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JK最強伝説☆

作者: 廿楽 亜久

《 1.寿命または伴野愛歌の手による死

  2.使用人として契約成立時より働く

  3.最期まで一条庸彦いちじょうつねひこに寄り添うこと


  以上の条件が満たされた場合、伴野愛歌は一条庸彦の遺産相続の権利を有する。 》


 全てはたった1枚の紙から始まった。


カァン……


 部屋に金属の弾ける音が響く。

「はぁ…これで何回目だろ…」

 ため息混じりに、使用人の制服、簡単にいえばはメイド服を身に付けた愛歌は窓の外を眺めた。

 空気を変えるために開けた窓の向こう、ビルのベランダからこのバイトを始めてからずいぶんと見慣れた黒い筒が見えていた。

「そもそも、遺産がほしいからって、こんなかわいい女子高生、暗殺しようとするって、常識はずれだと思うんですよね」

 そう、少し怒ったように頬を膨らませて、文句をこぼす。

「アルミのトレーで、ライフルの弾を防いでる君には、言われたくないセリフだろうねぇ」

 朗らかに笑いながら、そんな愛歌の文句に答えたのは、この屋敷の主人である世界的大財閥の会長の一条庸彦だ。

 すべての元凶だ。

 高齢で、遺産相続について揉めないために、遺言を書いたところ、先程の内容になったという。

 なぜ知り合いでもない愛歌が、相続の権利を突然渡されることになったのかと、その質問に対しては、たった一言、『死んだ妻に似ている』から。それだけだった。

 普通ならば断るところだが、愛歌はその莫大な遺産、つまり大金に見事に釣られ、契約は成立した。

 そして、その日から、愛歌は納得していない親族たちから送り込まれる暗殺者によって、毎日のように命を狙われるようになったのだった。

「そのうち、ヘコみそうだなぁ……」

 しかし、命を狙われているはずの愛歌は、自分の命の心配ではなく、その弾丸を弾いたアルミ製のトレーを心配そうになでていた。トレーには傷はないし、もちろんヘコミもない。なにか特殊な加工でもされているかというと、そういうわけではない。ごく普通のトレーだ。

 まったくどうやって弾いているのかわからないが、前に一度聞いた時は『JKですから』と答えられただけだった。


「何故だ…!何故、当たらない!?」

 その頃、愛歌の頭を狙い続けていたスナイパーは、本日3度目の狙撃を防がれ、さすがに動揺していた。もう一度、内容を確認しようと、独自に調べたターゲットの情報をまとめた紙を見つめる。

 そこには、愛歌の写真、名前、学校、スケジュールといったさまざまな事柄が記されていた。走り書きで書き足されている『防弾仕様のトレー』『弾を目視で避ける』に、また1つ『背後からの銃弾を見ずに防ぐ』と書き足した。

「……」

 スナイパーはじっとその3つのかきたされた言葉を見つめ、息をのんだ。

 最初は、ただとある少女を暗殺して欲しいという、簡単な依頼だったはずだ。だが、やってみてわかった。簡単どころか、警護をされている要人の暗殺というレベルではない。訓練された特殊部隊の隊長を暗殺しろと言われているような気分だ。もはや、弾丸がかすり、髪の毛1本でも落としたら、踊って喜んでしまいそうだ。

 スナイパーは愛歌の職業の部分に書かれた、その言葉に目を奪われた。

「女子高生……なんて特殊部隊なんだ……」

 つい、そんな言葉をこぼしてしまった。

 これほどまでに、難しい暗殺の依頼を受けたことはない。

 スナイパーが場所を変え、次の暗殺のタイミングを見計らうため、愛歌の様子をスコープ越しに探っていると、弟子でもあり助手でもある相棒が、また新たに集めてきた愛歌の情報を報告してくる。

「特定の部活動や、課外活動を行なってはいないようです。それから、一部では、女子高生のことを“JK”と読んでいる人もいるようで――」

 その言葉に、スナイパーはライフルから手を離した。その手は震え、もはや引き金を引いたところで、狙い通りの場所を撃つことはできないだろう。それどころか、スナイパーの顔は青ざめ、汗まででている。


「ジェー……ケー……だと?」


 スナイパーは妙に乾いた喉で、どうにかその名を口にした。

「は、はい」

「……無理だ。俺には、JKを暗殺するなど……」

 不思議そうに首をかしげる相棒に、スナイパーは青い顔で語った。

「日本……いや、世界で最強の、特殊部隊だ」

 スナイパーは、ライフルをしまうと、首を横に振った。

「この依頼は俺にはこなせない」

「そんな……!」

「俺は、前にJKと戦場で戦ったことがある。あいつらは化け物だ。人間じゃない……!

 戦車を“片手”で“軽々”止める奴らを、どうやって殺せって言うんだ!?」

 嘘をついているとは思えない、真剣な表情で訴える師匠に、相棒はもう何も言えなかった。


 部屋の中でため息をついたのは、三十手前ほどであろう男女だった。世界でも凄腕だというスナイパーも、愛歌の暗殺は無理だと断られ、2人は頭を抱えていた。

「とんだ遺言だよ。じいさんめ……」

 2人は、一条庸彦の実の孫だった。

 愛歌は、会長などの役職についての相続は放棄し、純粋な金、つまり貯金だけを相続する約束ではあるが、突然やってきた知らない人間に財産の一部でも渡したくない。

 そして、なによりも現在、各々で始めた事業には、まだ金がかかることも多い。まずは自分の力で、をモットーにする庸彦は、本当に自分の力ではどうにもならなくなるまで、たとえ身内でも自分の貯金から金を貸すことはない。だが、2人がその遺産をあてにしているのは事実であり、そのために相続権を持つ愛歌を暗殺者を雇ってまで暗殺しようとしているのだ。

「まったく……でも、あの子本当にただの女子高生なの?」

 報告されている愛歌の情報を見ても、ただの女子高生には見えない。それどころか、人間としても怪しい。要は、愛歌を暗殺する想像ができない。

 じっと、その遺言書の内容を渋い顔で眺めていると、ふとそれが目に入った。


≪ 寿命または伴野愛歌の手による死 ≫


 これが満たされなければ、愛歌の遺産相続の権利はなくなる。

「これだ…!!」

 この1文が2人にとっての唯一の希望だ。

「あの子じゃなくて、お祖父さんを狙う」

 その言葉に一瞬、男は迷ったが、それ以外に方法は見つからなかった。






 そして、


カァン……


 また金属が弾ける音が、部屋に響いた。だが、次に響いたのは、愛歌のため息ではなく、悲鳴だった。

「へこんだぁぁぁああああ!!!」

 弾を防いだアルミ製のトレーが衝撃でへこんだのだ。半泣きで叫びながら、その弾が撃たれたであろう方向を睨みつけると、案の定、黒い筒が見える。

「お年寄りは大事にしろって習わなかったのかァ!!!どうすんだ!へこんだじゃん!!弁償になったら、お前が弁償しろよ!!」

 きっと届かないであろう怒鳴りを上げ、罰の悪そうに振り返ると、庸彦に頭を下げた。

「ごめんなさい!トレー壊して…その、弁償とかって…」

「いいよいいよ。ワシを守って壊れたなら、弁償にはならないから、安心して」

 弁償しなくてすんだと嬉しそうに笑顔になる愛歌と、そんな愛歌の笑顔と行動に妻を思い出し、朗らかに笑う庸彦、そして、唖然とその光景を眺めるしかなかった名もない暗殺者がいた。

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