第十六話 「お前は可愛いな。本当に」
私の名前はメア・ルシフェル。
勇者に討ち取られた魔帝の娘だ。
そして私の夫……になる予定の人は勇者アキトである。
我ながら皮肉な物だと思う。まあ、父親には母親に種を仕込んで貰ったこと以外の感謝の念は無い。
「アキト様、少し緊張しているみたいですね」
「まあな、そりゃ結婚式なんて初めてだし」
アキト様は苦笑いでそう言った。
私たちは三日後、結婚式を控えている。
そして結婚式の後に即位式を執り行う予定だ。その方が都合が良い。
二代目魔帝とその妻の結婚式だから、盛大なモノになる予定だ。
さらに反対派の妨害も予想できるため、私たちは準備に追われている。
「アキト様、義手はどうですか?」
「全然ダメだ。やっぱりリリアナしか直せないみたいだな。仕方が無いから変える予定だ。完全にぶっ壊れちまった」
そういうアキト様は右手……があるはずの部分を私に見せた。
この人は右手が無い、だから魔道義手というモノを付けている。
アキト様の使用している魔道義手はリリアナという人が作った物らしい。
リリアナという人は名前だけ聞いたことが有る。何でも特殊遊撃部隊の魔術師だったらしい。
らしい、というのは私は大戦時の情報は疎いからだ。
私は大戦時は父親に目を付けられないように無能の振りをしていた。
当然戦争も興味ない振りをする必要があり、最低限……勇者アキトの情報しか集めてなかったのだ。
元々私は勇者を自分の夫に据える計画を立てていた。
理由は三つ。
一つ。神具使いだから。
神具使いの伴侶を得られれば、私も不老になる。やはり不老は魅力的だ。
二つ目。強いから。
もし魔帝を倒せるとしたら勇者しか居ない。ならば勇者以外、魔帝の適任者は居なくなる。
三つ目。異世界人だから。
勇者アキトは異世界の出身であるという情報は元々知っていた。私は純粋に異世界へ興味があったのだ。
しかし人格に問題があればやはり魔帝には出来ない。だから念入りに調べた。
そして調べた結果、この勇者がかなりの俗物であることが分かった。
間違いなくこの男は国を追われる。
私はそう確信した。
だからこそ、あらかじめ勇者の同行を探り連れてくることに成功したのだ。
そして私が迎えたアキト様は想像以上に素晴らしい人だった。
まず権力欲そのものはあるが、自ら政治を執ろうという欲が無い。全てを私に一任してくれる。
次に馬鹿ではないこと。脳筋なのは確かだが、決して馬鹿ではない。むしろ理解力は中々高い。よく考えてみれば複数の言語を扱えている時点で、地頭そのものは悪くないのだろう。
そして……まあこれは私個人の好みの問題だが結構美形だ。
優男というよりは、もっと野性的で目付きが悪い。そこが良い。
私はヒョロイ男は嫌いなのだ。筋肉質で怖い感じの男が好きなのだ。
そして所々で優しい。
淫魔族として認めるのは癪だが、偶にキュンと来る。
この男、かなり女性経験が豊富のようだ。
私なんて淫魔族とはいえ、まともに男性と話したことが無い経験値ゼロの生娘だから、アキト様から見ればチョロイのだろう。
少しイライラして来た。
「で、メア。用件はそれだけか?」
「夫婦が話すのに用件なんて要りますか?」
私はアキト様に抱き付いた。そして胸を擦りつける。
私は胸が大きい方では無いが、しっかりと揉める程度にはあるし押し付ければ柔らかさが体感できる程度には大きい。
アキト様は少し照れたような表情を浮かべた。頬を指で掻いている。
私は少しだけ優越感に浸った。自分は淫魔族だ。キュンキュンさせられるのではなく、キュンキュンさせる方でなくてはならない。プライドがあるのだ。
一応言っておくと。私はアキト様に恋しているわけでは無い。そう、断じてない。
こうして愛情表現をアキト様に伝えているのは、悔しいからだ。仕返しだ。
バルコニーでのキスは……ムードが良かったからついしてしまった。
今思えば、あれもアキト様の技なのだろう。流石だ。相当の数の女を落としてきたに違いない。だが私はそうはいかない。落ちるのはアキト様の方が先でなくては。
「確かにそうだ。すまなかったな」
アキト様はそう言って私の頭を撫でて来た。
おのれ……
上手じゃないか、勇者アキト……
私は犬じゃない。誇り高きルシフェル族の一員であり、淫魔族だ。
頭を撫でられて喜ぶなど、有ってはならない。
ならないが……まあこれはこれで心地良いので良いとしよう。
「お前、髪綺麗だな」
「な、何を突然!」
私の顔が熱くなる。ああ、耳が熱い。
きっと真っ赤になっている……
なるほど、緩急が大切なのか。頭を撫でて緩んでるところに一撃を叩きこむ。
流石だ。これが歴戦の口説き技術なのか。
ただのブ男や慣れてない奴がやったらわざとらしくて気持ちが悪いだけだ。
しかしこの男の口調にはわざとらしいところが何一つない。
当然顔が美形だからという補正もある。
だがそれ以上に、流れるように自然にさり気なく褒める。そうか、今気付いたが髪の毛を撫でたのは伏線だったのか!
