プロローグ
一体いつからだろうか。
全人類が代償として左目の光を失い、対価としてあらゆる生活の不自由から解放されたのは、一体いつからだろう。
そして、仮想の世界が現実の世界の大半を呑みこみ、日本国という小さな島国以外に生きていく場所がなくなったのは、一体いつからだっただろうか。
四十年という歳月を経ても尚、人類の生活に欠かすことの出来なくなった機械――CC。別名、コンタクト・コンピュータと呼ばれるそれは左目の自由を奪う代わりに、あらゆる不自由をクリアにできる代物だった。
どこかに障害を持ってしまった人でもCCを介すれば見ること書くこと、聞くことも歩くことまでも可能になり、ただ寝ているだけで多種多様の作業が行える。学生であれば授業や宿題、会社員であれば会議やデスクワークをCCが一手に引き受けてくれる。
しかし、自分がいつからCCを身に付け、保護用の眼帯をつけていたか誰も思い出せない。誰一人として例外はいなかった。
さらに、人類はたった二年ほどしか時は流れていないのに、平和だった世界のあの頃をもう思い出せないでいる。
全てはあの日――人類の我欲を詰め込んだ仮想の世界が現実の世界に侵食が始まったあの日から、今の世界形態のシナリオは出来上がっていたのだろう。
二年前――同時多発的、無作為に抽選された現実の世界に仮想の世界は侵入し、その侵攻速度は凄まじいものだった。
だれも予測し得なかったこの状況に全人類はパニックに陥り、どこに逃げていいのか判らぬまま領地を狭めていく世界の中を右往左往した。
二年の間に世界の九割は様相を変え、人口も著しく減少した。その影響は日本国に住む人々の感情、私生活、文化にまで広がり、その全てに急激な進化や退化をもたらした。
その一つとして全国七つの主要都市に指定された《広域特別指定都市》と、その七都市に設置された《仮想空間侵略対策課》が挙げられる。
《仮想空間侵略対策課》――通称《仮想課》は、情報技術に長けた者から専門分野に精通した学者が席を置き、侵攻する仮想の世界の観測、それに対する評価や対策を模索、執行する機関。また、仮想世界の侵攻で負った心の傷を癒すカウンセリングも行っている。
しかし、所詮は負った傷の舐め合いでしかなかった。なにせ、この状況を食い止める手段は熟考されるものの、事態は悪化の一途を辿っていたからだ。
何一つ変わらなかった日常。
それはもう二度と戻ることのない過去となり、絶望という種を遺して終焉を迎えた。そして新たに生まれた今の日常に希望はなかった。
そんな中、一人の少年は立ち上がる。
希望も未来も廃れてしまった世界で少年は一つの願いを胸に抱き、仮想の世界に歩み出す。
これは、一人の少年が立ちはだかる苦難の壁に立ち向かい、個性豊かな仲間と共に世界と戦う英雄譚である。
そして彼らが紡ぐ――未知なる世界の旅路録は今、始まりの筆が執られる。