神に近い男
若い陶芸家がいました。
一流と自負する評論家は、彼もまた一流と認めていました。
評論家は、このまま成長すれば、神にもっとも近づけるだろうと褒め称えました。
その評論を思い出すたび、陶芸家はニヤケタ顔をこぼれました。
ある日の正午前、陶芸家は定食屋に入りました。
思うような作品ができず、気分転換しようと思いました。
カウンター席に座り、店主にカキフライ定食を注文しました。
十分後、カウンター越しに店主から四角形のお盆にのったカキフライ定食を受け取りました。
陶芸家は眉間にシワを浮かべました。
カキフライを真剣な眼差しで見つめています。
顔を近づける。
カキフライが載った皿を手に取り、持ち上げ、いろいろな角度から見つめました。
そして、一つため息をつきました。
「私が作った皿を使えば、カキフライがもっと映えるのになあ~」
定食屋の主人は無言でした。
「ああ、ごめん。こんな店じゃあ、俺の皿は扱えないか」
店主は黙々とカキフライを揚げています。
「一流の物は、一流の人しか分からないからなあ~」
陶芸家が呟くと、カキフライを頬張りました。
陶芸家は一瞬、目を見開き、それから店主に視線を向けました。
うまい!と思いましたが、陶芸家は悔しくて声を出せませんでした。
その時、陶芸家の隣の男が声を上げました。
「うまいなぁ。こんなうあいカキは食べたことが無い」
男は五十代後半くらいで、白い顎ヒゲを蓄え、和服が似合っていました。
陶芸家はこの男を見ました。
む~ん、一流だな、と思いました。
男と目が合いました。男が陶芸家の方を向いたのです。
「君はマイケル・ジョーダンを知っているか」
陶芸家は男の雰囲気とその言葉が不釣合いで、どう返答していいか分かりませんでした。
「マイケル・ジョーダンだよ」
「バスケットの?」
「そうだ。彼は神と呼ばれた伝説のバスケット選手だ」
陶芸家は首を傾げました。男が何を意図しているのか分かりませんでした。
「なぜ、彼が神と呼ばれたと思う?」
「何度もチームを優勝に導いたからじゃあないですか?」
「それもあるだろう。でも、それだけじゃないと思う。
私が思うに、バスケットを良く知らない私でも凄い選手だと分かるからじゃないかな」
「はあ」
陶芸家は怪訝な顔をして男を見つめました。まだ、意図が分かりませんでした。
「一流と言われる程度のものは、一流の人にしか価値が分からない。
つまりだな。真の本物は、一般の人間でも分かるものだ。
このカキフライのように。
ここの店主の方が君より、よほど神に近いと言えよう」
陶芸家はうなだれた。目の前にカキフライがある。
それを一つ頬張った。
「やっぱり、うまい」と言葉を漏らしました。