願いを叶える魔物
想像することはとても楽しい。
だって、自分が好きなように思い浮かべることができるから。
たとえ、実現できないようなことでも、想像なら夢がふくらんで、願いが叶ったよう気分になる。
人の頭の中なんてのぞけないから、誰にも邪魔されることはないし、私だけの世界だけがそこにある。
けど、ときどきこう思うの。
「もし、私の目が見えていたのなら、今いる場所や人たちが、どんな風に見えるのかなぁ」
ってね。
私は三歳のときに突然、目が見えなくなってしまった。
だから、色やものは記憶に残っているわずかなものしか分らない。それをたよりに触って分からないものは想像するしかないの。
ほとんどのものが触っても分からないものの方が多いから、
お母さんに聞いて教えてもらうの。
それから想像して、
「だいたいこんなものかな?」
そう思い浮かべる。
実際に目で見て確かめたら想像したものと違うかもしれないけれど、考えないようにしているの。嫌な気持ちになるから。
他にも、嫌な気持ちになることあるの。
それは、目が見えない私に対して、ひどいことを言われること。
私が住んでいる所は、人口七百人ちょっとの富山県の田舎町だから、変わった子がいたら目立ってしまう。
私のことを近所の子たちからは、
「何も見えないくせに名前が、あかりなんて、おかしな名前」
こんなひどいことをよく言われる。おとといもそうだった。
お庭でなわとびをして遊んでいたら、近所の子が、たまたま私の家の前を通って、私の姿を見つけてこう言ってきたの。
「なわとびなんてやめときなよ。目が見えないんだから、家でおとなしくしておけよ」
目が見えなくても、なわとびはできるのにね。
私の目が見えないから、他の子たちにとっては、
「普通の子じゃない」
「変わった子」
そう思われているみたい。目が見えないこと以外は、他の子たちと何も変わらないのにね。
そのせいで、誰も私には近づこうともしないから、友だちは一人もいない。
でも、私は気にしないようにしているの。どんなにひどいことを言われても!
以前、こんなことがあったの。
目が見えないことで、近所の子から、
「邪魔だからあっちへ行けよ。あっ。目が見えないから、どっちへ行けばいいのか分らないよな。ごめんな。ははははー」
こんな調子で他の子たちからは、私にひどいことを言ったり、笑われたりされてきたの。
みんなが私を見るたびにこんなことを言ってくるから辛くて、お母さんにこう言ったの。
「みんな私に、ひどいことを言うの。目が見えないからって!」
そうしたらお母さんは、
「目が見えないのはあかりちゃんが悪いわけじゃないのよ。それに、仲間外れにしたり、
人に嫌なことをすると、いつか自分に返って来るものだから、絶対にしてはいけないのよ。どんなにひどいことをされても、辛いことがあっても、気にしないで明るくしているのが一番。そうしたら、嫌なことは寄って来なくなるわ」
それでも最初のころは、ひどいことや辛いことを言われると、いつまでも気にしていたの。
「またひどいことを言われたらどうしよう」
嫌なことを思い出しちゃって、悲しくなったこともたくさんあったの。
「気にしないようにするなんて無理だよ!」
それがいつの日か、私の頭の中で上手く整理できるようになって、
「いくら考えても基本的なことは変わらない。周りが変わらないのなら、私が変わらなくっちゃ。クヨクヨしたってどうしようもない。それなら、気にしないで明るくしているのが一番!」
そう考えられるようになってきてから、言われたときは嫌な気持ちになるけれど、すぐに消えるようになった。
ある日のこと。
「ピンポーン」
玄関チャイムの音が鳴り、
「はーい」
お母さん玄関に行き、ドアを開けました。
「ガチャ」
ドアの先には、
「こんにちは~」
小川さんの声が聞こえてきました。
「こんにちは。小川さん」
あかりのお母さんは、小川さんに挨拶をしました。
