第二十一話 「法は絶対です」
「了解したよ。勇者。急いで戻る!!」
リリアナはグロウの背中の上でそう叫び、グロウたちを急かす。
「ちょっと……良いんですか?」
「早く行け。守り切れないぞ」
俺は少し冷たい言葉をグロウに向けて放つ。
お前は足手まといだと。まあ、事実だし。野郎に気を使う気は無い。
「すぐに戻ります!!」
聞き分けの良い子のルクスはそう叫んでグロウを引っ張っていってくれた。
本当に良い子だな。
「さてセレナ。君は相変わらず綺麗だな」
俺はセレナの宝具、神罰代行『蹂躙の鎚矛』を弾き飛ばしてから言葉を投げかける。
使う武器は聖剣ちゃんだけだ。
まだ魔剣くんには慣れていないし、二双剣術も習得しきっているとは言えないからだ。
「ありがとうございます。でも見逃しませんよ?」
「酷いなあ。俺たち、仲間だったじゃないか」
俺の聖剣ちゃんとセレナの鎚矛が激しくぶつかる。
ぶつかり合う度に火花が散り、俺たちの足元の石畳が捲れ、亀裂が走る。
「では逆に聞きましょう。仲間だから、友人だから、好きな男だから……そんな理由であなたを見逃す、またはついてくる来る女をあなたは綺麗だと思ってくれますか?」
セレナは俺に向けて鎚矛を振り下ろす。
「思わないなあ。俺は君の責任感溢れるところが好きなんだよ」
俺はセレナの鎚矛を受け止めて答える。
「友情だとか、恋愛だとか、そんな下らないことで仕事を放棄し、裏切るような奴を信用できない。俺は君を世界で一番信用しているよ」
「そうですか。あなたは相変わらずですね。では、信用して下さい。出来るだけ苦しくないように殺します」
キーーーーン
セレナの宝具、神罰代行『蹂躙の鎚矛』が嫌な音を立て始める。
神罰代行『蹂躙の鎚矛』は七層の構造に分かれている。その一つ一つが回転を始めたのだ。
棘付きの鎚矛が高速回転する。
それは武器と言うより、ドリルだ。
掠りでもすれば俺の体は一瞬でズタズタにされてしまうだろう。
「教皇は私の上司です。上司からの命令は絶対に破ってはならぬ法です。法は絶対です。法無きところに正義無く、正義無きところに秩序は無い。そして秩序無きところには平和は訪れません。死んでください」
「嫌だね。俺は自分とその周りさえ平和なら十分なんだ。他人の平和のために身を捧げるほど、人間出来ていない!!」
俺は聖剣ちゃんに力を籠める。
光り輝く聖剣ちゃんと、回転する鎚矛が激しくぶつかる。
金属と金属がぶつかるたびに、火薬が爆発したかのような音が世界を震わせる。
「良いか、俺はお人好しじゃないんだ。だから相手が本気で殺しに来ていて、そいつが俺を殺せる実力があるのであれば……俺も本気で抵抗しよう。君と同様に、友情だとか、恋愛だとかくだらない理由で命をドブに捨てるような真似はしない!!」
俺はそう叫び、セレナの右腕を斬り飛ばす。
セレナの右腕が宙を舞う。
そしてすぐさま第二撃に移る。
しかし俺の斬撃は鎚矛を両手で持ったセレナに受け止められてしまう。
「くそ、相変わらずトカゲみたいな奴だ」
俺は地面に転がるセレナの右腕と、今現在セレナの体に生えている右腕を見比べる。
セレナは祝福『唯一神の寵愛』を持つ。
本当にメシア様の加護があるのか知らないが……こいつは大概の怪我ならばすぐに治ってしまう。
その祝福に彼女自身の神聖魔法治癒を組み合わせることで、驚異的な回復速度を誇る。
例え首を跳ね飛ばしても、死ぬ前にセレナは復活する。
故にセレナを殺すにはセレナの頭を叩き斬らなくては成らない。
だがセレナ自身も自分の弱点は把握している。
自分の頭に気力を送りこみ、身体強化の魔術、物理結界を編むことで絶対の防御力を実現しているのだ。
これを崩すには全能力解放で聖光剣を放つ必要があるが……
問題が一つ。
ここは街中だ。
「勇者。あなたは優しい人です。だから街中で範囲攻撃をすることが出来ない。しかしあなたの聖光剣無しでは私を殺せません。そして私は祝福と治癒でいくらでも回復出来ます。あなたは勝つことが出来ない。つまりいつかは負けるということです」
「次の角を右に曲がってくれ!! そしたら二番目の角を左に!!」
リリアナ、グロウ、ルクス、メア一行が全速力で街中を駆けていた。
リリアナの発明品と研究設備を早く回収して、アキトに加勢するためだ。
ちなみにリリアナはグロウに、メアはルクスに負ぶわれている。
女性二人は男二人を馬のように扱っていた。
「しっかし派手に戦っているな……」
グロウはアキトとセレナが居るであろう方を向く。
激しい金属音がここからでも聞こえる。
「火力では随一だった二人の殺し合いだからね。そりゃあ、派手になるさ。おっと、次の角を曲がって三軒目で止まってくれ。そこが僕の家兼研究室だから」
リリアナの指示通り、グロウは角を曲がる。
そこには当然のように共和国の騎士候が待ち構えていた。
「この売国奴め!!」
「失礼だな。最初に僕を裏切ったのは執政官だ。執政官が僕を閉じ込めなければ、流石の僕も国を裏切るなんてしなかったよ。恨むなら執政官を恨んでくれ。さあ、グロウ君、ルクス君!! やっておしまいなさい!!」
