第7話 強者の教え
2015/7/5加筆修正
正義とは強さだ。
私は幼少期この国の片田舎で生まれ育った。何もない村だった。これと言った名産品はなく、自らの暮らしに満足できればそれでいい。そんな所だった。
ある日、理由は知らないが近くの森に魔物達が住み着きだした。
最初は農作物がやられた。父や母達が丹精込めて作った野菜は畑ごと荒らされ、皆食い尽くされた。
以降、村は魔物に襲われ続けた。
魔物の行動は日に日にエスカレートしていく。野菜の次は家畜。羊・山羊・牛が毎日1頭2頭と減っていった。
大人たちは魔物の害を領主に訴えたようだ。
でも、領主は何も手を打たなかった。守るだけの価値ある村ではなかったのだろう。
私たちは見捨てられていた。
家畜が全滅し、魔物のターゲットは終に人間となってしまった。村ではいつ魔物が襲ってくるか分からないと家の中に籠り、用がない限り外へ出なくなった。
そんな時、一人の冒険者が村に立ち寄った。
彼は村の惨状を聞き、一人で魔の森へ向かう。誰も彼に期待などしていなかった。直ぐにやられてしまうだろう、戻って来ても逃げ帰って来るのが落ちだ、と。
しかし、そんな前評判を置き去りに、彼は戻って言い放った。
「もう心配するな!森に住む魔物の強い奴を片っ端から倒してきた!」
村は大騒ぎとなった。村を捨てずに済む。また平穏な暮らしに戻れる。
皆、冒険者に感謝し褒め称えた。幼い私も彼に尊敬の念を抱き、彼の行くところどこでも後ろに引っ付いていた。
気さくな彼はそんな私を邪険にすることなくいつも笑って話してくれた。
「坊主、大きくなったら何になりたい?」
「オジサンみたいに悪いことする奴らをやっつけたい!」
「そうか……。なら坊主、まずは強くなれ。誰にも負けない力がお前を正義の味方にするだろう。」
それから数日後、彼は笑いながら旅立っていった。
英雄譚はここで終わる。
……
森の魔物が再び現れたのはいつだったか。
彼が旅立ちしばらくして、森の中で魔物を見かけた村人が現れ始めた。
今まで人間を見かけると、すぐ襲ってきた魔物達だったが、見かけた人が話すに、じっと睨みつけてくるだけで何もしてこなかったそうだ。
不気味だった。
魔物達は機会を窺っていた。彼らは人間に恨みを抱いていたのだ。それは人間と同じ。親が子を。子が親を。肉親が殺されたことへの恨みだった。
冒険者が出て丁度1カ月後の夜、魔物達は群れを成し村へ襲いかかってきた。
彼らは食べ物には一切目をくれず、ただひたすらに人を襲った。
当時私は無力だった。目の前でいとも容易く命が奪われていく。自分と同い年の子供、面倒を見てくれた叔父さん、叔母さん、隣に住む元気なお婆さん、そして、父親と母親。
馬小屋に逃げ込んだ私は、壁にできた穴から息を潜めて外の様子を窺い続けた。
その時、私は彼の言葉を思い出す。
「強さが僕を正義の味方にする。力こそ正義、アイツらをやっつける正義……!」
全ての惨劇が終わった後、私は隠れていた小屋を出た。僕はただひたすらに歩き続けた。一体、どれだけ歩いたのか覚えていない。
気付いた時には王都に居て、物乞いをして飢えを凌いでいた。
正直、この辺の記憶は曖昧だ。ただ苦しくて怖くて、いつも腹を空かしていたことだけはしっかりと覚えている。
通りすがりの神父様に運良く拾われ、僕は孤児院に預けられた。
安堵したからなのか、僕はこの時漸く生き残ることができたと実感できた。
それからの思いはただ一つ。
奴らを倒す為に力を得よう。
神父様によれば、僕は人並み以上のマナを有しているらしい。
この力を伸ばそう。力を付ければ、あんな悲劇は起こらない。
そう、力を持つ者こそ正義の味方なんだ。
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「魔人アグネジャ! 僕がお前の相手だ!」
「貴様……、その身なり魔導士か。我に立ち向かう、その気迫認めてやろう。」
一体何だこのマナの総量は!?奴からあふれ出てくるマナの底が見えない。まるで、果てしなく深い井戸を覗いているような気分だ。
「……しかし、我に歯向かうには実力不足も甚だしい。」
何が来る!? アグネジャは手をかざすと、闇魔法の一種であろうか、紫色の光弾を打ち出してきた。
「無詠唱の攻撃魔法かっ!」
「マナよ!光輝き壁となれ!<<ホーリープロテクト>>!!」
ズドドドドド!!