小川さんは、隣の家に住んでいる、うわさ好きのおばさん。回覧板を渡しに来るついでに、どこからか聞いてきたうわさ話します。
「はい。回覧板」
小川さんは、お母さんに回覧板を渡し、
「ありがとうございます」
お母さんが受け取ると、早速うわさ話が始まります。
「ねぇ。知っている? 数か月前から、この町では、恐ろしいこと起こっているのよ~」
小川さんはこのことを言いたくて仕方がない口ぶりでした。
「恐ろしいことって、どんなことですか?」
あかりのお母さんは、小川さんの話が気になりました。
「この町の子どもが一人。また一人……。と、いなくなってしまう事件が起こっているらしいの。うわさによると、二メートルくらいの大きさの怖い顔をした魔物が、子どもを食べてしまうらしいのよ。その魔物は、子どもしかいないときを狙って家に行ったり、子どもだけがいるときに公園に現れるみたいよ~」
小川さんは「どう。すごいでしょ。この話!」みたいな顔であかりのお母さんに話しをしました。
「それは怖いです!」
あかりのお母さんは、この話を聞いて怖くなりました。
「そうでしょ~。どういうわけか、狙われるのは子どもだけみたいなのよ~。その魔物は“こんにちは”と言って、子どもに近づいて来るみたい。でも、怖い顔をしているから、魔物を見た子どもたちはあまりにも怖くて、泣き出したり、逃げ出ししてしまうのよ~。まっ、無理もないわよね~。なかには怖いせいで、魔物に「あっちへ行け」「お前なんか嫌いだ」とひどいことを言う子どももいるの。すると、魔物は怒って、子どもを食べてしまうらしいのよ~」
小川さんは恐ろしそうに言いました。
「まぁ。子どもたちを食べてしまうのですか? なんてひどいことを……」
あかりのお母さんは言いました。
「魔物の顔を見た子どもの話だと、目も口も大きくて怖い顔をしているんですって。その姿を想像するだけでも怖いわよね~」
「そうですね。それは怖いですね」
あかりのお母さんは、小川さんの話に圧倒されていました。
小川さんは声が大きいので、自分の部屋で人形と遊んでいたあかりにも、その話が聞こえてきました。
「魔物ってどんなものなのかなぁ。 目も口も大きくて怖い顔って見てみたい!」
あかりはまた目が見えるころに、怖い顔を見た記憶があるのですが、その通りの顔なのか確かめたいのです。
それから数日がたって、
「あかりちゃん。お母さんはお買いものに行って来るからお留守番していてね」
「はーい」
「知らない人がお家に訪ねてきても、お母さんが帰ってくるまで、絶対にドアを開けちゃだめよ」
「分かった。お母さん、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
お母さんは、出かけて行きました。
しばらくすると、外では黒い影が突然現れ、ノソノソと道を歩いていました。
その黒い影は、あかりの家の前で止まりました。
「ピンポーン」
玄関チャイムの音が鳴りました。
「誰か来たみたい」
あかりは自分の部屋を出て、玄関に向かって歩いて行きました。
「はーい。どなたですか?」
あかりはドア越しに言いました。
「君のお母さんのお友だちだから、ドアを開けて」
その声は、今まで聞いたことがない低い声でした。
あかりは知らない人だと思ったのでこう言いました。
「お母さんが、知らない人が家に訪ねて来ても、お母さんが帰って来るまで、絶対にドアを開けちゃだめよって言われているの。だから、ドアは開けられないの。ごめんなさい」
すかさず、低い声の主はこう言いました。
「それなら大丈夫。ぼくは、君のお母さんとお友だちだから」
あかりは迷いました。
「ふ~ん。それはら開けてもいいのかなぁ」
「心配しないで。さぁドアを開けて」
「うん。分かった」
あかりは、その言葉を信じてしまい、
「ガチャ」
玄関のドアを開けてしまいました。あかりの家に入って来たのはなんと、
あのうわさの怖い顔の魔物でした!
