始まりの少年
時代設定は中世ヨーロッパです。作者の描写力不足なもので文章からは読み取りにくいと思うのですが、あの辺の霧がかったレンガの街を想像しながら読むとなお楽しめると思います。←
“探せ!”
“まだ遠くにはいってないはずだぞ!”
まばらに聞こえる罵声と怒声が、夜のレンガ造りの街にこだます。それらを潜り抜けて路地裏を走るのは一人の少年。土埃にまみれた黒い執事服。幼い顔立ちの少年はまだ10歳にも満たないだろう。
しかし、黒い前髪の隙間から覗く目付きの悪い橙色の瞳は年不相応だ。
―絶対零度。
そう呼ぶに相応しい視線を辺りに巡らすと、少年はトサリとその場に座り込んだ。近くのごみ捨て場に身を潜める。
「ハッ…ハッ…。これは…そろそろ終わったかな…」
荒い息を堪えながら悔しそうに呟くと、その手で背にしていたレンガの壁を力任せに殴った。ピシリと音をたててひび割れるレンガは、彼が普通の人では無いことを物語っているようだった。
けほけほと力なくむせた少年は近づいてくる声に耳を傾ける。少し前、自分はこの声から逃げていた。追いかけてくる声何十という声は、彼がたった一言で敵に回した人数でもある。
「捕まったら…」
どうなるのだろう。死ぬのだろうか。
「いや…死より怖いものが来るな」
自問自答しながらははっと軽く笑うも、少年の心は一向に晴れなかった。
さっきよりも自分を追う声が近づいた気がする。
「あー…俺詰んだ…」
「諦めるのか?」
不意に聞こえた声にはっと顔をあげる。少年の前にはいつの間にか少年と同じぐらいの姿の少女が立っていた。奇妙なのは、ぱっつんの前髪と大きなツインテールの一部が白と黒のボーダーになっているところか。さらには染めたようにまっピンクの房もあれば真っ黒の房もある、なんとも不思議な髪の少女だ。
「諦めるのか?」
蛍光ピンクの瞳を更に輝かせながら少女はまた聞いた。黒いローブを羽織っている彼女に、なにやら怪しいと察した少年は口を開く。
「関係、ないだろ?」
「いいかじゃないか、教えてくれ。諦めるのか?」
少年の明らかな拒絶にも少女は屈するどころか楽しそうに笑った。可愛い顔をして、可愛らしい声。それでいて男のような口調で答えを促す。
「…仕方ないだろ、もう疲れたんだ…。戦えない」
少年は苦々しく、ため息をつきながら答えた。
「そうか!」
とたんに少女は少年に詰め寄った。突然のことに驚きを隠せない少年は口で抵抗する。
「おい!近い!なんだってんだあんた…!!」
「私は…」
少女は世界中で一番、楽しい玩具が見つかったような笑顔で言った。
「私は魔女だ。ジャック・オー・ランタンの一族の者よ。私と契約して使い魔にならないか!」
しばらくの沈黙のあと、少年は呟いた。
「はあ?」
ちなみにこの時代の少年はまだ、「魔法少女になってよ!」などという生物がいるということを知らない。違う、突っ込まなければならないのはそこではない。追われている少年がジャック・オー・ランタンという魔族であること、そしてこの少女も魔女であった、ということが特筆すべきところだ。
「あんた、俺と契約なんかしてどうすんだよ…」
「使い魔にするといっただろう?」
「俺の状態みて分かんないか?裏切り者は粛清されるんだ。悪いけど俺は…」
少女は少年の言葉を遮って笑う。
「お前、何か勘違いしているみたいだから教えてやる。魔女はそういう魔族が好きだ。我儘で、群れから孤立したやつが」
少年はなおさら嫌そうに顔をしかめた。
「あのな…俺は好きで孤立したんじゃないの。俺は…」
少年が何か言いかけたところで“いたぞ!!”と声が上がった。
「まずい…、おま、早く逃げろ!」
青ざめた顔で少年が少女に言うと、彼女は首を振った。
「嫌だな。お前が私の使い魔にならないとここから動かないし、お前が私と契約をすればすべて丸く収まる」
「……え?」
思わぬ言葉に少年が目を丸くすると、しかし外野がうるさいのはいけない。と呟いて小さな指をわずかに動かした。すると少年を中心に半径三メートルほどの結界が生まれた。彼女の瞳と同じ色に輝く結界は追手の行く手を阻む。
「魔女と契約するということは、契約魔として私の所有物になるということだ。よって何をしても自由。種族で禁忌とされてきたことにだって手を出しても許させる。もちろん主である私が許せば、の話だが。」
