第三話 「私の好物は~」
「なあ、あんたら俺に恨みとかないわけ?」
俺はメアの屋敷に到着した翌朝、メアの家臣……つまり俺の家臣になった魔人族に聞いてみた。
名前は知らないが、メイドの中で一番偉いようなのでメイド長さんと呼ぶことにする。
「特にありません。我々はメア様の家臣ですから。魔帝陛下のことは尊敬はしていましたが、それ以上の感情はありません。ご安心下さい」
淡白だな。もう少し、無いのか? 主人の仇め!! とか、お前のことは気に入らないが従ってやるとか。
「お前のことは気に入らないが従ってやる。これで良いですか?」
「お、お前、心を読めるのか!!」
「ええ。祝福『兎耳』を持っていますから」
祝福とは先天的に持っている特殊能力だ。まあ超能力だと思ってくれれば結構。
それにしても読心術とは。初めて見たな。
「こら!! 勝手に人の心を読んではいけないといつも言っているでしょう!! アキト様の怒りに触れて殺されたらどうするつもりですか!!」
メアが声を荒あげると、メイド長さんはすまし顔で言った。
「読んでも怒らないだろうと判断しました」
「……その判断材料は読心の結果でしょ。あなたは……」
メアは額に手を置く。メイド長さんには反省の色は見えない。
メアも苦労してるんだな。
「なあなあ、執事さん。あんたは恨み無いのか?」
俺は丁度近くを通った執事さんにも聞いてみる。執事さんはお手本のような礼をしてから答える。
「全くございません。何か、お気に障ることが有りましたでしょうか?」
「いや、無いけどさ。何か想像していたのと違うなと思って」
もう少しギスギスした空気を覚悟していたんだけど。以外にフレンドリー……ではないけど、親切だし。
「我々はずっとメア様に仕えております。ですから魔帝陛下とは直接的な繋がりはありませぬ。むしろ我々はあなた様に同情的……というは失礼かもしれませんが、そう言う思いを抱いています」
「そう言うことです。アキト様。ご安心ください。あなた様の即位と私との結婚を発表すれば、すぐに恨みと欲望と嫉妬を抱いた魔王や諸侯、騎士たちがやってきますよ」
そうかい、そうかい……
全然安心できないな。
「一先ず、宮殿と首都を取り返す必要があります。首都無しでは魔帝として即位出来ませんからね」
「首都……ハデースだっけか。確か四百年前の世界統一国家、ユリアス帝国の首都があった場所だよな」
「そうです、博識ですね」
お前、絶対馬鹿にしてるだろ。
こんなのこの世界の十歳児だって知ってるぞ。日本で言えば、昔東京は江戸って言われてたんだと同じレベルだ。
魔帝はユリアス帝国皇帝を自称していた。それだけユリアス帝国の皇帝位は権威のあるモノなのだ。
ちなみに世界統一国家ユリアス帝国が滅んだ理由はモンスターだ。
突如モンスターというよく分からない生物が現れて、国のインフラだとか農地だとかを滅茶苦茶にしたのだ。
「さて、善は急げ。早速奪い返しに行きましょうか」
「おい、少しは説明しろ。魔界の情勢を!!」
戦う相手の名前くらいは教えて貰わないと困る。というか戦えない。
メアの指示に従うとは言ったが、指示の理由くらいは教えて貰いたい。
「仕方ありませんね……」
メアは何も無い空間に手を突っ込み、地図を取りだした。便利な能力だ。
「はい、見てください。まず中央部の大きい領地。これが魔帝直轄地で、その中央にある丸い印が首都ハデースです。その周囲に五つの国があるのが見えるでしょう? これが魔王領です。東の二国は北から順に魔王グロウ、魔王デルフ。西の三国は北から順に魔王メディア、魔王スパルトス、魔王ギベルです。アキト様には全ての魔王を屈服させる、もしくは殺して貰います」
「なるほど、なるほど。それで現在首都を押さえていて、魔帝に一番近いのは?」
「魔王グロウです。魔帝の次男、私より二十歳年上の兄です」
魔王グロウか……うん、聞いたこと無いな。
というか五人ともあまり聞いたことが無い。どういうことだ?
「彼らは戦争に参加しなかった魔王。まあ、国境を固める任についていた者もいましたけど。言い訳に過ぎません。ほとんどが勇者様に比べれば雑魚です。あと、父親や家督を継ぐべきだった兄が死んで実力も無いのに自動的に……という者も居ます」
「なるほどな。そりゃあ聞いたことが無いわけだ。それでグロウってのは強いのか?」
雑魚……と決めつけるのは早計である。
別に戦争に参加しなかったからと言って、弱いというわけでは無い。ただ純粋に利益が見いだせなかっただけかもしれない。
この世界は騎士候の力が強い。いくら魔帝と言えども、戦争に行きたがらない諸侯を無理やり連れていくことは出来ない。
「うーん、私は戦闘能力は低いですからね。イマイチ分かりかねませんが……かなり強いと思いますよ。何しろ魔王ですから。魔界でも十指に入るかと」
「じゃあ余裕だな。俺は人間最強の勇者さ」
この世界に俺に勝てる人間など居ない。少なくとも俺は出会ったことが無い。魔帝以外はな。
魔帝は本当に規格外の化け物だった……
「よし、大体事情は分かったぜ。早速行こうか。連れてってくれ」
「はい! と言いたいところですが、実は魔力切れです」
何? お前、善は急げと言ったじゃないか。
まあ良いか。どれくらい掛かるんだ?
「ざっと半か月も休めば……」
「遅すぎじゃね? 普通は一日寝込めば回復するだろ」
「私は種族特性で回復が遅いんですよ。ですから、魔力を補給させてください」
そう言ってメアは俺の左手首を掴む。そして愛おし気に俺の手首の血管を撫でまわす。
なんか、嫌な予感がするぞ。
「私は魔人種の中の吸血族に属する淫魔族です。私の好物は人間の、特に強いオスの体液……血液、汗、唾液、精液です。あ、精液は吸ったこと無いですよ。イメージです。ご安心を」
おう……
つまり俺の魔力を吸って栄養補給ってか。
メアは上目遣いで俺を見上げる。
「吸っちゃダメですか?」
「痛くしないでくれ」
俺がそう言うと、メアは目を輝かせて俺の手首に齧り付いた。
二、三口血を飲むと、メアは唇を手首から離す。
「ふう、美味しいです。やはり不老である神具使いの血は格別ですね。あ、知ってます? 私たち淫魔族は二十歳までに処女を卒業しないと死にます。そして処女を卒業すると、処女を捧げた人の血しか吸えなくなるんですね。今、私は十八です。そろそろヤバいので、いろいろ片付いたらちゃっちゃと散らしてください」
……もう少しオブラートに言えないのかね、この小娘は。
処女ってのはちゃっちゃと散らしちゃイケないモノじゃないか。最近の若い奴は貞操の大切さってもんが分かってねえな。
俺が言うのも変な話だが。
「さて、これで元気百倍です。早速行きましょう。時空酔いの覚悟は良いですか?」
「オッケー! 行こうぜハニー!!」
俺はメアに右手を掴む。
メアの左手を執事さんが、その執事をメイド長さんが、そのメイド長さんに続いて騎士候約三十人が手を繋ぐ。
「さあ、行きましょう。転移!!」
あともう一話、あります