01
「このエリアに変な男が現れたと聞いたのだが――どこにいる?」
国を守る門番。怪しい人間を自国へと入国させない目的で――Ⅰの国にのみ作られた『門』。
その『門』を管理するはずの門番は、うつらうつらと寝ぼけ眼をこすっていた。
私と同じ年くらいの男だろうか。
「シ、シキさん!? なぜあなたがこの場所に……」
私の顔を見て目が覚めたのか妙に声がでかい。
「プライベートだ」
私――シキは何も見なかった体で普通に応じる。
時代を変えた彼と出会ってから15年。
私は年齢20にして、この世界の『騎士団』――『異世界』でいう所の『警察』だ。
その中でもエリートとして行動している。
行動といっても『魔法』を使えない私は、裏方として仕事に励んでいるが。
「プライベートなんて……あなたの様な人がこんなエリアに来るなんて考えられないですよ」
なんでこの門番は私を過大評価しているのだろうか。普段は大仰としてあまり表に出ないからなのか、それとも――眠っていた所を見てしまったからか?
だとしたら、上に行って首にさせようかと考えた。
が、プライベートで来ている以上――ましてや誰にも言わずに来ている身だ。
当然そんな事は出来ない。
だが、この門番の言う通り確かに仕事ではこのエリアには、出向かないだろう。
「『道具使いのシキ』として、魔法が使えないながらに『騎士団』へと入団。さらにエリートして活躍しているあなたに出会えるなんて……」
間抜けた門番は聞いてもいないのに興奮した表情で私の説明をダラダラと始める……私に説明されてもな。本人だし。
「活躍か。ただの裏方のつもりだがな」
今はまだ表に出なくてもいい。
私はそんな内心を隠しながら『門』を潜って街へと足を踏み入れた。
「またまた、それでいてこんな美しいお方とは。さぞや『騎士団』の紅一点でしょうね。あれ? 所で『騎士団』って何人いるんですか?」
『騎士団』は各国に数十人は存在するが詳しい人数には私にも分からない。まあ、分かったところでこんな口軽そうな門番に教える気は毛頭ない。
石を削り綺麗に並べられた芸術的な石畳。
その道の左右には三角の屋根をした色鮮やかな建物が並んでいた。
「秘密に決まっているだろう」
「ですよね。それにしても『騎士団』は服装も凄いんですね!」
「これか……まあ、これはな」
今日の服装は婦警の制服。可愛い中にもある厳しき礼儀を現したこの服は私の中でもかなりのお気に入りだ。
白衣を羽織っている。私は必ずこの白衣を着用していた。
白衣とは言ってもナース型では無く、学者が着ているような白衣だ。私の趣味として昔から『異世界』の服を集めるのが好きだった。
「かっこいいだろう!」
「はい!」
あれやこれやと鼻息荒く『騎士団』について聞いてくる門番。
こいつこんなので良くこのエリア守っているなと思うが、それだけこの場所は平和と言う事だろう。
9ある島の中で最も小さく、平和な国。
Ⅰの国『ピース』。
この国を支配でなく――治めている。
そんな王はエリア人からの信頼も厚い。『騎士団』など無くてもこれだけ平和なのだ。
私たち――『騎士団』の監視外に置かれている為ほとんどⅠの国には関与していない。
「いやいや、しかし今は『騎士団』も大変な時期ではないんですか?」
大変なのは『騎士団』だけではないと思うが、呑気そうなこの門番にそんな話をした所で無駄なだけだ。
石畳が途切れ土が顔を出している場所へ着く。どうやら街の隅に着いたようだ。
「まあ、そうですね」
あいまいな返事を返しながら、塗装されていない地面を歩く。
しばらくすると木々に囲まれた道に変わっていく。
「ここです。付きましたよ」
門番に連れられてきた場所はオンボロの家。
林の中に孤独に立てられた建物。ひび割れた壁。絡まっていたであろう蔦は弱弱しく、今にも枯れそうであった。見ているだけで、寂しくなってくる。
「気を付けで下さいね、シキさん。この家の主は、人の良いも悪いも、天使と悪魔を一つにした人間の様な男です」
その家を指差しながら住人の情報を門番が教えてくれた。
しかし、その人物像には――大抵の人間が当てはまる気がする。誰にだって長所と短所があるものだ。
門番はそれだけ言うと、
「それでは」
と、自分の仕事に帰っていってしまった。
……変人だと分かっているなら残れよ。どうせ仕事してなかったくせに。
何思わせぶっているんだ。
「まあいいさ……」
ここから私の野望は始まるんだ――。
「一人で会わなければ意味はない」
扉をノックしようと手を上げた所で――後ろから声をかけられた。
「わー、久しぶりのお客さんだー」
私は振り返り声の主を見る。
捕まえたオークを頭にのせ、落とさない様にうまくバランスを取りながら立っている男。
少し茶色い掛かった髪の毛は、ところどころ跳ねていた。それはお洒落なのだろうか?