「それじゃあ…」
「お前がもしここであきらめたくないと思うなら私と契約をしろ。それでこいつらもお前には手を出せなくなる。何をしたか知らないけど、お前の罪も赦されるだろう」
少女は結界の外に目を向けた。大勢の少年と同じ種族の者たちが、結界をこじ開けようと攻撃している。
「結界も長くは持たないだろう、どうする?」
少年は迷いながら結界の外を見る。中には見知った顔もあったが、彼らも自分を粛清しに来ているんだと思うと少し胸が苦しい。そして、彼らとうまくできなかった自分を思い出して胸の痛みはさらに強まった。しかし
「いいぜ…、契約してやるよ」
少年にはやりたいことがあった。大きな犠牲を払ってもしたいことが。そのためになら契約なんてためらうものではない。少年の言葉に少女は嬉しそうに頷くとああ、と付け加えた。
「お前の願いを叶えてやろう。なんでもいい。それが契約の対価だ」
「窮地を助けてもらって、願いまでってか。至れり尽くせりだけどそんなに恵まれてていいのか?」
「いいもなにもこれがしきたりだから。それに、魔族の一生を私が左右するんだ。ただで、とは言わないさ」
魔女のもっともな言葉に少年は小さく笑う。
「じゃあさ、……俺の鎌の魂を喰う能力、無効にしてくれないかな」
少年が空で手をかざすと、身の丈もある大きな鋭い一振りの鎌が現れた。
「……ジャック・オー・ランタン。旅人を迷わせその魂を狩るお前が、その力を放棄するということだぞ?」
「…いいんだ、むしろ、それの方がありがたい」
自分の目的のためには、と心の中で呟く。それを知ってか知らずか魔女は一つ頷くと少年に名を求めた。
少年は控え目に言う。
「…ヴェルだ」
「それは本来の名前じゃない。」
魔族は本名を隠す。これは文化であり風習であり、防衛本能でもある。魔族の本名に宿る力は人間のそれよりもかなり大きい。だからこそ知られると厄介で何に使われるかわかったもんじゃない。
やはり、契約となれば本名を使わなければできないらしい。予想はしていたため少年―ヴェルはもう何年も口に出してこなかった名前を呟いた。
「……いい名だな。――――――。お前の名前は私が貰った。」
魔女が呟いた瞬間に、少年の足元に魔法陣が浮かび上がり、彼の体を包んだ。遠くで聞こえる魔女の声。
「魔女、フィオナの名のもとに…契約を結ばれよ」
あの女、フィオナって言うのか…。ヴェルがそんなことを考えているとピリッと首元に痛みが走った。
「…契約印か」
魔族である以上、彼も契約について話だけは知っている。体のどこかにその魔女だけの契約印が浮かび上がるという話をどこかで聞いたが、その時はまさか自分がそうなるとはつゆにも思っていなかったから記憶はあいまいだ。それよりも。
(俺、このままどうなるんだろうな。勢いで見ず知らずの魔女のガキと契約しちまうし…)
そんな心配が一層大きくなる。今自分を包み込んでいるこのまばゆい光が消えた後は――――
(取り合えず、逃げよう。……彼女と)
これは、人間たちに紛れて生きる、魔の世界の住人たちの話である。
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File1:ジャック・オー・ランタン
容姿・基本的には人間と同じ。だが時として大きなカボチャを模した仮面をかぶる。常に礼服のような服を着ているため、仮面をかぶるとハロウィンによく出てくるキャラクターのよう。人間界のキャラクターは彼らがモデルとなっている。
能力:生まれながらにしてランタンと鎌と仮面を具現化することができる。仮面をつけなくとも十分魔力の高い魔族だが、仮面をつけるとさらに力が増す。ランタンは人間に幻覚を見せたり、他の者を自分のところまで導くことができ、彼らはこれを使って人を惑わす。鎌は武器としても殺傷能力が高いが、ほとんどが惑わせた人間の魂を狩る道具として使っている。その場合狩られた人間は死ぬか、廃人となる。
どうだったでしょうか。こんな感じでスタートしましたがギャグです。ええ、ギャグですよ。あらすじでも書いたように次回は彼らはもうテーンエイジャーです。
よければ感想ください。死ぬほど喜びます。…図に乗りました。また次回((