第8話 人を欺き人に背きて
冷酷魔帝アグネジャとは何者か?
古い特撮番組でアグネジャという敵キャラクターがいた。魔界で虎視眈々と地球制服を企むも、いつも正義の味方にやられ逃げ帰っていた。とても残忍且つ凶悪な性格で、街一つ簡単に吹き飛ばせる程強いとされているのだが、やられ方が非常に残念な奴だった。
例えば、
・順調に計画を進めていたのにも関わらず、「腹が減っては戦はできぬ」と食事をとったが最後、隙を突かれて肝心要のマシンが粉々に。
・戦隊の変身グッズをせっかく奪って勝利目前だったのに、何もない平地で小石につまずきすっころんだ結果、変身グッズを返してしまう。
・計画を立案実行していた部下に正座させられた上ボロクソに罵られ、落ち込んでいたところに正義の味方と遭遇。
身に力が入らないせいでまともな戦いにならず、挙句の果てに敵に叱咤激励をもらう。
などなど
容姿に反してドジやミスがひどく、悪の首領として果たしてこれでいいのかと思わざるを得なかった。
視聴率はそれほど上がらないまま番組は終了したが、その後、特撮マニアの間でアグネジャはカルト的な人気を集め、非常に愛されることとなった。
そんな反響に応えた結果か知らないが、世界観を同一にしたアニメ「ファンタジー戦記ユグドラシル」が放映される。アニメになって主人公は変わったが、地球制服を狙う悪役は再びアグネジャが起用された。
ここで特撮ファンとアニメファンとで壮絶なアグネジャ論争を巻き起こすことになる。「壮絶」というのは言い過ぎかもしれないが、相当な物議をかもしたのは間違いない。
アグネジャの描写が大幅に変わったのである。特撮時代のコミカルさはなりを潜め、シリアスな描写が増えた。かつて設定だけでしか分からなかった強さは、主人公たちとの戦いで大いに発揮され、アグネジャは彼らを圧倒した。
アニメ放映後の製作者インタビューを読むと「カッコいいダークなキャラクターを描きたかった」とある。ポイントなのは「ファンタジー戦記ユグドラシル」が非常に人気の出た作品で、アニメ版アグネジャに新規ファンが相当数ついたことだ。
特撮からファンになった者にとって、ユグドラシルというアニメは愛すべきアグネジャを滅茶苦茶にしてしまった憎い存在であり、アニメから新規にファンとなった者にとってしてみれば、特撮時代のアグネジャはまさに黒歴史そのものだった。
俺は断然アニメ版アグネジャのファンだ。アニメ劇中のアグネジャは無類の強さを誇る魔族であり、戦いに明け暮れる無敗の帝王なのである。……改めて言うと、特撮時代の情けなさはホントどうしたって言いたくなるな。まぁ、兎にも角にもカッコいい悪役に生まれ変わった。アグネジャの名台詞「人間は全て玩具であり世界は我の遊び場だ。」は今もアニメファンの間で語り継がれているのである。
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私は目の前の光景が信じられなかった。
(ピーターの持ち出した喋る魔道具のおかげで、グランツェニア軍をやっつけられそう。)
(でも……。いくらなんでもやり過ぎじゃないかしら……。)
あの真っ黒な魔族からジョバンニに向かって放たれた光弾が四方に流れていき、あちこちで爆発が起こっている。瞬く間に、グランツェニアの兵隊が倒れていく。グランツェニア軍の陣地は大混乱だった。逃げ惑う人であふれかえる。
(……えっ、もしかして、わざと当てているの?)
光弾の軌道を追うと、ジョバンニによって弾かれているのではなく、まるで狙ったかのようにピンポイントで兵舎や人に当たっていった。「あの魔族の攻撃はジョバンニに対するものではなく、後ろの陣地にいた人間を狙っているのでは?」そう思ったとき、大きな爆発が起こった。彼らの戦っている後方の大きなテントに光弾が直撃した。確か……、あのテントには連れていかれた人もいた筈だ!
早く止めなきゃ!私が焦った瞬間、あのジョバンニが頭を掴まれた。
真っ黒な魔族はジョバン二を持ち上げたままゆっくりと後ろを向く。何をしているんだろうと思うと、アイツはすっと左手を引き、ジョバンニの背中へ狙いを定めていた。
私は自然と走った。これ以上は駄目だ。
「駄目!殺しちゃだめ!」
(私だって、あの時、あの真っ黒な魔族を呼んだ時、スペルを唱えながら願ったんだから……。)
(「……我らの女神様、どうか我らに慈悲を。皆をお守りください」って。)
(私は人を殺してなんて祈っていない!)
