第6話 創造魔帝、見参ッ!!
2015/6/14加筆修正
俺は走っていた。ジョバンニの話しが本当なら、クレアママンが、ミーナが危ない。
……何とか間に合ってくれ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――村の入り口前 広場
ノーマンさん達と農作業をしていた時、村の外で大きな地響きが鳴った。農場まで聞こえるなんて只事ではない。不安になった私達は村の広場へ出てきた。案の定、村の皆も広場に集まり何事かと騒ぎ立てていた。
「あー、あー。村人達よ、よく聞け!」
「我等はグランツェニア帝国北方征圧軍第1隊である!」
突如、村中に野太い声が響いた。
「我らはいつでも魔法を放ち、この村を焼き尽くす準備ができている。もし、グランツェニア帝国へ恭順を誓うのなら奴隷として命だけは救ってやる!」
「今から半刻の猶予をやろう!もし我が誘いを拒む者は、老若男女問わず死罪に処す!」
辺りは一瞬にして静寂に包まれた。しかし、間もなくして、それは川の水が氾濫するかの如く、皆の声が爆発した。
「何だって!?魔導士様がいればアイツら襲ってこないんじゃなかったのかい!?」
「誰か!魔導士様を呼んで来い!」
「あぁ!ジョバンニ様!助けてください!」
グランツェニアの軍は村の入り口を塞ぐような形で待機していた。村人たちは完全にパニックに陥った。
無理もない。リトナ村の惨状を噂で皆知っているからだ。彼らの言葉は本当なのだろう。
「やぁ、もう僕が来たから大丈夫だよ。」
私たちの前に魔導士様がやってきた。
「やった!ジョバンニ様がやってきたぞ!」
「帝国軍なんか懲らしめてやってください!」
「ジョバンニ様が居れば何も怖くないわ!」
(あれが魔導士様か……。初めて見たけど、噂通りのカッコいい方ね。)
私は未亡人の身でありながら、魔導士様の容姿に目が奪われてしまった。
「ふむ、初めてお目にかかる人が多そうだね。合図の前についでだ。」
「マナよ、我が目を通じ人々を魅了せよ!<<チャーム>>!」
そこから、私の意識は暗闇へ落ちていく。そういえば、あの子ピーターはどうしたのかしら……。
ミーナちゃんの家に遊びに行くといっていたけれど。あぁ、ピーター!ピーター!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は家に戻った。やはり仕事に出たクレアママンは帰っていなかった。
どうしよう。農場に出ているとは言ったけど、村のどのへんなのか分からない。
人口の少ない村だけれども、子供の足ではやはり広い。
少なくともミーナたんの家までにそんなところは見えなかった。
というより、村の人間を誰も見なかった。グランツェニアの軍人達も村に侵入してきていないようだ。
「……はぁ、はぁ、はぁ。」
俺は水瓶から水を掬い取り一気に飲み干した。喉が渇く。
一体、どうすればいいんだ……。俺の魔法が凄いのは知っている。しかし、実践は無理だ。
練習に指の数以下しか魔法を使ったことがない。あのジョバンニや帝国の軍人達に敵う筈もない。どうしたら!
その時、玄関のドアが開く。
「ピーター!」
良かった。知っている顔だ。現れたのはミーナだった。
「良かった!ピーター無事だったのね!あのジョバンニと一緒だったから……。私は心配でもう……。」
ミーナは俺の胸に飛び込んできた。彼女は泣いていた。俺は反応に困った。どうすればいいのだ?
「他の皆はどうしたの……?ジョバンニと別れて走って戻ってきたら誰も姿を見なかったのだけど。」
「ジョバンニよ!アイツが皆を、ママやパパ、クレアおばさんも、魔法を使ってグランツェニアの奴らへ引き渡したの!」
どういうこと?
「あいつがスペル詠唱すると、みんな目がぼーっとなって、村の入り口へ歩いていくの!私どうしよう!」
さっき、俺にも<<チャーム>>がどうたらこうたら叫んでいたな。俺を捕まえようとしてきたんで、無視して走ってきたけど。
「ピーター……?私たちどうしよう?」
ミーナはずっと泣いている。俺は取り敢えず頭を撫でてみた。
「ふふっ」
ミーナは笑う。何かまたやらかした?
