第一話 「隊長! 空から~」
新作、始めました
「おいおい、グロウ君。それで終わりか?」
俺はタダの鉄の剣を振り回しながら、目の前のグロウに尋ねる。
グロウは悔しそうに顔を歪める。彼の足元には十一本の折れた鉄剣。全て俺が破壊した物だ。
その眼にはまだまだ闘志の色が見える。
ふふ、良いじゃないか。
嫌いじゃないぞ、お前みたいな大馬鹿は。
「おい、メア!! 鉄の剣を寄越せ」
「はいはい、了解です。勇者様。いえ、魔帝陛下とお呼びしたほうが良いですか? それともアキト様? もしくはダーリン?」
呼び名なんて何でも良いだろうが。とっとと寄越せよ。
「隙あり!!」
メアと話していたら、グロウ君が突っ込んできた。おいおい、グロウ君。君の剣は破壊済みだぞ。素手でやる気かね。
「おっと!」
と思ったら違った。こいつはグロウ君の宝具、吸血双頭『吸命の牙』だ。
ルール違反だぞ。
お互い、宝具や神具は使わないって約束したじゃん?
……まあ予想済みだけどね。
本当にルールで縛りたかったら、悪魔契約魔法で悪魔を仲介に挟んだ。
こいつの心を叩き折るには、ただボコボコにするだけでは足りない。
反則した上で、完膚なきまでに叩かれる。それが必要だ。
「死ねええ!!」
「人に物を頼むときは敬語を使えよ。それでも魔帝の息子か? メアはもっと礼儀正しいぞ。死んでくださいと言い直せ」
俺は鉄剣でグロウ君の宝具、吸血双頭『吸命の牙』をいなす。
鉄剣で受け流すたびに、魔力や気力が抜けていくのを感じる。
俺の体を守る気力の障壁が、徐々に脆くなっていく。これで斬られれば一気に命を吸われて死ぬな。
怖い怖い。……まあ、当たらなければどうってことない。
それに……
「弱い、弱すぎる!!」
俺はグロウ君の剣を受け止めた後、鉄剣で刀の腹を滑らせる。
そのまま一気に右手首を切り落とした。
ぼとり
そんな音を立てるようにグロウ君の手首と共に吸血双頭『吸命の牙』の右刀が地面に落ちる。
同時に血液が噴き出る。うわ、服に付いちまったじゃねえか!
「どんな宝具も使いこなせなければ意味が無い。さて、さっき言ったよな? どうして聖剣ちゃんの使用制限を認めたのか、自分を殺さないのか? 良いぜ、教えてやる」
俺はにやりと笑う。
「俺が最強の勇者で、お前が雑魚だからだよ。殺す価値も無ければ聖剣ちゃんを抜くほどでも無い。自惚れるな!」
時は数日遡る。
「あああ!! クソ、ふざけんな!」
俺は飛んでくるクロスボウの矢を聖剣ちゃんで切り裂く。
切り裂いた瞬間、矢が大爆発。俺の体を熱風と衝撃、そして無数の鉄破片が襲う。
俺が体に纏っている気力の障壁はそう簡単には破れない。
だが……
痛いな。少し血が出た。そろそろ俺の体力もヤバいかもな。
もしくはこの鉄破片には呪いでも掛かっているのかもしれん。そうなると毒も塗ってあるんだろうな。
クソ坊主どもめ、異端者を殺すには手段は選ばないってか?
「っち、死ねええ!!」
俺は木の枝の上に居た暗殺者をぶっ殺す。
暗殺者は案外あっさりと死んだ。まあ捨て駒だろうな。
本来なら殺さずに気絶させるだけの相手だが、生憎今の俺には精神的にも肉体的にも余裕が無い。
「ああ……なんで俺は、勇者である天野秋斗様は森の中を暗殺者に狙われながら走ってるんだ!! 魔帝を倒した英雄様だぞ!!」
……まあ、心辺りが無いわけでは無い。
多分帰還を拒否ったのが悪いんだろうな。こんな化け物、飼い慣らせませんということか。
でもさ、冷静に考えなよ。俺、今帰ったら普通の二十歳だぜ?
俺がこのユリアス大陸に召喚されたのは中三の時で十五歳。
つまるところ五年も教育受けてないわけ。もうさ、就職先無いよ。どうすんのよ。
そもそも魔帝倒して「じゃあ用済みです。お帰り下さい」とか舐めてるだろ。
俺は魔帝に世界の十分の一と引き換えに仲間になろうと誘われたんだぞ?
せめて領地くらい寄越せ。領地無しでも老後の保障くらいしろや!!
あ、俺は神具使いだから年を取らないんだっけ。
「痛い、脇腹いてえ……聖女の奴、容赦なく攻撃してきやがって……仲間だったじゃないか!!」
まあ、聖敵となった俺を素直に見逃す聖女とか、むしろ気持ち悪いんだけどな。
あいつだから仕方が無い。奴は教皇の命令は拒否できないから。
恨みはないさ。
魔術師や魔術剣士は匿ってはくれなかったが逃げる協力はしてくれたわけだしね。
だけど……
「皇国国皇! 帝国皇帝!! そして教国の教皇とクソ坊主ども!!! てめえらは地獄に送ってやる!!」
ぶっ殺す。復讐してやる。俺を敵に回して生きられると思うなよ、クソ野郎ども!!
