第二話 「俺の好きなモノは~」
「う、き、気持ち悪い……」
強烈な吐き気が俺を襲う。
この吐き気は地球からこの世界に呼び出された時と同じ吐き気……
時空酔いだ。
俺は周囲を見渡す。
見渡す限り荒野が広がっている。地面からは大量の魔力が放たれていることが分かる。
空を見上げれば、どんよりとした、紫色の雲。見るだけで毒々しい。
こ、ここは……
「大陸中央部……魔人種の領域!」
「流石、勇者様ですね。状況把握が早くて助かります」
メアはにこやかに微笑み、俺を褒めて来た。
目が笑っていない。お世辞か。
「で、あんたは誰だ?」
「これは失礼。改めて名乗らせて頂きます」
そう言ってメアはドレスの裾を掴み、俺に深々と頭を下げて名乗る。
「メア・ルシフェル。あなた様が倒した魔帝の……次女でございます」
なるほどね……
俺は周囲を見渡す。辺りにはそこそこ強そうな騎士候たちが、俺を取り囲んでいる。
親父の仇を自分たちの手で討とうってか。嫌いじゃないね。
「良いぜ。受けて立つ。だが手加減は苦手でな。死んでも文句は言うな?」
俺は聖剣ちゃんを抜き放ち、周囲に殺気を飛ばす。
騎士候たちの顔が引きつるのを感じる。
このまま戦えば間違いなく死ぬが……三途の川への旅路は多い方が賑やかで楽しそうだ。
俺は舌舐めずりをする。
しかしメアの反応は予想と違った。
「すみません。説明が足りませんでしたね。別に私は仇を討とうとか考えていません。私、父のことは嫌いでしたから。私があなた様に頼みたいのは……」
メアはすっと、俺との距離を詰めてくる。
思わず警戒するが……メアはニコリと微笑むだけ。
何だよ、何がした……っつ!
俺の唇に暖かいモノが触れる。それがメアの舌であることに気付くのに、零・三秒掛かった。
「私と結婚して、魔帝に成ってみませんか? 勇者アキト様」
メアは悪戯っぽく微笑んだ。
「で、詳しい話を聞かせてくれ」
俺はメアに出されたステーキを食いながら問う。
ここは竜車―馬車の馬が竜になったバージョンの中。揺れは少ない。
ちなみに俺が体の各所に受けた傷は全て塞がっている。別に魔術とかを使ったわけでは無い。
勇者としての、この出鱈目な体の治癒力である。少し血が足りないが、一晩寝れば回復するだろうな。
それにしてもこのステーキは旨い。大陸中央部は土地が荒れていて、飯が酷いと聞いていたんだが……
どうやら肉に関しては別のようだ。
何の肉だろ?
「前回の戦争……所謂、聖魔戦争。我々魔人種と勇者様たち聖人種の戦いは一応、聖人種の勝利に終わりました」
正確に言えば俺は異世界人なので、聖人種ではないが……まあ否定するだけ面倒だな。
そう、聖魔戦争の勝者は俺たちだ。俺が魔人種の支配者魔帝を討ち取ったことで決着が付いた。
しかし……
「聖人種率いる連合軍はこの大陸中央部、通称魔界を維持出来なかった。理由は三つ。一つは魔人種はプライドが高く、支配者が真に上位であると認めない限り支配を認めないこと。二つ、魔界の土地は荒廃していて農業など出来ない。魔界の併合は逆に負債を背負うようなモノであること。三つ目、魔帝に従わず戦争に参加しなかった魔王の勢力が各地に存在したこと。以上です」
「知ってるよ。俺はその戦争の当事者だぞ?」
要するに連合軍は統治に失敗したのだ。まあ異種族支配は難しいからな。それに魔界は聖人種の住まう大陸北西部とは勝手が違う。
ここは本当にまともに農業が出来る土地がほとんど無いのだ。
魔界を穀倉地帯にするのは、サハラ砂漠を緑化するよりも難しいだろうな。
「ですが連合軍は撤退したことで力の空白が生じてしまいました。それにより、次の魔帝の地位を狙う魔王たちが勝手に戦争を始めたのです。父が統一する前の戦国時代に逆戻り。勇者様、騎士候同士の戦争で一番被害を受けるのは誰か知っていますよね?」
「農民、特に貧しい小作人だな」
この世界の戦争は一騎打ちが主流である。
何故なら持っている力の格差が激しいのだ。
俺と普通の農民との力の格差は、蟻と象くらいある。
こんな世界で物量戦をやれば無駄に人死が出るので、基本的に戦争は化け物同士でやるのだ。
だが考えて欲しい。そうイメージはドラ○ンボ○ルだ。
あの漫画では戦闘の余波で山の一つや二つが軽く吹っ飛ぶ。あれは漫画だから死者は居ない(まあ生き返るし)けど、こっちは漫画じゃなくてリアルである。
当然余波で人が死ぬ。
人は死ななくても農地や家畜は吹っ飛ぶ。明日から飯を得る手段が無くなるわけだ。
まあある程度は気を使うのだが、それでも吹っ飛んでしまうモノは吹っ飛ぶのだ。
ちなみに土地や家畜本来の所有者は荘園の支配者である騎士候なので、自業自得だ。
「というわけで、早急に魔界の再統一が必要です。そのためにご協力ください。魔帝を倒したあなた様ならば間違いなく他の魔人種も従いましょう」
ふむ……魔界の一般人が現在困っているのは俺が原因と言えなくもない。いや、普通に俺が原因か。魔帝を殺したんだし。
さて……どうするかね。
でもどの道行く当ても無いしな。どこに行っても俺の強すぎる力は諍いを引き起こす。
ならいっそ、ここで魔帝をやってしまうのも手だろう。
俺の欲も満たせるしな。それに、俺にはやらなくてはならないことが有る。
彼女を助けなくてはいけない。助ける方法は分からないが……権力は無いよりマシだろ。
よし、決めた!!