一瞬にして辺り一帯は光弾で埋め尽くされ、あちこちで爆発が起こる。
魔法結界を張りつつも、眩しさに思わず目を瞑る。
(何か様子が変だ……。)
僕はそっと目を開け、様子をうかがった。
確かに、アグネジャは片手で魔法を打ち出している。しかし、私にまでその攻撃が届くことはない。
何故なら、私の張っている<<ホーリープロテクト>>には当たっていないのだから。
防ぐとか、当たらないだとかじゃない。奴は器用にも魔法結界に当たる寸前で光弾の軌道をずらしていた。
「何を!」
その時、奴は魔法を打ち出すのを止めた。
「間引きだ。貴様も我と戦うに弱き者など邪魔であろう。」
私は後ろを振り向かない。これはチャンスだ。奴が油断しているその隙を突く! 瞬間、私は走り出した。
「うをぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ほぅ、魔法一辺倒では無かったか。」
私は自身へ体力強化の魔法をかけ走り出す。<<ホーリープロテクト>>は展開したままだ。
「なんと!器用な真似をすることよ。」
そして、右手にマナを精製しつつ奴の懐へ飛び込む!
「闇の魔族よ!!貴様の腹を抉り取ってやる!」
奴に踏み込む直前、突き出す拳の前方、魔法結界を凝縮し展開!!
そして、一気に溜め込んだマナを解放し呪文詠唱する!!!
「マナよ力となりて正義を示せ!<<ライトニングクラッシュ>>!!」
その瞬間、体の捻りが加速し、アグネジャ向かって拳が爆発する。
「……ぐッ!」
手ごたえがあったか!私は一気に跳躍しその場から離脱する。
「……ッ」
飛んだ瞬間、自分の右手がどうなっているのか気付く。血がどばどばと垂れ流れ、皮はほとんどめくれ上がってしまった。
骨は見えていないが、折れているのは間違いなさそうだ。
「これで右手とはさよならだな。」
自分の全身全霊の技を使っても、あの魔族に勝てるかどうか。……そうだ、奴はどうした!?
地上に着地した私は先ほどの場所を見る。魔族はいない。
―――その時、頭が掴まれた。
「我の鎧を砕くとは……。」
「え……?」
奴が何をしたのか気付いた頃には、そのまま吊し上げられ身体を移動させられていた。
いつの間にか目前にはグランツェニア軍の陣地が広がっている。
「フフッ……面白い。」
アグネジャは呟く。意識が朦朧としつつも、グランツェニア軍の惨状を見た。
先の光弾による爆発のせいだろう。ゴア将軍も、兵士も、魔導士もその多くが血を流し倒れている。
「フハハハハ!!」
「やはり……面白いッ! これだから! これがあるから! 戦いは止められないのだぁぁ!!」
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<<お主等……一体、何を想像したのじゃ……?>>
俺達は民家の裏手から、アグネジャとジョバンニの激しい戦闘を窺っていた。
クリエが困惑というか、呆然といった感じの声を上げる。
「いや……その……。」
「ピーター?なんで魔族を召喚しちゃったの?」
いや違うんだ。ミーナちゃん。あれは魔族じゃない。
あの禍々しさ、真っ黒なプレートメイル。
そして、時折フルフェイスの兜から覗かせるあの赤く光る眼。
あの姿は間違いない。
俺が日本で見ていた、アニメ「ファンタジー戦記ユグドラシル」に登場する「冷酷魔帝アグネジャ」だ。
元々特撮に端を発すr……
<<やめい!このオタクが!>>
<<妾はお主の考えが読めるのじゃ!そんな下らんこと語るな!>>
えっ……でも、説明した方が良いと思って。
<<それこそ、後でいつでも語れるじゃろうが!>>
<<あの黒いのはさっきお前から命を受けて戦っとる。>>
<<早く止めんとお主等の家族まで巻き添えを食うぞ!>>
そうだ、今、アイツを止めないと大変なことになる。
原作でアグネジャは人の命をゴミのように扱う。「人間とはすべて玩具であり世界は遊び場だ。」
これが奴の有名な台詞だった。実はその言葉の裏にh……
<<だからやめいと言ったであろう!何か語るにも、この場で役立つ情報を出さんか!>>
その時だった。ミーナちゃんが叫ぶ。
「駄目!殺しちゃだめ!」
ミーナちゃんはアグネジャに向かって走っていく。
<<……あの娘ッ!>>
クリエと話し込んでミーナちゃんに目を配っていなかった。
<<何をしとる!追うんじゃ!>>
俺はジョバンニとアグネジャの方を見る。
