第2話 忍びよりし魔の影
2015/05/31加筆修正
一息つこう。
そもそも、ここは地球では無さそうなのだ。
何言っちゃってるのと、思わないで欲しい。あんたの知らない国にいるだけでしょ、って。
では、魔法が公に認知され、魔法使いが立派な職業となっている国って一体どういうことよ。
ピーター君の蔵書曰く、かつてこの地では光と闇の神による長きにわたった争いがあったそうだ。
光の神と闇の神の戦いは地上を大いに荒らしてしまった。最終的に光の神が勝利したものの、荒れ果てた大地を見た神は大いに悲しんだ。そんなとき、一人の勇者が現れる。
彼の名はアルベルト=エンスピード1世、エンスピード王国の初代国王である。彼は不思議な魔道具を持っていた。それは杖とも剣とも盾とも言われている。形状は諸説あるが、どの建国史にも共通するのが創造の力らしい。
彼は仲間とともに、魔道具を使い、荒れ果てた大地に雨を降らせた。そして、水を得た大地に草木を甦らせる。奇跡は続いた。彼らの魔道具は水や植物だけでなく、なんと動物までも創りだしてみせた。餓えに苦しむ人々は、アルベルトに感謝し自分達を導くよう願った。光の神は彼らの功績を褒め称え、光の剣をアルベルトへ授ける。これがエンスピード王国の始まりとされている。
随分とファンタジーな神話じゃのう。なんでも、光と闇の神の争いがおかげで、魔法は生まれ、魔力を持った生物も生まれ落ちたとか。
「まるで、漫画の世界だよなぁ……。」
魔法かぁ……。もしも本当に使えるならば、魔法を使ってみたいさ。でも、その前に。俺帰れるの?
そりゃあ、突然、ファンタジーの世界へ投げ飛ばされりゃあ、誰しも魔法をぶっぱなして、俺tueee!してみたい夢を見ることだろう。でも、それは飽くまで想像の話しであって俺には現実がある。糞みたいな人生を過ごして、ずっと引きこもってばっかり。情けない現実だ。けれども、煩いオカンとの何気ないやり取りに思いを馳せてしまう。
「いつまでニートやってんのよ!?」
「うっせぇ!俺はニートの王様になるんだ!」
「何意味わかんないこといってんだい!馬鹿、死ね!このどら息子!」
なんて、軽い会話のキャッチボールをしてくれる人がいない。あぁ貴重な話し相手が。
朝ごはんを作ってくれよ……。
かーちゃん、おら寂しいです。
ちょっとセンチになってしまったが、今はなんとかこの状況をやり過ごさなくちゃな。そうだ。俺は男!覚悟をきめんかい!取りあえず、クレアママンが帰ってくるまで、読書でこの世界の見識を広めとこうっと。
……
「で、クレアちゃん。どうだい?ピーターの様子は?」
「お陰様で、峠を越したようです。」
「そりぁ良かったな!」
久々に畑へ出てきた私は、村の皆にピーターの具合を報告する。3日間も高熱に魘されていたのだ。何日も高熱が続くと、盲目になったり、難聴になることもあるそうだけど、今朝の様子を見る限り、あの子は大丈夫そうだ。
「ところで、帝国進軍の噂は聞いたかい?」
「いえ、ここ最近はピーターの看病につきっきりだったもので、世情に疎くて。何か進展はあったのですか?」
嫌な予感は的中するものだ。同じ農地で野菜を栽培しているノーマンさんの話しによると、帝国は終にワヨウ砦を攻略し、大々的に侵攻を始めたそうだ。
「残念なことにホーキンスの住んでいたリトナ村もやられたって話だ……。」
「そんなまさか!」
私は息を飲んだ。前に各村を渡っているという行商人から聞いた話だと、帝国軍は他国を攻める時、人と思えない残虐な行為をするという。それは帝国の威厳を示し、その地に住まう人々に決して帝国には敵わないと思わせる為らしい。
「ああそうさ、足腰の悪い老人は直ぐにあの世行き。男共は家族の前で生きたまま焼かれ、女子供は辱しめを受けて、殺されるか、奴隷として連れていかれちまってるそうだ。」
「早く逃げないと!リトナ村からここまで、たった2日の距離んですよ!」
何をのんびり農作業をしているんだ。早くここから出なければ。なのに、何故皆はこうも落ち着いていられるの!?
「まあ待ちなって、昨日はその噂でここも大騒ぎだったんだが、王都から魔導士様がやってきて、帝国と和議を結べそうだって話しをしてくださったんだよ。」
「魔導士様……?」
「そう、王国でも上から数えて10の指に入る魔導士様って話しだそうだ。マーサとこの嬢ちゃんなんて、そいつに一目惚れでずっと領主様の館へ毎日出向いて行ってやがる。まぁ、ホーキンスのことは残念だが、我が身あってだ。今はあいつに任しときゃあ、問題ないさ。」
話しを聞くに村の皆はその魔導士様のおかげで、随分と安心しているうだ。私も最初は不安を拭えなかったが、誰に聞いても魔導士様のおかげ、魔導士様がなんとかしてくれる、と話すので、大分気が楽になってきた。魔導士さんは昨日来たばっかりらしいけど……、大変優秀な方なんでしょうね。
……
―――村外れの森の中
《あぁ、ようやく妾の力を引き出せる者が現れたようじゃな。くくく、待っておれ、人間共!》
それは小さな器、一見すると細長い壺のようで、見ようによっては杖のようにも思われる。意思を持つ魔道具、それを4足歩行の野獣が口にくわえた。
《妾の身に何をする!妾は生ける神話そのものぞ!》
《あっ!お主はこの間も妾をペロペロ舐めておったであろう!》
《やめい、やめんかー!?》
生ける神話は闇夜の森へ消えていった。
どこか残念で、肩書きが台無しの魔道具。
果たして、彼女(?)は意中の人物に無事会えるのだろうか!?
そして、ピーター君の行末は如何に!?