「別に良いけど、俺は政治とか分からんぞ?」
こっちは高校教育すら受けていない。パッパラパーだ。
暴力以外の解決手段が分からん。
「ご安心を。期待していませんから」
「てめえ……つまりあれか。脳筋そうな俺を立てれば政治は自分の思うがままと。そう言う訳か?」
「ご不満ですか?」
「いや、問題ない」
実際出来ないしな。餅は餅屋だ。
それと……
「メア。一つ条件がある。それは俺の好きなモノに口出ししないことだ」
「何ですか?」
「俺の好きなものは女、酒、芸術品。その収集には文句を言うな」
「はは、結婚する前から浮気宣言ですか?」
「不満か?」
「いいえ、構いませんよ。私は別にあなたのことは好きではありませんしね。でも仲良し演技は宜しくお願いします」
メアはニコリと笑い、ワインを取りだしてワイングラスにつぐ。
俺はワイングラスを手に取って、匂いを嗅ぐ。悪くない。
「王国の、レキュール産だな。三十年から四十年モノと言ったところか」
「お見事です。私は連合軍に略奪される前に、宮殿の宝物を空間魔術で亜空間に保管しておきました。全て、あなた様のものです」
そいつは素晴らしいな……だが、それにしても……
「お前さんは随分と空間魔術が得意なんだな。さっきの転移と言い、見事だ。うちの魔術師もあのレベルの空間魔術は扱えない。俺にはお前さんのような術者がどうして戦争に参加してなかったのか、不思議で仕方が無い」
空間魔術は非常に便利だ。
例えば兵站。トラック一台分の亜空間を作れる魔術師が居れば、その分兵站は楽になる。
まあそもそも空間魔術師自体が珍しい。創れる亜空間も軽トラの荷台程度の要領が精々。
だがメアは全ての宝物をしまい込んだと言った。
この広い魔界を支配した魔帝様がまさか軽トラの荷台程度に収まる宝物しか持っていないというのは可笑しな話だ。
間違いなく、メアは天才だ。そして下手したら俺以上の化け物だ。
「簡単な話ですね。私は魔帝の庶子です。魔帝は私に興味などありませんでした。戦争など面倒なだけでしたので、こうして実力を隠していたのですよ。魔帝が死ぬ、この時まで」
メアはニヤリと笑う。とても、とても悪そうな笑みだ。
……実は魔帝の死にはいろいろ謎がある。
というのも、魔帝城に乗りこんだ途端に魔帝城の防衛機能が一人手に停止したのだ。
普通ならば魔帝を支援する自動機能が発動するはずなのにである。
他にも結界で守られている扉が開いていたり、ガーゴイルが故障していたり。
挙句の果てに、魔帝の奴は腹を擦っていた。腹を下していたのだ。
偶然で片付けるのは……ご都合主義ってもんだろうよ。
「あとついでに言っておきますと、私は転移以外の魔術は不得意です。気力も少ないです。戦力としては雑魚なので、期待しないでくださいね?」
「分かってる。だからお前は俺を連れてきたんだろう? お前が頭脳、俺が腕力。二人で魔帝、やろうじゃないか」
俺は拳を前に突き出した。
メアは暫く不思議そうにそれを見ていたが、意図に気付いたようで拳を突き出してきた。
二人の拳が軽くぶつかり合う。
こうして俺たちの二人三脚の魔界統治が始まった。
次は六時に更新予定です