(慈悲深い女神様に救いを求めたのよ!それが、こんな結果に満足できるもんですか!)
(もうこれ以上、アイツに人を殺させないわ!)
けれど、私の叫びが届くことは無く―――。
魔族の左手はジョバンニの体を突き抜け、魔族の真っ黒な鎧はジョバンニの血で真っ赤に染まる。赤と黒のコントラストが印象的だった。
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一体、どうして?
これが俺の思いだった。王国への侵攻は前々から聞かされていた。軍内部で遠征部隊に所属できるのは良いチャンスだともっぱらの噂だった。およそ100年以上戦乱に巻き込まれなかった王国は、軍事力が低下しており組織立って行動することはできないと。更に、占領した地域で住民から抵抗を受けないよう策を講じる為、戦闘行為自体少なくなるだろうと。その為、今回の軍事行動に参加できた者は勝利・金・女に不自由することは無いと噂されていた。
事実、俺が所属する北方征圧軍は王国軍とぶつかることもなく、間諜の魔導士のおかげで何の手間もかからず村を占領できた。砦に常駐していた兵士達との戦闘や占領した村の一部住人から抵抗を受けたりすることはあったが、俺達の敵では無かった。ただ進軍するだけで、勝手に報酬が入ってくる。今回の作戦に参加できた俺達は幸運だった。
だが、突如現れたあの魔族によってすべてが壊された。あの裏切り者の魔導士は王国でも指折りの実力者だったと聞く。先ほどの戦いを遠目で見ていても十分に強いことは分かった。でも、アイツに勝てない。
一体全体、あの化け物は何なのだ。魔導士渾身の一撃を受けてもピンピンしてやがる。例え、俺が出ていったところで返り討ちにあうだけだ。
隠れていた村人がいたのか、小さな少女が走ってきた。俺は思わず息を呑む。あの馬鹿、何を思って出てきた?あんだけ派手に暴れた魔族のところへ寄って行けるもんだ……。
(……待てよ、あれの知り合いなのか?だとすれば……)
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<<何やっとるんじゃお主ら?>>
そこは奇妙な光景が広がっていた。身長2メートルあろうかという真っ黒な鎧の大男と小さな少女がモノも言わずじっと互いを睨みあっている。片方はフルフェイスの為表情まで読み取れないが、きっと困惑しているに違いない。
「ミーナちゃん。少し落ち着こう。」
それしても、アグネジャさんさすがっすね。あの弱った敵を後ろからブスリと串刺ししちゃうんすよね? あっ、こっち見んといて。マジで怖いっす。あと、ダイナミックに死体を放りなげるのもね。ジョバンニの身体が宙を舞い、向こう10メートル以上は飛んでいく。あっ、シッコ少しちびった。
「いやよ。こいつは私も助けを祈って出てきたのよ。私達が責任を持って止めるべきだわ。」
いや、ミーナの姐さん。その言葉カッコいいっすけど、俺らみたいなガキがアグネジャさんに吐いていい言葉じゃないっすよ。
<<お主、男としての威厳は無いのか……。>>
クリエが残念そうな声をかけてくるが、仕方無いじゃん、こんな次元の違う奴どうしたらいいんだよ。そんな中、アグネジャが声をかけてきた。
「我が主よ。どうするべきか?この娘がもう攻撃をするなと詰め寄って来るのだが。」
「はい、彼女の言う通り人を傷つけるのはストップ。グランツェニアに俺達は勝ったんだよ。」
アグネジャは未だ不満そうな声を上げている。ごめん、お前の上司として一言いわせてもらうと、その不満気な態度やめてもらえませんか? 胃腸と心臓の具合に大変よろしくないです。一気にストレスが溜まっていくんで、勘弁願います。
「もう、僕らは助かったんだよ。」
俺は続けた。そうだ、朝からグランツェニア軍の侵攻なんていうハプニングはあったが、アグネジャのおかげですべて解決。少しの間は尾を引くだろうけど、直ぐに落ち着いた日々に戻るだろう。そう思った矢先、誰かが肩を掴んできた。ヒッ!驚かすなッ!
「坊主、油断大敵って知っているか?」
後ろを振り返り、声をかけてきた人間を見た。軍服を着ている。
(えっ?)
