブというものが小規模ながら存在しているらしいです。実力は折り紙つきとの事なのでここは大船に乗ったつもりで頑張ってみてはいかがでしょう?』
『途中の説明は聞かなかったことにして、一応僕のできる範囲の事はやってみるよ。戦闘になったらいろいろとサポート頼むね、ユーリ。後、僕は泥じゃ……』
はい、任せてください、と最後まで聞かずに返答したユーリとの会話を終了させ、意識を視界に映る世界に切り替えて少し間のあった僕に首を傾げているクリスタに深く礼をする。
「足を引っ張るかもしれないですが、よろしくお願いします」
「いやいや、そんなにかしこまらなくていいよ。けど、ひとまずよろしくね、コウタ君」
頭を上げてクリスタに再度焦点を合わせる。それを見たクリスタはニッとはにかんで続けた。
「まあ、もう少し油を売ってていたいところだけど、これ以上談笑していると先遣隊の意味がなくなっちゃうからね。話の続きや談笑は背中のコレで移動している時にしようか」
背中に搭載された有色の翅に色彩を宿し、薄い赤色を纏わせたクリスタは頭上を見上げて少し屈むと勢いよく雲海一つない青天に向けて飛び出した。その姿は赤き流星のように美しく、輝いている。
「さあ、コウタ君も早く翅で飛ぶんだ。意外に時間が推しているからね」
「あ、はい、今からそっちに行きます」
優美さに見とれていた僕は早急に翅を出現させて勢いよく地を蹴った。クリスタの位置まで上昇すると彼は軽く頷く。
「へえー、コウタ君はこの辺で珍しい光属性持ちか。私はこの翅や左手のこれと同じ色の赤、つまり火属性持ちなんだ」
属性の確認方法はグニルから教えてもらっているので理解済み。意外と覚えてることに驚きだが、それよりもクリスタさんの実力を伸ばした正体に合点がいったような気がする。
ここを拠点としているクリスタは火属性。対して出現するモンスターのおおよそは木属性持ちなので、クリスタは今まで優位に戦闘をこなすことができ、現在ではその点を活かして今の座まで上り詰めたのだろう。
しかし、翅とは別に彼の左手は純粋な赤一色だけではないように見受けられる。
「クリスタさんってもしかして……副属性持ち、ですか?」
無意識に言った言葉に思わずあたふたした僕は驚きの表情をしたクリスタをチラッと見やる。
「よく判ったね! そうだよ。私は火属性のほかに竜属性も持っているんだよ。って言っても使用頻度はここの島じゃあまりないんだけどね。でも、どうしてそうだと気づいたんだい?」
「ただの偶々なんですが、アクセサリーの色が単色だけで構成されていなかったからです」
「おおー、なるほどね。そういうことか。このアクセサリーで……って時間がないね。先を急ごうか?」
感心してアクセサリーを見たクリスタは少し焦り気味の表情を浮かべて北東の位置に向かって翅を振るわせた。その後を追随するように黄色の翅で推進力を生んだ。
談笑はそこでと言っていたものの最高速度を出して飛び、一キロを一分ほどで飛翔したため、そんな余裕はコンマ一秒たりともなかった。
当然のことながら徒歩と高速移動では到着時刻に雲泥の差が生じる。故に、まだそこには先遣隊を担う僕とクリスタさんのみしかいない。
ゆっくりと降下し、若い草の生える大地に降り立った僕はまず目の前の光景に圧倒された。
佇む雲を突き抜いた頂上を持つ山々。麓は地面に射光すら寄せ付けないほど上部を茂らせた森林地帯が連山に沿って横に伸びていた。
そしてそんな中にポツンと置かれた、所々苔が繁殖している緑と灰色のダンジョンボックス。
ダンジョンボックス前に歩を進めた僕は舐めるように凝視した。一方のクリスタはCC内機能にもあった【通話】を利用してこちらに向かっている偵察隊と捜索隊の人たちと連絡を取り合っている。
そしてその通話中にクリスタは一つの質問を僕に投げかけた。
「あ、そう言えばコウタ君ってダンジョンの入り方は知っている?」
愚問だ! とは言わずに動作込みで顔だけクリスタに向けて、言った。