っく、今の実力では勝てない……
「というかお前、石鹸変えたか? 前も良かったけどこっちも良いな」
「あ、ありがとうございます」
凄い注意力だ。
どうやったら匂いに気付くのか。
本当に私のことをよく見ている……ああ、顔がまた赤くなってきた。
「お前は可愛いな。本当に」
「か、からかっているんですか!!」
悪い悪いと笑うアキト様。
くそ……負けた、負けた!!!
く、悔しい。何故だ? 私は淫魔族なのに!
ええい、話を変えよう。そうだ、まだあれをしていない!!
「アキト様。実は私が一度避難させて置いた宮殿の宝物。これを飾りなおそうと思うんです。その際に整理をお願いできますか?」
「おう、良いぞ。殺風景だと思ってたんだ」
食いついてきた。
流石芸術品好きを自称するだけはある。
今まで宝物庫のことは忘れていたわけでは無い。ただ忙しかったのだ。
私は騎士候との調整。アキト様は人気取りに。
私たちは宝物庫に向かう。
「空だな」
「まあ、全部私が持ってますしね」
私は手袋を嵌めてから亜空間を作りだし、手を突っ込む。う、重いな。
「アキト様、お願いできますか?」
「ああ、任せな」
アキト様は頷いて亜空間に手を突っ込み、重い芸術品を取りだす。
それは大理石の彫刻だった。そりゃあ重いよ。
基本的に亜空間は入れるのは簡単だけど、出すのは難しい。
穴を下向きに作れば落ちてくるけど、芸術品は乱暴に出すわけにはいかないから……
「おい、これって帝国のライオン像だろ」
「そうです。お父様が惚れこんで持ってきちゃった奴です」
この宝物庫の品の七割は略奪品だ。
まあ芸術品なんてそんなものだと思う。
「皇帝が癇癪起こしてたぞ。何で見つからないんだ!! ってな。それにしても実物を見るのは初めてだけど……うん、皇帝が惚れこむのも分かるよ」
「私にはさっぱりです」
私がそう言うとアキト様は苦笑した。
「まあ、無理に理解する必要は無いさ。こういう芸術とか娯楽とかは人にも依るからね」
アキト様はそう言いながらも親切に説明してくれた。
何でもこのライオンは苦しんでいるらしい。
なるほど、よく見るとライオンは苦悶の表情を浮かべている。
なんでもこの彫刻の作成者はかなり強い騎士候の一人だったらしい。
だが戦争で左手と視力と聴力を失った。
その時の戦えない苦しみを表現したものだとか。
このライオンの牙が折れているのはてっきり父が持ってくる時にうっかり壊したのかと思っていたが、仕様のようだ。良かった、良かった。
「次、お願いします」
「了解」
アキト様は板のようなモノを引っ張りだす。どうやら今度は絵画のようだ。
「ほう、こいつは宗教画だな。確かタイトルは……『夕餉』。メシア教の開祖である救世主が飯食ってる絵だな。確か目の見えない老人を奇跡で見えるようにした後、食事を御馳走になった……というストーリーだったな」
「へえ……凄いんですか、これ?」
上手なのは分かるけど、どこがスゴイと聞かれると分からない。
アキト様は分かるのだろうか?
「こいつは芸術的価値も高いが、歴史的価値の方が高いんだよな。この絵を書いた人は現在に於ける絵画の基礎的技法……遠近法とか明暗法とかを確立した功績があるんだ。で、この絵がその最高傑作」
「へえ……」
へえ……としか言えない。
もう訳が分からない。だから何? というのが私の感想だ。
「さて次は……これも絵かな。松の掛け軸か。ほう……」
アキト様の目が曇った。
どうしたんだろうか?
「これ、偽物じゃないか?」
「どうして分かるんです?」
「ここに作成者の名前有るだろ? この人の奥さんは松で首吊って死んだんだよ。だから製作者は今まで描いた松の絵を燃やしちまった。多分燃えるのを惜しんだ弟子が贋作を造ったんじゃないか? 他にも細かいところでおかしなところがある」
そう言ってアキト様は淡々と説明する。
曰く、この絵を描いた人は一度書いた物の上に重ね塗りをしたり書き加えたりする癖が有ったらしい。
だから所々で歪だったり、不自然だったりするとか。
でもこの作品にはそれが無いと。
だから偽物……
「まあ、俺は素人だ。後で鑑定して貰った方が良いな。次は壺か。ああ、こいつも偽物だな」
「どうしてですか?」
「見れば分かるだろ。花の絵柄が雑だ。この壺の製作者……になっている人は繊細な絵柄で有名なんだよ。これは雑だ。下手くそな贋作だな」
そうだろうか?
私には結構綺麗な絵柄に見える。本物はこれよりも鮮やかなのかな?
そんなこんなで整理していると、およそ一割に偽物疑惑があった。
一つだけ確かなことは、私の父には芸術を愛する心は有っても見抜く目は無いということだった。
リアルで女性の頭撫でて髪綺麗だとか石鹸変えたとか言ったら、セクハラなので注意。
恋人同士ならば良いかもしれない




