第五話 「大変です! 敵は~」
グロウ・ルシフェルは魔帝の次男である。
とはいえ、グロウにとって魔帝は身近な相手では無かった。いや、そもそも魔帝を身近な相手と捉えている者など居なかっただろう。
兎に角強大で、恐ろしい人。それがグロウの父への評価であった。
この世には神具と宝具という二種類の武器がある。
この二つは固有武器と呼ばれ、一度契約すれば本人が死ぬまで他の人間は使えない。
神具と宝具は意思を持ち、自分自身の所有者を選ぶ性質がある。もっとも能動的に行動することは無い。あくまで受動的だ。
特に特殊なのが神具である。
神具は一種族に一つだけ存在する。
この世界の種族は大別して聖人種、魔人種、妖精種、獣人種、鬼人種の五種類が存在するため、現存する神具は五つである。
伝説では海棲種という種族も居るらしく、それも含めれば六つになる。まあ伝説なので常識の範囲内では五つだ。
神具の一番のメリットは不老になることだ。
支配者が長生きというのは国にとって素晴らしいことだ。永遠に安定した国政が続くのだから。
実際、魔帝は魔人種の神具である暗黒剣『永久の闇』を手に入れてから、魔界を統一するまで百年以上掛かっている。
さて、何故このような話をしたかと言うと……
「クソ!! どこにあるんだ!! 父上の神具は!!」
グロウは怒鳴り散らした。
そして玉座を思いっきり蹴り飛ばす。
神具を確保することは魔帝の後継者を自称する上で非常に大事なことである。
グロウ自身が神具と契約出来れば御の字。出来なくとも、自分以外の契約者が現れるのを防ぐことが出来る。
不味い、実に不味い。
父である魔帝は勇者に討たれ、魔帝の後継者として指名されていた長男―グロウの兄は聖女の追撃で死んでしまった。
故にグロウは他の親戚や兄弟に玉座を奪われる前に、連合軍の撤退を見計らって首都をすぐに奪ってしまったのだ。
スムーズに首都の占拠が実現したのは連合軍との密約のおかげだ。
魔界の中でも比較的豊かな北西部を明け渡し、暫くの間多額の賠償金を支払い続けることを条件にグロウに首都を明け渡す。
首都ハデースは経済的には豊かではあるが、その周囲の土地は痩せている。
首都ハデースは魔界の中心部にある。連合軍が首都ハデースを安定的に統治するには、非常に広範囲の魔界の支配が必要になり、連合軍にはそんな広い土地を治める力は無い。
だったら親聖人種政権を立てて、近くて豊かな土地を割譲して貰った方が良いではないか。連合軍の上層部はそう考えたのである。
グロウが首都を占拠した時、神具はグロウの手の中にあった。
魔帝は死の間際に神具を手放して、長男に預けたのである。その長男は死んでしまったが、グロウは長男から神具を受け継いだ。
神具を手に入れ、首都を占拠。すでに魔帝として即位する条件は整っている。
しかしいざ即位しようとしたら神具が消えていた。訳が分からない。
……いや、グロウには犯人に心当たりがあった。
「メア……一体どうするつもりだ……」
当時、メアはグロウと共に行動していた。メアは何の力も無い、非常に非力な娘だ。少なくともグロウはそう認識していた。
グロウはメアとは親しいわけでは無いが、一応は妹である。
非力な妹を兄として守る。グロウはそういう人間的常識は弁えている。
だがしかし、突如メアが姿を消した。
同時期に神具も姿を消す。これはメアが犯人と考えても良いだろう。
「……考えうるのはメアが誰か別の魔帝候補を立てようとしていること。だがいったい誰だ。そんな奴居るのか?」
メアは弱い。これは確かだ。
だから魔帝には成れない。
メアは誰か魔帝候補を連れてきて、結婚して妻として権力を振るおうとしているのだろう。
だがそんな都合の良い候補は居るだろうか?