「はい、知っていますよ。ダンジョンボックスに向けてアクセサリーをかざせばいいんですよね。こんな感じで……」
「アクセサリーノ提示確認…………認証ヲ確認シマシタ。冒険者コウタノダンジョンノ入室ヲ許可シマス」
直後、「あっ!」という言葉が僕のみならずクリスタの口からも漏れ出たことは中耳の鼓膜が証明した。
突如としてというより当然僕の身体は発光し、徐々に末端部からふわふわと宙を舞った。そして幾秒もしないうちに僕は神眠るダンジョンへ旅立った。
消え入る寸前、僕は自分自身に呆れるのと同時に任務開始前に偵察隊隊長殿の足を早くも引っ張ってしまったことに罪悪感を覚えた。
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赤き光芒を振り撒いて眩い光がその規模を縮小させ、閉じていた両眼をそっと開ける。
第一に双眸に飛び込んできたのは、遥か遠くに幹があるのにも拘らず枝葉は僕の頭上近くまで伸びている、知識にある大木なんて幼木のように思われるほど雄大で神々しい超大木。その巨木の大きさはここからでは推し量ることが出来ない。幹の太さはキロ単位だろう。
そんな規模の大きさに度肝を抜かされていると、アクセサリー内の彼女は補助的情報を添えてくる。
『マスターがご覧になっている大きな木は《護りの大樹》と称され、幹の直径を二十キロ、四十キロ四方のこのフロアの約二割を占有する大木です。ちなみにこのフロア全域は《飛行無効化空間》という仕様になっているみたいなので徒歩での捜索と討伐になりそうですね』
「嘘つきだな~ユーリは。そんなフルマラソン並みの広さのダンジョンがあるわけないじゃん。虚言妄言はエイプリルフールだけに……」
バチチッ!
「いたああああああああああああああああああああ――いっ!」
踏みならされた茶色の地面に何度も何度も頭を打ち付け、転がり回った。
しかし、その行動を取ったのは夢の中だと認識するためでも、単に僕が馬鹿だからというものでもない。アクセサリー内に潜む悪魔が僕の脳内に致死一歩手前の電撃を流したからだ。
AとVの数値をアクセサリー内のどこかで設定して発電。その後発電量が目標値に達した瞬間、自動的に指定した全身のどこかに集中して溜めた電気を放出。開発者の意図がまるで見えない危険なモノをたった今アクセサリー内の住人は躊躇いなく実行したのだ。
ちなみにCCの時よりなぜか痺れが残るんですが、どういうことだろうか。
『私の発言を虚言などと仰るからです。ばちが当たったんですよ、マスター』
左手が突如煌めき、光の粒が人の身を帯びていった。そして出現したユーリは僕を見下げるようにして吐き捨てた。
今となっては大変失礼なことを申してしまったと思っているが、いくらなんでも電撃を人間のいくつかある急所全てに、しかもフルパワーで送り込まなくてもよかっただろうと少し開き直ってもみる。
(てかもう、ばちって話のレベルじゃないでしょ。もう処刑だよ、コレ)
だが、気の遠くなるような広大なフロアを徒歩で踏破しなければならない、という現実から目を背けるたくなる受刑者の気持ちもわかってほしい。
しかし、胸中の叫びにユーリは無言でかぶりを振った。
「そんなことより今ここがどの辺りであるかマップを開きますのでご確認ください。ついでに気持ちも切り替えてもらいたいですね」
ユーリは胸の前で円を描き、その中心を人差し指で弾いた。推進力を得た水色の円形物は直後に水面を揺らす波のように空気を振動させて立体型のマップに姿を変えた。
そのマップを見て僕は改めてこのダンジョンの広大さを身に沁みて感じた。護りの大樹の高さや大きさ、幅といったものはこの縮小型の立体マップでも手に取るように解る。
しかし、よく目を凝らして見るとこのマップ上には赤い線が何本か薄く走っている。その数縦三本横三本の計六本。そして、赤い線で囲まれたエリアの左上部には【B】などのアルファベットが表記されている。