「ピーターの手も震えてるじゃない。ぐすっ……怖いのは、私だけじゃないのにごめんね。」
あぁ、俺は!肝心な時にもう!
「でも、そんなあんたのおかげで、ちょっとは落ち着いたわ。ありがとう、ピーター。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――グランツェニア軍陣地
「将軍、いやボア男爵閣下。どうでしょう?披露は二回目ですが、私の魔法なかなかのものでしょう?」
「うむ、君の魔法のおかげで、また多くの奴隷を収穫できた。」
下品な笑いをする男だ。私の理想を実現するための踏み台とはいえ、人生、ままならないものだ。
「私もリトナ村でこのようにいい奴隷を手に入れられた。君も良い奴隷が見つかったと先ほど話しておったではないか?どんな娘だ?」
グリアは手をたたき、若い娘を隣に座らせた。ほとんど下着のような服を着せられている。
目を見る限り、私の<<チャーム>>と隷属の魔法具によって、意識は完全に失われているようだ。
「私は奴隷に歯向かわれて興奮など覚えぬ性質でな。貴公の魔法は帝国に戻ってもさぞ役立つであろう。」
「ありがたきお言葉。ただ、僕の方は……残念ながら逃げられてしまいました。」
「なんと!魔法が効かなかったのか?」
「えぇ、それも子供です。莫大な魔力を有しておりましたので、僕の下で育てようと思っていたのですが……。」
私の<<チャーム>>が打ち破られるとは思いもしなかった事態だ。
高位の魔導士ならともかく、魔法を覚えたての子供にそうそうできる芸当じゃ無い筈だ。
一種の才能と言っていいだろう。そんな子供、もう育てようとは思わない。
僕よりも優れている人間が正義の味方を語ってしまっては、仕事がなくなってしまうじゃないか。
そういう悪の芽は早く摘んでおかなければ……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
<<……まず、妾に何かいう事はないのかのう、主殿?>>
「えー、誠に申し訳ございませんでした。」
俺はスポイトに向かって土下座していた。ミーナはあっけにとられている。
<<妾をこんな埃臭い場所に閉じ込めておいて、一体何をしとるんかと思えば、女子といちゃつきよったのか? ほぅ、大層なご身分じゃなぁ。>>
あぁ、声に何の感情も込められていない。完全にキレていらっしゃる!
「あの、ピ、ピーター?何をスポイトに向かってやってるの?」
ミーナは困惑していた。そりゃそうだ、こんな非常事態にスポイト様に向かって土下座だよ?
精神に異常をきたしているようにしか見えません。
<<おい、そこの娘が妾のことをスポイトとぬかしよったぞ。>>
「ミーナも同じようにして!」
「は、はい!」
俺の勢いに圧されて頭を下げるミーナ。我慢してくれ、ここを乗り切れば万事うまくいくんだ。
<<で、何用じゃ?>>
ミーナが目を見開いた。こいつの声は俺を通じてしか聞こえないようだ。
「クリエ、さっきはごめん。でも、緊急事態なんだ。君の力を借りたい。」
<<戦か?>>
「あぁ、そうだ。俺の……、ピーターのクレアママンが帝国に奪われた。このミーナの大切な人もそうだ。」
<<……その残り香。<<チャーム>>にでもあてられたな。通りで外のマナが騒がしかった訳じゃ。>>
<<お主、妾をして何を望む。名声か、栄誉か、富か?>>
「俺は今そんなこと望んでいない!」
「唐突にこんなところに飛ばされて、でも優しくしてくれる人がいて。ただ、それは一人の人生を奪った結果であって。」
「恩を返したい!ただ、それだけだ!」
「ピーター……。」
<<ふむ、なんとつまらんことじゃ。お主の大体の事情は見えてきた。見ず知らずの人間なんじゃろ。やはり英雄として名声を得たいか?>>
「違う!俺は英雄になりたいわけじゃない!クレアママンを助けたいんだ!」
クリエは俺の言葉を吟味しているようだ。そう、今は打算なんてない。助け出さなきゃいけないんだ!
