記憶 黄金の旅 その三 出会い
市場はゆっくりと行き交う人の姿であふれていた。まだ陽も高いのに人々は夕餉の買い出しにここの店舗を覗き込み、売り手と会話を交わしながら食卓に並べる品の算段をするのだった。
「お豆さんの煮たの美味しいよ」
「安いよ安いよ、買っていきなされ」
「卵焼き、卵焼き、どうです?」
売り子の声が掛かる。私は曖昧な笑いでそれをかわし、歩みを進めた。親しげに話しているのは常連の客か、店に並べられた品に興味をひかれたのか。
店の奥の方にも、暗いランプの光に照らされて乾物が並べられてあった。値段の交渉が終わったらしく、干し魚を一束にくくったのを手にその店を去る人の背中。使いに出されたのか大きな胡瓜や葱などを網袋に入れて、担いで通る子どもの姿。
空腹で腹が鳴った。しかし私のみすぼらしい姿を見て、どの売り子も惣菜の味見をしていけとまでは声を掛けなかった。
懐の財布を押さえる。金は無い訳ではない。多分ここを行き交う人々のほとんどよりも、私が今持ち歩いている財布の中味は多いだろう。だが、それを安心して使うことができるかどうかは、また別の話だった。
この金は真っ当な銭ではなく、いわゆる泡銭だ。場末の賭場で運がついて、いや運がつき過ぎて手にした金である。そういう博打場の胴元は、まともに通いつめて金を落としていく客がたまに儲けることは許容しても、私のように飛び込みで入った者が大勝ちすることにいい顔をする訳がない。
薄暗い小路の奥にあるその賭場を出たとき、跡をつけて来る何人かの姿に気がついた。私は駆け出してあちこち走り回り、てっきりまいたと思っていたのだ。けれども今、人込みの向こうに垣間見える不穏な動きは、あの賭場からつけてきた男たちに違いなかった。
辺りを見回し、目に入った狭い路地に入った。小走りに進み角を曲がると、壁の凹んだ隅に薄汚れた身なりの子どもの姿があった。
「追われてるよね、おっちゃん。ここへ」
子どもに誘われるままに壁の窪みにしゃがみ込む私の前に、子どもは焚きつけに使う粗朶の束を立てかけた。バタバタと人数が路地に駆け込む気配が聞こえる。粗朶の隙間から光が漏れ込む。こんな粗末な隠蔽で足りるのだろうか? 私がそう考えた時、子どもは粗末な着物の前をめくって、私の方に放尿を始めた。
バタバタッと足音がし、次に脅すような声がした。
「小僧、男が逃げて来たろう」
「あ、あっち」
子どもの言葉を疑いもせずに駆けだす乱暴な足音。
しばらくしても引き返して来る気配がないことを確かめ、私はそっと粗朶束を自分の前からどける。粗朶からはまだ、子どもの小便の臭いがした。
「嬢ちゃん、どうして助けてくれたんだね?」
汚い着物を着たその子どもは女の子だった。彼女はニッと笑い、それから答えた。
「お腹が空いているの」
「なるほど。あいつらじゃ飯を食わせてくれそうもないか?」
「うん、ぶたれるのが関の山よ」
相手がどれだけ若くとも、賢く計算高い女に食事を奢るのは無駄にならない。だがその前に、着ているものをどうにかした方がいいかもしれない。私は市場の端にあった古着屋のことを思い出した。
「嬢ちゃん、名前は何て言うんだね?」
「アイシャ。おじちゃんは?」
「ルズ、エソスのルズさ」