そして何よりも目を引くのは――明るい表情。何が楽しいのかきらきらと純粋な目だ。こいつがこの家の住人であれば、恐らく私の探していた男だろうな。
ふむ。
私の中でイメージしていた男と大分かけ離れていたのでがっかりはしたが、それを顔に出す訳にはいかない。
その思いを誤魔化す意味と――牽制の意味を込めて男の名前を問う。
「君が愛上 尾張か?」
男――愛上尾張はオークを頭に乗せ、器用に跳ねながら私の方へ近づいてくる。さりげなく白衣の内側に手を伸ばすが、私の横を通り過ぎ扉を開ける。
「あ、名字知ってるって事は、僕と一緒の世界の人?」
「やはり……君は異世界から来たのか」
こちらの世界には名字と呼べるものは存在しない。記号としては名前だけあれば家系などは関係ない。
だから私は……。
いや、考えるな。今はこの男に集中しろ。
「どうやら噂はホントだったのか」
「噂ですか。いい噂だといいなー。あ、オークのお肉あるから、一緒に食べません?」
私に中に入るよう扉を開けておいてくれたのか。中々紳士的な態度ではないか。
だが、オークの肉って……頭に乗ってるそれの事ではないだろうな。
そんな私の不安を察してか、
「これは違いますよ? しっかり仕込んでるやつがありますから、安心してください」
「そうか。立ち話で済む問題ではないからな。お邪魔させて貰おうかな」
「どうぞ、どうぞ散らかってますけど気にしないでください」
中に入ると綺麗にされた部屋。その隣に料理場がある。
尾張は散らかってると言っていたがそんなに汚くはない。
むしろ家の外見と比べると綺麗に整理されている。家の外は今にも崩れそうだったが、中がこれだけしっかりしていれば大丈夫そうだ。話している最中に崩れる事は無いだろう。
「ああ、部屋は綺麗にしてるんですよ。第一印象よりも中身を綺麗にしてますから」
「そうか。私もそう思う」
それは部屋の事では無く自身の外見の事だと思うが……。部屋を綺麗にする前にそのボロボロの服を何とかした方がいいだろう。
綺麗好きなのに服が汚い。
これがあの門番が言っていた――天使と悪魔の事だろうか。
まあ、違うな。
「あ、気が合いますねー。じゃあ――僕の事どう思いました?」
一瞬。
私に質問した愛上尾張の空気が変わる。
気の性だと言われればそれまでだが――しかし、異世界の人間である事には間違いない。この世界に現れた異世界の人間は皆世界を変えているのだ。
「そうだな、馬鹿っぽい」
私はとりあえずは会ったそのままの印象を述べる。嘘を言って持ち上げてもいいのだが、バレた時に協力して貰えない可能性を考えるとそれは避けるべきだ。
これからの計画に必要な男だ。嫌われてしまえば先に進めなくなってしまう。
それだけは避けなければ……。
そんな私の回答に、
「馬鹿っぽいですか。地元でも良く言われてました。頭が終わってる馬鹿だって、皆それでも友達なのかって思うよ」
と、笑う。
元の世界の友人達を思い出したのか嬉しそうだ。
その笑顔を見て、どうやら嘘はつかなくて正解だったみたいだと安堵する。だが、この男――愛上尾張。つかみどころが全くない。