<<ふーむ、妾は破壊自体は生み出せぬ。飽くまで想像したものを作り出すことしかできんぞ。>>
クリエの声が変わった。助けを貸してくれるようだ。
<<よし、我が主殿よ。妾を手に取れ。>>
クリエを手に取る。俺はミーナの方に目を向けた。彼女も緊張した面持ちで俺を見つめている。
なんとなく、クリエを左手に持ち替えて、ミーナに右手を差し出した。
「ミーナちゃん。一緒に手をつないでいてくれるかい。」
「ピーターが何をしたいのか分からないけど、きっとあなたなら皆を救ってくれるわ。」
俺はクリエの声を待つ。
<<ピーター、お主はマナを精製し、妾に注ぐのじゃ。>>
<<良し、スペルを唱えるぞ。妾に続け。「我はマナをして、―――>>
「「我はマナの力をして、!!」」
<<―――万物を創造せしめん。>>
「「万物を創造せしめん!!」」
<<―――<<クリエイト>>!>>
「「<<クリエイト>>!!」」
俺達の大声が叫ばれた瞬間、部屋中に光が満ちた。
その光は部屋にとどまらず家を突き抜け、光の柱となって空まで突き抜ける。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――グランツェニア帝国軍陣地
「へへっ、今日の奴隷は別嬪が多いぜ。」
「あぁ、これでまた満足できる夜が続くな。」
リトナ村の娘たちはもう本国へ行っちまった。ここ数日は何の面白みもない退屈な日々が続いていた。
上官に早くこの村を落とすよう何度も上申したところ、ようやく望みの日がやってきた。
俺らのような兵隊にはそうそう上玉は回ってこないだろうが、
今日のは質のいいのがわんさかいる。早く夜が来ねぇかな?
「あ~ありゃーなんだ?」
村の向こうで大きな光の柱が立ち上る。一体、何だっていうんだ?
俺達が騒ぎ出したころには、将軍とスパイの魔導士がテントから出てきた。
「どうしたんだい?何か起こったのかな?」
「いや、魔導士様にはあれが何か分かりますかい?突然に光の柱が出来たんですよ。」
魔導士様と敬称はつけたが所詮は裏切者だ。こういう優男は易々と信用しちゃならねぇ。
こいつの顔を窺っていると、表情が険しくなっていくのがわかった。
「どうですかい?何かご存じで……?」
その時、村の入り口でズドンッ!!という地響きが鳴った。
「敵襲だ!!警戒せよ!」
将軍様が俺達に命令を下す。村の入り口は何かが落ちてきたのであろう、土埃が舞い何も見えなくなっている。
しかし、何かがいるのは間違いねぇ。持っていた槍が滑る。どうしたんだと思っていると、手汗が止まらない。
何だ……?この胸騒ぎは。さっきまで皆、村を落としたことで浮かれていたじゃねぇか?それが今や、その全員が息を呑んで目先の何かを睨んでいる。
一陣の風が舞い、そいつの姿が見えた。
物ではない。人型の何かだ。
「討て!討つんだ!!」
先ほどまで話しをしていた魔導士が必至になって、魔導士隊に号令をかけている。
「「「「マナよ、光をなして敵を討て!<<ライトニング>>!!」」」」
一斉に攻撃を仕掛ける。姿もはっきりしないまま光の束が、その黒い何かに向かって集まっていく。
しかし、そいつが手をかざした瞬間、各々の魔法光は蜘蛛の子を散らすように消えていった。
そして俺たちの前に歩み寄ってきたそいつはこの村にそぐわない禍々しい気配を漂わせている。
そいつは真っ黒だった。顔は見えない。フルフェイスの兜に覆われている。
黒いフルプレートアーマーに身を包み、兜からは悪魔のような二本の角が生え、肩から背にかけてマントを羽織っていた。
「貴様達が我の敵か?」
低い声が辺りを包む。冬でもねぇのに冷気が吹き込む。
裏切りの魔導士が前に進み出て、戦いの構えをとっていた。さっきまで俺はあいつのことを馬鹿にしていたが、とんでもねぇ間違いだ!
俺なんかあんな奴を目の前にして、戦おうという気にもならねえ! なんだあの化け物は!
「お前はなんだ!」
魔導士が叫ぶ。
「我は地獄に君臨する魔帝アグネジャ、我が主の命により敵を抹殺しに参った。」
「……魔人の類か!」
「我は魔帝、正義を滅ぼす悪!!」
耳を割らんばかりの大声が辺り一帯に轟いた。