戦いが終わったのか、ジョバンニは頭を持ち上げられていた。
帝国の陣地は倒れた人ばかりだった。
「何だよ……あれ?」
あの光景をたった一瞬で、アグネジャは作り出したのか……。
……あんなのどうやって止めるんだよ。
<<恐らくじゃが、あの黒いのはお主等の家族やここの村人を助ける気はないぞ。>>
「どうして? 見た目は怖いけど……! それにさっき、俺に従うようなことを言っていたじゃないか。」
<<お主は勘違いしておるな。妾を使って創造した生き物は、その全てが使い手の僕になるという訳ではない。>>
「えっ、違うの?」
<<確かにあのアグネジャとかいうのは、お主を仕える主と考えているようじゃ。>>
<<しかし、それはアイツの自由な意志じゃ。>>
<<アイツが何故お前に忠誠を示すのか? それは我らが奴を創り上げるとき、そういう風になるようイメージしたからじゃ>>
<<お前に忠実であっても他は知らん。そのお主が語る「ゲンサク」とやらでは非道な奴なんじゃろ?>>
俺は寒気がした。いったい何を創ってしまったのか。
<<それに、お主アイツに命じた時のことを思い出せ。>>
……
――――戦闘開始より数十分前、ピーターの部屋
<<(マナをぶち込めるだけぶち込んできよったな。)>>
<<(妾もお主らの想像を実体化することに注力したが…。なんとまぁ、規格外じゃ。)>>
俺とミーナちゃんの前に黒い鎧が現れた。
一目見た瞬間、創り出したものがアグネジャで間違いないのを確認し、俺は安堵した。これで勝ったも同然だ。
「我はアグネジャ。汝が我が主か?」
「……あぁ、俺がお前を創った。」
(ん?なんか変だな……。)
「汝が……?」
アグネジャを見ていると、頭に?マークをいくつも作っている感じに見える。まぁ、気持ちはわからなくもない。
実は漫画のキャラクターだったんだよ!とか、この世界はゲームの中でお前はNPCだったんだ!とか、唐突に言われても誰だって混乱するだけだろうしな。
そういえば、人がいないところでおもちゃが自由に動き回る映画の1作目がそういう感じだったか……。
「主よ、我へ命を。」
妄想に入りかけたところで、アグネジャに呼ばれる。
「お願いだ!この村の入り口に居る、正義を語る偽物をブッ飛ばして来てくれ!」
「……了解した我が主よ。」
そう言うと、全身を輝かせたアグネジャは、ピーター君の部屋の屋根を破って、帝国軍の陣地まで飛んでいった。
「ピーター凄いじゃない!あんな奴を召喚できるなんて!」
「いや~、そんなことないよ……。」
(ん~……。なんか違うんだよな。なんだろう。)
(アグネジャってあんな奴だっけ?)
俺はどこか違和感を感じていた。
……
<<お主の指示には無い行動は、そのままアイツの性格が反映される。>>
<<つまり、お主は別としても、村人全員の安全が保障された訳ではないのじゃ。>>
……あの時の違和感はこれか!?
クリエの言う通りだとすると、ミーナちゃんが危ない!!
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「さて、これで終わりか?」
奴の前に成す術など無かった。
私は息も絶え絶えに奴の話を聞く。
「我は己より強い者にあったことが無い。いつも相手は弱者ばかり。貴様も同類に過ぎない。」
何をほざく! くそッ! 結局、俺は弱者のまま、何も変わっていないじゃないか!
「自分より格下の者ではなく、強者と戦いたい。我はそう思ってずっと生きてきた。」
「しかし、いつの日か我は知った。」
「お前がそうであったように、追い詰められた弱者がいかに侮れぬかを。」
「あの一瞬の輝きこそが我の求める物。力があると驕る者など語る価値すらない。」
「何を……言いたい。」
「我の主は貴様を偽の正義と言う。」
「……しかし、我に立ち向かう勇気、自分を捨てて全てを出し尽くす気概、見事であった。」
「我は絶対の強者であり、それは謂わば絶対の悪である。」
「その悪に挑み抗うその姿―――」
「―――まさに正義であった。」
なんだこの魔人は……?魔族に負けた弱者が正義を語っていい筈がないだろう。
「悪を討ち滅ぼさんとした勇者よ。これで最後だ。行くぞ。」
アグネジャが腕を引いた。
「駄目!殺しちゃだめ!」
もう遅い。誰が叫んでいるか分からないが、いいじゃないか。
こんな弱者生かしてくれるなよ。
背中から胸にかけて痛みが走った瞬間、私の視界は暗転した。