そうとも知らず、
「こんにちは」
あかりは挨拶をしました。
すると、魔物は思わず大きな目をパチクリさせます。
「君、ぼくが怖くないの? ぼくに挨拶をしてくれる子どもは初めてだよ!」
魔物はビックリしていました。
「私ね、目が見えないから、あなたの顔が見えないの。けど、知らない人でもお母さんは挨拶をするんだよって教えてくれたから、挨拶をしたのよ」
あかりはニコニコしながら言いました。
「そうだったのかい。じゃあ、ぼくの顔は見えないんだね」
魔物は、自分のことを怖がらない理由が分かり、少しガッカリした顔をしました。
けれど、目が見えない女の子を初めて見たので、戸惑いました。かわいそうに見えたからです。魔物は目が見えるので
「そこに何かがある」
「この色は赤だな」
と分かるけれどこの子には分からないから、
「きっと不自由な生活をしているのだろう」
そう思ったのです。
「君は、いつから見えなくなったのかい?」
「三歳のときなの。ある日、目の前が突然まっ暗になっちゃってね。それからずっとよ」
「君は、目が見えるようになりたいかい?」
「見えるようになりたい! だって見えることができるようになったら、あなたの顔を見ることができるもの!」
あかりは嬉しそうに言いました。
一方、魔物はあかりの顔を見て、顔をゆがめます。
「ぼくの顔はとても怖い顔だよ。それでもいいのかい?」
「いいの。みんなが怖いと言っていても、私がそう思うかどうかは分からないでしょ?」
あかりは魔物の顔が見たくてたまらないのです。
「確かに、そうかもしれない。けど、子どもたちはみんな、ぼくのことを怖いって言っているよ。だから怖いに決まっているさ」
「ふーん。別に怖い顔でも私は気にしないわ。そこまで言うなら、ますます見て見たいわ」
あかりは、さっきよりも魔物に興味がわいてきました。
そんなあかりを見て魔物は焦りました。
「ぼくは、子どもたちを食べてきたんだよ。それでも怖くないのかい?」
「ちょっと怖いけど、みんなを食べたのには何かわけがあるんでしょ?」
あかりは素早く切り返します。
「わけ?」
「だって、子どもたちを食べるのにはわけがあるはずよ。お腹がすいたから食べたってわけではないのでしょ? 今まで食べた子どもたちって、あなたにひどいことを言っただけじゃなくて、他にも何か、気に入らないことがあったからなんじゃないの?」
あかりは、魔物が子どもたちを食べるのには理由があるのだと考えていたのです。
「君の言う通りだよ。子どもたちにひどいことを言われたぐらいでは食べたりはしない。他にも許せないことがあったからだ!」
魔物は強い口調で言いました。
「やっぱりそうなのね。きっと、私があなたに食べられていないってことは、食べない理由があるからなのでしょ?」
「うん。そうだよ」
あかりには、どんな理由で魔物が自分のことを食べないのか分りませんでしたが、自分が食べられないのには理由があることだけは分かりました。
「けど、それが分かったとしても、君はぼくの姿を見たら絶対に怖がるに決まっている」
「そんなことないもん!」
あかりは強い口調で言いました。
「三歳のときに見えなくなったのなら、怖い顔がどんなものなのか見たことがあるはずだ。今は思い出せなくても、怖い顔を見たら、そのときのことを思い出すはずだ。それでもいいのかい?」
「もちろんよ!」
あかりは一歩も引きませんでした。
「そんなに言うなら、確かめてみよう。今から君の目を見えるようにしてあげるよ」
「本当に、目が見えるようにしてくれるの?」
「あぁそうだよ」
「もし怖がらなかったらみんなを返してくれる?」
「返してあげるよ。その代り、君がぼくを見て、少しでも怖がったら食べちゃうからね。それでもいいのかい?」
「分かったわ。約束ね」
「それじゃぁ確かめてみよう。君だって、ぼくの顔を見たら気が変わるはずだ!」
魔物は、
「どうせ怖がるに決まっている」
と思っていました。今まで魔物の姿を見た子どもは、誰一人として怖がらなかった子どもはいなかったからです。
「目を閉じて」
あかりは目を閉じました。
魔物はブツブツと言って、あかりに近づき、あかりの顔に手をかざしました。
「あったかい」
あかりは目がポカポカとあたたかくなっていくのを感じていました。
「さぁ。目を開けてごらん」
あかりは目を開けようとすると、まぶしくて、なかなか目を開けることができませんでした。
少しずつ目を開け、目が慣れてくると、まぶしさが和らぎ、最初はぼんやりしか見えなかったものが、どんどん見えてくるようになりました。
見えてきた輪郭がはっきりとしたとき、目の前には魔物が見えました。
「わー。目が見えるようになったわ。あなたが魔物さんね。ありがとう」
あかりはニコニコしながらお礼を言いました。
「君は、ぼくが怖くないのかい?」
魔物はビックリしました。