そいつはミーナちゃんに向かって何かを投げつけた。
「貴様!我が主に何をする!」
「おいおい、冗談よしてくれよ。このガキがお前のご主人様ってか?」
グランツェニアの軍人はニヤニヤと笑みを浮かべている。
嘘だろ。俺達助かったんじゃなかったのかよ!ヤバい、ヤバい!どうしたらいい!一瞬にして俺はパニックになった。
「まぁ事実は小説より奇なりとも言うし。お前の主人がこいつなら俺にとっちゃますます好都合だ。」
「おい、そこの嬢ちゃんも隷属の魔道具を付けたんだ。俺のいう事をちゃんと聞けよ。」
ミーナちゃんの腕に黒いバンドリストみたいなのがはめ込まれている。あれはピーター君の本で読んだから覚えている。奴隷を主人に従わせる為の魔法具だ。どんな人間であれ主人の命令には逆らえなくなる。
「……はい。」
虚ろな目つきでミーナちゃんが頷く。
「我が主よ!今助けr……」
「おっと、こいつが見えるか?このナイフには猛毒が塗られてある。刺して数秒もしないうちにこの坊主は天国行きだ。」
「大事なご主人様が惜しくねぇか?あぁ?」
<<……奴のいう事に従う他なさそうじゃな。>>
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―――グランツェニア帝国軍陣地
「くっ……離せよ!」
「坊主ちっとは我慢しろよ。お前はどうしてこんなことになっているのか説明しなきゃならねぇ。なぁ、ゴア将軍殿。」
俺の前にグランツェニアの将軍が座っている。先のアグネジャの攻撃で頭に傷を負ったのか包帯が巻かれている。
「あぁ、聞きたいことは山ほどある。まず、君があの魔人の主人なのかね?」
良い案が思い浮かばない。俺がここで下手な芝居を打ったところで何がどうなるか想像つかない。ここは正直に話して、流れに身を任せよう。
「一応そうらしいです。あの魔人、アグネジャっていうんですけど、僕のいう事は聞くようです。」
「我が主よ、案ずるな。我が主は貴方だけだ。」
直ぐに正してくるアグネジャさん。う~ん、心なしか自慢しているように見えますが、こんな私が主人でよろしいんでしょうか?
<<全くじゃ、今のうちに考えを改め直した方がええぞ。こいつを主人にすると、色々面倒事に巻き込まれる。>>
「クリエと出会ってからその通りだけど……。」
「何をぶつくさ喋っている? 私も紳士的に喋っているが、君等は捕虜なんだからな。」
呆れたように喋るグランツェニア軍の貴族。ったく、怒られちゃったじゃないか。
<<妾のせいと申すか! 自分がぽろっと喋ったのが問題なんじゃろが。このおたんこなす!>>
おたんこなすって……。久々に聞いたよ。ていうか、この場所でそんな言葉聞くと思わんかったわ。色々と突っ込みたいが、気持ちを抑えておこう。でないと、また余計な言葉を喋ってしまう。
「申し訳ございません。……ブフォッ!!」
「何をむせk……!!ジョバンニ君!生きておったのかね!」
嘘だろ……。俺の目の前に現れたのは、さっきどでかい穴を開けられたジョバンニだった。身体の穴はどうなったのか。
「すみません、ゴア将軍。先ほど治癒魔法で回復したところです。」
ニコニコとした笑みを浮かべるジョバンニ。オールバックだった髪は先ほどの戦闘で、前に戻ってしまっている。服も着替えたのか、黒のレザースーツになっていた。
「あんた、あの死闘で生き延びたのかい……。こりゃあ、王国の魔導士について認識を改めなきゃならんですよ。」
俺達を連れてきた兵隊が将軍に語っている。やっぱりこの世界は地球の常識じゃあ測りきれませんなぁ。最早呆れてものも言えなくなりますわ。
<<(ん……?この魔導士、先ほどの時とマナの質が変わっとらんか?)>>
「では、ジョバンニ君も無事助かったことだ。彼らの処分を決めていこうじゃないか。」
ジョバンニは将軍の後ろに立ち俺達を見ている。いや、俺達というよりアグネジャを見つめているのか。そりゃ、あれだけ手負いを受けたんだ。やり返したい気持ちの一つや二つ出てきて当然だ。アグネジャの顔、といってもフルフェイスの兜を見る。首が縦に振られた。
「我が眷属ジョバンニよ、今こそ我が剣となれ。」
アグネジャがそう言った瞬間、ジョバンニの手刀が帝国軍の将軍を襲う。瞬間、血しぶきが飛んだ。