そう叫んでいたら、また矢が飛んできた。
今度は左右、挟み撃ちのようだ。
俺は左の矢を聖剣ちゃんで弾き、右側を右手の魔道義手で弾く。
この魔道義手の特徴は兎に角硬くて、器用なことだ。俺の切り落とされる前の右腕よりも器用なのが非常にムカつく。
「死ね、くそ暗殺者!!」
俺は聖剣ちゃんを振るう。聖剣ちゃんから光があふれだし、大樹ごと暗殺者を吹き飛ばした。
死体すら残るまい。俺を殺そうとした報いだ。
「さて、どっちが正解だと思う? 聖剣ちゃん?」
俺は二又に分かれた道を目の前にして、聖剣ちゃんに聞いた。当然聖剣ちゃんは剣なので、しゃべらない。
「右側は毒の沼地です。左に進んでください……か」
俺は立て札を読む。
さて、正直に進むべきだろうか? すでに暗殺者が大量にやって来ている時点で俺の存在は補足されている。
立て札を立てて騙すくらいはやりそうだ。
つまり左側には大軍……
と見せかけて右側が正解かもしれない。
「ああ、やめだやめだ!!」
俺が今回の作戦の司令官なら、両方に騎士を置く。
おそらく作戦は捨て駒暗殺者を何度も当てて、俺の体力を減らすというものだ。そして弱ったところを討つ。実に合理的だ。
わざわざ戦力を二つに分断させるような真似をしているのは……政治の問題だろうな。
帝国が討つか、皇国が討つか。その競争なのだろう。
舐めやがって。
俺は正直に左に進む。どっちも同じなら、人を信用しようじゃないか。
「ほう、アキト。お前なら右を選ぶと思ったのだがな」
左を走って居たら、目の前に騎士たちが姿を現した。数は三十。全員がかなりの実力の騎士候であることが分かる。
一人一人が一騎当千。おそらく農民一万が群れても、この騎士候たちならすぐに鎮圧出来るに違いない。
まあ俺の方が強いけど。
「その声はハンスだな? 俺を助けに来てくれたの?」
そんなわけねえか。
全身に鎧来て、臨戦モードだ。
「降伏してくれ。私にとってお前は息子も同然だ。お前ほどの弟子は居なかった。お前と殺し合いたくはない」
「なあ、ハンス。お前は討死と異端で火炙り。どっちが良いよ」
「討死だな」
つまりそう言うことさ。まあ、付け足すならば……
「俺には第三の選択肢、お前を殺して逃げるがある」
「無理だな。確かに普段のお前ならば私を殺せるだろうさ。だがお前は三日三晩寝ずに逃げ続け、攻撃を受け続けている。私が勝つ」
おいおい、ハンス。重要なことが一つだけ抜けてるぜ。
「俺は勇者だ。絶対に勝つ」
「……ふふ、お前はそういう奴だったな。良いだろう、一騎打ちで決めてやる。お前らは下がっていろ」
ハンスは自分の配下の皇国騎士を下がらせた。騎士たちは素直に下がる。よく躾けが行き届いているねえ。
「遡ること八代、エドワード四世の落胤、ウィリアム・ルベルック・ド・リューエル伯爵を祖とする。皇国騎士団長、ハンス・ウィリアム・ド・リューエル。爵位は伯!」
「遡っても由緒正しい農民。父親は酒好き馬鹿。母親は美術品を眺めて家事を忘れる。姉さんは東京○学医学部に進学している。世界最強の勇者、魔帝を討った大英雄、天野秋斗!」
俺たちはそれぞれの武器を……俺は聖光剣『救世の光』、ハンスは騎士道『折れない剣』を抜き放ち、名乗りを上げる。
「「いざ、尋常に勝負!!」」
その瞬間、辺りを煙が包み、俺の視界が真っ白く染まる。前が見えない!!
「「おい、一騎打ちで目くらましは狡いぞ!!」」
あれ?
今声被ったな。ということはハンスじゃない?
「た、隊長!! 空から女の子が!!」
そんな声が俺の耳に入る。おそらく騎士候の一人が叫んだのだ。
「おいおい、空から女の子が降るわけねえだろうが」
晴れ時々女の子ってか? あほか。どんだけ女に飢えてんだよ。確かに皇国はド田舎だけどさ……
「こんにちは」
俺の目の前に女の子が現れた。上から降ってきたのだ。……異世界の天気は複雑怪奇だな。
俺は目の前の女の子を観察する。
紫色っぽい黒色の髪。真紅の瞳。長い耳に頭に生える白い角。魔人種か。
それにしてもどっかで見たことあるような顔だけど……
「私はメアと言います。勇者様。一先ず、ここは騒がしいので場所を移しましょう」
そう言ってメアは俺の右腕を掴んだ。
そして綺麗桜色の唇を動かす。
「転移」
次話は一時間後です