メアの言うことを聞いてくれるような、都合の良い男。そんな人間、考えられない。
そう考えていると、特殊爆発音がグロウの耳に響く。この音は攻撃魔術が宮殿の結界に触れて、霧散した音だ。
どうやら頭の悪い奴がテロを起こしたようである。
「おい、城壁の門番は何をしていたんだ」
城壁の門番は怪しい人間を城壁に入れないという非常に重要な任務を持つ。彼らは魔力や気力を測定して、一定以上の気力や魔力がある人間は追い返す。
そうすることで治安を維持するのだ。
「申し訳ありません。後で処分しておきます」
「そうか。まあ、良い。騎士団長、第一隊から第九隊を動かせ」
現在、この城には百人の騎士候が居て、それを十人の部隊に分けて編成している。
全員が千以上の騎力を持つ精鋭だ。
それ以下の騎士候も大勢いるが、グロウは戦力に数えていなかった。城内や街中での戦闘は数よりも一人一人の戦闘能力がモノを言う。
騎士団長は放送機を使って、騎士たちを正面に集めさせる。
報告に拠れば敵の数は三十人らしい。すぐに鎮圧されるだろう。
グロウはそう考えていると、突然地面が揺れて爆発音が響く。
敵襲だ!
「最初の襲撃は囮か……おい! 見張り台や結界班は何をしていた!! いや、今は良い。すぐに鎮圧しろ!! 騎士団長!」
「は! すぐに鎮圧して参ります」
グロウは騎士団長を動かした。
騎士団長の騎力は四万三千。これ以上の実力者はこの魔帝城にはグロウ以外居ない。
「それにしてもどこから侵入したのか……」
見張り台からの報告もないし、結界を管理していた呪術師からの報告も無い。
まさか全員酒に酔って寝ていたわけでもあるまい。
グロウは玉座に座り、思案に耽る
しかしグロウは急遽、その思案をやめなければならなくなった。
「大変です!! 敵は、敵はあの勇者です!!! メ、メア様もご一緒の模様!!」
「何!! 勇者が? いや、しかし……まさか!!」
グロウの頭の中で全てのピースが埋まった。
魔帝を倒した勇者ならば十分魔界の魔人種も従うだろう。
勇者は魔界では評判が高い。
グロウの父である魔帝は非常に優れた君主ではあったが、同時に暴君でもあった。
魔界の平民や一部の騎士候たちの反感を買っていたのだ。それを打ち倒したのが勇者である。
それに勇者は連合軍の騎士候の略奪を何度も止めたという実績がある。この首都ハデースが戦火で燃えなかったのも、勇者が他の騎士候や聖職者を力づくで止めたからだ。
敵ではあるが、高潔で正義感溢れる騎士。それが魔界の魔人種の勇者への評価である。……本人や親しい人間が聞いたら腹を抱えて爆笑するであろうが。
魔帝としての正当性は神具と首都、そしてメアとの結婚が有れば事足りる。
そもそも魔帝という呼称はグロウの父である魔帝が初めて名乗ったモノだ。
別に魔帝の子が魔帝を継がなくてはならないなどと言う慣習は無い。そもそも魔帝自身、一人の一騎士候から成り上がったのだから。
「勇者か……悪くない相手だな」
グロウは立ち上がる。
そして腰の二本の刀。吸血双頭『吸命の牙』に手を当てる。
グロウは勇者と戦ったことは無い。そもそも戦争に参加すらしていなかった。
戦争に利益が見いだせなかったからである。グロウはすでに冊封されて居た土地で満足していたのだ。
だから勇者の実力は知らない。ただいくつか言えることが有る。
「俺は強い。今まで負けたことなど一度も無い。勝てるさ。相手が誰であろうとも」
自分が魔帝の息子であるという自負。
そしてもう一つ。
「勇者? はは、父上を集団で囲んで殺しただけだろ。父上は勇者に負けたんじゃない。勇者を含めた連合軍に負けたんだ。……仲間の居ない勇者など、恐れるに足らない」
メアが率いてきた騎士候の実力は大したことは無いはずだ。メアは強力な騎士候を動員する財力は無い。当然数も少ない。
つまりメアの戦力は勇者一人。
グロウが勇者を一騎打ちで殺せば、鎮圧は容易になる。
「俺の顔に泥を塗りやがって。メア、勇者!! 今、殺しに行ってやる」
「その必要は無いぜ」
そんな言葉と共にドアが吹き飛んだ。
今日は二~三話ほど投稿しようかなと