リリアナはハイテンションで敵の騎士候を指さす。
グロウとルクスは肩を竦める。
「「はいはい」」
二人は共に騎力十万越えの騎士候。
有象無象の騎士候など、女を背負いながらでも倒すのは容易だった。
「さて、ただいま!! おかえりなさい!!」
リリアナは一人二役やりながら、自分の家に入る。
そして家の中にあったタンスをどけて、タンスの下の隠し扉を開ける。
するともう一つ扉が現れる。
「おーい、メア君。僕の言う通りにこの扉の暗号を入力してくれ」
「分かりました」
メアはリリアナの命令通りに魔術式に編んだ式を入力する。
扉は一分で解除された。
メアはすぐに扉を開ける。
現れたのは地下へ続く階段。
「おお、手つかずだね。どうやら解呪方法が分からなかったみたいだ。良かった、良かった。メア君、ここら辺にある奴を丁寧に亜空間に頬りこんでおきたまえ。僕は魔導鍵を使って、安全な解呪を試みる」
リリアナはそう言って奥に消える。
リリアナが解呪に専念している間、メアはリリアナの発明品や研究設備を次々に亜空間に放り込んでいく。
「しかし凄い設備です」
「そうなのか?」
グロウはメアに問いかける。
メアは静かに頷く。
「我が国の研究設備の数段は上です。これを個人レベルで持っているなんて……本当に凄い」
「このゴミ箱に入ってる設計図、持って帰ろう。十分に有意義な物だよ。僕たちには」
ルクスはそう言ってゴミ箱の中身を取り出す。
それはとても失敗作とは思えないほどの出来の設計図が書かれていた。
三人がいろいろと感心すること、約十分。
カチャリという音と、重たい金属が床に落ちる音が三人の耳に入った。
「よし、外れた外れた」
リリアナはそう言いながら大きく伸びをする。
リリアナの首枷と足枷と手枷は確かに外れていた。
「さあ、早速勇者を助けに行こう!! 急がないとね」
「別に急がなくても勇者様ならあの女を簡単に殺せるような気がしますけど……」
アキトの強さを知っているメアとグロウは苦笑いをする。
化け物と言っても差支えないアキトが苦戦するなど、二人には信じられないのだ。
「いや、無理だよ。何しろ勇者は今までセレナに模擬戦で勝ったことが一度も無いからね」
「そうなんですか!!」
グロウが驚きの声を上げる。
リリアナは頷く。
「ちなみに僕も勇者に負けたことが無い。……まあ、人にも相性の差はあるんだよ。総合値で見れば確かに勇者は世界最強だ。急ごう。あのクソトカゲ女に勇者が殺される前に」
リリアナはそう言ってメアとルクスを抱え込んだ。
「え、ちょっと……」
「何ですか?」
「良いから良いから。グロウ君、僕の背中に乗りたまえ。あ、どさくさに紛れて胸に触ったら怒るよ」
「触れるほど無いような……」
「何か言ったかな?」
グロウの背筋に冷や汗が伝う。
強烈な殺気がリリアナから放たれたのだ。
「しかし女性に背負われるのは……」
「良いから、良いから」
グロウは戸惑いながらもリリアナの背の上に乗る。
「よし、突っ走るよ。舌を噛まないようにしたまえ」
リリアナはそう言って地面を強く蹴った。
「相変わらず強いな、君は……」
俺は額の汗を拭いながら呟く。
心臓が嫌と言うほど激しく動き、肺が空気を求める。
一方のセレナは余裕綽々だ。
体力は治癒で快復できるため、全く苦にならないからだ。
俺は何度もセレナを斬ることに成功した。
しかし斬る度にセレナは再生する。
服は再生しないため。彼女の修道服はボロボロでとってもセクシーなことにはなっているが……
傷は一つも無い。美しい肌だ。
一方、俺はボロボロで血塗れ。
今も脇腹から血が溢れてくる。
とっさに気力を集中させて守ったが、セレナの攻撃は俺の分厚い気力をぶち破って俺の肉を抉ったのだ。
「もう終わりですよ」
セレナの鎚矛が唸りを上げる。
俺は聖剣ちゃんで受け止める。全身の骨が軋む。視界がぐらつく。
(やばい、血が足りない……)
俺は何とか力を振り絞り、セレナを弾く。
防戦一方だ。
俺の攻撃は通用しない。
セレナの攻撃も俺にはそう当たらない。
しかし俺は一撃でも喰らえば大怪我だが、セレナは何度喰らっても死なない。
これが両者の間に横たわる相性の差だ。
「もう諦めてください」
「いやだね……俺は死にたくない。少なくとも彼女を救うまでは!!」
俺は聖剣ちゃんを全力で振るう。
最後の力を出し切る。
「……彼女は私が何とかします。これでも七選帝侯です」
「だけどお前は信仰が最優先だろ?」
こればかりは人に任せられない。
俺が彼女を救うと決めたんだから!!!
俺は全力の一撃をセレナに叩きこむ。
セレナはそれを鎚矛で受け止める。セレナの足が地面にめり込む。
……しかしそれだけだった。
視界が揺れる。
気付くと俺は地面に倒れていた。
「今、終わりにします」
世界がゆっくりと動く。
俺の頭を粉砕しようと振り下ろされる鎚矛。
しかし防御する力も避ける力も残されていない。
ガキン!!
「危機一髪だね。勇者。次は僕が君を助けよう」
鎚矛を受け止めたリリアナがそう俺に笑いかけた。