「怖い? 顔は怖いかもしれないけど、あなたは悪い人じゃないわ。だって私の目を見えるようにしてくれたんだもん!」
「そうかい」
魔物も嬉しくなりました。
「それに、私たちはお友だちよ」
「友だち? 君とぼくが??」
「えぇそうよ。私はあなたと仲良くしたいの。みんなも、あなたのことを分かってくれたらきっとお友だちになってくれるはずよ。見た目で決めつけちゃだめなんだから。ねえ魔物さん、笑ってみて」
「え!」
魔物は困りました。一度も笑ったことがなかったのです。
「あなたの笑顔を見てみたいわ」
「笑顔ってどうすればできるのかい?」
「口をいーって開けて、くちびるの両方のはじっこを上げるようにするのよ」
魔物は、あかりの言われた通りに口を広げました。
「ほら、全然怖くないわ。笑顔がないから、怖い顔に見えたのよ。笑っていたら優しい顔に見えるわ」
「そうなのかい?」
魔物は部屋にあった鏡を見みて思いました。もしかして、自分はいい顔をしているのかもしれないと。
「ぼくは怖い顔だからずっと嫌われていたけど、笑顔だったら人から好かれるのかな?」
「そうよ。笑顔だったら元々の顔は関係ないわ。だって、かわいい顔もカッコいい顔も笑顔がなければ台無しよ!」
あかりはキッパリと言いました。
「君はいい子だね。前向きであかるいし、ぼくに大切なことを教えてくれた。君に出会えてよかった。本当にありがとう」
すると、魔物の体はどんどん透明になっていきました。
「魔物さん。大丈夫?」
あかりは魔物の姿が消えかかっていることに気づき、心配になりました。
「ぼくの姿が消えるということは、ぼくの願いが叶ったからなんだ」
魔物は嬉しそうそうに言いました。
「魔物さんの願いって何?」
「心のこもった挨拶を言ってもらうことなんだ」
「心のこもった挨拶? たったそれだけのこと??」
あかりには理解できませんでした。あかりにとって挨拶は難しいことではないからです。それはごくごく当たり前のこと。
「きみにとっては当たり前のことかもしれないけど、ぼくにとっては重要なことなんだよ。ちゃんと挨拶もお礼もできない子どもが多いからね」
「そうかもしれない。恥ずかしがって挨拶ができない子がいるみたいだし、挨拶が大切なことだと思わない子もいるんだって。挨拶なんてたった一言で終わることなのに……」
あかりはお母さんに挨拶は大切なことだと教わっていたので、あかりは挨拶を欠かしたことはありませんでした。
「ぼくはただ、挨拶をして欲しかったんだ。たった一言、“こんにちは”と言ってくれるだけでよかった。挨拶ができない子どもには、挨拶の素晴らしさを教えたかった。挨拶をすると気持ちいいし、初めて会う人でも心が和む。けれど、子どもたちはぼくを怖がって挨拶をしてくれなかった。それどころか、ぼくは魔物だから、見た目だけで決めつけられて、怖いとか、恐ろしいとか、悪いことをしているんじゃないかって言われた。ぼくはただ、挨拶をして欲しかっただけなのに……」
魔物は悲しそうな顔で言いました。
「だから挨拶をしない子どもたちを食べたんだ。挨拶の素晴らしさが分かってくれれば子どもたちを解放するつもりだった」
魔物が子どもたちを食べ続けている理由はそうゆうことだったのです。見た目で判断され、挨拶をしてくれなかったことが魔物には許せなかったのです。
「でも、こんなぼくでも君はちゃんと挨拶をしてくれたし、優しくもしれくれた。そして友達にもなってくれた。ぼくは嬉しかった。ありがとう」
魔物の姿はどんどん透明になって姿がほとんど見えなくなってきました。
「私も魔物さんとお友だちになれて嬉しいわ。ありがとう」
魔物の姿はとうとう消えて見えなくなりました。
すると突然、魔物に食べられた子どもたちが現れ出しました。
「あっ!」
あかりはたくさんの子どもたちが突然出てきたので、ビックリしました。
「あかり。ありがとう」
子どもたちの一人が言いました。
あかりは今まで目が見えなかったので、子どもたちの姿を見たことはありませんでした。
けれど、聞き覚えのある声だったので、これまでに、あかりにひどいことを言った子どもたちであることに気づきました。
子どもたちはあかりに近づき、こう言いました。
「ごめんね」
「これからは仲間外れにしないよ」
「もう、あかりにひどいことはもう言わない」
さっきまであかりと魔物のやりとりを魔物のお腹の中で聞いていた子どもたちは、あかりに心から謝りました。
それを聞いたあかりは、嬉しくなってこう言いました。
「さぁ。これからはみんなで仲良く遊びましょう」
あかりは、隣りにいた男の子と手をつなぎ、他の子どもたちも、同じように子どもと手をつなぎました。
「うん」
みんなでお家を出て、あかりのお家の庭に行きました。
「さぁみんなで何して遊ぶ?」
あかりは楽しそうに言いました。
終わり。